210話 フィリップ、ついに腹をくくる
「それはいかん!!」
このリリアンの侍女の言うことを聞き捨てることは出来ぬと、リュシアンは立ち上がった。
一刻も早く手を打たねばならん!と。
「リリアンがそう思うに至った理由は本人に聞いてみなければ分からないが、やはりクレマンが言うように婚約者候補としたままという所に問題があるのではないか?
もしそうなら本人に聞くわけにいかぬ、プロポーズが先だと言うのだからな。しかしだからと言っておちおちはしておれん。
もう決めた!リリアンを婚約者と発表するぞ!
まずは直近で行われる行事、入学式でリリアンを王太子婚約者と発表する。そして正式な発表は十分準備を整えた上で近日中に行うことにする。それでいいか、クレマンよ」
独断で話を進めていく様子は一見横暴に見えるかもしれないが、先にプロポーズをしたいと言ったフィリップの希望を忘れず配慮してやったり、リリアンの父であるクレマンの意向を確認するなど細かい心配りを見せる。こういうところが彼が立派な国王と皆に尊敬され、また愛される由縁なのだ。
クレマンは「はい、大変結構でございます」と恭しく了承し、リュシアンは「うむ」と満足気な顔をした。
(あれ?
なんかまたクレマンに手柄を全部持って行かれた感じになってるぞ)とモルガン宰相は思った。
(クレマンの要望は確かに婚約者候補から婚約者にというものだったが、じゃあ早めにしようというところまでで終わってたはずだ。それよりもリリアン様の為に今まで言葉を尽くして皆を説得していたのはグレース夫人の方ではなかったか。
昔からクレマンは国王陛下の一番のお気に入りで、ああして大した事をしていなくても陛下の贔屓目フィルターを通ってどんどん評価を上げていくんだ。本人の意図するところではないにしても、なんかズルいんだよね)
まあそれはリュシアンのなかでモルガンは臣下でクレマンは友人枠にいるからなのだが、そんな事は誰も知らないことだからクレマンはいつも羨ましがられているのだ。
そのクレマンはモルガンからそんな風に思われているとも知らず澄まし顔をして座ってる。
(真に羨ましい限り)
そんな余所ごとに気を取られていたモルガンにリュシアンから指令が飛んだ。
「よし、モルガン。さっそく婚約発表の準備を開始しろ。日時や場所は後でスケジュールを見て決めなければならないが盛大に行うぞ。だが先に入学式での発表の具体的なプランを考えてくれ」
「はい、かしこまりました」
「よし、次だ!グレース夫人を侯爵とする旨の声明を出し、通達も明日中に発布する!そしてその就位式はヴィクトルの辺境伯就位と同時に行う、これも決定だ。
その準備の指揮はフィリップ、お前がせよ。今の案で問題がないかダルトア等を使い法律と過去の事例から調べ、確認が取れたら通達の内容だ、なぜ侯爵としたかの説明文は疑問を残さぬよう細心の注意を払って書くのだぞ」
「はい、分かりました」
「それから検討中の騎士団間協定改正は就位式の前に調印しなければならない、これももう出来上がってなくてはならない時期だ。こっちはユルリッシュが担当してくれ。ヴィクトルとアンは他に言いたい事はもうないな?
よし、これら三つに大人数を投入し今夜一気に片付ける!」
次々と決めていく、スイッチの入ったリュシアンはもう誰にも止められない。
婚約発表について、もう当のフィリップの意向は聞かなかった。これらは全てリュシアンの口から出た時点で決定事項、問答無用ということだ。
「ところで今は何時になる」
突然聞かれてもこの部屋は密談の用途に使えるように窓がなく、外の時計塔も見えないが置き時計も置いてない。そろそろ鐘の音がする頃のような気もするが、大騒ぎしてる間にもう鳴ったのかもしれない。
こんな時は部屋の外に出て窓のある所から時計塔を見るか護衛に鐘の音がいつ頃何時を告げていたか聞いて確認するのだ。
エミールが時間の確認の為にすぐさま席を立とうとした時、ヴィクトルがスッと自分の懐中時計を出して教えてくれた。
「現在17時12分。終業したばかりですね」
(おお〜)
それがなんだかスマートで格好良かった。
「もうそんな時間になるか。
お前達はそろそろ引き上げなければならないな」と辺境組の方を見てリュシアンは言った。
「クレマンよ、お前は今夜からニコラと交代するのだろう、グレース夫人も疲れているだろうからそろそろ部屋に戻ってゆっくりするといい。
ヴィクトルは残って協定をと言いたいところだがジョゼフィーヌの連れてきた馬の件があっただろう、それをお前に頼みたい。事前にこちらで向こうの馬は引き上げ話は通しておくが学園にはニコラを連れて行けば話が早い、アレは王都のどこにでも顔が効く現地で揉めることもないだろう」
ジョゼフィーヌやクレマンが掛け合ってすげなく断られた学園だが、ニコラなら話が通るという。
ニコラは王太子の専属護衛なのでどこに行ってもよく知られているし、その言動を軽んじられることはないからだ。ニコラはなかなか役に立つ男なのだ。
「はい、ではそうさせて頂きます」とヴィクトルは返した。
「あとは我々だが、夕食はここで打ち合わせをしながらとることにしよう。エミールよ、食事の用意とその間に人を集め会場の準備をするよう段取りを。パトリシアとリリアンには私たちは別でとると伝えるのも忘れるな。
それから今夜の作業には人手が必要だ。各相からトップと補佐一名を含め人員の半分を出してもらおうか。だが特に司書と書記官は全員必要だ誰も帰すな。大広間に机と椅子を入れる。遅くとも18時半には全員集合し作業開始だ、夕食はそれまでにとっておくように言っておけ」
「畏まりました。
それでヴィクトル様とニコラのお食事はどうなさいますか」
「私たちは屋敷に戻って食べますよ」とヴィクトル。
「はい、分かりました。では皆様ごゆっくり、私は諸々の準備の為お先に行かせて頂きます」と挨拶するとエミールはサッと部屋を出ていった。
もう皆は帰途につき始めているのだ、人を集めなければならないのなら早く行かせてやればいいのにと聞いてるグレースの方がハラハラしていたのだが、エミールはこういうことは慣れっこだから任せておけば大丈夫だ。雑多な仕事もそつなくこなし人員はしっかり確保した上で、更に残業する彼らの為に夜食の手配などプラスαの仕事もしてくれるはずだ。
リュシアンから目まぐるしく指示が出て、エミールが去った後の部屋には束の間の静寂が訪れた。
いつもならそろそろ夕食に行こうとフィリップがリリアンを迎えにいく時間だ。だが今日は迎えに行けないし一緒に食べることも出来ない、今夜はこの後とても忙しくなる。
三日後の入学式でリリィを婚約者と紹介することに決まった。僕はそれまでにリリィにプロポーズして色よい返事を貰わなくてはならない。
もの凄く急な話だがもう先程までのように待って欲しいと抵抗する気は無い。すでにグレース夫人の説明を聞いて僕自身プロポーズはなるべく早くした方が良さそうだと考えていたからだ。
リリィの成長問題は昔の氷の乙女の話を参考にするならば僕と両思いと分かれば解決する可能性が高い(と思う)。それで解決しなかったらその時は改めて解決策を探る。そして釣り書きがたくさん送られて来ているという腹の立つ問題も婚約発表をすれば解決するだろう。
状況はもうのんびりリリィの成長を待ってから・・・なんて言ってる場合ではなくなった。
しかし、いくら早くと言っても流石に今日は無理だ。
何のプランもないし、後が立て込んでるせいで気持ちの上でも余裕がない。明日と明後日の二日しか猶予はないが一度落ち着いてよく計画を練らなければならない、後で後悔しないようにリリィに最高だと言って貰えるように・・・。
もうシチュエーションを悩んでる暇はないが、それでもリリアン応接室や間の部屋のような日常的な場所でついでみたいにするのは気が進まない。
出来れば景色の良い、誰も来ない、特別な場所で、二人っきりになれるところがいい・・・これらの条件に合うのは、枯れずの森の湖畔くらいだろうか。
リリィの好きな王子様らしく、白馬に乗って。
うん、いいかも!
なんか良い案が浮かんで思わず笑みが浮かんだ。
急拵えにはなるがリリィは喜んでくれるだろうか。きっとリリィが一生忘れられないような素敵なプロポーズにするからね・・・。
一方その頃のリリアンは兄のニコラと応接室にて歓談中で、もうちょっとしたらエミールが来て夕食に行く。
そして夜、作業の都合でまとまった休憩時間ができたフィリップはリリアンの顔を見に間の部屋へ行くのだが、リリアンは ”フィル様の様子がいつもと違う” と感じてしまい、寂しくなってフィリップが去った後自分の部屋を抜け出してしまう、というあのくだりに通じていくのだ。
フィリップの様子が違ったのは、このような話し合いがリリアンの居ないところであり少なからずフィリップの行動に影響を与えていたからなのだが、それをリリアンが知るよしもない。
リリアンの脱走を知らぬフィリップは大広間に戻り熱心に仕事に当たった。これでリリアンと新しい一歩を踏み出せるという浮き立つ気持ちと、同時に身が引き締まる思いを抱えながら。
時計工房から帰った後の二人
フィリップ達の会議は201〜210話(この話)
その頃のリリアンの様子は196、197話
その日の夜の話
フィリップがいつもと違ったのは198、199話
リリアンが部屋から抜け出すのは200話です
_φ( ̄▽ ̄ )
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