21話 まさかのまさか
ひとしきり喜び合ったあと、マルタンは徐に聞いた。
「で、フィリップ様の憂いというのは何だったのですか?何か薬の影響を御自身で感じておられたのですか?」
もうすっかり肩から力を抜いたフィリップは素直に答えた。
「私はあの女に貞操を奪われたのではないかと考えていたのだ。その為に、もうすぐ王太子の資格を剥奪される、まだ誰も何も言ってこないがもう決定しているものだと思っていた。そうなるともう王族としてこの国にとどまるわけにいかないし、他国にいてもリュカの脅威とされたなら暗殺されるかもしれない。
私の身が清いままならば王太子としていられる。王位を継ぐことも問題ない。民たちの王になれるのだ」
そこまで言って
「しかし、それならば執務から外されているのは何故だ」
とまた思案顔になった。
マルタンとニコラは(は?何故?)(何?どういうことだ?)とフィリップの言っている事の訳がわからなかった。
なぜフィリップの貞操とやらが奪われたなら、王位を継げないと思っているのかその理由が分からない。
今回は、もし間違いがあったとしても女は既に死んでいて王太子の子が生まれる可能性はゼロだ。
(ま、まさか‥‥殿下?)
そのまさかだった。
5歳から女性を毛嫌いするようになったフィリップは、それまでに受けた教育の中で
王の血を引く者の内、王が選んだ男子に王位継承権を持たせる。
またその該当の者がいない時は王族の中から最も王に近い男子の血縁者に持たせる。
とか
王と王位を継ぐ者は、子を正妃ならびに側妃との間でのみ残すこと。子をそれ以外の相手との間に作ってはならない。それは王族の血をそれ以外の貴族、庶民にばらまく行為であり、必ず憂いを呼び王族の血を引く者により王権をとって代わられる自体を招く。
とか
その純潔を結婚まで守った貴族の子女でなければ、王と王位を継ぐ者との結婚は許されない。
また王妃、王太子妃、王子妃となった者はその貞操を何よりも守らなければならない。
それらを破れば他の者との間に子が出来ている可能性が否定できずひいては王族の血を引かぬ者に王位継承権を持たせる危険があるため、他者と交わった者、疑いある者は排除される。
などと学んでいた。
まだよく分からないなりに頭に入れていたそれら王太子と妃になる令嬢の条件がごっちゃに混ざり、組み代わり、『フィリップ自身の貞操が犯された場合は王族としての資格を失い王位を継げない』という新しい解釈を生み出してしまっていたのだ。
5歳以降、『女』とつく項目の教育が全てスキップされ、大事な閨教育さえまだ様子を見ていた結果、12歳としてはあまりにも稚拙な知識しか持っていなかった。
友達との会話からだって普通は知れたはずだけど、それも無かった。
だって、誰が女嫌いの王太子に対して下ネタ‥‥というか、性的な話をします?無理でしょ?
ああ、とマルタンとニコラは膝から崩れ落ちそうになった。
あの事件があったのは5月半ばで、今はもう11月も後半だ。いったいこれほど長い間あんなに心身ともにボロボロになって苦しんでいた殿下の悩みはマジで杞憂。する必要のない心配に支配されていただけだったのか。
勉強はあんなに出来るのに、そういう知識はごっそり抜けてるのですね、殿下。
正しくその辺りを学び直し閨教育を受けた時、己の間違いというか勘違いが分かったら、もういたたまれず布団を頭から被って「ワーッ」って叫びたくなるんだろうなあ。出来ることならば、殿下にとっての人生最大の黒歴史にならぬよう、そっとそっと伝えてあげて欲しい。
「殿下、執務を控えるようにしていたのは、殿下のご様子が心身ともに優れなかったからです。今、心の憂いが除かれ体は既に復調、いや以前以上に良くなっておられるとお見受けします。さっそく執務を再開するよう致しましょう」と先ほどのフィリップの疑問に応えてマルタンがフォローした。
この場は上手く凌いでも早く現実を教えなければいけないぞ、マルタン!とニコラは思うが、それについては国王か宰相がフィリップの教育係に指示するのだろう、王族ならではのあれこれを教えるのはニコラの仕事ではないから口は挟まない方向でいくしかない。
今回は王位継承についての憂いは晴れたが、残念ながら女性嫌いは解消されるキッカケにはならないかもしれない。女と対峙したときの恐怖は王位継承問題とはまた別のものだろうから。
それでも3人は明るい顔でしばらくはそれらの資料に目を通しながらワイワイと話し、途中、マルタンが「殿下とこうやってまた話し、笑い合うことが出来た」と泣き笑いの顔で喜び、ニコラがふざけて小突き、フィリップがそれを見て笑うという一幕もあった。
ちなみにフィリップの祖父である前王ベルナルドがルナールに加担した狙いはもっと自由に贅沢三昧することだったとか。聞きしに勝るクソだな。
そして女はルナールの邸に半年ほど前から一緒に住み始めたそうで、使用人達も素性を知らずルナールの庶子か、手駒になると踏んで引き入れた庶民、または気に入った水商売の女かと考えていたそうでレベッカ(=魅惑する者・罠を張る者)と呼ばれていた事の他は出身や年齢さえ何も分からなかった。
ルナールが宰相を引退した時に欲しい、欲しいと強請って拝領した領地と邸は没収され王国の直轄地としたが、ルナールやレベッカについて証言した使用人達は数人を除き引き続き雇われるらしい。
薬は自白剤としても優秀で、過去のルナールのやった事も詳らかにされたのは思わぬ収穫だった。
愚王と悪徳宰相が現役の頃、一瞬でこの国にあった医療を根絶。そして全教会を破壊しその宗教も潰した。
その動機と手際の良さが謎だったのが解明されたのだ。これについてはニコラにはその詳細について明かされなかったもののマルタンによると、あの2人ならではのすごく興味深い内容だったらしい。
あと、従者エミールの父が宮殿内の宮内相を最近引退したのは、この事件の責任を取ってということだ。
ベルナルドやルナールが要求しても芸人でもないレベッカを入城させてはならないし、そもそもルナールに入城許可を出す必要さえ無かった。ベルナルド時代から重臣ポストにいたために2人と旧知の仲であり、無茶振りを断れなかったという。ならばせめて自分の裁量で無関係の者を入場させたことを報告しておくべきだっただろう。エミールの普段の働きぶりと信頼があればこそ、その程度の処分で済んだと言っていい。エミールをフィリップが戴冠した暁には王の侍従にするという意思があればこそだった。
日が傾くのが早い季節だ。寮に戻るため2人は外に出た。
少し肌寒いが逆に頭がスッキリする。長い間くすぶっていたモヤモヤした物が晴れて見慣れた景色が新鮮に見えた。
「ニコラ、学園にいる間は寮生活を続けることにするよ。これからもよろしく頼む」
「はい、喜んで!」
フィリップ12歳。
もがき苦しんだ辛い日々は、こうして終止符を打った。
次回予告!
今回まで過去話でした
花祭に時は戻ります _φ( ̄▽ ̄ )
登場人物紹介
女 レベッカ
年齢、出身、出生不明
ルナールが娘だと言って自邸に引き入れていた
黒目黒髪その容貌、喋り方から推察すると他民族の血を引く庶民と思われる
多分、利用するのにちょうどいい単純なオツムだった
葉巻を吹かせば誰でも何でも言うことを聞くようになると信じこんでいたため、自分の命に対する危機感を全く持っていなかった
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