209話 コレットは気付く
" 大人にならないまま二十歳で亡くなった子がいた "
氷の乙女についての説明を聞いていた皆は、グレースの放った言葉の持つ意味に気づいた時、戰慄を覚えた。
過去の氷の乙女に自分の意志で成長するのを止めてしまった子がいると言うのだ、しかもそのまま亡くなってしまったと。
同じことがリリアンの身にも起こるのか。
継続的に計測した裏付けのあるデータに基づいて「今週は成長してなかった」とコレットが証言したばかり。となると、ちょうど成長が止まったばかりのタイミングなのかもしれないのだ。
もし、これで成長が止まったら?もし、そのまま死んでしまったら?
もしそんな怖しいことが本当に起こったら・・・。
一瞬の間を置いて阿鼻叫喚、それぞれがてんでバラバラに叫び何がなんだか分からない恐慌状態に陥った。思わずグレースが自分の身を守る為に身をかがめたほどだ。
そしてそっと顔を上げて周りの様子を伺うと、グレースの左隣に座っていたクレマンは立ち上がり「リリアーン!!」と力の限り声の続く限り絶叫していた。
その向こうに座るヴィクトルはというとクレマン越しに身を乗り出して「母上、どうにかならないんですかっ!母上、ははうえーっ」と叫んでいた。
クレマンはこういう時の通常運転として、ヴィクトルがこのように取り乱すなんて珍しい・・・私、ヴィクトルが叫んでるの初めて見たかも。
そんな中で一番奥の上座に座った国王陛下は一瞬血の気が引いたのか青い顔をされていたがすぐに顔を赤くして力強く「断じてそんなことにさせてはならん!何が何でも守るぞ」と断言なさった。
向こう側の席に座る宰相モルガン様は「リリアン様がそうなる可能性はあるのですかっ、グレース夫人っ!どうなのですかっ」とテーブルに両手をつき私に向かって叫んでる。
さらにその隣に目を向けると総長様はさすが騎士団の総長様、前向きに「我々に為す術はないのか何かあるはずだ、打開策を考えるんだ!」とよく響く低音の美声で言って腕組みをして黙りこんでしまわれた、その隣に座ったユルリッシュさんは「皆んな落ち着いて冷静に!まだそうなると決まった訳じゃない、リリアン様はきっと大丈夫だから!」と皆を勇気づけようとしていらした。だけどその割に両隣りの人の服を強く握り込んでいたから人に言うほど冷静じゃないのかも。
右腕の袖をガッチリと握り込まれたエミールさんは、それに気付いてもない様子で王太子殿下に身を寄せて懇願していらした。
「どうかリリアン様をお救い下さい、殿下、殿下」と・・・。
そのフィリップは一点を見つめ唇を噛んで考え込んでいたが、やがてグレースに向き直って言った。
「グレース夫人、その氷の女神リヤ様にお願いすることは出来ないのですか。リリィがそのような状態にならないように救いの加護を下さいと」
フィリップは昨夜キラキラした氷の女神に遭遇していた。
何もないところからキラキラを降らせたり、何もないところからあの王宮の一室に突然現れたり、フィリップからリリアンの記憶を消すなんてことも出来ると言った。あの奇跡の使い手は妊婦のお腹の中を皆に覗かせるようなことさえ出来るのだ。
なら、きっとリリアンの成長が止まってもまた進めることが可能なのではないか、そこに希望を見出したフィリップは皆より早く持ち直していた。
でもグレースは首を横に振った。
「いいえ、リリアンの寿命は二十歳で終わりではありません。氷の女神様はそう仰いました。さっきのは過去にそのような方もいらっしゃったという大昔の氷の乙女の話です」
グレースは氷の乙女の特殊性を分かって貰おうと話しただけで、あの一言がこんなに大騒ぎを引き起こすとは思いもしてなかった。
(けど、裏を返せばそれだけリリアンを大切に考えてくれているということでもあるのよね)そう思いグレースは感謝のつもりでもう少しフォローを入れることにした。
「彼女が好きになったのは恋愛感情そのものを持たせられてない自分の守り手でした。絶対に思いが届かぬ相手を一途に想い続け、他を一切拒否した為に成長が止まり、そのまま寿命が尽きてしまったのです。当時は寿命が厳格に決まってましたから・・・。
これは最悪起こりうる一番極端な例ですが時代も環境も今とは違いますしあの子は聡明な子です、私はリリアンがそこまで自分を追い詰めるようなことをする子だとは思っておりません。
ただ、リリアンも気持ちの持ちようで成長の速度が変わるものですから、その辺りのことをほんの少し気を配って頂けたらと思ってお話させてもらったのです。心の持ちようは時に本人の努力だけではどうにもならないことがございます、周りが知ると知らないとでは何か違ってくることもあるかと思ったものですから」
狭い世界で暮らすリリアンの成長が阻害される理由なんて王太子殿下が原因としか考えられないけど、それなのに裏でコソコソと画策されてたなんて聞くのは不愉快だし、何より何も知らず努力を続けるリリアンに対して誠実に接して欲しい。
でもリリアンは皆がこんなに取り乱すほど皆から愛されているのよね。もしかすると私には話せない何か特別な事情があってのことかもしれないわね、さっきはついキツい言い方をしてしまったけど私も大人げなかったわ。
なんてグレースは心の中で一人反省会を始めた。
リリアンは大丈夫と聞いたクレマンは「なんだそういうことか、助かった〜」と言ってヘナヘナとしゃがみこんだ。
もちろんフィリップもホッとしたし、リュシアンも安心したようだ。
「では問題ないのだな、リリアンにもしものことがあったらと焦ったぞ!」と明るい顔になった。
「ええ、大丈夫なら良かったです」とモルガンも相槌をうち、額の汗を拭うような動作をしてみせて先ほどとは打って変わって和やかな雰囲気になってきた。
そこへアンブロワーズ総長が良い声で言った。
「しかし王太子殿下がおっしゃるように、辺境伯夫人はそのなんたらの女神っていうのと話が出来るんだろう?銀の民を作ったとか言うんだ、そんなに色々出来るのだったら成長が止まらないようなその加護とやらを頼まない手はないと思うがね」
そういう意見は尤もだ。
グレースの巫女の力を知った者たちは多かれ少なかれその利用法について思うことがあっただろう。古今東西、人間にとって神に願うというのは自然に発生する当たり前の行為だ。目の前で奇跡が起これば欲張りにあれこれ願いを叶えて貰おうと思う気持ちが生まれるのも当たり前だ。
だけど神殿の巫女だったグレースの知る限り、この世に願うべき神などいないのだ。
私はリヤ様は女神と呼ばれているがいわゆるそういう意味の神様ではないと心得ている。
彼女はとても気まぐれで情に厚いが無慈悲、とんでもない発想でとんでもない事をする超常の存在でお仲間からでさえ規格外と言われているほどだから人の価値観で願い事をしてうっかりリヤ様が叶えてやろうと気まぐれを起こしでもしたら大災厄にもなりかねない。
触らぬ神に祟りなしだ。
こちらからやっていいのは "どうですか" とお伺いを立てることまでで "何かして下さい" と頼んではいけないのだ。リヤ様とお話ししているとつくづくそう思う。だって氷の山の谷の村の一角だけ雪がまったく降らずに温泉が湧いてるのよ?あそこだけ常春よ?村から出て初めてあそこがどれほど特殊な地域か気付いたんだけど絶対おかしいでしょ百合が一年中咲いてるなんて!
まあ、そんなことをこの方達に言ってもお分かりにならないだろうから言わないけど。
「いいえ、氷の女神様たちの世界にはその世界の決まりがあります。今後リリアンに新しい加護がつくことはありませんし、取り消されることもありません。
氷の女神様はもう人間に関与しないと仰られてます。万能であるからこそ自らにルールを課されそう決められたのです」
「ですが」とまだアンブロワーズが言葉を繋ごうとしたがグレースは有無を言わせず制した。
「いいえ、これは私たちで解決できること。
リリアンの成長を止めるのはリリアンの気持ちです。リリアンが大人になりたくないとずっと思い続けることが問題なのです、そうならないよう気を配れば済む話です」
するとグレースの後ろに控えて立っていたコレットが突然大きな声を出した。
「たいへんです!私は昨日、リリアン様が これ以上大きくなりたくないわ と仰っておられたのを聞きました!」
「何だと!?」とリュシアン。
「それだけではありません!最近、リリアン様はミルクティーに入れる砂糖を控えておられますし、オヤツもあまりいらないとほんの少ししか召し上がりません!!」
コレットは成長速度は意思次第と聞いても常識的に考えてそこまで強く影響すると思ってなかった。だけど、言われてみれば思い当たる。
リリアン様の身長がそれまでになくグングン伸びていると感じたのは確かリリアン様のお母上様がいらして一緒に合格発表を確認された後だった。採寸しながらお母上様との思い出話をして下さったり、学園の話題が多くなった頃だ。スキップ制度が出来たのよ、それで早く卒業したいわと仰っておられたからよく覚えてる。
その時、私はお小さいリリアン様が年上の方々に囲まれて前が見えなかったり椅子や机が大き過ぎたりして学園生活で何かとご苦労することがあるんじゃないかと心配に思っていたので背が伸びて良かったですねと言ったのだ、リリアン様は嬉しそうにされていた。あの時は確かに成長することを喜ばれていたししっかり食べていらした。
いつからだろう、リリアン様が身長や体重を増やしたくないと気にされだしたのは。
いつからにしても最近の言動を鑑みるにリリアン様は今、大人になることを拒んでいらっしゃる、子供のままでいることを望まれて成長を止めておられるのだ。まだお小さくてあんなに明るく頑張り屋のリリアン様が私たちの気付かない所で何かに苦しんで辛い思いをしていらっしゃる。
そう思うと堪らなくなってきた。
「リリアン様は、リリアン様は、きっと大人になりたくないと思っていらっしゃるのですっ!!」
国王陛下の御前というのも忘れコレットが涙ながらに訴えると、それを聞いたリュシアンがとうとう立ち上がった。
本編は現在大変なことになっておりますが・・・グレースが絶対におかしいと言うリヤの起こした奇跡の一つ、村を暖かくしてしまった時のくだりはこの話の外伝の5話の中にありますよ。
【外伝】誰も知らない2人だけの物語 (トップページ)
https://ncode.syosetu.com/n8577hv/
フーゴとリヤ(5) ヴィーリヤミとススィ(個別ページ)
https://ncode.syosetu.com/n8577hv/5/
私のお気に入りの話です、ぜひご一読ください・・・リヤ様おちゃめです。
_φ( ˘ω˘ *)
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