208話 僕の知らない君のこと
「私は会うたびにリリアンの背は伸びていると感じるが・・・」とクレマンが呟いた。
「ええ、私もリリィの成長はとても早いと感じています。
グレース夫人、リリィの何の成長がいつから止まっているのですか、私たちに教えて下さい」
「それは私も分からないわ。昨日、ジローさんの奥様と会っている時にリリアンを見てリヤ様がそう仰ったのが聞こえたの。
その話はそれで終わり。
ただ、ちょっと気になってるだけなのよ」
「・・・」
(それならそんなに深刻に考えなくても良いか)と皆は思い、いったん沈黙が訪れた。そんな中でグレースはふいに後ろを振り向いた。
「そうだわコレット。あなたなら分かるでしょう、どうかしら」
国王陛下の御前だ、コレットはここでグレースに話し掛けられてもいつものように気安く喋る訳にいかない、例え先ほどお茶をお出しする許可を頂けたとしてもだ。
どうしたらと躊躇している様子に気が付いたモルガンはリュシアンに耳打ちした。
「陛下、あの者に発言の許可を与えてもよろしいですか」
リュシアンは鷹揚に頷いて言った。
「うむ。
その方、グレース夫人の質問に答えよ」
「は、はい。あの、リリアン様は、」とお辞儀をした姿勢で顔を伏せたまま話しだしたコレットにモルガンは面を上げて話すようにと声を掛けた。
「はい、では失礼しまして。
私たちは、週に一度リリアン様の全身のサイズを測っております。仰るように今週は先週とサイズがお変わりになっていらっしゃいませんでした」
「その前はどうだ?」とフィリップ。
「それまではよく伸びる時期でいらっしゃったかと存じます。
少し前、私が担当でしたから3週間前の金曜日のことでしたかリリアン様は新しく作るドレスのデザインを大変お気に召され、着るのを楽しみにしていらっしゃったのですが、出来上がったドレスはもうサイズが小さくなっておりまして、一度も袖を通せなかったことをとても残念がっておられました。
しかしながら秋ごろにもしばらく変わらない時期がございましたから、リリアン様の身長はよく伸びる時期とあまり伸びない時期があるのかと、そのように感じております」
「そうか、なら問題はないな」とフィリップ。
ドレスはまた同じデザインで何度でも作り直せば良いのだから残念がる必要はないのに。でも、その時の残念がるリリィもさぞ可愛かったことだろうとフィリップの顔は自然とほころんでいた。
しかしグレースは「そこが問題なのよ、リリアンは氷の乙女なのだから・・・」と、ため息混じりに零した。
過去の氷の乙女達はリヤ様ご自身から送り出されていたから、リヤ様と直接お話が出来た。色々なことを聞いたり、不満も言える。
だけど昨夜お話した時に今回は普通の人間として生きれば良いとその姿を見せることも、声を聞かせることもなさらないと仰った。
氷の乙女の形質は残したままリリアンは放り出された。
私が心配すると基本的に何も変わってないから必要と思えばアンナが教えても良い、それは構わないと仰った。確かに氷の乙女に与えた加護についてはずっと前に話してもらったことがあるけれど・・・。
元々リヤ様がお作りになった銀の民の前身であるホペアネンは、氷で作った人形で、人間に似せて作ったけど人間ではなかった。リヤ様の思うように動くただの人形だったのだ。
ある時、これが笑ったり喋ったりしたら楽しいかもと思いつき、感情と思考を与えたらいつの間にか人と交わって同化し始めた。それがやがて銀の民となったのだ。
今は成長が少し早いくらいで銀の民も普通の人間となんら変わりはないのだけど、氷の乙女は一千年に一度しか生まれないからリヤ様が初期に決められた設定がまだ数多く残っている。違う常識のもとで作られた私達と違う体のつくり、知らなければびっくり仰天、困ることばかりだ。
まず月のものがない。
そんな煩わしいものがあるとは当時のリヤ様はご存知なかった。私がお腹が痛いと月のものの話をした時に、初めてお知りになったのだ。
それを知ってもそもそも人間に似せて作っただけで人間を作りたかったわけではないからそんな機構はいらないわとも仰っていた。
そして氷の乙女はリヤ様の代役というその役目から、いつからでも受け入れられて子が産めるようになっている。最初は本人の意思とか何も考慮してなかったからだけど、何代目かの時に本人が感情を持つようになり、相手を選り好みし始めて意に沿わない相手を嫌がるようになったらしい。
それで後から本人がその気になったら受け入れられる体になるように本人の心が育つまで子供でいられるよう新しい加護を付与したのだとか。
それにしても何歳からでも子供が産めるなんて大昔の辺境ではそれで良かったのかもしれないけど現代ではちょっとどうかと思う。そんなことが他人にバレたらすぐに襲われてしまいそうで怖いからそのことは誰にも言わないでおくつもりだ。
まあでもそんな怖い目に遭わさないように氷で戦士を作り『氷の乙女の護り手』とし、さらに『子守唄』を歌って相手を眠らせるという防御系の加護も付与されてるんだけど。
あとは、子を産む日と数を任意で決められるっていうのは大事ね。これはリリアンに教える必要がある。
それから生まれてくる子が小さい。一人ならそこそこの大きさだけど、それこそ百人生んだら親指くらいの大きさで産まれてくるらしい。
だから出産は超安産と決まっている。
これは氷の乙女だけに付与された加護じゃなくて銀の民の子を孕む妻にも言えること。さすがに人数は4、5人くらいまでだろうけど子供は小さめで皆んな安産なのよね、私もそのお陰で子供は皆んなツルンと産まれてきてくれたからラクで良かったわ。
・・・こんな風に必要もなにも絶対に伝えておかないと困るような事ばかり。その上身の安全の為には他の人には漏らさない方が良いような内容で、今回私が王都に来たのはこれをリリアンに伝える為の必然だったんじゃないかと思ったの。
まあ、ホペアネンの二十歳までの命という縛りと、誰もを惹きつけてしまう魅了の加護は流石に解除なさったと仰っていたからこれについては教える必要ないと思うけど。
だけど成長速度についてだけは側にいる者達がある程度知っておいた方が良いような気がするの、リリアンだけではコントロールしきれない可能性がある。
やっぱりこれだけは、
心への配慮が必要だから。
「皆さん、皆さんがどこまでご存知か知りませんが銀の民の成長速度はその他の地域の人と違います。これは氷の女神様が太古の昔にそうお決めになったからです。
銀の民の男子はとても小さく生まれますが五歳までは他の地域の人と同じように大きくなります。
そして六歳頃から急に成長速度が早くなり十歳ではこちらでいう十五歳くらい、十三歳頃には体は二十歳くらいに成熟しているとお考えください。これはその昔銀の民の寿命が二十歳までしかなかった頃の名残りです。
女子は銀の民と言われる親からは昔は生まれませんでしたが、今は稀に生まれます。この子達は銀の民の形質を全く持っておらず、成長速度も他の地域の人達と同じです。
彼女達のことは『氷の乙女』とは呼びません。
その子達と氷の乙女の違いは髪と目の色だけではありません。一千年に一度一人しか生まれない『氷の乙女』は氷の女神から特別な加護を与えられているのです。
最初、氷の乙女は氷の女神様がご自身の代わりとしてお作りになられました。一千年に一人いれば銀の民の血を絶やすことはないという強力な繁栄能力を持っています。
基本は男子と同じように成長しますがその子孫を残すという役割の為に成長速度は氷の乙女の意思次第で替わるのです。
早く大人になりたいと思えば早くなり、まだ大人になりたくないと思えば遅くなる。
以前聞いた話では、大人にならないまま二十歳で亡くなった子がいたそうです」
大騒ぎになった。
グレースの最後の言葉は皆を震撼とさせました。
しかし、フィリップどころかリリアンも知らないリリアンのこと。
果たしてリリアンは人間なのでしょうか?
はい、人間です。
だってリリアンは人間のジョゼフィーヌから生まれたのですから。
気まぐれな大精霊に特殊な加護を与えられた人間です。
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