206話 形勢逆転
クレマンは気を取り直し、フィリップを諌めた。
「イヤイヤイヤ、それが誰か知ってどうするのです?嬲り殺しにでもなさるおつもりか。彼らには順に断りを入れておりますし、私はそれが誰かお教えするつもりはありませんよ」
いくら王太子からの要求でもそれはちょっと付き合えないと思った。だって大袈裟ではなく実際にリリアンにダメ元で婚約の打診を打ってきたのは相当数いるのだぞ。
断りを送ってもまた釣り書きを送り返してきて「先のことはどうなるか分からないのだからこれは持っておいて欲しい」などと暗にこちらの破談を期待するような事が書かれていたり、兄がダメなら弟でと手を変えて送ってくる猛者もいて煩わしいことこの上ない。
そんな感じで未だに釣り書きは積み上がるばかりなのだが、中には宮殿勤めや王宮騎士などかなり近しい者もいるから余計に厄介だ。なにしろさっき集まってたメンバーの中にさえリリアンを狙っている家があるのだから。
例えば今日も度々発言をして目立とうとしていたあの外務相バタイユや財務相のカルメもそうだ。
特にバタイユの奴は表では忠臣面をしているが養子をとってまで売り込んできているし、カルメの息子は殿下のご友人枠にいるにも関わらずなのだから。
手紙を開いた時は奴らの神経はどうなっているのかと私も驚いたが、これがもし陛下や殿下の耳に入ったらそれこそ逆臣だ何だと大騒ぎになりそうだ。
でもこちらから断りを入れてそれで済むのなら、わざわざ波風を立てなくてもいいんじゃないか?
クレマンはそう思っていた。こう見えてクレマンは争いを好まない平和主義者なのだ。
だがフィリップは引き下がらなかった。
「しかし王太子の婚約者にフツー婚約の申し込みなんかするか?私の愛する人に懸想しているのだぞ!?大問題だろ!なぜ庇う」
「王太子殿下、それもこれもあなたが婚約者ではなく婚約者候補としているからではないですか。リリアンはそんな中途半端な立場にいるのです、付け入られても仕方がない。
だってそうでしょう?婚約者候補というのはあくまでも候補だと誰もが思う、候補は複数いることもあるし、候補に選ばれても最終的に解消されて妃になれないこともある。王族の婚約者が一人しかいない時は準王族として扱われることにはなっていますが、それでも他人の目から見たら候補は候補、ただのキープです。
年頃の娘の親なら一番手でなくても二番手三番手でも良い、可能性がゼロでないなら自分の娘も婚約者候補の一人にしたいと願うでしょうし、逆に息子がいるなら早めに手を上げておけば王家のお墨付きの令嬢のおこぼれに預かれるかもしれないと思うでしょう。それだけで婚約者候補に選ばれるほどの令嬢をやすやすと手に入れられるかもしれないのですからダメ元でも立候補しとかない手はないのです」
「おこぼれだと?失敬な!他の奴らに手出しはさせぬ」
「例え王太子の婚約者候補だろうと婚約者候補に婚約の打診を打ってもそれだけでは罪になりません」
「しかし!」
頭にはくるが確かにクレマンの言う事も一理ある、だがリリィの事をおこぼれだとか許せない。少なくとも釣り書きを送って来た奴ら全員をリリィの目に触れぬよう牢屋にブチ込んでおきたい。
いかなる時も冷静沈着であるように教育を受けてきたフィリップも流石にリリアンの事となると頭に血が上りそうだった。いいや、すっかり頭に血が上っている状態だ。
クレマンはその様子を見て言った。
「私たちは昨年の春までリリアンの存在を秘匿していました。
なぜかは殿下もご存知でしょう?あの子は千年に一度現われると言う『氷の乙女』の特徴を完璧に持って生まれてきたのです。
氷の乙女は一族を未来永劫繁栄させると言われており、それが迷信だろうと何だろうと皆の夢、希望なのです。どの家も喉から手が出るほど欲しいのが氷の乙女です」
「リリィはリリィだ。
道具ではないし御守りでもない、リリィをそのように扱うことは許さないぞ」
「当たり前です。
リリアンはリリアンです。
しかしリリアンをよく知らない者はそういう所で判断する。だからこそ、王太子婚約者候補などという中途半端な立場は危険なのです。
今こそ、ハッキリと、リリアンを王太子の婚・約・者だと宣言して頂きたい!」
「そっちか!」とフィリップは思わず叫んだ。
話しながら何か話がちぐはぐでおかしいとは思っていたんだ。でもまさかあんなに怖い顔で威嚇しながら婚約者に格上げして欲しいと願っているなんて誰も思わないだろ。
「クレマン伯爵!
さっきの顔は格上げを願い出ようという顔じゃなかったぞ、まったく紛らわしい!こっちはてっきり反対してると思ってたんだからな」
「確かに私も何を言い出すのかと思ったぞ」
フィリップに毒づかれ、リュシアンにも加勢され、クレマンは口を尖らせた。
「そう言われましてもこの顔は地ですから」
フィリップ達はそう言うが、まあ一応クレマンも平静を装って穏やかに話そうと努力したのだ。
ただ厳しい顔は厳しいまま嘘がつけなかっただけ、彼は正直過ぎるくらい真っ直ぐな人間なのでいつも心の内がそのまんま表に出てしまう。
クレマンは、クレマン自身が言ったように可愛い娘を早くに手放さなければならなくなるような事を自ら言いたくなかった、だから心の中で言うか言わないか直前までめっちゃ葛藤していたのだ。
まあそれでも娘の為に最善を尽くすしかないと心を決めて頑張ったのだから顔がどうとか言わずによく言ったねと褒めて欲しい。
伯爵位を賜っているのにクレマンがこんなに腹芸が苦手なのは貴族社会において褒められた事ではないのだろうが、そちらの方はジョゼフィーヌがいるので問題ない。むしろクレマンのこんな不器用なところをリュシアンは誰よりも信頼し誰よりも気に入っているのである。彼は愛すべき不器用男なのだ。
「私だってね、一生懸命考えたんですよ、どうすれば良いかって。
もし婚約者候補を解消したとしても王太子殿下側が次のお相手を発表しない限りリリアンは変わらず王妃の座争いの一番手と見られたままです。こうして王宮に住むという特別待遇まで受けている身ですし吟遊詩人や戯曲など色々なメディアを使って吹聴なさっておられるせいで王太子殿下からの寵愛が厚いことは世間に知れ渡っています。そんな状態でここを出るのはとても危険でしょう。
婚約者になって王族がバックに付いてて下さるのが一番安全なんですよ。
それに今は婚約の申し込みを断るのも殿下の婚約者候補だからと言えば角も立ちませんし定型文でいけますが、それが無くなれば断るのも理由を考えるのも大変です。しかし婚約者ならそもそも釣り書きは送られて来ないはずなんですよ、しかも今度は罪に問えるんです!
妃候補としても、氷の乙女としても、リリアンの存在は人々に知られてしまった。学園に通う以上、ここはもう王太子殿下が盾となりリリアンを守って下さらないと困るんです」
「なるほど」とリュシアンが口を開いた。
「クレマンの言うことも尤もだ。私はリリアンを婚約者候補から婚約者とすることを躊躇していた訳ではない、ただ一番盛り上がるタイミングで発表しようと時期をみていただけなのだ。
確かに婚約者候補という肩書きはまだ他の者達にチャンスがあると思われる可能性を残している。しかもそれほど釣り書きが送られてきているというのなら尚更だ。
フィリップは唯一の跡取りであと二年で卒業だ、そうなるともう結婚相手を選ぶ日も近いと周囲からは思われていることだろう。
彼らにとって誰が王太子妃になるかこれから二年が勝負なのだ、熾烈な争いが起こるかもしれない。
一方リリアンはそんな中で外に出るのだ、自ら渦中に飛び込むことになる。
それならば一刻も早くリリアンを婚約者として王家が後ろ盾に付き、その立場をいっそう盤石にして守りをしっかり固めなければならないな」
「そういう事なら発表を早めないといけませんね」とエミールが言った。
その言葉にモルガンやアンブロワーズ等もウンウンと頷いている。未来の王妃を守るのは彼らにとっても最重要事項だ。
フィリップだってリリアンが大事だ、だがしかし。
「父上。仰ることは尤もです。
ですが私は自分でリリアンに結婚を申し込み、リリアンから了承の返事を貰った上で婚約をしたいのです。ですから発表はもう少し待ってもらえませんか」
「うむ、まあ気持ちは分かる。だがお前の言う一年もは待てんぞ。
なあ、そうだろう?」とリュシアンが皆を見渡して言った。
すると皆は「早い方が良いと思います」「一刻も早い方が良いのではないか」などと口々に言った。
「そういうことだ。フィリップ、急げよ!」
「は、はい」
「うむ。
ではお前からの報告を楽しみにしているぞ!こちらもいつでも対応できるよう準備を進める。それでいいな、クレマン」
「はい。結構でございます」
リュシアンが行司に入ったこともあり、この勝負はクレマンに軍配が上がったようだ。
クレマンの要望通り早急にリリアンを婚約者とすることになった。その為にはフィリップが既に考えていたプロポーズの作戦を超速で練り直さねばならないのだが、これがまったく悩ましい。
「考えてた計画がパーだ」
それなのに時間はあまりないときている。とフィリップは頭を抱えた。
(ああ、自分も見た事はないが聞いた話では西の城塞都市の夜景に背後の海と満天の星のコラボレーションはとんでもなく美しいらしい。だから僕はリリィをそこに連れて行き、二人っきりの夢のような景色の中でリリィに格好良くプロポーズしようと計画していたんだ。一生心に残るようなプロポーズを!
なのにそれに匹敵するシチュエーションを手近な所で早急に探さなければならなくなってしまった。
いくら早い方が良いと言っても普段の生活の延長線の中でのプロポーズはチョット締まらない気がするし、王都内にも色々そういうスポットはあるにはあるが王太子のプロポーズは後世にまで語り継がれるものだからありふれた場所で他の人と同じというのは夢がないよな〜)
クレマンに聞いたリリィに婚約の申し込みが殺到しているという話はかなりの衝撃だったがリリィの父親から早く婚約者にと言われたのは嬉しかった。
問題はプロポーズのタイミングと方法で、それだけでもフィリップの頭の中を一杯にするには十分な内容だったのだが話はここで終わらなかったのだ。
この後に放たれたグレースの一言によって、更に事態は急転することになる。
<お礼とお知らせ>
いつも読んで下さっている皆様、ブックマークして下さっている皆様本当にありがとうございます!
おかげさまで王子様は女嫌いのブクマ350件になり喜びにわいております。
٩( 'ω' )وワーイ
お礼として番外編「ルネがいるから」の4話目をアップしましたのでこちらも読んでいただけたら嬉しいです
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