201話 クレマンのちょっとした愚痴
至宝殿を出てリリアンの応接室に先に戻っていたヴィクトル達は、仮の主人であるニコラの接待を受けていた。
ニコラがヴィクトルの息子達が寮に入ったと聞いたのもこの時で、親族と侍女しかいないせいか彼らはお茶を飲みながら談笑し我が家のようにすっかり寛いでいた。
「そうだクレマン、ジョゼフィーヌの馬の件だがもう頼めそうなところは行き尽くしたと言っていただろう。いっそのこと国王に頼んではどうだ」とヴィクトル。
「う〜ん、そうですねえ。
後は団関係者の所でも回ってみようかと思っていたのですが確かに母上の事はもう心配いらないようですし、ここは有事に備えてたっぷり空きがありますからねえ」
「ではお前の方から話を通しておいてくれるか」
「分かりました、いいですよ。ジョゼとリリアンが絡んでると聞いたらあの男はホイホイと許可を出すに決まってますから明日にはカタが付きますよ」
「あらまあクレマン、こちらからお願いしようというのにホイホイなんてひどい言いようね」と横で聞いていたグレースが呆れて言った。
「いやまさにホイホイなんですよ。本当にあの男は私の家族をいったい何だと思ってるのでしょうね、ジョゼにニコラに果てはリリアンまでですよ。
しかもあの野郎、ほとぼりが冷めたと思ったら最近またジョゼに付き纏うようになりやがったんですよ!?
ジョゼは私のだっちゅうのっ!!」
クレマンの言うあの男もあの野郎も国王のことだ。
話している内に昨年の秋の水害対策でジョゼフィーヌを王都に長く留め置かれたのを思い出して腹が立ってきたらしい。
自分だけ自領に戻らなければならず泣く泣く妻を置いて帰らされたのだ。ジョゼフィーヌが帰ってくるまでの長い間どれほど辛く寂しい思いをしたことか。
それだけじゃない、本邸に帰ってふと自分以外の家族全員が宮殿にいると気付いた時のあのショック!到底忘れられるものじゃない。
いい歳の、図体のデカい強面の弟が口を尖らすのを見てヴィクトルは可笑しくなった。弟は相変わらずジョゼフィーヌ大好きっ子だ。
そう、こう見えてクレマンは大変な愛妻家で仕事中以外はジョゼフィーヌの金魚のフン、常に見えるところに居て欲しいタイプ。妻命なのだ。
「あはははは。
クレマンよ、ここは王宮だぞ!?そんな事を言って私を笑わすな同罪になるじゃないか。
そういえば当時ジョゼフィーヌは『王太子殿下の親しいご友人』と思われていたところをお前が横から掻っ攫ったことになってたな。
あの時お前は『辺境トンビ』と騒がれてすっかり時の人、おかげで私の周辺まで随分と賑やかだった」
一応説明しておくと、ここでいう王太子殿下とはリュシアンのことだ。そしてその王太子殿下の親しいご友人とはこの場合は婚約者になるのではないかと目されていたという意味の比喩表現になる。
当の恋人のパトリシアはというと隣国リナシスの王女だということを隠していたし、そもそも不正に入国し身分や家名を偽って学園に通っていた。
当時は愚王ベルトランと宰相ルナールの最悪コンビの時代であったから、その辺りは裏社会に通じていなくても賄賂次第でなんとでもなるというのがむしろ常識。
しかしいくら誰でも使える手口だと言っても将来王妃になる身であればそれらは不都合なことに違いなく、事実を知っていたのはリュシアンの他はモルガンと従者のアーサーそれにクレマンの三人のみだった。それ以外の人には誰にもバレないように二人はこっそり隠れて交際していたのだ。
その為、リュシアンと二人でベンチに並んで腰を掛けて話しをしているところをよく目撃されていたジョゼフィーヌは当時王太子だったリュシアンの本命の妃候補ではないかと周囲から誤解されていたようだ。
パトリシアが一緒にいることがあっても、あくまでもジョゼフィーヌの友達というように映っていたのは二人が居た時にリュシアンはまずジョゼフィーヌに声を掛け、席を共にする時もジョゼフィーヌを近くに置いていたからだ。
計画的に隠れ蓑にされたフシがあるような、ないような・・・?
その後、パトリシアは隣国リナシスの王女として戦後両国の友好の証として嫁いでくることになったので、学園に在籍していたあのパトリシアと同一人物だとバレないように仲が良かったジョゼフィーヌとは他人のふりをすることになり、ジョゼフィーヌもクレマンも王太子夫妻とはしばらく距離をおくことになった。
それは王家に近づきたくない辺境一族としては大変有り難かったが、周囲からはやはり王太子殿下とクレマンがジョゼフィーヌを巡ってドロドロ三角関係の愛憎劇の果てに仲違いしたのではないかという憶測を助長することになり、社交界には顔が出せないし最初は結構肩身の狭い思いをした。
ニコラがフィリップのご学友になったお陰で不仲説は緩和され、ようやく暮らしやすくなったのだ。
これだけ貧乏くじを引かされれば文句の一つも言いたくなって当然だ。
「辺境トンビならまだいいですよ。正式には『変狂の盗人トンビ』ですよ!?まったく酷い言われようですよ割に合わないにも程がある。
濡れ衣なのに陛下も全然訂正してくれないし、それどころか皆と一緒になって私のことをトンビ呼ばわりするんですからね!そう思われていた方が私たちを隠れ蓑に出来て都合が良かったからですよ、ほんと腹が立つ」
ちなみに現在もパトリシアの王立貴族学園に在籍していた過去は明らかにされていないトップシークレットだ。
クレマンが思い出してプリプリと憤慨しているのを見てグレースが頬に手を当てて言った。
「あなたは子供の頃から請われて宮殿に出入りしていたからてっきり国王陛下とは仲良しなのだとばっかり思っていたわ。けど本当は違ったのね・・・」
それにクレマンが答える前にヴィクトルが言った。
「フフフ、もちろん仲良しですよ。
陛下はこいつが大好きでなにを言っても許して貰えると思って甘えているんです、それも国王としてではなく友人としてね。だから面と向かってあんな暴言を吐いても咎められないし逆に喜ばれてしまうのですよ。
国王陛下とオーギュスタン様にとってクレマンは特別で、誰も間に入ることは出来ない強い絆で結ばれているのです。彼らと羽目を外して肩を組んで歌ったり踊ったり出来るのは世界広しと言えどこいつくらいのものですよ。
まあ、それを知っていても国王陛下相手にツッコミを入れたり小突いたりするのを見ると未だにこちらはヒヤヒヤさせられますがね」
「苛められてたのかと心配したけど違うのね?
だけどヴィクトルの言うのを聞いていたら安心するというより逆に心配になってきたわ、クレマンいくらなんでもやり過ぎてない?私でもそれは不敬って分かるわよ」
「いえいえ母上、不敬どころか私はまさに苛められているのですよ!?そのくらいの反撃は許されて当然です。
ジョゼは二股疑惑をかけられるし私は盗人扱い、パパラッチには追いかけ回され屋敷にまで突撃される、その上周囲からも距離を取られて全く散々だったんですから。またそれを見て助けるどころか陛下は笑ってるし!!
ああでももうこの話は止めましょう、思い出したくもないし腹が立つばかりです。あなた方もこの話はもう終わりしてくださいませんか」
「おや、この話は元々お前が言い出したのではなかったか、私は馬の話しをしていたはずだがな」
「そうでしたっけ?」
クレマンがどうだったか思い出せずトボけているとグレースが何か思い出したらしくポンと手を叩いた。
「そうよ、そうだったわ!私がさっきあそこであなたに言おうとしたのはその馬のことよ。
あなたったら勘違いして懐中時計の話を始めるんですもの、あれ以上あそこで長話をするのもなんだから言わなかったけどリリアンに早くその馬の話を教えてやってと言いたかったのよ。
リリアンったらジョゼフィーヌが顔を見せないことをひどく気にしているのよ」
グレースはジョゼフィーヌがリリアンの為に何かしていて手を取られているから会いに来られないのだと教えてやりたかったが、なぜそれがリリアンの為なのか詳しいことを知らないし、出来れば親であるクレマンの口から話してやって欲しいと思っていた。
「そうですか、でもこのことはサプライズだからってジョゼに口止めされてるんですよ・・・まあ、もうじき会えますからもうちょっと待って貰えませんか」
「もぉ!それじゃあリリアンが可哀想でしょう?親の愛情を疑うなんて子供にとっては一番酷なことよ!」
「・・・」
クレマンは返事に窮した。
気持ちはグレースに同意だが妻からのお願いを裏切れなくて。
だってジョゼフィーヌは大のサプライズ好きなのだ。
部屋に沈黙が訪れた時、ちょうどフィリップとリリアンが時計工房から戻って来た。
ニコラも一緒にいるはずなのに今回はやけに大人しいです。皆んなの話は聞いているのですがせっせとクイニーアマンを食べてるから口が塞がっているのです。
ん?そういえば前回の最後に王太子のサロンを覗こうと言ってたのにここはリリアンの応接室でした。どうやら部屋を間違えて覗いていたようです。
次回こそ王太子のサロンに行きます。
_φ( ̄▽ ̄; )
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