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200話 リリアン脱出

 フィリップはエミールと連れ立って自分の部屋を出た。


 部屋の前には門番として立っている二人とは別にフィリップ付きの護衛が一人待機している。彼はこちらが何も言わずともスッと阿吽の呼吸でフィリップの横に付いて歩きだした。


 リリアンの私室の前にも門番として護衛が二人いるが、今夜は予行演習でまだリリアン専属護衛隊の面々が戻っていないので代わりにフィリップの護衛を立たせている。



「リリアンをよろしく頼む」


「「はいっ!畏まりました」」



 フィリップが彼らの前を通った時そう声を掛けると彼らは気合い十分に声を揃えてビシッと敬礼をした。


 まぁ、よろしくと言ったって彼らは部屋の中で何があったか知らないのだし、暴漢がいるなど危機的状況でもない限り中に入ることは許していないのだからいつも通りそこに立つ以上のことは出来ず何かの足しになるとも思っていないのだが、つい声を掛けてしまったのはそれだけリリアンのことが気がかりだったということだ。



 繊細な話をしている最中にエミールが呼びに来たので勢いで何のフォローもしないままリリアンを一人部屋に残して出て来てしまった。間が悪かった事を気にしながらもフィリップは急遽設置された『緊急準備室』に向かう。


 そこでは既に『グレースが一代侯爵になる』と全貴族に出す通達と各地に出すお触れの準備が進められていて、それと並行してフィリップが担当する騎士団間協定改正の最終確認の作業もすることになっている。

 何もかもはリリアンの為で、今はこれがフィリップのとるべき行動の『最善』だ。



 リュシアンが『明日中にグレースの出自と爵位について公にする』と決めたのも、王太子婚約者候補という肩書きのせいで学園で誰よりも注目されることになるであろうリリアンが少しでも穏やかで楽しい学園生活を送れるように配慮がなされたからだ。


 リリアンは学園で王太子フィリップと並んで最も敬われるべき王太子婚約者候補であるし、これまでに吟遊詩人たちを使ってリリアンの活躍を広めているから王都ではその顔を知らなくてもリリアンが行ったお店や買った商品などが紹介されると貴族のみならず平民の間でも流行になるくらい既に知名度が高く人気もある。

 だから本来は嫌な思いなどさせられる立場ではないのだが、一方で学園で一番年が若く、また婚約者候補といっても王太子との年齢差が10歳もあることから『どうせ女嫌い王子の女避けの盾代わりに決まっている本気で妃にしようとは思ってないに違いない』などと勘ぐられ軽んじてくるような輩が現れるのではないかということも懸念されていた。


 新入学の初等部一年生達は学園に入るまでに最低限の貴族としての常識を自宅で教育しておくことになっているが、12歳になれば自動的に貴族の子どもは全員学園に通うというシステム故、十分に理解しないまま入って来る者がどうしても毎年一定数出てくる。そんなのが誰に敬意を示すべきかを承知せず不敬を働くことがある。

 入学前に試験を受けて貴族としての最低限の教養は身につけていると認められているのはリリアン達のように早期入学組だけなのだ。


 だがリリアンが『辺境伯の孫』と『侯爵の孫』という二重の後ろ盾を持っていると入学式直前に示せばまた違ってくると思われた。なんと言っても貴族は生まれの血筋が最も重要なのだからリリアン自身の血統の持つ意味はとても大きい。

 特に『侯爵』は王族に連なる家系で高位貴族であると若年者にも分かりやすい爵位なのでこれを利用しない手はなかった。


 これら爵位に関する事はモルガン宰相が担当して進めていくことになっていて、騎士団協定は草案を作るところまでをフィリップが担当することになっている。


 今回の騎士団協定の改正はリリアンの専属護衛隊にトマとトマスを来年入隊させる為の布石として必要な内容だし、長い目で見ても騎士団全体の質の向上と連携が強化されれば結果的に護衛隊の質の向上とより良い人材の確保が期待出来てリリアンの為になることだ。

 それにしてもだ、調印式までまだ数日あると言っても時間に余裕は全くないのだ。

 当初はほとんど現行のままでいくことになっていたし、準備もすっかり終わって後は当日を待つだけになっていた、それを急に今日になって変更が発生したのだから関係各所は大慌てだ。やらなければならないことが山ほどあるし多くの人の手が必要だ。だからせめてフィリップが任されているところまではどうしても今夜中に終わらせておきたい。これもまた超がつくほど急ぎの仕事になった。



 フィリップはリリアンに「今夜は遅くなりそう」などと言っていたが、実際は寝る時間が取れるかどうか怪しいところだ。





 緊急準備室に用意された自分の席に座りながら思う。



(それにしても・・・)


(リリィ何も言わなかったな)




 さっき「もう一緒に寝ない」と宣言した時、フィリップはリリィが嫌だと言って泣き出すのではないかと思っていた。

 可愛いリリィが悲しむととてもじゃないが突き放せない、でも今回だけは我慢して貰わないといけないから困ったな、な〜んて思ってたのに全くそんな心配はいらなかった。


 リリアンは最初は驚いたようだったけど受け入れてくれた。



(大丈夫そうでホッとした、と言いたいところだけど・・・僕としてはちょっとくらい寂しいと言って欲しかったんだよな)



(もしかして一緒に寝るのはそろそろ止めたい、とか思ってたところだったりして)



 考えてるとヘコんでしまいそうだ。



(ダメだ、ダメだ)


(まずは今やるべきことをに集中しよう!)


 手早く必要だと思われる書類を集めながら沈んでいきそうな気持ちに喝を入れた。



 リリアンは実際にはとてもショックを受けていて心から悲しんでいたのだが、揺れるランプの灯りで表情が分かりにくかったのか、それとも呆然とし過ぎてなんのリアクションも取れなかったせいか分からないが、リリアンの気持ちはフィリップに正しく伝わらなかったようだ。





 リリアンの私室のドアがゆっくりと内側から押されて開いた時、廊下の先にはまだ去って行くフィリップの後姿があった。


 護衛が注意深く動くドアを見守っていると隙間からサラサラの銀の髪が流れ落ち、透き通るような水色の瞳をした美しくも可愛い少女が大きなヌイグルミを抱いて顔を覗かせた。

 護衛はこれまでリリアンを近くで見たことがなかったから間近で見るリリアンの愛らしさに息を飲みドキドキしながら尋ねた。



「リリアン様?どうかされましたか?」


「ええ、私これから兄の所へ行くの。

 私の兄で王太子専属護衛のニコラ・ベルニエが1階下に客室を与えられているからそこに連れて行って貰えるかしら」


「はい、畏まりました」



 護衛はリリアンがあまりに堂々としていたからまさか王太子の知らないところで勝手に部屋を抜け出そうとしているとは思わなかった。


 だってリリアンはビクビクする必要がない、以前リリアンは寝着のままドアを開けてフィリップにそのままの格好で部屋の外に出てはダメだと言われたことはあったけど、夜に部屋から出てはダメだとは言われなかった。

 リリアンにとって王宮の中はお邸の中と同じ感覚だ、今回はちゃんとガウンを羽織っているのだからちっともいけないと思っていない。


 逆に護衛は先ほど王太子殿下に「リリアンをよろしく頼む」と言われたのはこの事、つまりリリアン様をニコラの部屋まで送り届けることを指していたのだと勘違いしてしまった。




「リリアン様をお送りしてくる」


 もう一人の護衛とフィリップの私室の前にいる二人に真面目くさった顔で声を掛ける。リリアン様をお連れするなんて光栄な事で役得に心は弾んでウキウキだ。


「リリアン様をお連れするのに一人で行ってはならない、私もお伴する」


 要人警護は二人以上が基本だ。

 フィリップの部屋の門番がそう言ってきたのでそれは尤もだとそれぞれの部屋の前に一人ずつ残り、二人がリリアンの護衛として付いて行くことになった。

 誰が行くか、皆自分がと思い無言の攻防を繰り広げたがリリアンの前で争うようなみっともない真似は出来ないと精鋭らしく先に声を上げた二人がスマートに前に進み出た。



「ではリリアン様、参りましょう」


「はい、お願いします」



「あの〜お荷物、お持ちいたしましょうか?」


「いいえ、大丈夫です自分で持てますよ」


 お荷物とはオコタンのことに違いない。

 体の大きな騎士がヌイグルミを持って歩く姿を見たらギャップに傷心のリリアンであっても笑い過ぎてしまいそうなので遠慮しておいた。



「そうですか。でもやっぱり重かったり、足元が見えなかったりなさいましたら大変危険ですのでいつでも私に持てとお申しつけ下さい」


「はい、ありがとうございます」


 リリアンに笑顔を返された護衛は鼻の下を伸ばしてデレデレになった。


 そうしてリリアンは二人の護衛に必要以上に守られながら階下に向かった。

 腰を落として終始キョロキョロと辺りを見ながら廊下を歩き、階段ではいつ落ちても助けられるようにリリアンの前を後ろ向きに両手を広げて下りて行く。


 楽しそうで結構だが、今回のような時は本来の手順ではリリアンから頼まれても即答せずにリリアンを一度部屋に戻らせた上でフィリップの元に確認に走らなければならなかったのだ。

 精鋭揃いの王太子の護衛がその場に四人もいたのに揃いも揃ってお粗末だと言うしかないが、これを招いた原因の一つにフィリップが行きがけにいつもはしない中途半端な声掛けをした事がある、と言えなくもない。



 今夜のフィリップは確かにいつもと違っていた。

 しかも本人はそれに気付きもせずいつも通りだと思っている。



 このようにいつもと違う行動を無意識にいっぱいとってしまったのは、多分さっき王太子のサロンで聞いた話が少なからず影響しているのだろう。

 なんてことはないと言いながら内心ではとても動揺していたのだ。



 では何があったのかちょっと時間を遡って王太子のサロンを覗いてみよう。


リリアンが寝着のままドアを開けてフィリップにそのままの格好で部屋の外に出てはダメと言われたのは61話です。懐かしいですね。

_φ( ̄▽ ̄ )

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