20話 事件の顛末
あれから5日経ったのにフィリップは学園へ来ていなかった。
もう明日は休日だぞ、どうなっているんだ?
殿下の状態が余程悪いのか、もう向こうでマルタンが殿下に資料を見せていて時間がかかっているのか。嫌、それならマルタンから何か言ってくるはずだ。
ヤキモキした気持ちで過ごしていた。夕刻になり寮の外が薄く騒ついた気がして窓の外を見るとフィリップが戻ってきたところだった。
ここから見る限り変わった様子は無さそうだが、マルタンから殿下の話を聞いているから何かあったと知っている。
例の話をしたかったので、迎えにあがる。従者を連れて階段を上がるフィリップがいた。
「殿下」
少し表情が固いフィリップがニコラを見てその表情を緩めた。
「ああ、ニコラ。長居するつもりはなかったんだが。筋トレも出来なかったよ。まったく」
溜息をついてそう言うと従者に「もう下がっていい」と言った。
フィリップ殿下の従者をしている彼、エミール・バセットは細々したことに良く気がつきよく動く。無駄な事を言わない裏表のない小柄な男で年齢より若く見えるが、実は年上だ。父親はリュシアン陛下の重臣だったが少し前に引退した。
殿下に幼い頃から常に付き従う彼がなぜ従者としてその働きを認められながら個人としてニコラのような信頼関係を築けていないのか、2人の間に親しさが感じられないのか。
それは彼がパメラの兄だからだった。あの兄妹は小柄なのだ。こまねずみのような兄と噛み付いたら離さない『すっぽん令嬢』若しくは鋭い爪で引っ掻く『切り裂き令嬢』の異名を持つパメラ。彼女はフィリップ殿下の警戒対象2番手だ。自分の立場を弁えた彼は決して殿下に軽々しい態度を取ったりしない。
妹のせいでご愁傷さま。
父オスカー・バセット伯爵はパメラが作ったフィリップ殿下の頬の引っ掻き傷の謝罪と汚名返上の為にパメラの次兄を従者として差し出し、その働きでお詫びをすると言ったのだ。エミール自身はこの仕事が性に合ってるし殿下の下で働けることを誇りに感じているのだと言っていたが、彼ほどの男ならもっと重用されてもよい程だ。
殿下の秘書的な役割を担っていて学園でも寮でも常に側にいて世話を焼くのが当たり前のはずなのだが、殿下の希望でニコラがいる時は別の場所で待機することになっている。窓の外に旗が上がったら殿下の元に馳せ参じるのだ。
いつ呼ばれるか分からないので油断は出来ず、側にいない方が仕事量は少ないだろうが側にいた方がラクだろうな。
ニコラはしばらく彼を目で追っていたがフィリップに目を戻した。
少し目を伏せて階段にとどまっている。ボーッとしているというか、元気が無いようだ。
「殿下、お話したい事があります。場所を変えてお時間を頂けませんか」
「ああ、もちろん時間はある。私の部屋へ来るか」
「いいえ、狭いですが私の部屋にいらして貰えると助かります」
だって、さっき従者を返してしまったのだ。
殿下の部屋のティーセットなんて怖くて触れないし、殿下にお茶を入れさせるわけにいかないだろう。まぁそれだけの理由だが。
お互い神妙な顔をして立っていたがニコラの心中はそんなところだ。
「着替えたら行くよ」そう言って去って行った。
既に部屋に呼ぶことを想定して掃除やお茶菓子の用意はしてあった。お湯を沸かしているとフィリップが来た。
シンプルなシャツが抜群に似合っている。
ここ最近、ニコラと走ったり筋トレに昼の剣術、その成果だろうか身長が急に伸びて筋肉も付き体格が良くなった。
ついこの間まで胸は薄く、長い手足はヒョロヒョロと細かったのに、すっかり逞しくなりもう少年とは言わせない、立派な青年だ。
ソファに座ると長い足が余る。ゆっくりと背もたれにもたれて聞いた。
「話って何だい?」少し警戒させてしまったようだ。
「単刀直入に言わせていただきます。今週学園にお見えにならなかったので大変心配しておりました。
差し出がましい事ですが、提案させて頂きたい事がございます。殿下のお心を苦しめる物と5月頃の長期静養は関わりがありますね?もっと言えばきっかけとなった事件がありますね?私はその時の顛末を記した資料があると知りました。それを殿下に全部見ていただきたい」
口を挟む隙を与えず一気に言った。
フィリップはしばらく呆気に取られたようにポカンと口を開けニコラを見る目を瞬かせていたが、思案するように顎に手をやった。
「なるほどね、確かにそういうものがあるはずだ」
組んだ脚に手をやり、顔を上げて言った。
「もう少し前なら、見るのは怖くて耐えられなかっただろう。今も耐えられないかもしれないが。でも、良い結果を期待することも出来る。いいよ、見せてもらおう。全部」
「はいっ」
背筋を伸ばし返事をする。
「実は先週の日曜の朝、マルタンに偶然遭いまして。彼がその資料を準備すると申しております。どちらで見ますか?」
「そうだな、王太子執務室に用意してもらおう。マルタンとニコラ、2人に同席してもらう。今から言うと来週末になるだろうが来られるか」
「はい、ではすぐにマルタンに伝えます」
「お前からするより、私からした方が早いしラクだろう。エミールに行かせよう」
その日の夜、もう寝ようかという頃になってエミールが部屋を訪ねてきた。
マルタンはまだ宮殿で執務をしていたので「すぐ対応できる。殿下の都合で明日でも来週でも良い」という返事だったからフィリップは明日行きたいとのこと、どうなさいますかと。さすがマルタンもエミールも仕事が早い。もちろん行くに決まっているだろう。
王太子執務室にニコラは初めて入る。広くて重厚な佇まいだ。執務机や椅子、書棚やソファとどれをとっても素晴らしい作りだ。すでにマルタンが資料をテーブルの上に並べていて、項目別に綴られている資料は厚みのあるもの、薄いもの色々だ。聴取に関するものはやたらと堆く積まれている。
マルタンらしい。
分かりやすく全体の目録も添付されていた。
フィリップは目録を眺めていたが、まず概要を手に取る。
しばらく黙って目を通していたフィリップはそれをニコラに寄越した。お前も見ておけという事だろう。
・当該事件は前宰相ルナールが自らの復権を計って起こした事件である
・前王ベルトランをそそのかし、宴会を開かせ実行犯にする女と共に王宮に入り込んだ
・女を実行犯とし王太子の私室に送り込み、特殊な作用を持つハーブ『恩恵』を使って王太子を意のままに操ろうと企んだがその使用法の充分な知識がなく失敗に終わる
・検証したところ『恩恵』は長時間高濃度で燃やし、その煙を一定量以上吸い朦朧とした状態を経て効果を発揮する
・王太子に『恩恵』の影響はなく、朦朧とする前に極度の緊張状態から気を失ったと推察
・王太子は事件後心身こう着状態になる また、女性恐怖症になったと推察 静養を必要とする
・実行犯の女は自ら所持していた毒葉巻により死亡
・ルナールは取調べ後、処刑
・ルナール家は取り潰し領地没収
・前王ベルナルドはルナールが何をするか事前に知っていたが私欲の為に加担した罪で処刑
・ベルナルドとルナールの関係者は現在個別に処遇を検討中
・宴会に招かれた芸人は聴取後 おとりをした者を含め即時出国させる 以後この国に入国禁止
当の被害者であるのにフィリップは、これらのことは明かされておらず全て初めて知ったことだった。
前王と前宰相は記憶にある限り会ったことがなかった。それにしても僕の祖父だろう。孫をこんな目に合わせてまで何がしたかったっていうんだ?
そして次に手に取ったのは個別の調査書で『恩恵』について。
自分自身について書いてある物は見るのが怖くて後回しにした。
パラパラと目を通していく。
◇葉巻『恩恵』の調査書◇
『恩恵の検証』
女が所持する葉巻の効能を明らかにするため人体実験を行う
薬草学の専門家であるルメディ・キャマンとその助手がこれを検証する
取り調べについては宰相モルガン・オジェが行なう
検証は徴収した『恩恵』を使用しルナールに本事件について話させた
本人の自供とその様子を記す
<前提として事前に分かっている特徴>
強いマインドコントロール作用があり、一度聞いた命令は生涯絶対服従で解けることはないと言われている
過剰に影響を受けるともがき苦しみ出し死に至る
<恩恵の効果についての所見>
これは女が所持していた当該薬を含む植物の葉を巻いた葉巻を使い、ルナールで検証した事について記す
検証部屋(1mx1mx2mの特注の小部屋)に葉巻1本を30分かけて吹かし入れ、2本半使った時に急に効果が現れた。それまで事件に関しては黙秘、待遇などの要求をするなど高飛車で反抗的な言動をしていたが一時意識が朦朧としてやがて眠り、それが覚めたら態度が一転してなんの躊躇もなく質問すること、していないことまで自発的に懇切丁寧に喋り出した。
よって強いマインドコントロール作用があると確認できた。
意識が朦朧とする症状が表れたところで葉巻の火は消して検証部屋から出して独房に移した。自供半ばで命を失ったら全てを明らかにすることが出来なくなるため、死に至るかどうかの検証はしなかった。
しかし、その効果は失われることが無く、強力で死までの7日間ずっと従順に質問に答え、マインドコントロール下にあるのにあたかも自分で考え行動しているかのように見えた。
<検証方法>
検証用の小部屋に被験者を入れ、症状が現れるまでの時間、濃度を測定する。
検証用の小部屋の詳細は別資料(1−1)参照のこと
症状について観察する。
経過資料(1−2)
聞かせる言葉は「この事件に関し知りうる全てを話せ」「聞かれた事は全て答えよ」
マインドコントロール下で判明したこと(1−3ーx)
やり取りの詳細については別資料(2-3)
1-3-1 動機
1-3-2 入手経路
1-3-3 想定していた犯行方法と実際
1-3-4 関わった仲間
・
・
・
1-3-8 王太子への影響
・
・
<動機>(1−3−1)
マインドコントロールが出来る葉巻を手に入れたことから、積年の願いを叶えるために使うことにする。
現王に隠居させられたと恨みに思っていたルナールは、王太子を自分の意のままに操り復権する為、葉巻を使い娘に誘惑させることにした。再び王国の宰相として権力と金を手にすることを欲した為である。
<入手経路>(1−3−2)
ルナールはこの葉巻を持つ者のことを配下の男から存在を聞きつけ自ら会いにいく。男から効能を教えられ金を要求されたので相手を殺して手に入れた。使用方法は煙を嗅がせれば思うがままという程度の認識だった。
<王太子への影響>(1−3-8)
王太子に使われた葉巻は1本に満たず、短時間で濃度も薄く効果はない。企みは失敗した。
女は王太子に近づいたものの葉巻の薬が効いており、目が覚めたら女の思い通りに言うことを聞くと思っていたために、王太子に何もしなかった。
なお、現行犯で捕らえたが事情聴取中に毒の仕込まれた赤いラインの葉巻を吸い死亡。失敗した時の口封じにそうとは知らせず王太子には緑、他の者に対しては赤を使えと持たしていたとルナールが供述している。
尚、薬草学の専門家ルメディ・キャマンの既存の研究によると、現地では部族内に限る門外不出の嗜好品として扱われている。昔は神への儀式の時の捧げ物としてその葉を焚き染めていたらしいが、嗜好品の葉巻として利用するようになってからは別の植物を利用するようになったと口伝で伝えられている。
葉巻としては彼らの家は密閉度が低く風通しが良いため害になる濃度に達する事はなく『(神からの)恩恵』と呼ばれているのもマインドコントロール作用についてではなく、特別な嗜好品を我が部族の物に出来たとして付けられたのかもしれないとのこと。(焚きしめる時の葉は別の呼び方がある)
以上により王太子への影響は無いと断定する。
それはルナールで行った葉巻による影響を調べるための検証部屋での検証においても証明された。
◇調査書 終◇
フィリップは自分自身の事件時の状態やその後の様子を記した物を見るのを躊躇って先に見るのを避けていたが、なんのことはない、ここに王太子に薬の影響は無いと断言してあった。
そしてフィリップにとっての最大の重要事項、女は自分に葉巻の煙こそ吸わせたが、何もしなかったと書いてある。
その部分を何度も繰り返し読んだ。フィリップは速読をマスターしていたが、その部分は丁寧に字を追って読んだ。
これは公式記録だ。ウソは書いてないはずだ。
ホッとした。
僕は最悪の、女に手を出されて『純潔を、貞操を失ってはいなかった!』王太子になる資格を失ってはいなかったのだ。
ああ、良かった。
フィリップは頭を両手で抱えるようにして、ひとしきり安堵の涙を流した。
ああ、良かった!
恐怖で頑なだった心が解けていく。
しばらくして落ち着くと顔を上げ、ニコラとマルタンに言った。
「お前たち、今日はこれらを見せてくれてありがとう、私の憂いは晴れたよ。もう大丈夫だ」
「ああ!」マルタンが喜びの声を上げる。
この資料には、何か殿下の御心を鎮める鍵があったのだ。陛下も父上も他の面々も難色を示していたが説得して本当に良かった!
「殿下、良かったです。本当に良かった」とニコラも言い、3人は手に手をとってフィリップを長い間苦しめていた憂が晴れた事をしばし喜びあった。
人が良さそうなマルタンさん
宰相には向いてなさそうだよな〜
_φ( ̄▽ ̄ ;)
<登場人物紹介>
エミール・バセット フィリップの従者
パメラの次兄
ルメディ・キャマン 薬草学の専門家
薬草とくに毒草を研究するのが大好き!
毒草あらば、どこまででも足を運びます
今回は国王許可の下、設備も整えてもらって人体実験ができるなんて僥倖でした
また是非呼んで下さい!!
ベルトラン・プリュヴォ 前国王
フィリップの祖父
もちろんリュシアンの父
愚か者で享楽好き 当時も今も愚王と呼ばれています
ルナールとタッグを組んでいた頃に国をガタガタにしました
グレゴリー・ルナール 前宰相
用心深く狡猾な男です
ベルトランをそそのかし私腹を肥すのが大好き
今回は復権を狙っていましたが迂闊にも捕まってしまいました
きっと隠居中に焼きが回ったのでしょうね
ここまで読んでくださいまして、どうもありがとうございます!
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