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2話 プチシュー

 鍛錬場には材質や形を変えて長さや硬さの違う剣を揃えてある。実益があるとは言え、ほとんどニコラの趣味と言っていい。

 技術と体力がつくにつれ重く短く固いものが好みになった。


 一方、フィリップはこれまで師範が薦める軽くしなる細身のものを愛用していた。剣は得意な分野ではあったが重きをおいては無かった。


 しかし、ニコラと知り合い剣を交えるうちにその面白さに気がついた。

 今では鍛錬オタクで体力もあるし強いのだ。もっと振り甲斐のある物が使いたくなるのは自然な事だ。



 この国ではほんの20年ほど前に隣国と戦争があった。今は良好な関係を築いているが国のトップにいる者が強いに越したことがない。

 剣は実践でもスポーツとして使う場合も長さや形に規定はなく自分の好みでどんなものでも良い。いざというときに対策を取りにくくする為、敢えて決めていない。



 軽いものから振ってみて気に入ったらニコラと手合わせをしてみる。ニコラにもいくつか持ち替えさせて剣を交えながら性質の違いを確かめる。


 これは楽しい。それぞれの良さがある。本格的な防具を身につけて始めるべきだった。


 選ぶのが難しいと思っていた時、妙にしっくりくる物に出会った。



「これがいい、素早く振れて衝撃力も高い。この剣の工房を紹介してくれ」


「ちょうど我が領地にある小さな工房の物です。そこは丁寧で質の良い物を作ります。さっそくこちらへ呼びましょう」


「いいや、テスト期間明けの休暇中なら私用で出掛けられるだろうから私が行く。工房で制作しているところも見学が出来るようなら頼みたい」


「でしたら重心の位置やグリップの握り具合などより細かい調整が出来ますよ。私が作った時も完成した後に使ってみて更に調整することもありましたよ。鞘も含め、装飾も同じ工房で出来ます」


「そこまで拘って作ったなら練習用にするのは勿体なくなりそうだな。練習用と対戦用、儀礼用と何本も作りたくなるかもしれないな」

気に入ったという剣を手に楽しそうだ。



 なんと殿下が領地を訪問される上に我が領産の剣を使うという。光栄の極みだ。すぐに伯爵である父に報告せねば。領の発展の為に更に欲を言えば工房だけでなくあちこち訪問して貰えないだろうか。などと算段していたところへ執事が呼びに来た。



「そういえば領地と言えば、タウンハウスにはお前が休日に戻るだけだと言っていただろう、リリィはこちらにいつから住んでいるのだ」


 地方の貴族が王都に集まる社交シーズンは冬だけだ。


 だから春のこの時期は領地に戻っているはずなのだが侯爵家から母とリリィが招待を受けた為にリリィを連れてわざわざ来たのだ。


 気軽なお茶会とのことだがシーズンオフに呼び出されるのだから真意は別にありそうだ。



「実はアングラード侯爵から母上とリリィがお茶会の招待を受けてましてね、女性は準備が色々あるようで早めに王都に上がって来たのです。来たのは一昨日のことで私も先程久しぶりに妹と対面したんですよ」


「何、アングラードから? それでベルニエ伯爵もこちらに来ているのか」フィリップもこのお茶会の持つ意味に気が付いたようだ。眉を寄せる。


「アングラード侯爵の嫡男が今年十歳になるとかで・・・・。ええ、父上も来ています」



 リリィはまだ公の場に出たことはなく領地で暮らしているのだが、どこかで噂を聞いたのかもしれない。


 まだ幼いのにもう婚約することになるのだろうか。会えばまず気に入られてしまうだろう、侯爵家からの申し出であれば断る理由がない。

 ニコラは自分の手元から離れていくような気がして、つい嫡男のことにまで言及してしまった。



「ふむ、ベルニエ伯爵がこちらに居るなら是非挨拶をしておこう。パーティーなどで顔を合わせたことはあるが、もっと懇意にして良いだろう。近々領地に行くつもりだしな」とフィリップは言うとサッサと客間に入っていった。


 執事に父が帰宅したら殿下と話ができるよう手筈を頼み部屋に入るとテーブルには既にプチシューが高くツリーのように積まれていた。生クリームやフルーツを使って華やかに飾られているがリリィの姿はまだない。



 ソファに座ると程なくノックがあり開け放たれたドアからしずしずと籠を胸の高さで持ったリリィがティーセットのワゴンを押す侍女を伴い入ってきた。

 籠の中には可愛らしくピンクチョコレートをかけたプチシューが入っている。


 フィリップはリリィの側に行くと片膝をつき頭を撫でて

「上手に出来ているね、可愛い」と抱き上げてソファに戻った。もちろん、膝の上に座らせるのがデフォルトだ。


「上手に出来たんだけど、上手に出来なかったの」と困ったような笑顔を見せる。


 ニコラとフィリップが「ん?」理解しかねていると、リリィと一緒に入ってきた侍女が「発言をお許し下さい」と許可を得て説明した。


「リリィ様はシューにカスタードクリームを詰める作業をなさったのですが、最初はシェフの使う絞り袋だったので大きくて重すぎたのです。上手くシューに口金が刺さらず難しかったのですが今度は小さい袋でなさいますと、それはもうシェフも驚くほどの腕前でございました」



 それを聞いていたリリィは笑って言った。


「落としそうになって急いでギュッと持ったらね、上と下の両方からクリームが出て大変だったの。まだクリームを入れてないのにもこぼれちゃったし、リリィの服も顔も手も足もベトベトよ。床も靴も」


「なるほど、それで上手に出来たけど出来なかったのか。

 どれ、よく見せてごらん。とても美味しそうだ」


 安心したようにリリィは抱えていた籠の中がフィリップによく見えるように少し差し出してみせる。


「僕に食べさせておくれ」


 リリィは小さな指で一つプチシューを摘むと、フィリップの口に食べさせた。


「うん、今まで食べた全てのお菓子の中で一番美味しい」と微笑み、今度はフィリップが摘んでリリィの口元に持っていってる。



 普段から兄や従兄弟に可愛がられているからだろうリリアンはそれをすんなり受け入れてアーンして小さな口に入れてもらった。

 プチシューでもリリィが一口で食べるには大きすぎてクリームがはみでてしまったけれど、自分の指についてしまったクリームをフィリップが舐めている。


 あげく、お互い見つめ会って「美味しいね」と微笑み合っている。



 あれ?何、この甘すぎる食べさせあいこ。



 ニコラはフィリップの一人称が「私」が「僕」になっていることに気がついてしまって半眼で空気になりたいと願い始めた。言葉遣いで精神的な年の差を詰めてこようとしているようにしか見えない。


 フィリップは幼女が好きなのだろうか。


 もう目線がリリィの方しか向いてないし、初対面の6歳の少女と16歳の女嫌いの王太子という珍しい取り合わせなのに何だか会話も成立しているようだ。



 リリィは新しく着替えた白いエプロンの小さなポケットから、これまた小さなハンカチを出してフィリップの指をとり

「きちんと指を拭かなきゃ他を汚してしまうのよ、ほら、フィル兄様、拭いてあげますから指を出していてね」

 小さな指で難しげに拭いてやっている。さり気なく殿下におこごとを言ってるし。


 あっヤバイこの感じ、おままごとだ。おままごとが始まっている!

リリィに付き合わされるとお腹にハンカチをのせて横に寝かされ子守唄を歌われるのだ。

あれをされると何故かマジで寝てしまう。


 ニコラがリリィを止めようと声を出しかけた時、ハンカチは元のポケットに仕舞われた。


 危機は脱したようだ。



 リリィは結局、作業が難しく火を使うのは危ないとさんざん椅子に座って見学し、最後のクリームを詰めるところだけをようやくさせてもらえることになり張り切ったらしい。でも、最初はクリーム袋が大きすぎて上手く出来ずクリームがシューからはみ出たり表面を汚してしまったりでとても人前に出せない有様だった。挙げ句の果てに自分もクリームまみれになった。


 お風呂に入って戻って来てからは上手く出来たものの兄様達に食べてもらうには数が少なすぎた。出来が良いのは7個しかなかったのだ。


 気落ちしたリリィを慰めるために料理長が失敗したプチシューは生クリームを繋ぎにしてツリーにし、成功したプチシューはピンク色をしたチョコで飾って更に見栄えを良くしてくれたのだとか。



「僕たちのがちょっとしかないって心配したの?リリィが作った物なら失敗してたって美味しいに決まってるのに」


「フィル兄様に召し上がっていただくというお約束を守れないかと思いましたの。ちょっと涙が出てしまって皆を慌てさせてしまいました」とはにかむ。


「ありがとう、そんなに思ってくれて」

 涙をいっぱい溜めたリリィはどんなに可愛かったことだろうか、見たかった。


 フィリップはどさくさに紛れてリリィの額にお礼のキスをした。



 ニコラは額へのキスを見てしまったが現状に口を挟む勇気がない。もう、父よ早く帰ってきてくれと心の中で唱えるしかなかったがまだ苦行は続く。



 それよりこの部屋で起こっている異常事態に気を取られ、ニコラはフィリップが食べる前に毒味をしていないことにまだ気がついてない。


 そっちの方が大問題である。

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