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198話 いつもと違う夜

 リリアンが寝支度を整えて間の部屋に入り、そういくらもしないうちにフィリップが入ってきた。いつもなら有り得ないくらいの早い時間帯だ。



「リリィ」


「あっ、フィル様!もうお仕事は終わられたのですか」リリアンは振り向いていつも通り声を掛けた。




 今日は時計工房から戻ってからリリアンは応接間でニコラ達と過ごしていたがフィリップはヴィクトル達とすぐ王太子のサロンへ行ってしまった。だから全然一緒にいられなかったし、夕食も別々だった。


 夕食はいつもなら時間が近づくとフィリップが一緒に行こうと迎えに来てくれるのだが、今日は話し合いが長引いて王太子のサロンで食べることになったと言伝が届いただけだった。

 それにリュシアン国王も途中からフィリップ達の話し合いに合流していたそうで晩餐の間に現れなかったから、リリアンはパトリシア王妃と広い部屋の広いテーブルに着き二人っきり食べたのだ。



 フィリップとたった4〜5時間離れていただけなのに随分長く顔を見ていなかった気がしていた。一緒にいられなかった間に何があったのかいっぱい話したいこともある。



(きっとフィル様も私と同じで一緒にいられず寂しかったから早く会いに来てくれたんだわ!)



 そう思うと嬉しくて手に持っていたスノーボールをキャビネットの上に戻すとフィリップの元へ駆け寄った。


 こんな時、いつもならリリアンはフィリップに両腕を開いて迎えられ、抱き上げられてベッドに一緒に戻るのだ。そして広い部屋の広いベッドの上でフィリップの膝に座りくっつきあって寝る時間までお喋りをする。それが二人の日課でもあった。



 しかしフィリップは嬉しそうに近寄るリリアンから距離をとるように半歩下がり、両方の手の平を前に向け止まれの合図をした。


(えっ?)



 これはどう見ても近づくな、という意思表示にしか見えない。

 今までフィリップに拒絶などされたことがないリリアンには戸惑いしかない。



「フィル様?どうされたのですか・・・」



「来ちゃダメだ。

 リリィはもうすっかり綺麗に寝支度を整えているけど僕はまだ着替えてもないんだ」


 それからフィリップは眉を下げ残念そうに続けた。


「まだ今日中にやっておくべき仕事が残ってるからまた向こうに戻らないといけないんだ。でも30分くらいは休憩がある、だからちょっとだけリリィの顔を見に来たんだよ。

 今夜は遅くまでかかるかもしれないからリリィは僕を待たずに先に寝ててね」



 そう言われて見ると、確かにフィリップは豪華な装飾の付いた上着を脱いで若干ラフな格好にはなっていたが日中に着ていた服のままでまだベッドの上でくつろげるような状態ではなかった。

 改めて思い返してみるとフィリップは先に顔を覗けて一言声を掛けてくれることはあるけれど、この部屋に入ってくる時はいつもシャワーを浴びて寛げる服に着替えてからだ。



 リリアンは(なんだ、そういうことなのね)とホッとした。


 ふふっ、フィル様は私を汚したくなかったのね。

 泥が付いてる訳でもないしフィル様はいつだって綺麗だわ、着替えてからでなくても私はちっとも気にしないのに。


 さっきはちょっとびっくりしたけど、裏返せばそれほどまでに大切にされているということ。その気持ちが嬉しくて気を許すと顔が緩んでニマニマしてしまいそうだ。


 リリアンは気を引き締めて口元に笑みを浮かべ頷いた。



「はい、分かりました」



 フィリップはその言葉に頷き今日は奥のソファに座ると言った。

 リリアンもそちらに行ったが、近付くなと言われたくらいだからいつもみたいに膝の上に乗るわけにいかない。

 だから小さなテーブルを挟んだ向かいのソファ・・・オコタン専用席に座ることにした。




 リリアンは座面が少し高い一人掛けのソファに自力で上るとクルリと向きを変え、オコタンを抱いてちょこんと座った。



 フィリップはそんなリリアンの様子を黙って見ていた。


(銀の民の子は5歳頃までは我々と同じ位だがそれを過ぎると成長が早くなるという。ニコラがどうだったか思い出して見ると確かにそうだった、特に身長の伸び方に特徴があって学園に入学する12歳頃になるとその差は顕著だったっけ)


 改めて見るとリリアンもその御多分に洩れず7歳の女の子にしては背が高く、いつの間にか出会った頃とは見た目の印象も随分違っていた。

 あの頃はまだ幼女と呼べる幼さだったのに一年も経たない内にとてもじゃないがもう幼女とは呼べない雰囲気になっていた。


(でも愛らしいことにかけては今も変わりない、リリィはオコタンを抱いているのがよく似合う)



 うっかり見惚れていた。



 ふと我に返り、リリアンがすっかり落ち着いてこちらを見ているのに気が付いて口を開く。


(そうだ、今日の会議の結果について話しておこう)



「リリィ、今日父上達が話し合ってたグレース夫人の爵位の件のことだけど、来週ヴィクトルが正式に辺境伯となる同じタイミングでグレース夫人単独で一代侯爵とすると決まったよ」


「一代侯爵、ですか?」とリリアンは首を傾げた。



「うん、通常だと侯爵の爵位は王族から臣籍降下する時に国王から賜るものなんだ。

 だから本来ならアンリ殿下がプリュヴォ姓から除籍される時に新しい家名と侯爵の爵位を得て、子と孫の代までその爵位を継ぐことになるのだけど今回は前例の無いケースでね、アンリ殿下は王族籍のまま亡くなったことになっていたし、グレース夫人は既に辺境伯に嫁いでいて爵位的には同列、しかも辺境伯は亡くなっているということで解釈で意見が分かれてなかなか一つに絞るのが難しかったそうだ。

 我が国は一人で複数の家名や爵位を持てないから家名についてもどうするか悩みどころでね、今から家名を新しく作るとグレース夫人はジラール姓から離れることになり離婚して家を出たみたいになってしまうし。

 それで結局家名は今までと変わらずジラールとし、ジラール侯爵としたんだ。

 そして混乱を避けるために便宜上『前辺境伯夫人』と呼んだり名乗ったりすることは問題ないということにしたよ。これは爵位を表すものではなく通り名としてだ。

 この後これで問題がないか僕はバヤールやダルトアともう一度最終チェックをすることになっているんだ」


「もう遅い時間ですのに大変な作業ですね。フィル様、私のお祖母様の為にどうもありがとうございます」


「うん、グレース夫人に侯爵の爵位を与えることはその出自から当然のことだからいいんだよ。

 ちなみに前辺境伯夫人の通り名については本人の希望が通った形だ。国王に自分からこんなことを要求したのはおそらくグレース夫人が初めてだろう、通常2つの爵位は名乗れないけど実際にそうだし、名乗れないと確かに不便が生じると特別に許されたんだ。言ってみるものだよね」とフィリップは笑った。



「うふふ、そうだったのですね。

ああ、でもお祖父様がいらっしゃったらお祖母様が侯爵になると聞いてどんなに喜んだことでしょう、お聞かせ出来ないことが残念でなりません」


「それはどうだろう、僕が辺境伯だったら侯爵より辺境伯夫人のままでいて欲しいと思いそうだ。グレース夫人には事実として侯爵の資格があるのだから僕がどうしようと侯爵になるのだが、そのキッカケを作ってしまって辺境伯には悪いことをしたかもしれないね」



(彼らの言い草から察するに辺境伯とその息子達は夫人を王族に取られたくないあまり見つからないように隠していたらしい。辺境伯がもし生きていたなら反対されたかもしれないな・・・)とフィリップが亡き辺境伯に思いを馳せているとリリアンが言った。


「ええ、爵位のことだけを考えるとそうかもしれません。でも家族を知らずに育ったお祖母様が両親が誰か知ることが出来たのですもの、きっとお祖父様も喜んでくれていると思います。お祖母様のことをとても大事に想っていらしたのですから」


「そうだね、ちょうどヴィクトル夫妻に辺境伯が代替わりする時にグレース夫人が王都に来ることにし、出生まで明らかになったのは出来過ぎているね、元よりこうなる運命だったのかもしれない。もしかしたら辺境伯の導きだったのかもね」


「いいえ、全てフィル様のお陰です。

 フィル様がまずお祖母様がアンリ殿下とアナベル様の子供ではないかとお気付きになり、たくさんの資料を当たって皆が確信出来るだけの証拠を集め、舞台を整えて下さったからですよ。

 フィル様がそうしてくださらなければお祖母様が王都に来られてもただそれだけで何も分かりはしなかったでしょう?」


「・・・そうかな」


「はい、きっとそうです。

 お祖母様の心にずっと引っ掛かっていたという出生の秘密が解けたのですもの。私、フィル様のご尽力に心から感謝しております」とリリアンはにっこり笑って礼を言った。



 ああ、リリィと話をしていると心が幸福感で満たされていく。


 僕はその立場上いつだって褒められ大したことをしていなくても上げ奉られてきた。だから上辺だけ見てむやみに褒められても嬉しいというより逆に冷めた気持ちになるのだ。


 でもリリィは違う。

 いつだって僕が自分で気付かなかったことや気付いて欲しいことに気付いてくれる。そしてそこにいつも僕に向けられる細やかな思いやりが感じられるのだ。

 こうして可愛らしい微笑みと優しくねぎらう言葉をかけられると僕のことを理解してくれてると感じられるし、それまでのあらゆる苦労が報われたような満ち足りた気分にさせられる。リリィは僕に取って本当に愛らしい女神だ。


 いつもなら、ここでお礼を言って抱きしめる。


 でも今は時間があまり無いしこれ以上話が膨らまないように早く話題を変えねばと焦る気持ちもあってそうはしていられない。


 一代侯爵になったとだけ伝えれば良かったのに今の今までこのことについて話し合っていた為につい詳しく説明してしまった。でも途中からリリィは頭がよくて聡いので気付かれはしないかと気が気ではなかった。

 本来なら三代まで継ぐことを許されている爵位をどうして一代だけとしたのか、敢えて語らなかったその理由を問われると僕はとても困ってしまうから・・・。


今夜のフィリップはいつもと違う

どうやらリリアンへの想いを募らせていってるようですが

聡いリリアンの目にはどう映ったのでしょう

_φ( ̄▽ ̄ )


長〜くなったので2話に分けました

次回後編に続く!!


ちなみに後編はまだ書き上がってません!!前半上げちゃって大丈夫でしょうか!?



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