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191話 辺境の王女は我らが誇り

 グレースの興味がエミールのアンリ邸に移ったのを見て、フィリップはそろそろ至宝殿を出ようと皆に声を掛けた。


 アンリの展示台を離れ、壁に並ぶ歴代王族の肖像画を眺めながら順路を進んでいると当たり前のことだが辺境にゆかりのある王女ピピの肖像画の前を通りすがった。

 初代辺境伯と共にピピは彼らのルーツだ、ここは絶対に素通りは出来ない。



「この絵に描かれているのが王女ピピとララだ」


 フィリップの声に皆は足を止めて絵がよく見えるように広がった。



「ほう」と声があがる。


 明るく日差しの入る部屋で、ピピは膝の上に本を広げて語りかけるように口を開き、目線をララに向けている。ララは姉の膝に乗りたいのか本の挿絵でも見たいのか上体をピピの方へ寄せてピピの腕に手をかけている、そんな微笑ましい光景だった。


 きっとアルトゥーラスが離れ離れになる娘たちの仲の良い姿を残しておきたいと考えて描かせたのだろう。

 王族の肖像画は大抵家族揃って椅子に座ったり並んで立って澄ました顔で描かれているものばかりだから、このような普段の姿を描いたような絵はとても珍しかった。



「ピピが幼い妹ララに童話か何かを読んでやっているところだろう、建国からピピが辺境に嫁入りするまでの半年ほどの間にアングラードの岩山城で描かれたものだ。ピピが12〜13歳、ララが3歳の頃だ。

 辺境領に雪がない夏に移動したかったらしくピピの嫁入りはかなり急いで行われた。反対にジルはララが小さかったので結婚はかなり待たされたらしい」



「この方が王女ピピ・・・とても可愛らしい方ですね」とリリアンは微笑んだ。


 リリアンはピピの絵を見るのは初めてだ。ベルニエのお屋敷にもタウンハウスにも歴代ベルニエ伯爵夫妻の絵は飾ってあったが辺境の御先祖様の絵は飾られていなかった。


 絵の中のピピの目の色は青く、髪は長く明るい金髪でゆるく波打っている。

 あまり裾の広がっていない足先の見えるシンプルなドレスを着た普段通りの様子を写した姿は飾り気がない。アナベルのまるで本物の王女様のように全身隈なく磨き上げられ豪華なドレスを纏って愛らしく微笑む姿とは対照的だったがピピだって性格が良さそうでやはり愛らしい。

 それに何より母親が違うのに姉妹仲が良いのが素敵だ。

 ララは横向きで笑っているので目の色はよく分からないが髪は茶色で編み込みをしてもらっているようだ。



 ちょうどフィリップの側にいたヴィクトルが言った。


「13歳で嫁入りですか、この絵を見るとピピはまだ本当に子供じゃないですか。我が家にある肖像画に比べると随分と幼さが残っていますね」



「ああ確かに辺境にもピピの肖像画があって然るべきだな。どんなものがある?」



「何枚かあります。結婚した時の夫婦並んでいるものと子を抱いているものがホールに飾ってありますが、他にも何点か見たことがあります。でも、このように髪を下ろしてラフな格好をしている絵は覚えがありません。うちにあるのはどれも辺境伯夫人という落ち着いた感じですよ」



「ほう、何枚もあるのか。なら肖像画の他にも何か残っているだろう」



 フィリップは辺境の王女に興味を持った。

 記録ではピピは辺境に嫁いで以降に王都に戻ったことは無く、どんな暮らしぶりだったかなどの逸話は残っていない。13歳で嫁ぎ、子を一人産み、27歳で早逝した、それくらいしか分かっていなかった。

 当時の辺境は今よりもっと隔絶された地域だったので情報が伝わりにくかったのだろう、辺境に何か資料が残っているなら見てみたいものだ。



「初代のしかも王女様ものですから何かあるはずですが私はそれについてはよく知りません。それらを管理していた父亡き今、きちんと調べ直してみないといけませんね」


「調べ直しか、それは面白そうだな」



 100年分、もしくはそれ以上の雑多な物が堆積した保管庫の整理なんて大変の一言に尽きるのだが、フィリップが心から自分がやりたそうに言うのでクレマンはその様子に感心して言った。



「それにしても王太子殿下はとても歴史に造詣が深くていらっしゃいますね。

 今日の歴史解説も素晴らしく興味深く拝聴させて頂きました、それに学者さながらの知識の深さと豊富さに本当に驚かされました。

 リュシアン様は学生時代、あまり歴史を好まれなかったように記憶しておりましたので余計に・・・ですね」


 ついリュシアンのことに言及してしまったがさすがにリュシアンを下げてフィリップを上げるような比較対象として使ったり、学生時代のダメっぷりをここで並べたてる訳にいかず、クレマンがゴニョゴニョと言葉尻を誤魔化したのでフィリップは苦笑して言った。



「確かに父は歴史があまり好きではないようだ。

 だが私も後学の為に古文書の解読法を習ってみたことはあったのだが、それは歴史が苦手な父のサポートが出来ればと思ってのことで元々は歴史に強い関心を持っていたわけでは無かった。

 何を隠そう歴史に興味を持ったのは昨年ベルニエを訪れた時にニコラ宛てに届いたリリアンが何者かに狙われていると忠告するあの手紙がきっかけだ。

 何度読み返してもいったい何を気をつければ良いのか分からなかったが、7歳のリリアンが恨みを買うことをしたなどということは有り得ない、だから出生の何かが関係しているのではないかと考えたんだ。

 辺境伯もしくは銀の民の末裔であるということから両者の歴史を紐解くことで手掛かりを探そうとするとそこから他の歴史との兼ね合いも出てきて更に調べて、としているうちに王族の歴史にも詳しくなった。

 手紙の謎は未だ解けていないがこれからも探し続ける。

 最初は遅々として進まず焦りを感じることもあったが今ではコツも掴んできて古文書も随分と読み易くなってきたし、毎日短時間でも集中して取り組むことで成果も出てきている。

 今ではもう古文書解読という工程自体が私の楽しみの一つになっていると言っていい、これほど打ち込めるものが見つかったのはリリアンのお陰だ。いいやそうじゃない、リリアンの存在こそ無限に湧いてくる興味の源なんだ」




「・・・。


 王太子殿下。


 リュシアン様が歴史がお好きでない理由をご存知でいらっしゃいますか」




「いいや聞いたことがない、お前は知っているのか」


「はい、多分」とクレマンは声をひそめた。


「これはオーギュスタン様にお聞きした話でリュシアン様が仰っていたのではないですが、まだお小さいリュシアン様とオーギュスタン様に歴史を教えた者が、お二人の母君を森の出身だと言って何かにつけ揶揄していたそうです。それが有り得ないような酷い内容で大層不快だったとか。

 不敬で罪を問えば良かったし直ぐに懲戒なり解雇なりしても良かったのですが、お二人はその理由を明らかにするとどうしても母の耳に聞かせたくない言葉が入ってしまい母を悲しませるとそれを恐れて黙って辛抱し続けたそうです。

 その反動でお二人とも歴史がお嫌いなのだそうですよ。オーギュスタン様はまだ試験に響かない程度には勉強をなさっていらっしゃいましたが、リュシアン様は歴史を勉強しているとその時の事を思い出して脳が情報を受け入れるのを拒否するのだそうですよ」



 オーギュスタン様とはリュシアンの一歳下の弟だ。

 この頃はまだパン屋になる未来などまるで知らず第二王子として暮らしていたのだ。二人は仲の良い兄弟でよく勉強や鍛錬を一緒にしていたからクレマンとも親しかった。



「・・・なるほど、そんなことがあったのか。黙って耐え続けるなど父に似合わぬことだが、その理由を聞けば父らしい。

 それにしても次期王妃でありラウルの末裔であるレオノールを直接息子である王子相手に愚弄するような者を重用していたとは全く嘆かわしいことだ」


「当時の国王陛下ヴァレリアン三世の前では良い顔をしていましたからご存知なかったのでございましょう、ベルトラン王太子の方は・・・どうだったか存じ上げませんが」



 本当はベルトランのヤツがソイツを息子たちに付けて嫌がらせに言わせていたと疑っている。

 アイツは甘言につられやすく怠け者で女好きの賭け事好き、遊び呆けるばっかりのヤツだったから賢いレオノール妃が目障りで仕方がなかったのだ。いっそのことそう言ってやりたかったが、あれでも一応、四世を名乗る国王だから滅多なことは言えないのだ。

 ヴァレリアン三世は賢王と呼ばれたが、実はこの三世の晩年からベルトラン四世の時代がプリュヴォ国の歴史の中で一番王室が乱れ、国が荒れた時代になる。

 それもこれもベルトランが怠け者で賢くなかったのが原因だ。



「ベルトランは国王をした時代もあり、私の祖父でもあるが、そうであることが恥ずかしい。あのような者を王位に就かせたのは本当に最悪の選択だった」


 フィリップはクレマンの様子から言わずに胸に仕舞った言葉を感じ取り、そう返した。





 フィリップとクレマン達が真面目な顔で話している輪にリリアンもいたが、それはフィリップと手を繋いでいるからで頭の上で繰り広げられる話には加わらずピピとララの絵よりもっと先にあるアルトゥーラス一世とその家族の肖像画と思われる一枚を首をのばして見ていた。初代の王様がどんな人なのか興味があったからだ。



 そんなリリアンの元へグレースに振られたニコラがやって来て言った。

 グレースはまだエミールと何か楽しそうに話していたからニコラは暇を持て余していたのだ。



「リリアン知ってるか、我らの初代辺境伯夫人の真の姿を」とニコラ。


「お兄様、急にそんなことを言われても分かりませんよ。真の姿があるという事はこの絵はマヤカシの姿ということですか?」とリリアンは首を傾げた。



 ニコラは腕を組み、威張って言った。


「ふふふ、俺が教えてやろう!

 我らの始祖、王女ピピの知られざる真実をな!!

 王女ピピを読書好きの大人しい令嬢と思ったら大間違いだぞ、ピピはな大力持ちだったんだ!!」



「え?力持ち?こんなに可愛いらしい女の子なのに?」



「ああそうだ。辺境の野っ原にはな、見た目より重い、でも持ち上げるのには手頃なサイズの石がゴロゴロあるんだが、昔それで力比べするのが男達の間で流行ってな、それに何故かピピも参加したんだ。

 競い方は何種類かあったらしいが、ピピがやったのは一番重い石を持ち上げた者が勝ちというルールのやつだ。もちろん同じ石を持ち上げた場合は持ち上げた時間が長い方が勝ちだ。

 三回挑戦出来て、一番良い成績で比べる。簡単そうだが必要なのは力だけじゃない、どの石をどんな順番で持ち上げるか自分の体力の限界との兼ね合いもあるし、ライバルの気力を削ぐ為の心理戦も必要になったりして事前に立てる作戦も重要ポイントだ。

 ピピは一発勝負に出て2回パスして3回目でいきなり120kgの石を持ち上げたんだぜ、凄くないか?それで優勝した上に女性部門の金字塔も打ち立てたんだ。ちなみに歴代2位の記録はお祖母様の3kgだ。

 さらに言うと120kgって言ったら俺よりまだ重いんだぞ」



「ええーっ、嘘でしょ?凄すぎますよ!

 とてもじゃないですが私はたぶんお兄様の足一本も持ち上げられませんよ」



 さりげなくグレースの記録が披露されたがピピの数字が凄すぎてスルーされてしまった。


 そしてリリアンが試しにとニコラの左足に抱きついてきそうな体勢になったので、ニコラが近づいて来れないように頭を押さえると、両手を前に出したままリリアンは進めなくなった。なんだかゼンマイ仕掛けの人形のようだ。



「待て!俺を持ち上げようとするな、試さんでいい」



 途中からニコラ達の会話に気付いて見ていたフィリップは笑って言った。


「リリィ、可愛い」


 じゃなかった。


「なんだ、ニコラは王女ピピが力持ちだって知ってたのか、知らないのかと思ってた」



「ええ、知ってます。

 何せピピの墓石はその持ち上げたという120kgの石ですからね。

 ピピの名の下に『120kgこれを持ち上げし怪力女ここに眠る』って彫ってありますし、その前で毎年夏祭りも開かれますから王女ピピ怪力伝説は辺境では常識中の常識です」


「そんな言葉を墓石に入れるなんてひどいな」



「いいえ逆です。力比べで記録を作った石に名前を入れておいて亡くなったあとそれを墓石にして自慢するんです。先に名前が入っている石は他の人も持ち上げても良いけど墓石には使えないというルールがあります。

 ルミヒュタレとピピの墓石はそれぞれ周囲の石より大きくて圧巻ですよ、皆に尊敬されてます」



 ニコラが嬉しそうな顔をして話すからツッコミにくいが怪力女って称号はどうなんだよ・・・もしかして辺境では褒め言葉なのか!?


「そうなのかもしれないが、途方もないことをするというか、なんというか・・・」



 フィリップが呆れた声を出したからかヴィクトルが真面目な顔でニコラの説明に付け加えた。



「そういうのが流行っていた時期があるんですよ。

 田舎で娯楽が少ないせいか、よくそういう力比べ的な競争が流行っては廃れていくのですが力石の力比べは繰り返し流行る人気の遊びです。

 しかし墓石にするのは運ぶのが大変だから本当に一時期流行っただけで今はもうする人はいません。大体、石のあるところと墓地はとても遠いのです。山何個分も離れているのですからあれを運ぼうなんて考えた昔の人はちょっとおかしいのですよ」



「なるほど、でもそれが辺境の娯楽だったんだな。

 ちなみに王都でもピピにそれ系の話があるの知ってるか」


「いいえ、何かあるんですか」とニコラはきょとんとしている。



「ああ、王女ピピは建国祭の余興のレスリング大会女性の部で優勝してるんだ」とフィリップが言うと、途端に男たちは手を突き上げて喜んだ。



「さすがピピ!」

「やるなぁ!我らが初代は!」

「レスリングか、通りで下半身が強いはずだ!力石も持ち上げられるわ!!」


 ニコラ、ヴィクトル、クレマンはそう言って納得顔でワハハと笑った。やっぱり彼らにとっては強ければ強いほど誇らしく自慢のタネになるようだ。



 ピピは遠い辺境の地で何を思いどんな暮らしをしていたのだろうと考えた時、家族や親しい者と離れて二度と会えず寂しかっただろうと思うが、でも案外その強い体力で率先して皆と関わり楽しく過ごしていたのかもしれない。

 元々の素質がなければ120kgの石を持ち上げられるなんて伊達や酔狂じゃ出来やしない、きっと辺境の生活はピピに合っていて伸び伸びと暮らしていたに違いない。




「120kgか、そのピピが持ち上げたというその石を見てみたいものだな」



 フィリップがそう呟くと、ヴィクトルは「是非、お越しください辺境のジラール領へ」と笑顔で応えた。



 その瞬間、フィリップの脳裏にまだ見ぬ辺境の風景の広がった。

 すっきりと晴れた空の下、どこまでも広い高原に丸い石がポンポンと転がっている。そこにリリィと立つと爽やかな風が吹き抜けていくのだ。




 そうだ



 いつか行こう、辺境へ


 リリィと一緒に




 フィリップの思い描く未来には、いつだってリリアンが隣にいるのだ。


王女ピピ、恐るべき身体能力!!

_φ( ̄▽ ̄; )


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