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187話 ニコラ藪蛇をくらう

 しばらくフィリップにしがみついていたリリアンだったが、少しして顔を上げて聞いてきた。



「ねえフィル様、こんなに大きな事件なのに私は事件の事もアナベル様の事も存じ上げていませんでした。リュシー父様もアナベル様の事をご存知無かったようですし、これらの事は勉強しないのですか?」



「いいや、もちろん王族教育でも学園でも歴史の授業で習うよ。

 もっとも学園では王権簒奪を目論んだ者がいたことと、それに巻き込まれた王族がいたということでアナベルの名が出るくらいだけど僕たちにとっては重要な事件だからこの辺りは詳しく学ぶ。

 ・・・だから父上も知ってるはずなんだけど、たぶん忘れているんだろうね。王権簒奪事件に巻き込まれた娘の話だと言えば思い出したと思うんだけど・・・何でか分からないけど、父上は歴史の話となると急に興味が無くなるみたいなんだよ」



 そんなフィリップの言葉にクレマンが「確かにそうですね」と呟いた。


 クレマンはご学友だったから知っているが学生時代のリュシアンは歴史を極端に苦手としていた。それこそアナベルの事どころか二世の王妃の名前を聞いても答えられないと思う、そんなレベルだ。


 もちろん何故かと聞いたこともある、そうしたら「会ったこともない奴の名前や何をしたかなどそんなに大量に頭に入るか!こっちは他にももっといっぱい覚えなきゃいけない重要なことがあるんだぞ!!」とその時はそんなことを言っていたっけ・・・未だに暗記科目は苦手なんだと、ちょっと遠い目で思い出した。




「私は歴史の話は好きです。先ほど聞いたお話も面白いかったからもっと知りたいと思ってお聞きしたのです」


「ああ、そうなんだ。

 リリィがアナベルの話を知らなかったのは歴史の勉強は後回しにしてるからなんだ。リリィが王宮に来てから入学まで半年もなかったし受験もあったからそれに必要な概要だけやったんだ。

 これからリリィが宮殿で習う歴史は学園で習うよりもより詳しい王族向けのもので、王族目線の歴史になる。どっちがどっちか混乱しないように授業の内容に合わせた進度で並行して勉強していくことになっているよ」



「そうなんですね、楽しみです」



「うん、その代わり地理の方は一通り終わってるからそっちは学園の授業を復習代わりにして宮殿の授業はもう行われない。これからは日々何かあるごとに情報を更新していくことになるんだ。

 例えば食事の時に父が色々な問題を話したり何か変わった事があれば話題にするよね、あれもその一環で母上や僕達に最新の情報を教えて共有する為なんだ。それ以外にも随時報告を受けることもあるよ」



「確かにリュシー父様は朝食の時に国中のあらゆる事を話題にされていますね、リュシー父様の地理の授業だったのですね」


「うん、でもそんなに肩肘張らなくても普通に聞いてるだけで大丈夫だよ。

そういえばそれで今思いついたんだけど、歴史は僕が教えようか?

 リリィの歴史のレッスンは今後は最新の研究を反映した内容でダルトアが担当することになっているんだけど、今日話していて僕の知識と若干のズレを感じたんだよね、ということは僕らの間で歴史の認識にズレが生じるということになる。それはちょっと困るからリリィにはいっそのこと僕が教えた方がいいのかなって思ったんだけど、どうかな?」



「えっ!それでは私の先生にフィル様がなって下さるのですか?」



「うん、ダメ?」



「いいえ、いいえ、とっても嬉しいです。フィリ様のお話しは分かりやすいし、とっても面白いからフィル様が先生だったら私1000倍頑張れます!!」



「そう?なら後で父上に言っておくよ」


「はい!」




 フィリップはリリアンが喜んだのでご機嫌だ。



「ではちょっと、リリィからの信頼を得るためにフィル先生の歴史豆知識を披露しようかな」


「わあ!さっそくフィル先生の授業ですね、うれしい!」



「では補足解説2にあったクロード派についてもうちょっと深掘りしておくよ?


 まず、前提としてアルトゥーラスと『デルニエの戦い』で一緒に戦った三騎士のジル、ラウル、クロードがいただろう?

 彼らはアルトゥーラスが国王となり建国宣言をした時にそれぞれ褒賞を受けた。


 ジルはアルノーという姓を賜り騎士団の総長となってオリアーヌ妃を母に持つ王女ララと結婚した。ジル以降三代は侯爵を名乗っていたよ。ご存知レーニエの家系の話だ。


 ジルの弟のラウルも同じくアルノーという姓と伯爵位を賜り『枯れずの森』を守る役割を得た。侯爵でなかったのは王女が降嫁しなかったからだ。王女はピピとララの二人しかいなかったというのもあるが、彼は既に心に決めた女性がいてその人と結婚した。

 だからアルトゥーラスはラウルに代わりにもし次代に王女がいたらラウルの子に娶らせ、その時に侯爵位を与えようと言ったんだ。でも結局そうはならずラウルの息子ガーラント・アルノーは第二代宰相の娘のアリアーヌと結婚した。

 アリアーヌはレオノール前妃の母親だから、実はラウルは僕の母方の先祖になるんだよ」



「へえ、そうなんですか。みんなどこかしらで繋がっているみたい、面白いですね!」



 リリアンが本当に楽しげに聞いてくれて面白いと言ってくれるのでフィリップも話していて楽しい。



「でしょ?初代辺境伯ルミヒュタレもティエサ王妃を母に持つ王女ピピと結婚してるしね。勝利の褒賞として王女を降嫁させたから実は王家はアルノー家や辺境伯家と親戚関係にあるんだ。

 つまり僕もリリィ達もアルトゥーラス一世を祖に持つ親戚同士ということだよ」



「わあ、凄い!フィル様と親戚だなんてビックリです」



「だよね。ちなみにガーラントは宰相の一人娘と結婚したけど宰相にはならず家業を継いで『枯れずの森』の長になったんだ。

 宰相は他の人でも出来るけど『枯れずの森』はラウル一族の自分にしか出来ないと言ってね、僕はこれを賢明な判断だったと思うよ

 そして娘のレオノールはベルトラン四世の妃になったからこれでようやくアルトゥーラスとの約束を果たす形で生家の当主であるガーラントが侯爵位を賜った。

 通常はそこから3代は侯爵を名乗ることになるんだけど、レオノールは王妃で夫は国王だし、その息子もまた国王だから結局侯爵を名乗ったのはガーラントだけなんだ。

 現在の『枯れずの森』の長はガーラントの妹の孫だ」


「三騎士の方々の子孫も脈々と続いているのですね」


「いや、それが実は後継がいなくて困ってるんだ」


「えっ、それは大変ではないですか」


「レオノールは一人娘だったのに聡明だった為に三世から息子ベルトランを王妃になって支えて欲しいと頼まれたんだ。

 だから本当ならうちの某系、例えば父上の弟とその子へと続くか、僕の弟へ続くかすれば良かったんだけどそう上手くいかなくてね。枯れずの森はとても重要だから早く次代を指名するべきなんだけど、逆に重要過ぎて決めかねている状態だ。

 父上は僕かレーニエの子に継いで欲しいと言ってるけど、そんなのまだ何年も先の話でどうなるか分からないしそんな頃まで現当主が元気でいてくれるか心配だよ」


「なんだ、それならレーニエはボヤボヤしてたらダメじゃないか、早くパメラと結婚させないと!」とニコラ。


「そうなんだよ」


「パメラがようやっと首を縦に振ったからお嫁さんになるのももうすぐですよ」


「首を縦に振ったというか、逆にプロポーズしてたけどな!」


「あれは傑作だったな」とフィリップが言って、皆が思い出し笑いをしたところでニコラが反省モードに入った。


「あっ、また話を脱線させてすいません。殿下、話の続きをどうぞ」



「ああ、じゃあ続きを話すとしよう。


 それでようやっとクロードの話になるんだけど、実はクロード本人は勝利の半年前に間違って毒キノコを食べて命を落としているんだ。


 褒賞は本来は勲功のあった者に与える物だから勝利した時にいない者に与えなくても良かったのかもしれないけどクロードは三騎士として有名だったから一応その功績を称えてクロードがいるものと仮定してクロードの家族にミルランの姓と伯爵位、それから王都から離れた所に小さな領地を与えたんだ。

 アルトゥーラス一世の特別な計らいだったけど、彼らは父の功績に比べて何もかもが足りないと文句を言ってきた。


 彼らの中で父親であるクロードはもちろんヒーローだろう、だが生きていれば父こそが国王になるべきだったという思いを強くして逆恨みしていたようなんだ。

 生きていればもなにも、戦いで命を落としたのではなく自分で作ったキノコスープを食べてだからね・・・なんなら重要な局面で一緒に行動していた仲間十数人を道連れにしてしまっているし。よく言うよという感じなんだけど、多分この頃からクロードの子らは王権簒奪を考えるようになったんだと思う。


 でも彼らは何かしようにも領地から王都は遠く、侯爵でも国王の側近でもない。そんな風に地理的にも地位的にも中央からは遠い存在だったからなかなか手が出せなかった。

 それで彼らも色々考えた訳だよ。

 ジルとラウルはテルニエの戦いの時は十代だったけどクロードは二十代半ばでもう子供がジルやラウルくらいの歳になっていた。その子クロヴィスが亡くなった父の代わりに王女を娶ると言い出したんだ。

 王女は二人とも降嫁してるからもういないと言うと、ではラウルと同じように次の代で王女貰い侯爵位も貰うことにすると言った。

 いくら三騎士クロードの子でもそもそも爵位と領地を与えたのは過分な待遇だったから、次の代の約束はしないと断るとでは代わりにクロードの孫娘を二世の側妃にせよと迫ってとうとう声高らかに大行列を作って姉妹二人を送り込んで来た。

 あまりに煩いのでシルヴェストル二世は仕方なく城に入れたが二人がまだ年が若いからと言い訳をして離れに放置していた。そもそもそんな面倒な娘達の相手をするつもりは無かったんだ、それなのにさっそく妊娠発覚だ。手も出してないのに1ヶ月もしたら姉エメに子が出来たとクロヴィスが言い出したんだ」



「まあ大変、王の子をみごもったと騙そうとしたのね」とグレースが急に身を乗り出して来た。だって、こういう話が大好物なのだ。



「そう、シルヴェストル二世の元へ見目の良い娘を送り込みさえすればすぐに手を出すはずだと考えて先に仕込んでいたんだ」


「それでどうしたの?」


「エメを問い詰めると彼女がクロヴィスの娘というのは嘘で他人だった上に、お腹の子はクロヴィスの子だということが判明した。しかも妹も・・・これは本当のエメの妹だったらしいけど、同じ目に合っていてたまたま妊娠していなかっただけだった。

 どちらにしてもこれは重罪だよ、なのにシルヴェストル二世はクロヴィスの悪事を白日の元に晒さなかったんだ」


「まあ、なんで?」


「三騎士クロードの子を悪人にすれば三騎士のイメージが悪くなりジルとラウルまで嫌な思いをするしアルトゥーラス一世の功績に泥を塗ることになると考えたんだ。彼は父親をとても尊敬していた」


「でもそれじゃあ困るでしょう」


「もちろん困った」


 グレースがフィリップの言葉にいちいち合いの手を入れるから大盛り上がりだ。だけどリリアンは目をぱちくりして置いてけぼりだ。


 手も出してないとか仕込まれたとか、なんでそれがクロヴィスの子ということになるのかとか全然意味が分からない。



 それに気付いたクレマンが咳払いをした。


「んんっ!んんんっ!」


 でも、フィリップは気づかない。



 もぉ!王太子殿下はリリアンがそういった事に疑問を持ったり興味を惹かれたりしないように周囲の者は言動に十分注意するように、閨教育などもっての他だ!などと我々には言った癖に自分で何をやっているのだ。

 まったくと呆れてしまうが、だからと言って放っておくわけにいかなかった。



「殿下、もうそろそろ次へ参りませんか・・・」



「ん?ああ、そうだね」とフィリップ。


 クレマンの目配せについ調子に乗って喋り過ぎたと気が付いた。



「あらクレマンったら今いい所なんだからちょっと待ってよ、それで王太子様、その人達はどうなさったの?子供は?」


 ダメだ、今の母上は喰い付いたら離さないスッポンのようだ。



「まあまあ、母上もう時間が時間ですからそれくらいにしたらどうですか。

 ああそうだ、リリアン。もうじき学園でアナベル様の事を習うし、建国神話も習うよ。楽しみだね〜」


「えっ?」


 クレマンが誤魔化すように更に話を脱線させると唐突な話題転換にリリアンはキョトンとしたが、そこは気が利くニコラが華麗にフォローを入れた。



「確かに俺もアナベル事件について習った覚えがあるよ、もうちょっとサラッとした感じだったけど。でもその時はまさか自分のひいお祖母様の話だとは思わなかったけどな〜!」と大袈裟そうに言ってリリアンに向かってニカッと笑う。



「確かにな!思わん思わん。私も別世界の人だと思ってた」とクレマンもニコラに合わせて笑い、必死に盛り上げる。



「うふふ、それにもし歴史の授業でアンリ様の肖像画を見たならきっと皆んなお兄様が子孫だってすぐに気が付いたでしょうね!だってソックリですもの」


 ようやくリリアンも乗ってきて皆もそうだそうだと同意した。



「えーっと、つまりアンリ殿下は俺の曾祖父そうそふになるんだろう?でもなんか肖像画を見たらさ、似過ぎてて自分の仮装を見てるみたいで変な感じだったよ、というかなんか他人と思えん。

 もしかして俺って本当はアンリ殿下で時空を越えて現代にきたのかも、記憶がないだけでっ!な〜んてねっ!」


 ニコラが調子に乗ってふざけると、リリアンが兄のことを揶揄った。


「あら、アンリ殿下は医学を志して秘密の小箱を作った方ですよ、もしそうなら現代に来る時に無くしたのは記憶だけでは無いのかもしれませんよ。ねえ、ひいお祖父様?」



「お前達は面白いことを言うね」と久しぶりに聞く息子と娘の会話にクレマンが和んで笑っているとグレースがトトトとニコラに走り寄って来た。



「おとーさん!」



 ギョッとしてニコラが見ると、グレースがニコラの腕に両手で捕まって実に嬉しそうにしている。


「孫かと思ってたけど本当は私のお父さんだったのね、お父さん!」



「ちょっとお祖母様、さっきのは冗談ですからお父さんと呼ぶのはやめて下さい。私はまだ結婚もしてない学生ですから」



「うふふ、お父さん!会いたかったわ」


「いいえ、ひと人違いです。私にはこんな大きな子はおりませんっ」


 全然ニコラの言うことに構わないグレースと折れずに抵抗するニコラ。



「お父さんは背が高いのね〜」などとそれでも頓着せず成り切るグレース。




 ヴィクトルはそんな二人を見て当然のようにグレースの肩を持つ。


「まあそう言ってやるなニコラよ、母上がこんなに喜んでいるのだから孝行してやってくれ」



「ええ〜マジで?」




 フィリップがリリアンの前でした失言をクレマンと一緒にフォローしただけなのに、とんだ藪蛇をくらったニコラだが、これ以降も祖母からのお父さん扱いにちょいちょい困らせられることになる。


グレースは聞き上手♪

_φ( ̄▽ ̄ )



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