186話 歴史のキーパーソン
リリアンの言葉にフィリップは首を横に振り、ゆっくりと区切って、まるで諭すように言った。
「リリィ、ダルトアがアナベルの事を『歴史のキーパーソン』と言ったのはね、そういう社会現象を起こしたことを指して言ったのではないんだよ。
彼女はね、まさに、歴史のキーパーソンなんだ」
「?」リリアンは更に首を傾げた。
「フィル様、それではいったい何を指して言ってるんですか?」
「うん、それについてはこの補足解説2に書いてあるから読んでみるね」
「はい、お願いします」
「補足解説2。
4年後に何者かによってサミュエル・ミルランは殺害される、」
「えっ、えええ〜っ!マジでぇ!?」
フィリップが解説文を読み始めると、いきなりの展開に驚いたらしく素っ頓狂な声が上がった。
見ると、ニコラがうっかり殿下の朗読の邪魔をして、シマッタ!と言わんばかりに自分の口を押さえて固まっていたから思わずフィリップは笑ってしまった。
「ぷっ、ハハハ、お前良い反応し過ぎ!」
「はっ、すいません」
「いいけど、ここはシリアスなところだぞ」
それから何度か咳払いをしてフィリップはなんとか真面目な顔に戻した。
「え〜っと、改めてもう一回最初から読むよ?
4年後に何者かによってサミュエル・ミルランは殺害される。
それによりその父であるレイモン・ミルラン伯爵を筆頭とする「クロード派」が王権簒奪を企てていたことが発覚する。
内乱は未然に防げたもののクロード派は水面下で支持者を増やし組織になっていたこと、そして二世に献上された側妃が二人ともレイモンの手の内の者であったこと、更には不可解な事件や事故との関係も次々と明らかになり一大センセーションを巻き起こした。
またクロード派にとってサミュエルとアナベルの婚姻がそれを有利に進めるための最も重要な布石であったことが明らかになり、ヴァレリアン三世はそれが成されなかったことが幸いし結果として国の平和は保たれ悪の根源は成敗されたと声明を発した。
その声明の中で国王は従姉妹のアナベルが4年前に起こした事件についても言及した。
アナベルは彼らの企みの犠牲者だったとし、彼女の選択により国を揺るがす事態を免れたのだと感謝の意を示した上でよりこの国の安定の為にこれまで以上に国王として尽力することを約束し、 "アナベルの冥福を祈る" という言葉で話の最後を締め括った。
その為、国中でアナベルを英雄視する風潮となり平和と安定の象徴として全国の湖のほとりや公園にアナベルのブロンズ像が盛んに建てられた他、そこから転じて家内安全や厄払いの象徴としてアナベルの絵や像を屋敷に飾るのが貴族の間で流行した。
解説文はここまでだ。
・・・ね?
アナベルがサミュエルとの結婚を受け入れていたらその後の歴史が変わっていた、そういう意味でキーパーソンだったんだよ」
「フィル様、なるほどと言いたいところですけど、アナベルとサミュエルが結婚するだけで王様が変わるだなんてこと、ありますか?」
「ああ、大いに有り得るんだ。
サミュエルとアナベルの婚約話が持ち上がったのは、王太子ヴァレリアンの即位が決まりそれに合わせて次の宰相の選考をすることになった時だったんだ。
父親のレイモンは領地が王都から遠く、誰も国の重要なポストにも就いていなかったことから王権簒奪を試みたくても王に近づく機会さえなかなか無かったんだが、息子のサミュエルをようやく宮殿勤めの職に就かせることに成功した。それも宰相補佐になったところだ。
そんな駈け出しのサミュエルが有力候補と見られていたのはメルシ侯爵が推していたからだが、それでもライバルより宰相補佐の経験が浅いことがネックとなっていた。
だがもしアナベルと結婚することになればメルシ侯爵家と強い結び付きが出来るなんてものじゃない、アナトルとは義理の親子になるんだ。そうなると話は変わってくる、サミュエルは確実に宰相になれるんだ」
「でもメルシ侯爵はどちらにしてもサミュエルを応援しているのですよね?」
「そう、でも赤の他人としてより身内として応援する方が力の入れようも変わってくるし、他者から見てもサミュエルとアナトルが近い関係である事が分かりやすい。婚姻ほど強力な後ろ盾を得る手段は他にないと言っても過言ではない。
アナトル・メルシ侯爵は王弟でシルヴェストル二世の補佐をしていたから実績と強い発言力があったし、妻のモニクは初代宰相の娘だ。彼らが次期宰相はサミュエルが良いと推したならヴァレリアンも無視は出来ない。アナトルの機嫌を損ねて反発を食らったら上手くいくこともいかなくなってしまうからね。
そうやって宰相になったサミュエルが実権を握ると『クロード派』は動きやすくなる。
国王と他の有力貴族そして騎士団の動きも考えも全て分かる立場だし何より国王の一番近くにいる側近中の側近なのだから命を狙うチャンスはいくらでもある。
対して即位する前後のヴァレリアンは周囲を信頼しきっていて全く危機感を持っていなかったからとても無防備な状態だった。もしサミュエルが宰相になっていたら王権簒奪の目論見をいとも簡単に達成出来ていたことだろう」
「アナベル様が結婚するかしないかでそんなにも違ってしまうのですね・・・王様の隣に悪い人がいたら、いくら周りを警戒して守っても意味がないわ、なんて恐ろしいことなのかしら」
「そうなんだよ。
でもそれまで大人しくて主体性を持たなかったヴァレリアンはこの事件をきっかけに変わったんだ。いくら今回のことで王権が揺るがなかったからといってもそれは偶然そうなっただけだと気が付いたんだ。今のままではいけないと臣下との付き合い方も改め、思慮深く勉強熱心になり遂には賢王と呼ばれるまでになった。
ちなみにその時の宰相選を勝ち抜いたのはパトリス・ルビヤールだ。
彼は生家が没落し遠縁に養子に入り不遇な少年時代を過ごしたがひょんなことからヴァレリアンと知り合い友人になった。ヴァレリアンの伝手で宰相の御用聞きとして入相したんだが非常に優秀だったから宰相補佐に引き上げられていたんだ。しかし適正は高くてもルビヤール家が弱小中の弱小だったからアナトルがサミュエルを強く推せばパトリスは宰相になることが難しいという状況だった。
だが、アナベルが亡くなったことで国中からサミュエルは敵視されアナトルがいくら推しても世間がそれを許さないという風潮になった。宰相選ではあっさり負けて別の相に移動になったんだよ」
「最も適した方が宰相になられて良かったです」
「そうだね、もしミルランが国王になっていたら僕は今ここに居ないどころかそもそも存在してない。国の名前もミルラン国かクロード国に変わっていたかもしれないよ」
そう言ってフィリップが困った顔をしてみせるとリリアンの顔はみるみる歪んできた。余計なことを言って怖がらせてしまったかと急いで慰めた。
「でもそうなっても大丈夫。リリィは国境の防衛に欠かせない辺境伯の孫だから排除されることはないよ、ミルラン国になってもリリィはリリィだ」
「そんなの嫌です、フィル様が・・・」
リリアンが問題にしているのはそこではない。
フィル様がいらっしゃらないなんて、の『いない』という言葉を使うのも辛くて尻切れトンボのまま、どこにも行かせないとばかりにフィリップのシャツをクチャクチャに握り込んで俯いてしまった。
「リリィ・・・大丈夫、そうならなかったんだから。ほら、僕はここに居る」
フィリップがリリアンの頬に手を添えて上を向かせると、リリアンはその手に自分の手を重ねた。
瞳はうるうると揺れており、涙が今にもこぼれそうだ。
アナベルの悲しいお話が影響したのだろうか、フィリップの言うようにそれは起こらなかった仮定の話で悲しまなくてもいいと分かっているのに何故か強い喪失感にかられて気持ちが不安定になってしまった。
リリアンはそんな自分を恥じて早く落ち着かなきゃと焦っていたがフィリップは内心大喜びだ。
(あ〜〜可愛い!可愛すぎる!!
僕が居ないと言っただけでこんなにも悲しんでくれるなんて嬉し過ぎるよ。もうリリィ本当に可愛い!)
リリアンの背中をポンポンと叩いてやりながらフィリップはたまらない気持ちになった。リリアンの頭に自分の頬を当てて抱きしめる。
ただただリリアンが愛おしい。ああ、もっとギューッとしたい・・・可愛い。
何故か急にイチャイチャが始まった。
そうやってすっかり二人の世界に入っているが、ここにはリリアンの親族という名のギャラリーがいるのだ。
(あ〜もう、そういうのはせめて二人だけの時にやれと言いたい)
見えない所ならまだしもこれを皆の前でやるのだから周りは目のやり場に困っていたたまれないんだ。
いつものことながら居心地の悪さを感じたニコラがリリアン達から目を逸らすと、隣で祖母が「まあ」なんて言って手を合わせ嬉しそうに笑っているのが目に入った。
(え〜そういう感じなの?お祖母様にとって殿下とリリアンが仲良くするのは喜ばしいだけなんだ。そういや母上も眼福!最高!などと言っていつも喜んでいるな)
こういう時は同性の身内にと、そうじゃない身内は感覚が全く違うのだろうか。
父はどうしているだろうかとクレマンの方をチラと盗み見ると可愛い娘を(王太子という最高の相手ではあるが)余所の男に取られ、いかにも寂しそうに立っていた。
(そうそう、そうなるよね。分かる分かる)
可愛い娘が自分の手の内から離れて行くのだ。
父上も辛いよね〜と、しょぼくれた父の姿に同情せずにはいられないニコラだった。
アナベルはその動向で国の歴史を左右するほど超大物令嬢でした
それなのにその名を知らないリュシアンっていったいなんなんでしょうね・・・
次話はその辺りちょろっと明かされるかも
_φ( ̄▽ ̄ ;)
リュシアンのアナベル知らん発言は178話です
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