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183話 肖像画の前で

 肖像画は最近の物が手前にあってだんだん古い物というように並べられていた。

 入口から右手に行けば初代から時代を追って肖像画が見られるように配置してあるのを奥から逆順に辿ることになったからだ。

 それにしても一枚一枚が大きくて圧倒される。



 最初の一枚はもちろん現国王リュシアン、パトリシア、フィリップの絵で一昨年の花祭の時に描かれた物だそうだ。しかし絵を褒めようにも線が固く三人の表情も悪い。それぞれの持つ良さが充分描き切れていないのだ。褒めたらいかにもお世辞のようで言いにくい。


 リリアンも心の中で(こんな表情はフィル様じゃないわ、フィル様はもっとやわらかな笑顔でとってもキラキラしているもの)とガッカリして、ここに飾るほどの絵ではないと感じたがリュシアンもそう思ったらしい。



「この絵はわざわざ高名な画家を遠方から呼び寄せて描かせたのだがあまり気に入っていないのだ。今年はお抱え画家がいるからアレに描かせて入れ替えよう」


「マイヤ・カバネルですね」とモルガン。


「そうそう、それに」



 まあ実際はリリアンに会う前のフィリップは見目の麗しさはあったものの今みたいなイキイキとした表情をしていなかったし、友人相手でなかったら滅多に笑ったりしなかった。リュシアンとパトリシアも同じでいつもフィリップのことが気がかかりだったから今みたいに明るい雰囲気ではなかったのだ。

 高名な画家は腕が悪かったのではなく、しっかり内面までも描き切っていたのだ。でもだからこそ良い絵ではなかった。

 でも新しくマイヤに描かせたら今度はきっと素敵な家族の肖像画になるだろう。




「次の一枚は前国王一家の肖像画です。レオノール前王妃が亡くなる2年前に描かれた物になります」


 皆が「やはり似ている」などと口々に言うなかグレースもその絵を見た。



 そこには前国王であるベルトランとレオノール、リュシアンの三人が写実的に描かれていた。


 リュシアンは14歳。まだ青年になる前といった年齢だがもう面影はしっかりあって、教えられなくてもリュシアンだと分かる。

 リュシアンと父である当時の国王ベルトランは髪と目の色こそ同じだが顔や体型は似ておらず、ベルトランは怠惰な性格を反映してか太ってテカテカの赤ら顔、何に似ているか形容せよと言われたら誰もがガマ蛙に似ていると言うだろう、そんな感じだ。


 そしてレオノール前妃は確かに顔立ちはグレースの若い頃にそっくりだった。


 しかし髪色と瞳の色は絵を見る限り違うようだ。

 ベルトランとリュシアンがハッキリとした金髪と青い瞳で描かれているのに対してレオノールのそれは金髪かどうか分からないくらいとても薄い茶色に見える。瞳は青と緑両方の色を使って描かれているがどちらかというと緑色だろう。


「あら、どうやら私と同じ色ではありませんね。

 私の髪色は今でこそ色が褪せてしまいましたが若い頃は濃い金色で、瞳の色も今はちょっとくすんでしまいましたが濃い青でした」



「あ、ああ」とリュシアンは肯定ととれるような呻き声を上げた。



 それはそのはずでレオノールに王族の血は入っていないのだ。

 グレースと同じ色のはずがなかった。


 リュシアンはグレースに自分と髪と目の色が一緒だから自分の母ではないかと言っていたが、リュシアンとレオノールの色は違っている。

 どうやらリュシアンは母に似ていると強調したかったが為にグレースの色が自分の色に近かったことを利用して咄嗟に出まかせを言ってしまったようだ。


 それほど自分の側に置きたかったということだ。

 なにせ国王という立場だと、こういう時に奇跡が起きて "はい、私はあなたの母親です "などといけしゃあしゃあと言い出して良い暮らしをしようと企む者もいるものだから、ちょっとそれを期待して利用しようとしてしまったのだ。



(何が生写しよ、危ない、危ない・・・この絵がなかったら私も皆んなも騙される所だったわよ)




 くわばらくわばらと思っているとフィリップがグレースに言った。



「グレース夫人、夫人の瞳の色はかなり私の色に近いですね」とフィリップ。


「ええ、確かにそうですね自分では若い頃は今よりもっと澄んだ深い青だったと記憶しています。王太子殿下と同じというのは失礼で憚られますが、かなり近い色でした」とグレース。



「実はレオノール前妃は結婚した当初は王族の色を意識して金髪のカツラを被らせられていました。それで金髪の印象を持たれてしまった為その後も髪を脱色したりして、金髪風に見せていたそうです。

 それから瞳の色は緑色でしたが光の加減や体調によって灰色にも青にも感じられることもあったとか・・・それでも吟遊詩人達がしきりに『レオノール妃の金色の髪』とか『青い目』と詩いそれが後世に伝わって今では前王妃は金髪で青い目というイメージを皆が持っているのです」


「そうだったの、でもこれで私が全く別人で赤の他人だってことが証明出来たわね?」とグレースは満足げに言った。


 ようやく誤解を解くことが出来た。

 これで私たちが新たに侯爵位を賜ることは無くなったけど、それは元々私の物ではないのだから構わない。むしろ誤解が解けて嬉しいわ。



 しかしフィリップは「そうでしょうか」と言って次の絵に皆を誘った。


「隣はちょうどそのレオノール前妃とその両親の絵ですね。

 その隣はアンリ殿下の兄、ジョルジュ殿下の家族の絵で初代アングラード家の絵ですよ。この抱かれている赤ん坊は彼の孫で現アングラード侯爵です」


 その説明にアングラード公爵は今と違って可愛いじゃないか、などと声が上がり笑い声がおこった。



 グレースは一つ前のレオノール前妃がまだ娘だった頃の実家家族の肖像画をまだ見ていた。


 レオノールの母親は茶色の髪と目で、この絵ではクラシックな髪型と化粧をしていたが、それでもグレースとよく似ていると分かった。

 顔の系統が一緒なのだ、同じ型で作ったみたいに。


(世の中には同じ顔をした人が三人いるというけれど、どうやら私たち三人がそうみたい。王妃になった人と辺境の孤児が同じ顔をしているなんてお伽話みたい、まったく因果なものね〜)



 そしてジョルジュ殿下一家の絵に目をやると誰も金髪ではなかった。

 王族と言えど全員が金髪という訳ではないらしい。


 フィリップは何枚かそうやって簡単な紹介だけで通り過ぎ、一枚の絵の前で立ち止まった。


「そしてこちらがシルヴェストル二世一家の絵、一番右にいらっしゃるのが17歳のアンリ殿下ですよ」



「お祖母様、アンリ殿下ですって」とリリアンがゆっくり絵を見ながら進むグレースの手を引く。


「はいはい」


 そう言われて視線をその人物に向けた時、グレースの脳天に雷が落ちた。


 強い痺れが全身を貫き身体が温度を無くす。

 それほどの衝撃だった。





 グレースは身体を半分に折り、振り絞るようにして叫んだ。




「あああっ!!

 お父さん!!

 ああ、ああ、ああっ・・・お父さんっ、お父さんっ!!」






 ひと目で父だと分かったのだ。




 今まで頑なに違うと言い実際にそう思っていたグレースに、肖像画のアンリは彼が親だと、血の繋がりがあるのだと分からせた。





 だって、



 

 アンリ殿下はニコラにそっくりだったのだ。






 ちょうどこの絵が描かれた時の年齢も今のニコラと同じ17歳で、まるでニコラが仮装したようなのだ。レトロだけど豪華な王族の服を着て成り切って描いてもらったようにしか見えない。




 いや逆だ。



 グレースの孫のニコラが、アンリにそっくりだったのだ。

 これほど説明力のある証拠が他にあろうか。




 絵の中のアンリは身体をやや斜め前に向けて立っている。ニコラより髪は長く、金髪で目は青い。その色がまさにグレースの色なのだ。



 学問に打ち込んだ人物だと思われるのに体格からはそうは見えない、かなりしっかりしているように見えた。

 椅子に座った両親と長兄を挟んで立つ二人の弟。

 背は多分ニコラの方が高いのだろうがアンリも兄のジョルジュより頭半分は高い。太ってはいないが肩幅のあるガッチリとした体型で立ち姿もニコラっぽい。

 目は知的で鋭く口元はギュッと結ばれている。

 眉の形、鼻筋、輪郭・・・どこをどう見てもアンリ殿下の持つ特徴が辺境伯譲りの厳つい顔のクレマンを飛び越えてニコラに隔世遺伝している。



「俺じゃん」と絵を見たニコラが思わず言ったほどに。



 ちなみにこの絵を見た時の他の人の反応はと言えば、リリアンはグレースの手を引くようにして少し前を歩いていたので、一瞬早くこの絵を目にして(お、お兄様!?成り切り過ぎですっ)と思わず突っ込んでしまいそうになった。

 フィリップは(僕がアンリとアナベルが親だと確信した理由は名前の綴りとこの肖像画を見たからなんだよ、どうだい完璧でしょう?)と言わんばかりの顔でリリアンとニコラが驚くのを見ていた。


 他にもニヤッとする人は多数いたのだが、グレースの取り乱しように笑ってる場合じゃないと空気を読んで皆一様に口を閉じ、真顔になっていた。




 しん・・・とした中、グレースの嗚咽だけが聞こえていた。



 パトリシアがリュシアンに言った。


「あなたに似てると思ったら、そういうことだったのね」


 パトリシアはこの間王家の森で遊んだ時、リュシアンとニコラは雰囲気がどことなく似ているなと感じていた。



 グレースとレオノールが同じルーツを持つように、リュシアンとニコラも遡れば同じルーツに辿り着く。凛々しい顔立ちや立ち姿などが似ていると感じたのは気のせいでは無かったのかもしれない。

 もちろんフィリップもリュシアンの息子なのだからルーツは同じなのだが甘い顔立ちのパトリシアの血が入ったから、やわらかく夢に見るような麗しい王子様に系統が変わったのだろう。


 似ている似ていないを口にすると色々語弊がありそうなので言わずにおいたのだ。




 実はリリアンも王家の森で二人が肩を組んでいたのを見た時に、いやそれよりも前の娯楽部屋で格闘技をすると向かい合った二人を見て体型やキリリとした顔つきからどことなく雰囲気が似ていると感じていた。


(だけど、だけどそれよりアンリ殿下とお兄様の方が似てますけどねっ)←これ言ったら皆んな絶対に笑顔になるから今は言えないわ。だってお祖母様がアンリ殿下を父親だと認めたところですっごくシリアスな空気なんだもん。




 ヴィクトルが崩れ落ちそうな母をしっかりと支えていた。視線を絵に向けたまま。


「やっぱりアンリ殿下が母上の父君でいらっしゃったのですか。

 ということは母上は勿論のことクレマン、ニコラ、リリアンにもアンリ殿下の血が流れているのですね」



 ちなみにヴィクトルはマルセル辺境伯の前妻の子なのでアンリの血はその身に一滴も入っていない。



「「マジか」」と同時に呟いたのはクレマンとニコラ。


 その言葉はクレマンにも高貴な佇まいのアンリ殿下の血が入っていたのだと気づいて(嘘だろう)の意を込めて放たれたものだったが、奇しくもそれは二人が血の繋がった親子だと証明するかのようにピッタリ息が合っていた。



 グレースが「まあ、あなた達ったら息ピッタリね」と泣き笑い顔になったので、ようやく皆も表情をゆるめて一緒に笑ったのだった。



ニコラの収穫祭の仮装はアンリ殿下で決まり!

すごく似ているにも関わらずアンリ殿下の顔を知る人はここにいる人たちだけなので、内輪受けで終わりそうなのが難点ですがね

_φ( ̄▽ ̄; )




ここまで読んでくださいまして、どうもありがとうございます!


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