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181話 至宝殿の樹の実

「それでは少し先に進みましょうか」


 フィリップに促され絵画『アルトゥーラスと騎士たち』の前で足を止めていた彼らは再び歩き出した。



 リリアンが反対側の展示スペースに目を向けると今度は小さい子供向けの物が並べられていた。それは例えば木の箱に足がついただけのような簡素な『ゆりかご』や『木馬』それからやはり木で出来た『人形』だ。


「木のお人形なんですね」と何気なくリリアンが感想を述べるとフィリップが言った。


「そう、最初の頃の展示品は素朴な物が多いんだ、意外でしょ?」


「ええ、意外です」


「でも逆にそれがアルトゥーラスらしいところなんだ。もしかするとその人形もアルトゥーラスが子供達の為に作ってやったのかもしれないよ」


「まあ、そうなのですか」



 フィリップの説明によると当時は国として色々な事がまだ整っておらず、城も敵から奪ったアングラードの岩山城をそのまま使っているような有様だった。それより何よりアルトゥーラスは国王になっても「国の頂点にいるのに・・・」と周りが呆れるほど贅沢をしなかった。良い意味で変わらず庶民感覚を失わなかったらしい。



 それでもアルトゥーラスはやっぱり国王だった。


 彼は戦いの終盤に拠点にしていた森を背に、プリュヴォ国の中心となるにふさわしい立派な宮殿を建てた。

 本館の完成までに20年、王宮が完成しほぼ今の形になるのにそれから更に20年。

 アルトゥーラスは本館の完成を見ることは無かったが、国全体をまとめ発展させる事に尽力した。

 功績のあった者を取り立てて国の運営が円滑に進むよう貴族制度を作り、新たに領主を任命してそれぞれ地域の発展に努めるよう言い渡した。それらは宰相になったクレール・デュボワを中心にバセット、オジェら腹心と精力的に進められ、同時に国の基本となる法も作った。

 また王立騎士団が国を守る為に設立された。そして辺境の騎士団と二本立てで大きな戦力を得て他国に対して確固たる地位を確立した。


 ”王立騎士団は民衆も守る、長く辛い日々はもう去ったのだ。明るい未来へ向けて一緒に歩もう”


 アルトゥーラスの声明に民衆が応え、新しい国は目覚ましい発展の一途を辿ったということだ。



 リリアンは思った。

 きっとそんなアルトゥーラスが国王だったからこそ、この広い国に散らばる人々の心を一つに出来たのだろう。飾り気も何もない素朴な人形や調度品にアルトゥーラス一世の信念を感じて胸が熱くなる。



「フィル様、私たちの国の初代王は素晴らしい方ですね。とても尊敬致します」


「ああ、本当に。僕もそう思うよ」




 それから時代を下るにつれ国王や王妃様の物として黄金の腕輪や、豪華なダイヤやサファイヤのネックレスが並ぶようになる。

 リリアン達は「綺麗」とか「すごく豪華ね」などと言いながらそれらを見ながら進んだ。

 三世の時代にもなると、もう全てが絢爛豪華だ。


 フィリップによると三世の頃には国内は津々浦々まで目が行き届き熟成期に入る。戦争もなく外国との交流も盛んで貴族社会は華やかで、と最も文化が花開いた時期になるらしい。


 やがてフィリップが「これが王家の家系図ですよ」と立ち止まったのでリリアン達は顔を上げて前を見た。



 突き当たりの広い石の壁に堂々と描かれているのは、燦々と太陽の光を受け太い幹からのびのびと枝を伸ばし青々と葉を茂らせ沢山の実を付けた樹だ。


 王家の系譜は果樹を模して描かれているのだ。



「凄い!まるで林檎の木のようです!ねえ、お祖母様」リリアンは見上げて感嘆の声を上げた。


「そうねぇ、面白いわね」とグレース。


 太い幹の真ん中に初代国王が配置され、ここがこの家系図の発端だ。

 そこから左右に枝が伸びている。

 それぞれの人物はリンゴのような丸い円の中に顔が描かれ下に名前が入っている。実の大きさは一律ではなく多分、歴代の国王は大きく王妃はそれより少し小さめに描かれていると思う。

 また直系ではない子孫は円の大きさが小さくなる。中には顔の絵がなく小さな丸い実の下に名だけが入っている人もいた。

 これは木のように成長していく図なのだ、お祖母様の仰るように発想が面白いし可愛いと思う。


 だけど、近くに寄ってみると顔の絵はどれも劣化が激しくボコボコに浮いていてどんな顔なのかよく分からないくらいだった。



「少し離れたところから見たら顔のように見えるのに近くで見るとよく分からないわ」とリリアンが言うとフィリップも同意した。


「そうなんだ。

 実はベルトラン四世というか、私の祖父にあたるベルトランが国王になった時にここに自分の顔を入れて家系図を更新したんだ。

 その時、ついでに他の絵にも手を入れて修復したらしいんだけど使った絵の具の質が悪かったのかもうこんなに劣化してしまったんだ。父は元の絵を最後に見た時はいくら劣化しているといってもこれ程酷い状態ではなかったと言っていたが、どちらにしてももう元の絵は分からない。悪意はなかったんだろうけど本当に残念だよ」


「まあそれは残念です」


 木の成長はベルトラン四世とレオノール前妃までで止まっていた。リュシアンは絵の劣化のせいで気持ちが萎えたのか、未だに自分達の木の実を更新していないのだ。



 リリアン達がそんな事を話している間に皆んなが家系図の前に集まって来た。

 フィリップはグレースに対して説明していたので、他の者達には歴史に詳しい歴史文化相のダルトアや文科相ディブリーそれに歴史大好き外務相ミシェル・バタイユ等が説明していたそうだ。

 どんな内容だったのか彼らの説明も聞いてみたいものだ。



 壁に立て掛けてあった長い指し棒を手に取りフィリップは言った。


「では始めます。

 こちらは王家の家系図です。現在はベルトラン四世までしか更新されていませんが、王家が途切れることなく永遠に繁栄していくことを願ってこのように枝を張り、沢山の実をつける樹のように描かれています。

 またこの樹の上に輝く太陽が描かれているのは初代国王が『太陽から産み落とされた子』と言われていることに由来します。太陽はいつもこうして我々を見守っているのです」



「なるほど」などという声に混じってリュシアンの「ううん。修復もだが、これもそろそろ更新せねばならないな」という呟きが聞こえた。



「一番大きい実、こちらが初代国王アルトゥーラス一世です。

 左右両方に伸びた太い枝、若干低い所から始まる左側にあるのが王妃ティエサです。彼らの間には二人の子がいました。最初の子が王女ピピ、二人目が王子シャルル。しかしシャルルは2歳で亡くなっています。

 初代辺境伯に嫁いだのはこの王女ピピです。

 右の枝にある実は王妃オリアーヌです。この二人の王妃はどちらが正妃、側妃ということではなく両方とも正妃とされていました」


「まあ、喧嘩になったりしなかったのかしら?」とグレース。


「それは問題なかったようです。

 そもそもオリアーヌを妻にするようにアルトゥーラスに進言したのはティエサでしたから。

 ティエサはアルトゥーラスより10歳ほど年上でした。二人は元々子供の頃から親しくアルトゥーラスの根気強いアタックの末にようやくティエサを頷かせ結婚したのだと言われています。

 これはデルニエの戦いが起こる以前のことでピピが生まれたのがデルニエの戦いが起こった年です。

 ティエサはシャルルが亡くなってから彼の血を引く後継ぎがいない事を気にしていたそうです。もしかするとアルトゥーラスは後継が必要な仕事をしていたのかもしれませんがそれは分かっていません。

 ティエサは自分は去るから新しい妻を娶るようにと言いましたがアルトゥーラスはそれを拒否していました。

 でもある日、ティエサが推すオリアーヌという少女がティエサと仲良くしている様子を見て気立が良いことを知り、また名が日の出を意味したことから太陽の子であるアルトゥーラスは彼女を気に入り妻にすることを承諾したと言われています。が、これについては後付けの可能性もあり定かではありません。もちろんティエサとは別れることなく二人共を妻にしました」


「王様だから沢山奥さんを持てたってことかしら?」とグレース。


「いいえ、その頃はまだ国王どころかデルニエの戦いの最中です。

 当時の結婚観についてお話ししますと、豪族達にとっては結婚は地盤を固める為に必要なことでしたが結婚と恋愛は別物と考えられていましたし、庶民も現在の私たちの感覚と違い男女の関係にかなり大らかで自由でした。一夫一婦と決まってはいませんでしたし、彼らは子を育てたり農作業などの労働の為に家族単位の集団で生活していましたがそもそも結婚という形式はとっていませんでした。

 ですから愛する人と結婚し一生添い遂げたいと思うアルトゥーラスの感覚は現代風で当時としては変わっていました。

 逆にそんなアルトゥーラスの持つ独自の結婚観から今のように変わったと言えるでしょう、彼が建国の時に作った法律には結婚に関しての決め事が多くあり、その中には不倫を禁じるなどというのもあります。

 また三世の時代に貴族も庶民も一夫一婦と決められました」


「意外だわ、今の常識は当時の常識じゃなかったのねぇ」


「そうですね、現在では理解出来ない感覚も当時は普通だったりするんですよ。しかし常識は常に変わっていくものですからそういった事を知れるのも歴史の面白いところです。

 さて、話を戻しますよ。

 二人目の妻オリアーヌは3人の子を産みました。

 シルヴェストル、ララ、アナトルです。

 アルトゥーラスの子で建国後に生まれたのはアナトルだけです。

 王子シルヴェストルは世継ぎとなり、王女ララはアルノー家へ嫁ぎました、現騎士団総長の家系です。王子アナトルは初代宰相のクレール・デュボワの娘モニクと結婚しメルシ侯爵となりました。

 このアナトルとモニクの一人娘がアナベルです。グレース夫人のあなたの母親ですよ」



「えっ私の!?」


 完全に王家の歴史の話だと思って油断していたらしい、急に自分の名を呼ばれグレースは驚いていた。



「そしてあなたの父親アンリはここにいます」


 フィリップは確信を持ってアナベルを母、アンリを父だと言い、家系図にある丸い実をそれぞれ棒で指し示した。


「シルヴェストル二世とフェリシテ王妃の間にはヴァレリアン、ジョルジュ、アンリと三人の王子が生まれました。

 長男のヴァレリアンはプリュヴォ三世となり、次男ジョルジュは現在のアングラード侯爵の祖となりました。そして三男のアンリは秘密の小箱を作ったアンリです。

 当時は王立貴族学園のような施設はなくぞれぞれが家庭教師に習い、更に専門的な知識や技術が必要な場合は師について習うというやり方で学んでいました。

 アンリの場合は8歳から外国に出て、一度も帰らなないままいくつかの国を渡り歩いて勉強に励み、14歳で一度帰国したもののその後もほとんどの期間は外国を訪れていたようです。

 本格的に戻って来たのは16歳でその時に自分の屋敷を持ちました。ちなみにこの時は王宮を離れただけでヴァレリアンがまだ王位に就いていなかった事もあり爵位は受けていません。

 しかしそこで暮らしたのはわずか1年と数ヶ月。プリュヴォ歴40年、彼は17歳の時に行方をくらませます」



「プリュヴォ歴40年?私が生まれる2年前だわ・・・」とグレースが呟く。



「後で彼らの肖像画をお見せしようと思っていますが、その前に前王妃の家系についても紹介しておきましょう。

 先ほどもお話しましたがアルトゥーラス一世の時代の宰相クレール・デュボワには子が二人いました。どちらも女性でどちらも大層美しくて聡明であった為、天下一の姉妹と言われていました。

 この姉妹のうち妹はモニク。彼女はアナベルの母であり、グレース夫人の祖母です。

 姉の方はエリアーヌと言い、アリアーヌの母でありレオノール前王妃の祖母です。

 つまり、現国王の母であるレオノール前王妃はあなたと再従兄弟はとこの関係にあるのです」とフィリップはグレースの方を向いて言った。



「えっ、はとこ?」



「なに?母上とグレース夫人が再従兄弟だと?」



 グレースがその声に振り向くと後ろには腕組みをしたリュシアンが立っていた。



「そうです父上、これが父上の疑問に対する答えです。

 他人とは思えないほど似ているのではなく、他人ではないからこんなに似ているのです」


 フィリップは自信満々に言ってのけたのだった。


ようやくリュシアンは母とグレースが似ているワケを教えて貰えましたね


自分たちではそんなに似てると思わなくても

親戚って他人の目から見るとソックリに見えるんですよね・・・

_φ( ̄▽ ̄ ;)


<捕捉>

本編に入れると説明が長くなるので割愛しましたが例年建国祭をしているセントラル広場のプルミエ城も政務などに使っていましたが、こちらは平地で守りが薄いので国王の家族は岩山城に住んでいました

建国の宣言や各種声明を発するのはプルミエ城の方でします




ここまで読んでくださいまして、どうもありがとうございます!


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