表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/260

18話 壊れた心

 翌日になってもフィリップ様は顔色悪く眠り続けていた。

浅い呼吸でわずかに上下するその胸をじっと見守っていたモルガンは目を伏せた。なぜこんな目にばかり・・・。


 もちろん、解っている。


 彼はこの国の王太子であり、利発な上に真面目で努力家。そしてとにかく容姿が抜群に良い。


 その容姿というのは美しい両親譲りだ。足して2で割らず掛けたのかリュシアンの精悍さにパトリシアの愛らしさが混じり、幼い頃はその愛らしさを形容する言葉がないと言われ『プリュヴォの至高の輝き』と称えられていた。


 現在は12歳の少年から青年への過渡期で幼少期とはまた違った魅力を放っていた。

 身長は平均で線は細い。夢見るような美しい顔に浮かぶ表情は甘い危うさをも含んでいて見るものを魅了する。金に輝く髪と美しい青い瞳と相まって光を放ちながらもどこか儚げに見えるのだ。触れるに勿体なき尊き存在。だがそれが却ってそういう輩を呼び込んでしまうのだろう。


 陛下も王妃様もたった1人のお子を心配してほとんどこちらに付いていらっしゃる。



 リュシアンが手を握りフィリップに声をかけた。


「フィリップ、すまない。お前をこんな目に合わせてしまって」



 パトリシアもフィリップの身体にすがるようにして抱きつき涙ながらに声をかける。


「フィリップ、フィリップ、どうか目を開けて。ああ、なぜあなたがこんな目に」



 目は開かないものの、リュシアンの声掛けに意識が覚醒してきたフィリップはその声を聞いた。なんとか反応を返そうとするが手も目も固まったように動かない。早く父上を安心させてあげなければ・・・。


 そこで急に強烈な不安が胸に込み上げてきた。


(父上の言ってた、こんな目って何?)

(僕はどんな目に合ったって言ってるの?)


 まさか、まさか、まさかがまさかしたのだろうか。取り返しのつかない事になってしまったんだ。僕は廃嫡になるのだろうか。体が動かなくなったとか、あの女は何をしたんだ。僕はこれからいったいどうなるの?

 父上、母上・・・。恐怖で身体が硬直してきた。



 フィリップの表情がわずかにこわばり、身体が緊張したのを感じたリュシアンは尚も両手を包むようにして声をかけ続けた。


「フィリップ、どうした?フィリップ、起きてくれ、お願いだ」


 フィリップはようやく少し目を開けて父の顔を見た。父は憔悴しているように見えた。


 とても心配するような事態になっていると感じた。


「目が、目が覚めたのね。良かった、良かった」

 母上が泣いている、なぜ?



 意識が戻った、目が覚めたとベッドの横に集まって皆が良かった良かったと喜んでいる。


 医療員やモルガンからの説明では僕は倒れていたが、何も問題なく全く心配ないという。

 ではどうして2日も目が覚めずにいてこんなに身体が弱っているのだろう。訊ねても気にすることは何もないと返ってきた。


 徐々にスープから食事っぽい物もとれるようになり、自力で起き上がったり出来るようになってきた。


 気になる。


 皆、嘘をついているのではないだろうか。

 心配ないのにどうして父上と母上は。どうして僕は。



 起きて歩けるようになり、ついに学園にも行けることになった。


 フィリップの衰弱していた体力が徐々に戻ってくるのと裏腹に、本当は襲われたのではないか、変な薬を使われたと記憶しているのに何も無かったってことがあるのか?自分でマトモだと思っているだけでおかしくなっていて皆それを可哀想だからと言えないだけでは?本当は最悪な事態になっているのではと堂々巡りする思考に支配されるようになる。


 疑心暗鬼になってだんだん不安感が強烈になっていた。


 香水のような匂いを感じると吐くようになった。

 目が合うと鳥肌が立った。

 思ったより女性が近くにいると気付いたら心臓が早鐘を打ち息が苦しくなった。汗が出る。

 あの日を思い出すと眠れない。

 私室に独りでいるのが怖い。

 周りにいる人間の言うことが信じられない。


 何も悪いところはないと言われているのに、今もまだ、どんどんと深い暗がりに落ちていくようだった。



 学園で何とか1日を過ごす。という毎日を繰り返すことさえ困難に感じる。

 だけど自分は王太子。情けない姿を晒すわけにはいかないんだ。例えもうその資格が既に無くなっていたとしてもそこから下ろされるまでは。王家の恥として歴史に名を残したくはない。


 表情は硬く無理して笑おうとしても笑えない。顔を作ろうとすると強張っているのが自分で分かる。独りでいるのは怖い、けれど友人達といるのも辛い。



 事件から1ヶ月、2ヶ月と時は進む。まだ体力が完全に戻らないフラフラしながらも授業を受けていたが、ある日ニコラが鍛錬に誘ってきた。以前はずっと昼休みにやっていたことだ。病み上がりだから休止するように言われていたのがそのままになっていた。


 沢山の友人に囲まれているより、ニコラと2人で剣を振っていた方がずっと気分がラクだろう。大して剣が振れるとは思っていなかったが、ただそう思ったから一緒に鍛錬場に向かった。


「体力がどのくらいあるのか、ちょっと手合わせしましょう」そう言ってニコラはフィリップに向かい合った。


「無理をせず、キツくなったら剣を下ろして下さい。私が殿下を怪我させることはありませんから安心して剣筋だけに集中して」と最初はゆっくりと軽く。ニコラの剣を最初は追うように動いていたフィリップも勘が戻ってきたのかそれなりに受けられるようになる。


ニコラはフィリップの本能を刺激するように、時々ほんの少しフィリップの体に近いところに剣を出す。


「少しペースを上げますね」ニコラの剣が少しずつスピードを上げていくが、フィリップはそれでも付いていけていることに気がついた。

 確かにベストな状態の時には程遠いけど、思ったよりずっと動けている。体力が落ちているから無理だと自分で思い込んでいた。何となくだが落ちているのは体力ではなく気力かと思った。


 剣を下ろしてニコラにちょっと休憩しようと声をかけた。


「疲れましたか?」


「いや、とても無理かと思っていた。思い込んでいただけだったのかもしれない。さっきまで歩くのも足元がおぼつかないと思っていたんだ。地面が揺れているように感じていたし。でも、今、立てている」


「ええ、しっかり立てていますし、殿下の剣筋は真っ直ぐです」


「何故かな、無理だと思い込んでいたよ」



 ここのところずっと誰が話しかけてもフィリップは上の空で、心ここにあらずといった感じだった。そしてビクッとしたり、急に怯えたような顔をする。そもそも国の中心にいるのだ皆が注目している。


 なのに火に油を注ぐような対処がなされていた。フィリップが学園に戻ってくる直前になんとクラスは男性一色に変えられた。生徒も教師も女性は別棟だ。何かあったと思わせるには充分だ。


 ニコラだけではない、学園中の者がフィリップの状態が異常であることに気付いている。苦しむフィリップを放置し、こんな針のむしろに座らせるようなことをしているのは誰だ?彼の最も身近にいる王宮のやつらではないのか?



 一時的に少し体調を崩しているだけなので王太子殿下のことはそっとしておくように。変に刺激しないように、と教師から生徒達は言われた。


『アンタッチャブル』だと。殿下のあれこれについて誰も触れてはならないぞ、もし何かあればただでは済まないという命令だった。


 国王か宰相がこの対応を知らぬ訳はない、彼らこそがそう指示したのだと思う。

 ニコラは密かに怒りを感じていた。臭いものには蓋か?なぜ一緒に向き合おうとしない。なぜ誰にも共に向き合うことを許さない?


 何を言われようと、咎められようと知ったことではない。どんな罰を受けても構うものかもうこんなフィリップ殿下を見ていられない。

 しかしそういうニコラも何かしようにもどうすればいいのか分からなかった。原因を追求できる立場にいないからだ。でもこれ以上時間をかけては取り返しのつかないことになる、そう思った。

 ニコラ、その大きな手で底なし沼に足を踏み入れた殿下の手を掴み引っ張り上げるんだ!


 とうとう、今、ニコラはフィリップの心に切り込んだのだ。



「何か、気になっていることがあるのでしょう。心に重たい物が入っていると心も頭も体も上手くコントロール出来なくなると聞いたことがあります。今はその重たい物以外に意識がいったのかもしれませんね。殿下、その重たい物を外に出してみられてはいかがでしょう」


「ああ、そうだね、・・・そうかもしれない」


 心が囚われ過ぎていたのかもしれない、本当にそれだけだったらいいのに。


 ため息のように言葉をはいて遠くの一点を見つめていたフィリップはニコラに視線を向け久しぶりにほんの少し笑顔を見せた。



 夜な夜な恐怖にかられるのは相変わらずだ。

 思い出しては怯え、眠れず震える長い夜に夜明けを待つ日は続く。

 ちょっとした刺激で吐いたり、呼吸困難に陥る。


 学園では少し安定してきたが特に事件のあった王宮内の私室は入るのもダメで、部屋を他に移したもののやっぱりまだ落ち着かなかったので王宮からの通いを止めて寮生活をする事に自分で決めた。周囲は最初は難色を示したがリュシアンから許可が出た。


 あれから何か別のことに集中するように少し努力するようになった。


 王太子の公務は見合わされていて時間はある。有り過ぎるくらいに。




 ある日、昼の鍛錬が終わって校舎に戻る時、ふと思ってニコラに聞いた。強いし随分鍛えてるように見えるが昼の鍛錬だけで足りているのかと。


「いいえ、昼だけでは足りませんね。実質15分くらいですから。朝は殿下を迎えに上がる前に筋トレやジョギングをしたり。夕方は殿下をお送りして夕食をご一緒した後に鍛錬場に戻って剣術の鍛錬をしています。

 それから休日は早朝からロングランをしたり、一日中鍛錬してますね。おや、課題をする時間がありませんね?」とニコラは少し戯けてみせた。


「まあ、鍛錬をしない休息日もありますからその時にするのかな」などとまだトボけたことを言っている。


「涼しい顔してそんなにやってたのか、知らなかったよ。それでは最近は私の寮への送り迎えの仕事が増えたせいで時間を削られていたんだろう。言ってくれればこちらは他の者に任せられるんだぞ」


「とんでもない、私がやりたいようにしているだけです。殿下をお送りすることもそうですし、鍛錬についてもどれも一つ一つは無くても問題ない程度のものです。が続けることが大事だと思っているので自己満足ですよ。特に朝は何をしても清々しくてそれが楽しみなくらいで。いいですよ、朝は」


「そうか。では、その、一度朝の鍛錬というものに付き合わせてもらえないか」


「いいですね!ぜひご一緒させて下さい。ちなみに明日はジョギングです!」


 急にニコラがめっちゃ嬉しそうにフィリップの申し出に食いついてきた。


 フィリップはニコラが嬉しそうにしているのでちょっと嬉しくなった。ニコラは放課後はウェアとジョギングシューズを一緒に買いに行こうと言う。

 いつもなら王宮のフィッターがフィリップのサイズを把握していて何でも用意するのだが、ニコラは自分の足に合うものは履いて動いてみないと分からないというのでお忍びで行くことになった。

 まあ実際はニコラが護衛に伝えているし、店に先に連絡して貸切になるのだが。


 初めて城下で買い物をしたこと、明日初めて早起きをしてニコラとジョギングすること、初めて自分で選んだウェアとシューズを見てベッドに入った。そんなことに気持ちが向いていたせいかその夜はいつの間にか眠り、朝になっていた。

次回予告!

ニコラ出ます _φ( ̄ー ̄ )



ここまで読んでくださいまして、どうもありがとうございます!


面白い!と少しでも思ってくださる方がいらっしゃいましたら

<評価>や<ブックマーク>機能で応援していただけると嬉しいです!!

すごく励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ