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177話 フィリップの思惑

 グレース夫人が神殿に預けられていた時から持っていた『木』が実はアンリの作った『秘密の小箱』であることや、その中にアンリしか使えないシンボルの入ったカフスボタンと女性に好まれそうなデザインのシェルカメオが入っていたという事は今回の集いの中で新たに分かったことだ。


 しかしフィリップはその事実を知るよりもっと以前から『グレースはアンリとアナベルの子だろう』と検討をつけていた。



 それに気付けたそもそものキッカケは、ニコラ宛に送られてきた『氷の乙女の守護者』を名乗る者からの手紙だ。それは謎々のようでよく分からない内容だったがフィリップには「リリアンが何者かに狙われているから対策せよ」という忠告に感じられた。


 ニコラからその手紙を借りて手掛かりを求めて何度も読み返した。そして文の言葉遣いや聞き慣れない名前の音から辺境領やリリィの血筋が関係しているのではないかと当たりを付けたのだ。

 王都に戻ってから辺境の資料を手当たり次第に開き、古い歴史や現代の状況まで闇雲に調べていく中でリリアンの祖父母にフォーカスした時に、祖母グレースは金髪碧眼で孤児だったという情報に行き当たった。


(どうして?)と思った。


(その色は他国ではともかくプリュヴォ国内では王族にはよく見られるが他では見られない色なのに?)



 王族以外では髪の色は濃淡や色味の違いはあれど茶系が圧倒的に多い。

 そして瞳の色もほとんどの人は茶系で次に緑色で灰色が少数いる、だが金髪碧眼はいないと思われている。ちなみに庶民に下った王弟オーギュスタンや従兄弟のリュカは茶髪茶目だ。王族の血を引くのに王族の色でないことは残念だったろうが、庶民に紛れるにはちょうど良い。


 それから銀の民については元々は明らかに見た目の特徴が違っていて彼らは皆同じ銀色の髪と目の色を持っていたが、プリュヴォ人と交わることにより次第に銀の色は消えていった。今では銀色がかった色を持つ者も少なくなってきていて、あまり違いはなくなりつつあり、辺境に住む者もやはり茶髪茶目が多くなっている。


 そういえば銀の民と言えば面白い話を聞いたことがある。

 なんでも特に海端うみばたに住む人と交わると銀の民の特徴がガクッと失われるのだそうだ。これは辺境伯の四男であるリアムが以前言っていたことで、彼は子に自分の銀の民特有の形質がほとんど伝わらなかったことをそのせいだと言っていた。最もそれについてハッキリとしたデータがある訳ではなくただ経験的にリアムは気付いたのだそうだ。

 リアムは辺境伯に「似ればいい形質は似なかったのに似なくてもいい性格の方だけ似たな」と息子を会わせるといつも言われるんだとボヤいて笑わせていたが、辺境の者達にとっては自分たちの形質が急速に失われるのはとても憂えることであろうから面白いと言ったらいけないか。




 ちょっと話が逸れたが王族の色に話を戻そう。


 プリュヴォ国の初代王は太陽の光ように眩しい黄金の髪で、真っ青に晴れた空のように一点の曇りもない瞳をしていたとされ、王族の色は彼に端を発している。



 建国伝説の中で彼は『太陽から産み落とされた子』として登場する。


 乱世が続くのを見るのに飽き飽きした太陽が私が見たいのはこのような光景ではないと『乱世を鎮める勇者』として、また『平和な大地を統べる始祖王』となれと空からこの地に遣わせた特別な子であり、またその子孫が王となって国を守り治める限りこの地の平和は続くのだ・・・とされていた。


 だからこそこの色は初代から脈々と血が繋がっていることを示すのだし、リュシアンやフィリップが当然のごとく王、若しくは王となる者と認められる重要な要素となっていた。



 そういったことからフィリップがグレースを王族と結びつけて考えるのはごく普通の流れだった。


 しかしそれだけではアンリとアナベルの名は出て来ない。その名が浮上してきたのは何を隠そう『プリュヴォ王家正史』と呼ばれる代々国王に引き継がれている王族の歴史書に二人が駆け落ちしたと書いてあったからだ。

 それはグレースが生まれたとされる2年ほど前のこととされていて時期的にもちょうど合っていた。


 しかしそれは公けになっていない謂わば裏の歴史書に記された事実であり、学校の歴史授業の教材となり一般に知られている表向きの歴史書には違う事が記されていた。


 そちらには当時発表された通りのこと、即ちアンリは『自ら調合した薬を試飲した際誤って命を落とした、それは故意ではなく事故だった』と記され、アナベルについては『急に舞い込んだ縁談にまだ結婚したくないと反発し家を飛び出して入水しそのまま帰らぬ人となった』とされていた。


 この二つはアンリの()()の時期を1ヶ月遅らせて発表することで別々に起こった無関係の事件として取り扱われていたから史実を調べれば調べるほど、詳しければ詳しいほど、アンリがアナベルと一緒に辺境にいるという答えには辿り着けなかった。



 いっそ正史に駆け落ちしたと書いてあるからグレース夫人の母親はアナベルだと分かるんだと言えればラクなんだが、フィリップから正史の内容を明かす訳にはいかないのだ。



 それは王の為の極秘の史料で本当はフィリップもまだ手にするべきではない代物なのだが、古文書に興味があると話したらどうせ跡継ぎはお前しかいないのだから多少早くなるがいいだろうと特別に父が貸してくれたのだ。

 父は古臭い言い回しを古臭い文字でつづってあるこれを全然読む気にも開く気にもなれないらしい。ただ面白いことが書いてあったら教えてくれとは言っていた。


 それともう一つ、フィリップから言い出す訳にいかない理由。それはリリアンに関係することだからだ。


 グレースの出自を明らかにすることは何よりリリアンが王家に連なるものであるという事実を明らかにしようとしているのと同じで、それはでっちあげでもなんでもなくただ真実をつまびらかにしようとしているだけなのだが、タイミング的によろしくない。


 リリアンに過去3人の王族の血が入っているのはリリアンが次期王妃に最もふさわしい高貴な令嬢だと認めるに足る要素になり殆どの者は好意的な良い感情を持つだろう。


 しかし、逆にやっかみから反感を持つ者も出る。それが世の常なのだ。


 最初から分かっていたのだったらともかく、リリアンが婚約者候補となった今では面倒な事にもういつであってもリリアンを特別だと思わせる為に都合の良い系譜を作ったのではないかと偽造を疑われる可能性があった。

 そういう疑念は悪感情を生みやすく危険因子になりやすい、リリアンに与えるリスクやダメージをゼロ若しくは最小限にしたいと思うなら判明の経緯や発表の仕方にそれなりの工夫がいる。


 だから今回のように祖母であるグレース夫人が王都に、しかも王宮を訪れたタイミングは絶好だ。出自に皆が興味を持ち話題になった時に()()他の者の推理により詳らかにされる、これが今考えられる一番最高の判明の仕方だ。




 外に目を向け、時計塔の時計を見るともう昼も近い。


 片親しか分からなかったのは残念だが、王弟アンリに繋がっただけでも十分だ。


 フィリップが『グレース夫人は王弟アンリの子だと判明した』とここまでの成果を改めて言ってそろそろこの集いを締めようと思っていたところでリリアンがグレースに話しかけたのでちょっと待つことにした。



「ねぇお祖母様、私もそれを見せて貰っていいですか?」


「ええ、リリアン。もちろんよ見てちょうだい」


グレースはそう言ってリリアンの前にペンダントヘッドを置いた。直に置くのが躊躇われたのか箱の底に敷いてあった紙を下敷きにしてその上に乗せて。



「フィル様、見てくださいとっても綺麗で可愛いですね」とリリアンが言いよく見えるようにフィリップの近くに寄せて見せてくれた。



 うん、先ほどダルトアはああ言ったが、これは貴族の中でもよほどのどころか王族じゃないと持てないほど希少な品だと思う。

 なぜかというとシェルカメオの材料は国内や近隣の国で賄えないからだ。国内で作っているカメオは石が材料だがこれは貝なのだ。

 しかもこのペンダントヘッドは薔薇の花が彫られたカメオだ。カメオの題材は通常女性の横顔や全身でこのように花だけが描かれているのはとても珍しいと思う。

 下手したらアンリが外国に行った際、特別に作らせて持ち帰ったというような特注品かもしれない。



 金属の枠とか裏側にアナベルの名前でも彫ってあったらいいのに・・・と思いフィリップはカメオを手に取って調べてみた。


 リリアンはしばらくフィリップがペンダントヘッドを見るのを眺めていたが、何気なく自分の手元にある下敷きの紙を広げた。



「あれ?これって何でしょう」



 どうしたのかとカメオから目を離しリリアンの視線の先を見ると、驚いた事に下敷きにしていた紙の三つ折りになった内側に文字が書かれていた。



「何て書いてあるのかしら?私にはよく分からないわ」とリリアンが首を傾けた。



「どれどれ」



 それは流麗で一見格好良いが左上がりでクセがあり、かなり読みにくい字だった。



 しかも蛇を意識したのだろうか、ぐるりぐるりと一本に繋がったメッセージが縁から内側に向かってトグロのように巻いて書かれている。



 フィリップはそれを読んでみた。声に出して・・・。


「やあ、アナベル 秘密の小箱を開けられた君にプレゼントだ 薔薇の花言葉と共に・・・ アンリ・プリュヴォ  追伸:ヒントがちょっと簡単すぎたかな?でも君は勝者だ、おめでとう(^^)」



 なんということだろう、底にあった紙はメッセージカードだったのだ。


 アンリはアナベルに薔薇のカメオをプレゼントしようと思って秘密の小箱に入れて、開けてごらんと渡したのだろう。

 言葉遣いに気安さがあるし、とぐろを巻いた書き方も、最後に簡単な笑った顔の絵が入っているところにも親しさを感じる。


 おそらくこれをやりとりした時は恋人ではないだろう。まだお互いの気持ちは確かめ合っておらず、でも好意は持っていて・・・といったところだろうか。アンリは彼女に開けて欲しかったから簡単に開けられるようヒント付きで秘密の小箱を渡した。そしてアナベルは小箱と開けたご褒美の中に入っていたカメオを貰い、それを宝物にしてカードと一緒に大切に保管していたのだろう。


 フィリップはアンリのメッセージからそんな物語を想像してみた。



「アンリ殿下とアナベル様・・・フィル様、この方達がお祖母様のお父様とお母様という事なんですよね?」とリリアンが言った。



 そうなのだ、予想もしていなかったルートで突然フィリップが望んでいた答えに辿り着いたのだ。



(まさかアンリからアナベルに宛てたカードが出てくるとは・・・!)



「そうだね。私も王弟アンリとその従姉妹のアナベルがグレース夫人の両親だと思う」とリリアンの言葉にフィリップは静かに答えた。




 グレースはリリアンの手元にあるメッセージカードを言葉もなく口に手を当てて見ていたが、ダルトアがそのメッセージカードを手に取って感慨深そうに言った。



「これは素晴らしい発見です。

 アナベル様がアンリ殿下と繋がりがおありだとは思ってもみませんでした。

 アンリ殿下は数々の発明品や謎が多いことなどから歴史好きの心をくすぐり、今までも多くの研究がされてきました。

 そしてアナベル様もまたこの国の歴史のキーパーソンとして有名でいらっしゃいます。

 しかし誰もこの二人を結びつけたことはなかったと思いますよ。これは本当に大発見です、また新たな視点であらゆる角度から研究されることにより色々なことが分かってくるでしょう」


「そうだな」



 こうしてフィリップは上手く望み通りの答えまで皆を誘うことが出来た。


 しかしこれで今日の課題が全て終わった訳ではない。もう一つ、父である国王陛下の疑問に答えねばならないだろう。その為には場所を変える必要がある。


 さあ次の段階へ行こう。


名探偵フィリップ!!

フィリップの快進撃は次回も続くのか?


まだ明らかになっていない『アンリ三つの謎』の残りの一つ

こっちもフィリップに解き明かして欲しいものですね



でも私は作者が何も考えず三つと書いたのではないかとちょっと疑ってます

_φ( ̄▽ ̄; )



氷の乙女の守護者からの手紙は40話に出て来ます


※プリュヴォ国で言う『正史』は王族側から見た正しい歴史という意味で使われており王から王へ伝えられるものでその存在は公にされていません

一般向けの歴史はただの『歴史』と言っています

建国伝説は正史に書かれていたものではなく、後に当時の噂をまとめ一つの物語にしたものです



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