176話 精霊の気まぐれ
「えっと・・・、最初はこうして・・・」
パメラが探りながら横のある部分を力を入れて押すと、スコンと小さな音がして一部が少しだけ横にずれた。
「おお!動いた」「動いたぞ」と、どよめいた。
「次はこっちをこう、んで今度は下に動かして・・・そしたら蓋がちょっとズレるでしょ、そして次は・・・っと」
ブツブツ言いながら手を動かすと、ほんの少しずつ色んなところがずれてきて天面がほんの数ミリだけ開いた。だがまだ隙間から中は見えない。
「あれ?ここから全然動かなくなったんだけど。兄上、この後はどうするんだったっけ?」
「分かんないけど、どこか途中で一回戻さないといけない所があったはず」とエミール。
「ああ、そっか」
摩訶不思議な手順を踏んで、横の板の一部を横にずらすと横板自体が下にずれる。左右で交互そうする度に天面と底面もわずかにずれる。しかし交互に同じような事をただ繰り返せば良いというものではないらしい。
どんな仕掛けになっているのかさっぱり分からないが素人ながらに先にやり方を教えて貰わないと絶対に開けられないような巧妙な仕掛けになっているということだけは分かった。
「あっ、動いた!」とパメラが言ったので、ようやく開いたのかと皆が「おお!」と喜んだのも束の間、パメラはまだ顔を上げずその箱と格闘している。
「でも開くのはここまでか」
「あ〜」ガッカリとした声が広がる。
「ん、ちょっと待って、あっ!」
横板の一部を更にずらすと大きく横板が下がった。そして今度こそするすると天板が止まることなく動き、とうとう外れた。
「開いた!」とパメラが声を上げるや否や「わあ!」と歓声が上がり拍手が沸き起こった。リュシアンとパトリシアも満面の笑みで拍手を送る。
「凄い!」「でかした!」「中に何が入ってる?」「よく見せてちょうだい」と口々に皆が言う中、パメラは傍で固唾を飲んで見守っていたグレースの手にそっと返した。
グレースは自分の座っていた席のテーブルにそれを持って行って置き、座って一呼吸すると手前に引き寄せて中の物を見た。
緊張する。
無造作に折りたたまれ突っ込まれたように見える何の変哲もない紙の上にカフスボタンが一組入っていた。
(これが中に入っていた物なのね)
グレースはただ黙って慎重にカフスボタンを取り出した。
(あらまあ、これってかなり質の良い物に見えるけど、本当に私の両親の持ち物だったかしら?)
本当なら、蓋が開き中を見られたことに感動して涙するような場面だ。
・・・なのにグレースの心は逆に冷めてきていた。
(おかしいわ)
持ち主が自分だから流れで自然とこの箱の中の物を取り出す係になったけど、それさえ不適当な気がしてきたくらいだ。
だってそんな皆が大騒ぎするような物をどうして自分が持っているのだろう、意味が分からない。
(長い間両親が自分に持たせてくれたものだと思っていた綺麗で変わった木は、歴史に詳しいダルトアさんの鑑定が間違っていなければ国王陛下や宮殿に勤める偉い人達がこんなに注目し騒ぐほどの物だったようで。
それもそんじょそこらの高価な物じゃなくて何代か前の王弟とかいう方が作ったもの凄〜く価値のある品・・・そんな物をなぜ辺境の村で神殿に捨てられた私が持っていたの?私じゃああまりにも持ち主として不適当ではないかしら?)
昨夜までこの木は希望で、何か分かるかと期待していたのに。凄いと言われたら言われるほど疑念が高まる。
自分が持っていたのは何かの偶然か間違いのせいだったのではないかと思えてきたのだ。
(泥棒が一時的な隠し場所としてここならバレないだろうと赤ちゃんに持たせたとかね・・・それで取り返しに来る前に捕まってしまったとか。もしかすると私の両親は泥棒だったのかもしれないわよ?)
(きっとそうだわ、王族が子を捨てるなら他にいくらでもやりようがあったはずよ。大体あんな所まで来る必要がないもの)
などと突拍子もない方向へ想像を巡らせだす始末だ。
グレースは何度も何度も言われる王妃に似ているというのだってやっぱり他人の空似だと思ってる。
だってニコラに聞いたら前王妃は37歳で亡くなったと言うのだ。50歳のグレースを見て生き写しと言われても困る。
王弟の血を引いてるというのだって、グレースは辺境のような辺鄙な所から出たこともなく外部との交流も無かったから王都も王族も他の貴族の人だってとっても遠い存在で、それこそ急に行ったこともない遠い王都の王族の血を引いていますよと言われて信じろという方が無理なのだ。
考えてみて欲しい。
どこでも良い、あなたが急に行ったこともない名前さえよく知らないような国の王族か皇族から私たちの親族ですよと言われたらどう思うかを。
例えば超天然資源産出国の王族の血を引いていますよと言われてそれを信じられるだろうか?
中には大金持ちになれるとウハウハ喜ぶ人もいるだろうがそれはそれ、流石に血の繋がりは信じたりしないと思う。殆どの人は「それはないわw」と一笑に付すか、その人たちに騙されているんじゃないかと疑うのが普通だろう、それと同じ感覚だ。グレースが特別疑り深いという訳ではないのだ。
だけどグレースがそんな気持ちでいることなど誰も気付くはずがない。
フィリップはさっそくダルトアを呼び、こっちに来て鑑定をしてくれと言った。
ダルトアは亡き親の形見を前に感動しているはずのグレースに気を遣い「ジラール夫人、どのようなものか見せて貰っても良いですか」とことわり、グレースが頷いて肯定の意を示したのを確認してからカフスボタンに手をのばした。
「ほう、これは良い物が入っていました。これが誰の物か当てるのは至極簡単です」
ダルトアはいつも首から下げている小さな拡大鏡であちこちを仔細に観察してから目元口元を満足げにほころばせて言った。
「分かりましたよ、このカフスボタンにはAの字と蛇の柄が入っています。青い地に金の蛇、これはこの箱の作り手であるアンリ殿下の物です。
何を隠そう実はこれと同じ柄のシグネットリングがアンリ殿下のものとして残っているのです、だから私はこれがそうだと断言できます」
「へえ・・・」という感嘆の声がどこからか上がったがそれ以上口を挟むものはいなかった。皆シンとしてダルトアの次の謎解きを待っているのだ。
ダルトアがグレースに視線を戻したのでグレースはそれに促されたように中の紙を取り出した。その紙も一応見るのかなと思ったから出したのだが、なんとその下にまだ何かあった。
「まだ何か下に入っていたわ」とグレースが言ったのでリリアンが身を乗り出して見るとそれはとてもとても可愛らしい、でも立体的で豪華な薔薇の花のペンダントヘッドだった。
「お祖母様、それはペンダントヘッドみたいですね」
「ええ、そうね」
「なるほどそれが下に・・・」
ダルトアは無造作に畳まれた紙を丁寧に開いて確認していたが、ただの無地の紙だった。おそらくその下に入っていたペンダントヘッドが壊れないように入れた緩衝材だったのだろう。
さっき陛下が無造作に小箱を振った時に中で動いていたのはカフスボタンの方だったようだが、この紙が入っていなかったら今頃は振ったことを大後悔することになっていたはずだ。
何故ならペンダントヘッドは欠けやすいカメオだったからだ。
ダルトアは箱を振るのはとても危険な行為だったということが分かり今になってゾッとした。
それは単体で見ても出来栄えが良く宝飾品としての価値がありそうだし、グレース夫人が赤ちゃんの頃に作られた物と仮定しても50年前のヴィンテージ品なら美術品として余計に価値が上がる。
そんなことを考慮するまでもなく王弟アンリが持っていたカメオならそれだけで歴史的価値があり至宝殿に置くべきでその価値はプライスレスだ。
ニコラはこれまでグレースの隣で黙って見ていたが、机の上に置かれたそれらを見つめながら言った。
「ふ〜ん、わざわざ開けにくい箱に入れたカフスボタンとペンダントヘッドか。将来赤ちゃんが困らないように財産代わりに持たせたのか、はたまた出自を知らせる為か。
どちらにしても開けられなければ意味がないのにこんな風にしたのはどうしてだろう?」
<なるほどね、あの時の赤ちゃんは君だったんだ!>
ニコラの声に反応したかのように、いきなりラポムの声がした。
「ん?」
「えっ?」
ニコラとグレースが同時に言って宙を見た。
「いきなりどうした」とニコラ。
「あなたは誰?」とグレース。
二人のおかしな挙動に皆がどうしたんだと怪訝な顔をしているが不可解過ぎて不気味だったから、とりあえず誰も口を挟まなかった。
その中でフィリップはあのキラキラの仕業かと思い、リリアン、パメラ、ジローはグレースの巫女の力が発動したのだと思った。
<まずは先に君の質問に答えるよ、私は湧き出る泉トゥリアイネンの精霊だ>
「まあ!辺境にあるあの泉の?主人に聞いたことがあるわ、そこの水を飲むと元気になる気がするんだって言ってたわ」
<そう、その泉の>
<今は訳あってここにいるんだけどね>
<それでね、あの時赤ちゃんを神殿に連れて行ったのは私なんだ。
あの日はね山がいつもと違っていた。
だから私はその根幹になってる所に行ってみたんだ。
人間の若い男と女が何者かに襲われていてね、赤ちゃんは彼らが倒れているところとは離れた草むらでバスケットに入っていた。たぶん彼らは赤ちゃんを隠していったん悪い奴らを撒こうとしたんだと思う、でも戻って来られなかったんだ。
本当は人間のことは関知しちゃダメなんだけど、そのまま山に置いとくと赤ちゃんは死んでしまうでしょ、だからほんのチョットだけ手助けをすることにしたんだ。
残された赤ちゃんを麓の村の神殿に届けた。ヴィーリヤミがあそこなら面倒をみてくれると言ったんだ。あとは生きようが死のうがその子次第にしとけと言われたからその後のことは知らなかったけど、きっと元気にやってるだろうと思ってたよ。
そこにある小箱はね、後からヴィーリヤミが近くに落ちていたと言って神殿に届けてくれたんだよ>
「へえそうだったのか、まさかお祖母様までお前達に助けられていたとはな」とニコラが感心している横で、グレースは「ねえ、それは私の両親で、両親は殺されてしまったの?」と言っている。
二人の様子だけでは全く話が見えない。それでも皆は顔を見合わせ訳が分からないなりに心配そうな顔で見守っていた。
<うん、そうだよ!>
<あの時、すぐ中から人間が出て来て連れて入ったからもう大丈夫だと思ってたけど、無事に大きくなってたんだね!良かった、良かった。じゃあね!>
「ちょっと待って!名前は?その男女の名前は聞かなかったか?それか他にも何か言ってなかったか?」急いで呼び止めようとしてニコラが大きな声を出した。
<うーん、私は異変があってから行った。悪い奴らは次の獲物を探して走り去った後だ。倒れてる本人達からはもう思考は読み取れなかったから分からない。たぶんヴィーリヤミに聞いても同じだと思う>
「その悪い奴らというのは?」
<私たちは赤ちゃんに気がつき、そっちに意識を集中した。複数の黒い悪意が早いペースで去って行くのが感じられた、それだけだ>
「そうか、お前でもそれくらいしか分からないか。残念だな」
<うん、でも赤ちゃんを助けて偉かったでしょ?だってあの赤ちゃんがこの世にいなけりゃニコラもリリアンもここにはいないんだもんね、そうだよね?>
「本当だ。お前はまさに俺たちの命の恩人だよ、ありがとな」
<うん!いいんだよ。じゃあね!!>
「ああ」
「ありがとう、ありがとう、泉の精さん」とグレースは何度もお礼を言った。
ニコラがふと見回すと、みんながこっちを見ていた。
「・・・・・」
え〜っと、困ったな。
この間からエルミールやラポムが自由過ぎて内緒話にならないんだけど、精霊の存在は他言無用じゃないかったのかよ。
人前で、しかも国の中枢も中枢、国王と重鎮の居並ぶ前で話しかけてくるなって!!って、もう今から言っても間に合わないか。
「ニコラ、なんて聴こえてたんだ?」とフィリップに聞かれた。
「あ、えっと、声は名前は分からない男女が山で何者かに襲われて亡くなったと。
そして残されていたその男女の赤ちゃんと小箱を神殿に届けた、と言っていました。もしかして他の人には聴こえてなかったんですか?」
「グレース夫人とニコラにしか聴こえてなさそうだった」
アンジェルのお腹の中を見た時は皆んなにも見えていたけど今回は俺とお祖母様だけにしか聞こえてなかったらしい、それなら声に出さずに喋れば良かった・・・。
「そ、そうなんですか。
えっとなんだろう?お祖母様の隣にいると私にも聴こえるみたいですね、巫女の血が私にも流れてるのかな〜?」
「巫女には独身の女性しかなれないと聞くがな。
まあいい、男女ということはアンリ殿下は女性と一緒に居たということだな?」
有難いことに殿下は "未知の声を聴いたらしい" という皆にとってはかなり奇想天外な事実をサラリとスルーしてくれるつもりらしい。
「そうですね」とフィリップの言葉にダルトアが返事をした。
「となると、このペンダントヘッドは一緒にいた女性の物かもしれませんね女性用のアクセサリーですし・・・。
このように厚みがあり、なおかつこのように幾重にもなる花びらを薄く浮き立たせたデザインを施すには高度な技術がいることでしょう、これほどのシェルカメオは今でも手に入りにくく高価で希少な物だと思いますよ、これを持っていたということは貴族の中でもよほどの家の娘と考えられるのではないでしょうか。
アンリ殿下は今まで失踪したとか作った薬で誤って命を落としたなどと言われていましたが、どうやらどこかのご令嬢と駆け落ちしたという可能性も出て来ましたね。
当時の記録をもう一度さらってその頃に行方が分からなくなった娘の記録がないか探ってみる必要がありますな」
(残念だがダルトアの推理もここまでか)とフィリップは思った。
フィリップの期待した答え、アナベルには辿りつけなかったがそれでも王弟アンリには辿り着けたのだからこれで良しとしようか。
ラポムは自由過ぎでしょ
リヤ様がキラキラやったから自分だってこれくらいは許されると思っているんだと思う
あと最後のところでフィリップは何を知ってるの?何言ってくれてるのよネタバレじゃん?って思った方は124話へどうぞ
アナベルは既出です
それから前回書き忘れてました
アンリ殿下がお住まいになっていたのはエミールが住みたいと言っていたあの白亜の家の隣の家です
お忘れの方は96、97話をどうぞ
_φ( ̄▽ ̄ )
ここまで読んでくださいまして、どうもありがとうございます!
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