175話 綺麗で変わった木のこと
国王陛下から見たいと所望されたらグレースには見せるしか選択肢がない。
しかしそれは全体に綺麗な模様が施されていて振ると中で動く物のある、とても興味をそそられるものだ。
何が入っているのかと興味本位に破壊されでもしたら確かに中がどうなっているのか謎は解けるかもしれないけれど、私の大事な木は姿を変えてただの木屑になってしまう。もしそうなったら辺境から持って来たことを一生後悔する。
そう考えて国王に対し分不相応な申し出かもしれないとドキドキしながらもグレースはせめてものお願いをと頭を下げた。
「国王陛下、もちろん私はその木をお見せします。ですがどうか壊すことなく元の状態のまま私の手に返すと約束してください、それは私と両親を繋ぐ唯一の物で私にとってとても大切な物なのです。どうぞお願いします」
リュシアンが「分かった、必ずそうすると約束しよう」と答えたのでグレースはホッとした。
多くの人にリュシアンは話の分かる優れた王だと認識されていたが、グレースにとってはそうではなかった。
昨日初めて会った時にしつこく自分の母親ではないかと詰め寄られたせいで国王陛下に対して "ちょっと面倒で我儘なところがある王様” という印象を持ったのだ。
けれど王太子殿下の方なら信頼できる。
リリアンやニコラ、ジロー等が深い信頼を寄せていて一緒にいる時もいつも和やかだし、自分もここ数日一緒に過ごし誠実で親切な人柄で信頼して良い相手だと思っている。
(その王太子殿下、それにヴィクトルたちがいてくれているのだからきっと悪いようにはならないはずよ!)と自分を勇気づける。
(それに国王陛下だって仮にも世間では愚王の息子は賢王だと言われているのだから、いくらなんでもこうして皆の前で約束したことを簡単に撤回するほどのクズではないと思うわ・・・)
そのようにまだ多少の不安はあったが、実はその『木』は最初からここで披露する予定だった。
グレースは昨夜フィリップにこのように言われていたのだ。
「明日開く集いの出席者の中には古参の者もいます。
彼らは博識で我が国の歴史や文化、地方都市の産品のみならず他国の文化など、色々な分野の専門的知識を持っていますから彼らの知恵を拝借すればもしかするとその木の出所が分かるかもしれません」と。
何も分からない可能性の方が高いだろうけど、王太子殿下の仰るように有識者に見て貰ったら何か分かるかもしれない。
辺境にいる時はこの木を持たされた意味を一生知らないままだろうと思っていたが、本当のことを言うと今は期待の方がちょっぴり大きい。
フィリップは自分の方から集いで皆に見せたらどうかと持ち掛けたのに、グレースにはわざと持って来させていなかった。
あまり用意周到に準備をしていると信ぴょう性が薄れると思ったからだ。ヤラセを疑われては全てが台無しだ。
グレースが部屋に取りに行って参りますと言って席を立ち、ニコラとジローが伴って行こうとしたところにクレマンも一緒に行くと言ったので、四人は連れ立ってグレースの部屋に『木』を取りに行った。
クレマンは母の身を案じてまだ神経を逆立てていたし、その大切な物という物が何か検討がつかず、また見たことも聞かされた覚えも無かったので念の為に行ったのだがグレースが金庫のような貴重品入れからニコラに取り出させたのはクレマンにも見覚えのある袋だった。
元のサロンに戻り、座る時にクレマンはヴィクトルに言った。
「なんのことはない、昔から母上の部屋でよく見ていた物でした。てっきりアレには化粧道具でも入っているのだろうと思っていたんですが違ったんですね」
「そのようだな、あれは確かによく目にしていた物だ」とヴィクトルもグレースが持っている物を見て安心したようだ。
フィリップはグレース達が席を離れている間にどうやって彼女がそれを手にすることになったのかを皆に説明しておいた。
グレースは自分の席に戻りそれを前に置くと、徐に紐で縛られた袋の口を開け、手を入れた。
いよいよ袋から謎の『綺麗で変わった木』とやらが取り出される瞬間が来た。
皆はジッとグレースの手元に注目したが出てきたのは花柄の布に包まれた四角い物だった。
「あれ?」とガッカリが口に出たリリアン、でも次こそはと息を詰めて見守った。
布の結び目を解き、開くと今度は白い布に包まれていて・・・。
それを解くと、今度は縞柄の布包みが出てきた。
「なんですか、それは」と首を伸ばして見ていたクレマンが呆れた声を出した。
隣で固唾を飲んで見守っていたはずのリリアンも耐えきれなくなって笑い出した。
「お祖母様、いつになったら中身が出てくるんですか?クスクスクス、袋の中にまた袋って、面白すぎですよ」
「まあ、待ってちょうだい。もうちょっとだから」と言いつつも、物凄〜く大事に、念には念を入れて仕舞い込んでいたのがバレて流石にグレースも照れ臭そうだ。
果たして、この縞柄の布の結び目を解くとようやっとそれらしい物が現れた。
確かに木ではあるが、それは細かい格子状の模様が入った工芸品のような品だった。
「おお・・・」と見る者達から静かな驚きの声が上がる。
木というから角材の切れ端のようなつまらないものを想像していたのだが、見るからに美術品としても価値がありそうな品が出てきたのだ。
これは元々リュシアンが見たいと言ってここに持ち込んだのだから最初に見せるのが筋だ。
「エミールに持って行かせましょう」とフィリップが言ったので、グレースは「はい」と頷いてリリアンに手渡した。リリアンは両方の手の平に乗せて大事そうにフィリップに橋渡しし、フィリップは「見た目よりずっと重い」との感想を述べてエミールに渡した。
皆が見守る中、エミールは両手で捧げ持って国王陛下の元に行き、どうぞと言って御前に差し出した。
「これはまた・・・美しい細工だな。これは箱か?」と言ってリュシアンは手に取ったが、よく見てもつるんとしていて蝶番も繋ぎめもなくただの長方体でしかなかった。
だが振ってみると何かが中で動きコトコトと音がする。
「中に空洞が有り、何か入っているようだ」
その時、ガタンと椅子の倒れる音がした。
「あああ、陛下っ。それは『アンリの秘密の小箱』ですよ、きっとそうに違いありません」
「何だと?」
「ああ、どうか私にも見せて下さい。当時の文献でしか知りませんが特徴がそっくりだ・・・まさかこの歳になって実物にお目にかかれるとは・・・!!」
歴史文化相のダルトア・ティエリは倒した椅子を気にする様子もなくヨロヨロとよろめきながら、国王の方へ吸い寄せられるように歩いて行った。
まだ国王から許可も出ていないのに近づいたので国王の護衛達が阻止しようとしたがリュシアンは手で制して言った。
「ダルトア、説明せよ」
「は、はい。それは・・・『アンリ3つの謎』の一つとされている『秘密の小箱』かと。
アンリとはヴァレリアン・マルチーズ・プリュヴォ三世の一番下の弟君アンリ殿下のことでございます。アンリ殿下はわずか7歳の時に王位に対する興味はない、いずれ王となる兄と国のために医学を志すことに決めたと宣言なさいました。
大変聡明で特に語学と数学を得意とし、また手先の器用な方でした。
そして『秘密の小箱』とは彼が外遊した先で出会った東方の国の『カラクリバコ』という細工物からヒントを得て作ったものと言われていて、いわゆるアンリ殿下が考案した仕掛け付きの貴重品入れのことです。
アンリ殿下は "開けられるものなら開けてみよ、開けられた者には中に入っている物を褒美に取らせる" と仰って大勢の者が挑戦しましたが誰も開けられなかったといくつもの文献にあるのですが、実際に現物が存在せず、どこにあるのか、またその話自体がアンリ殿下の凄さを強調する為の作り話ではないかと言い出す者もいて今日になっても研究家の中でよく論争になっている物です」
そう言いながらとうとうダルトアはリュシアンの横に行き、無言でその『木』をリュシアンの手から取り、撫でたり引っくり返したりしてためつすがめつ眺めた。
「これがそうなら大発見だ。
見た目の特徴はこれそのもの。
あっ有った!
ほら、見て下さいありました!
この四角い模様の端部!一箇所だけ蛇の頭の形になっているでしょう?
蛇はアンリ殿下が使われていたシンボルです。これはもう間違いない、これがアンリの3つの謎の一つ、秘密の小箱です!!」
リュシアンは興奮するダルトアが指差しているところを見て言った。
「どれ・・・なるほど、確かに蛇の頭だ」
「ああ、素晴らしいこの歳になってこのような貴重な物に出会えるとは・・・私はこれまでずっと探してまいりましたが似たような物さえありませんでした。
我々はアンリ殿下を象徴する物として想像でレプリカを作って『王家の至宝殿』に置いていますが、なんとまあ何も再現出来ていませんでした。全く違う、それはそうだ天才と言われた方の作った作品を我々凡人がどれほど考えても作れるはずがなかったのです」
父とダルトアの会話を黙って聞いていたフィリップは自分の席に座ったままダルトアに声を掛けた。
「ダルトア、難しいといっても小箱というからには開けられるのだろう?中を確かめられないか」
「はい、殿下の仰る通りこれを開けることは出来るはずですが文献には色々な人が挑戦したが誰も開けることは出来なかったとあるだけで開け方は何も書いてありませんでした。ですから開けるのはちょっと難しいかと思われます・・・。
『アンリ3つの謎』の謎はその箱というよりその箱の開け方なのです」
ダルトアがそう答えるとリュシアンがガッカリしたように言った。
「なんだ、お前はそれだけ知っているくせに開け方も分からないのか。どれ私にちょっと貸してみろ」
リュシアンも箱を手に取りためつすがめつ眺め、引っ張ってみたり色々持ち替えてみたりしながら頭を捻った。中で動く物が気になるのか耳を近づけて振ってみたり・・・その横で私にも貸してみてとパトリシアがニコニコ手を出して待っている。
「それで『アンリ3つの謎』のあとの二つはなんですか?」
「アンリ殿下はある日突然消えてしまったのです。それが二つ目の謎です」
その言葉に意を唱える者がいた、外務相ミシェル・バタイユだ。
「消えた?それはおかしいですな、プリュヴォ三世の弟君の一人は初代アングラード侯爵のジョルジュ殿下、もう一人の弟君がアンリ殿下です。
私の記憶ではアンリ殿下はご自身の作った薬をお試しになられ誤って亡くなられたはずですよ。私はこう見えて歴史好きですからその辺りのことは結構詳しいんです」
「確かにそういう説があります。
当時そういう発表が公式になされたせいで文献にも多くそう記されているのです。ですが私は実際は失踪されたのではないかと考えています。何故なら王立騎士団にその後も何度もアンリ殿下の居場所を捜索したという記録が残っているからです」
ダルトア達がそんな話をしている間も反対側の席で今度は騎士団総長のアンブロワーズ・アルノーと軍事相ユルリッシュ・ボーソレイユがパトリシア王妃から受け取った小箱を開けようとして頭を付き合わせてあーでもない、こーでもないと箱を引っくり返したり振ったりしていた。
パトリシアは自分には無理だと降参したが、興味が失われた訳ではないようで身を乗り出してそれを見ていた。
その三人以外はほとんどの者がダルトアの方を見て話を聞いていた。
そして同じ部屋にいる護衛はというと彼らと同じように興味深く話を聞いたりしてはいけないので皆前を見据えて立っていた。が、パメラだけは騎士団総長アンブロワーズ・アルノーの方を見てソワソワと落ち着かない様子だ。
レーニエがそれに気がついて「どうした、何かあった?」と聞いた。誰かに怪しげな動きがあるとかだったら取り締まらなくてはならないと思ったからだ。しかし思ったのと違う返事が返ってきた。
「うん。私、多分あれの開け方知ってる」とパメラ。
「え?マジで?なんで?」
「似たやつを持ってるから」
その二人の声が前に座るリリアンとフィリップの耳にも届いた。
「パメラ、あれを開けられるの?」とリリアンが振り向いて言い、パメラが頷くとフィリップが手を上げて言った。
「それをこっちに!パメラが開けられると言っている!!」
皆が騒ついた。
「ちょっと待て。パメラよ、力任せに開けてはならないんだぞ」とリュシアン。
心配そうだ、まさかパメラに秘密の小箱の秘密が解けると思わなかったのだろう。
「はい、もちろんです。私はそれを壊さずに開けられると思います。何故なら私の兄ゴダール・バセットが作った『玉手箱』と似ているからです。
それは柄は入っていない無垢の木で蓋のない小箱でしたが見た感じたぶん同じ構造じゃないかと思うんです」
パメラが言った『玉手箱』はかなり素朴な見た目で、柄がない分いくらか仕掛けを見破るのが簡単だった。しかし見た目のクオリティが違い過ぎて同じく知っているはずのエミールはパメラに言われるまで全くその二つの共通点に気がつかなかった。
が、言われてみたら大きさも同じくらいだし、何よりそれならバッチリ辻褄が合う。
「玉手箱、確かにバセット家にそんな物がありました。
・・・うん、そうだ。間違いなく同じだ!だって、あれは兄上がアンリ殿下がお住まいになっていた屋敷で見つけた設計図を元に作った物なのですから」
「なんだって!?」
リュシアンもフィリップも、それだけじゃないダルトアもヴィクトルもクレマンも・・・ほぼ全員が口を揃えて言った。
「ああ、すいません。どういうことか説明致します。
私が今住んでいる屋敷はバセット家が代々使っている宮殿横のあの白い屋敷です。調べたところその奥隣の屋敷には昔アンリ殿下がお住まいになっていたと記録にありました。そしてそれ以降はどなたも住んでおりません。そのせいで荒れ果ててあちこち朽ちて崩れて廃墟になっているのです。
実を申しますと私は子供の頃に王家所有の屋敷とは知らず兄と秘密基地だと言って、よく中に入って遊んでいたのです。
その屋敷の屋根裏部屋は一室の広い工作用の作業場になっていて、色々な道具がありました。
その作業台にはなにやら難しげな工作物の設計図も残されていたんです。私は興味が無かったので詳しくは分かりませんが兄はそれに興味を持って自分の手で設計図にあるものを復刻した、それが『玉手箱』つまりはアンリ殿下の『秘密の小箱』の再現だった、そういうことです」
エミールはそう言った後、王族の屋敷に不法侵入していたことがバレてしまったので申し訳なく思い小さくなって付け足した。
「ちなみにその屋敷は近々改装して私どもの新居にする予定で、陛下にも許可をいただいております・・・」
「屋根裏部屋があったのか・・・」とダルトアが一人呟いたくらいで、もうエミールの言ってることは誰も聞いてなかった。
ちょうど小箱を手にしたユルリッシュが自ら立ってパメラのところに持って来て渡したのだ。
リリアンやフィリップは座ったまま後ろを向き、ヴィクトルやクレマンはよく見えるように立ちあがった。
ダルトアがよく見えるように近くまでやって来るとそれに連れられるようにしてリュシアンやパトリシアまで立って来た。
結局、皆がよく見たいと切望するあまりパメラを何重にも取り囲むことになった。
パメラは責任重大、果たして開けることができるのか?
あれ?
今回はまだ開きませんでしたね次回は無事に開けられるのでしょうか
それにしても
ゴダールは居ないくせに何故かよく出て来ては活躍しますな
_φ( ̄▽ ̄; )
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