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174話 集いという名の舞台

「どうした」


 入っていきなり目にした光景にリュシアンは驚いた。


 いつもなら自分が入ってきたら全員が立って迎えてくれるのに戻って来たことさえ気付いていないのか重臣たちは皆一様に黙って奥の方に目をやり座ったままだ。

 そしてその視線の先を辿るとグレース夫人とリリアンが抱き合って泣いているではないか・・・。


 二人ともこのように感情を露わにするタイプには見えなかったので余程のことがあったのだと思われた。



「おい、フィリップよ。何があったのだ」ともう一度言った。



「ああ父上。話せば長くなるのですが・・・。

 亡くなったマルセル・ジラール辺境伯の形見にリリアンが」


 そうフィリップが口にした途端、皆が「亡くなった?」「辺境伯が?」「国境はどうなるんだ!」と口々に騒ぎ出した。



 宰相のモルガンが立って「殿下のお話の途中だぞ!」とか「陛下の御前であるぞ!皆静まれ!!」と言って収拾を図ったが座ったまま考え込む者、隣同士で今後の対応策について喋り出す者と辺境伯の突然の訃報に動揺し場の雰囲気はガタガタになった。



「ええい、だまれ!」とリュシアンが一喝し、場はシンとした。



 リュシアンは皆を見回しながら言った。


「まず一つ。マルセル・ジラール辺境伯は亡くなった。次期辺境伯は長男のヴィクトルが継ぐことになっている、ここにヴィクトルがいるのはその為だ。辺境はこれからも変わりなく守られるから心配はいらん」


 そして一呼吸置いて尋ねた。


「次にフィリップに聞く、私が居ない間にここで何があった?」



「はい、リリアンが形見に貰った懐中時計は辺境伯が肌身離さず持っていたという愛用の品で、それに夫人の肖像画が描かれていたことを今初めて夫人とリリアンが知ったのです。

 そして・・・その肖像画に辺境伯が、毎夜必ずお休みと・・・お休み、私のグレース、良い夢を、と言っていたというエピソードを聞き、胸を打たれて二人は泣いているのです」



 泣いている二人を見た後だ、皆も胸が詰まる思いで頭を垂れてフィリップの言葉をウンウンと聞いている中でパトリシア王妃は感心したように言った。



「まあ、とても良いお話だわ。辺境伯はとても夫人を愛してらしたのね!」


「はい、それはもう」とクレマンは礼儀正しく答えた。



「どれ、私もそれが見てみたい。見せてくれ」とリュシアンが言い、フィリップがクレマンに目をやるとクレマンは頷いた。


 エミールがグレースから懐中時計を受け取り、リュシアンの元へ持って行った。



「ほぉ、これはまた見事だ。ここに小さな文字で勝利の女神と書いてある、ヤツは自分の妻を勝利の女神に見立てていたのか」


「どれどれ、私にも見せて下さいな」と隣から覗き込んでいたパトリシアはリュシアンから懐中時計を受け取った。



「まあ!こんなに小さいのに夫人ソックリに描けてる、見事なものだわ一級品ね!」と微笑んだ。




 それはグレースの肖像画であったがその名ではなく勝利の女神と刻んであった。


 三十代の頃のグレースだろうか若々しくこちらを見て口元だけほんの少し微笑ませたようなその表情は自信と余裕、そして気品があり女神と呼ぶにふさわしい。

 硬い素材なので凹凸をつけるのが難しかったのだろう細い線だけで彫られていた。



 ただ肖像画が描かれているだけであれば、辺境伯が王妃の肖像画を大事に懐に仕舞っていると思われ不都合が生じる恐れがあった。

 リュシアン以降、姿絵やグッズが街で売られ誰でも手に取って買えるようになったが、それ以前は個人で王族の描かれた物を持つことは無かったからそのような物をわざわざ作って大事にしているとなると横恋慕を疑われても仕方がない。

 だからと言ってこれは妻だと妻の名を刻めばグレースが王妃に似ている事がバレてしまうのだ。


 そこで辺境伯は苦肉の策で『勝利の女神』と刻み御守りとして持っているということにしていた。この絵が王妃に似ているように見えたとしても、たまたま絵師が描いた女神の絵が当時美しさの代名詞だった王妃に似てしまっただけだと言い張るつもりで。



 リュシアンにはこれもまた自分の母が描かれている絵を見ているようだと思ったが、口にはしなかった。一方パトリシアは王家の肖像画で前王妃の顔を見たことがあるはずだが本人に直接会ったことはないのでグレースが似ているとは全く気付かなかったようだ。辺境伯からの愛されエピソードが気に入ったらしくグレースを微笑んで見ていた。



「どうかそれを私にも見せて頂けませんか」と歴史文化相のダルトアが申し出ると「私もぜひ」と文科相のディヴリーが言った。それを皮切りに私も、私も見たいと声が上がった。


「ほお、これは素晴らしい」などと順番に見ていく面々だったが、ついに禁断のあの発言をする者が出た。


 手に取った懐中時計の絵を見ていた外務相ミシェル・バタイユだ。


「ジラール辺境伯夫人はレオノール前王妃殿下にあまりにも似ていらっしゃる、実を言いますと私は先ほど入ってきた時に一目見てレオノール殿下が戻って来られたのかと思ったのですよ。

 しかし今日は辺境伯夫人を囲む集いと聞いておりましたし、並び順や皆の様子からそうではないらしいと見当をつけましたがそうでなければ真っ先にご挨拶に伺うところでした。

 実際のところはどうなのですか?」


 隣に座る財務相ガスパール・カルメがテーブルの下で馬鹿と足を蹴った。

(さっきのヴィクトルの発言を忘れたか、夫人に何かあったら攻め込むと言外に言ったのだぞ?ヴィクトルのその発言が不敬だとか何だとかはともかくとして、夫人に関して我々は発言に十分注意しなければならないと何故分からぬ!

 本当に奴らがその気になったら瞬く間に宮殿は制圧されてしまう。人数ではない、そのくらい戦力が違うのだ。この際色々と疑問はあるが口は閉じておくに越したことはないのだ。

 全くそれが分からぬとは外務相という交渉のプロフェッショナルでなければならない重要ポストについていながら何たる頭の軽さなのだ!)と心の中で憤っていたが、流石にここでは口に出せない。




 しかしフィリップは落ち着いていた。そのような発言が出ることは織り込み済みだ。


「そのような可笑しな発言が出るのも辺境伯夫人がよく知られていないからでしょう。この国で最高の辺境伯の爵位を持っていながら辺境伯も夫人も社交界に出ておられませんでしたからね。

 今日の集いは長年国境で国防を担ってきたマルセル・ジラール辺境伯の死を悼み、また彼を支えてきたグレース・ジラール夫人の功を労う為に開いたものです、まずその主賓の夫人について私から紹介しましょう」


「まず、グレース・ジラール夫人はマルセル・ジラール辺境伯の妻であり、ここにいるヴィクトルとクレマンそして今日は来ていませんが港湾警護隊長であるリアムの母であり、私の婚約者候補リリアンと専属護衛ニコラの祖母でもあります。

 彼女は結婚する前は辺境領にある村の神殿で巫女をしていました。当時は名をアンナと言い、辺境伯が婚姻の時にグレースと改名させました。

 その意図は明らかではありませんが、結果としてその後に我が国で教会や神殿が破壊され信仰が失われた時、神殿を離れ名を変えていたことにより助かることになりました」


 フィリップはかなり突っ込んだ情報をサラサラと明らかにした。



「まさか神殿の関係者が生存してとは・・・」とダルトアが呟いた。



 彼はこの国の歴史を調べ記録に残したり、文化を後世に伝える為に研究をする歴史文化相のトップだ。仕事柄もありぜひ当時の神殿の様子を詳しく教えて欲しいと思いとても興味をそそられた。


 フィリップはダルトアの呟きに一旦言葉を切ったので話に間が生まれた。そこに司法相のバヤールが尋ねてきた。


「王太子殿下、途中で口を挟んで申し訳ありませんがもう一度教えてください、今ご紹介にあったのでしょうが私は聞き逃してしまったようです。えっとグレース夫人のご出身家名はどちらと申されましたか」



「グレース夫人の出身は分かりません」


「え?」


「グレース夫人は孤児として生まれて間もなく神殿に引き取られました。分かっているのはそれだけです」


 ザワザワとした。

 前王妃にソックリな女性が孤児とな?

 どこの高貴な生まれかと思いきや、そんなことがあるのかと。

 辺境人は銀色の髪をしているのではないのか、そもそもなんで金髪なんだ?



 皆が顔を突き合わせ口々に疑問を呈する様子にグレースが貶められたような気がしてリュシアンは不快になった。


「当時は巫女はとても敬われ貴族の結婚相手として望まれていた。孤児であるという事実は少しもグレース夫人の功績や輝きを損なうものではない!グレース夫人を軽んずるのは私が許さんぞ」


皆んなピタリと口を噤んだ。



「はい、もちろんでございます。我々は決してそのようなつもりはございません。

 我が国では長らく教会や神殿に在籍する女性は高位貴族から結婚相手として好まれ引っ張りだこでございました。巫女も多くの家に嫁いでおります故、巫女を先祖に持つ者はこの中にも多くいることでございましょう」


 そう言って歴史文化相のダルトアが国王陛下の言葉を歴史的事実から裏付けたのでリュシアンは満足した。



「うむ、その通りだ」と頷いてからリュシアンは(そういえば)と昨日リリアンが言っていたことを思い出した。そうだ、それを楽しみにして今日の集いを開いたのだったと。



「そう言えばグレース夫人の『気』を見せて貰えば何か分かるのではなかったか?」



「リュシー父様、気ではありません木ですよ」とリリアンが言うとまた皆が騒ついた。



 国王陛下をリュ、リュ、リュシー父様と!?


 今日のこの集い、衝撃的事実が多くてめっちゃ騒つく。



「なんだ、巫女的な気で何かするのかと思ったが木か、しかし木で何が分かる?」リュシアンは腕組みをして背もたれに背を預け、考えてみたが全く見当がつかなかった。



 そこに再びフィリップが口を開く。


「私もまだ見ておりませんから何とも言えませんが、夫人が仰るには綺麗な柄の入った四角い木で、小箱のようで小箱でなく、振るとカタコトと音がするけど楽器ではないという変わった物だそうです。

 そのような変わった物を持たされたということは、これに出生の秘密が隠されているのではないかと考えました」


「おお、それならばすぐにその木を見てみようじゃないか!」とリュシアンはテーブルに両手をつき前のめりになった。



 ヴィクトルとクレマンは顔を見合わせた。

 そんな木の存在を知らなかったのだ。


 はたして国王陛下や王太子殿下にこのまま話を進めさせていて良いのだろうか?この集いは交流するためと言いながら本当は王家に母上を取り込む罠ではなかろうか・・・二人は気を引き締め心配げに母を見やったのだった。

国王の前でも好き勝手に喋る人たち

彼らは普段会議などでよく顔を合わせていて発言し慣れているのであまり遠慮がありません

あとグレースの騎士達は心配性か

_φ( ̄▽ ̄ ;)




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