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173話 グレースの騎士たち

 翌日、ニコラとグレースが案内されて来たのは宮殿の2階、バルコニー付きの明るくて広いサロンだった。テーブルと椅子がロの形に並べられている。


 既にリリアンは来ていて王太子殿下と奥の方に座っていた。そしてこちらに気付きニッコリ笑って「こっちよ」と手を振ってきたのでグレースも微笑んで手を振り、リリアンの隣に来て座った。

 フィリップとニコラに挟まれてリリアンとグレースが並んで座っている形だ。後ろにそれぞれの専属護衛パメラとジローが立った。



 次にエミールとレーニエが入って来て、レーニエはフィリップの後ろに付き、エミールは角をまたいでフィリップの右手に座った。



 昨夕、フィリップがニコラとグレースの部屋を訪れた元々の要件は一週間先に予定していた辺境伯夫人と王族並びに重臣達との集いを明日にすると伝えるためだった。

 まあそれを言う前についでにちょっと巫女の業を見せて貰おうとしたらキラキラしたのが出てきて思わぬ騒ぎになってしまったのだが。



 この集いの開かれる趣旨は建前では夫人が辺境伯と共にこれまで長きに渡り国防を担ってきたことを労う為と、最も重要で高位とされているのに辺境ゆえ今まで親族以外は誰とも交流がなかったということで、今回の来訪を良い機会として広く交流しましょうというものだ。


 しかし招集をかけた張本人のフィリップにはそれだけではない別の思惑もある。

 それはもちろんグレースの両親が誰であるかを明らかにすることなのだが、それについてはフィリップの心の中に留め他の誰にも言ってない。



 ガヤガヤと声がして開かれたままの入り口からゾロゾロと重臣と呼ばれる者達が入って来て左右に分かれそれぞれ予め決められた席に着いていった。

 奥の一番前から騎士団総長、軍事相、司法相、産業相、財務相、外務相、農業相、エミールが座る。手前はまだ来ていない者の席を除いて宰相見習いのシリルに宮内相のマルタン、国土相に水路の為に新設された新参の土木相と運輸相が座った。


 喋りながら少し遅れて入って来た三人は歴史文化相ダルトアと文科相ディブリー、宰相モルガンでグレースを見て目を見張り、一瞬足を止めたがそのまま席に着いた。

 彼らはちょうど国王陛下の母である前王妃の顔をよく知っていた3人だったからよく似た顔に驚いたのだが、それでも今日はリリアンの祖母を囲む会でリリアンの隣に座っているのだから彼女がグレース辺境伯夫人だろうとすぐに分かったのだ。


 ちなみに国王と子供の頃からの友人である騎士団総長アンブロワーズ・アルノーと軍事相ユルリッシュ・ボーソレイユも前王妃似のグレースに内心驚いたが精神鍛錬が行き届いているので驚きを全く表に出さなかった。


 空いた席はまだ4つある。


 しかしもう重臣と呼ばれる顔ぶれは揃っているのだから、あとは正面の席に国王陛下と王妃殿下がいらっしゃってお座りになるだけだろうと皆は思っていた。





 その時何やら遠くの方から大きな声がした。それがだんだん近づいてきて廊下の方が賑やかだ。


「だから嫌だったんだ!母上を王宮に連れて来るのは!

 薮を突かないようにこっちは細心の注意を払っていたというのにやっぱりコイツはこんな事を言い出した」


「まあ、そう言うな」と言っているのはどうも国王陛下の声らしい。


「それにしても自分の親と他人の親の区別がつかんとは」


「まったくだ!!正気とは思えんぞ!」


 廊下に響く大きな声がいよいよ近づいたと思ったら言い合いながらズカズカと図体の大きな三人の男が入って来た。憤るクレマンを先頭にリュシアン国王とヴィクトルだった。



 今しがた国王をコイツ呼ばわりしていたのは何を隠そうニコラとリリアンの父であるクレマンだ。


 クレマンは子供の頃からリュシアンの友人兼剣術や格闘技の練習パートナーとして近くにいたから何度も顔を合わせる機会があり、(当時の)王妃であるリュシアンの母と自分の母がよく似ている事を知っていた。そしてもちろんその兄であるヴィクトルもクレマンから聞いてそれを知っていた。


 マルセル・ジラール辺境伯を含めた彼らはグレースの平穏無事な生活の為に『王妃にそっくり』であるという事実をずっと外部の誰にも明かさず秘匿し続けてきたのだ。

 それは王妃の替え玉などの用途に利用されることを恐れた為だった。


 怖いのは王族だけではない、特に王妃がご存命の頃はそれに敵対する勢力からも同じく利用される可能性があり当時は結構ゴタゴタしていたからとても危険で全く気が抜けなかったのだ。


 辺境伯家が王都にタウンハウスを持たないのも、中央から一定の距離を取って田舎に引っ込んでいるのもそのせいだ。

 大体クレマンがジョゼフィーヌの家に婿入りが許されたのも、王都と辺境を繋ぐ道のちょうど中間地点に領地を持つことになり動向がいち早く分かるという地の利があるとか、私設騎士団を分散しておけるという大きなメリットがあったからでむしろ辺境伯には喜んで送り出されたくらいだった。


 こちらはそれくらい細心の注意を払ってやってきたのに、ニコラは王太子の側付きにされるわ、リリアンは婚約者候補になるわでこちらの思惑に反して近くに近くに引き寄せられる。ジョゼフィーヌは大喜びだがこっちは身が縮む思いだったのだ。


 そのあげくにだ。


 さっき、王太子殿下に辺境伯夫人を囲む集いをすると急に召集され、宮殿に上がって先に国王陛下に挨拶に行ったら「お前の母という女性は私の母とソックリなのだが、もしかして本当は私の母ではないのか?もしそうなら正直に言え」と言われたのだ。

 それで「そんなわけあるか〜!」とブチ切れたところでお時間ですと言われ、その状態のまま会場入りしたのだ。




 憮然とした顔でドスドスと入って来たクレマンだったが、母グレースの顔を見て息災なことを確認すると安心したようでスッと普段の表情に戻り穏やかに言った。



「母上、数日ぶりですがお変わりないですか」


「ええ、変わりないわ」


「そうですか、それは良かった。

 リリアンや、元気だったかい?早く会いに来たかったんだが事情があって来れなかったんだ。お父様はお前にとっても会いたかったんだよ〜」と言ってリリアンに手を伸ばしてきた。


「お父様、お久しぶりですお元気でいらっしゃいましたか」とリリアンはされるがままに父に抱き上げられた。


 どうやらお父様が来られなかったのはお祖母様の為らしい。


 でもさっきリュシー父様にすごいことを仰るお父様の声が聞こえていたけど、大丈夫なのかしら?とリリアンが心配してチラッと様子を伺うと、とうのリュシアンはなぜか急足で部屋を出て行くところだった。


 実を言うと三人で言い合いながら歩いているうちに早足になってリュシアンはパトリシアを途中で置いけぼりにして来てしまったのだ。自分の椅子に座ってふと隣が空いているのを見て気がつき急いで迎えに行ったのだ。パトリシアはご立腹でなければ良いが来ないところをみるとまずご立腹だろう。



 それはともかくこっちの話だ。クレマンが眉を下げて言った。


「来週から学園に通うんだって?大きいお友達ばかりで怖くないかい?お父様は心配だよ」


「はい、ルイーズという仲の良いお友達も一緒ですから大丈夫ですよ、お父様」


「リリ〜、しばらく会わないうちに大人になって〜」



 などとリリアンがクレマンと近況を話している隣で、ヴィクトルもグレースと話をしていた。



「ねえヴィクトル、私、昨日いきなり国王陛下に母上に似てるって言われてビックリしちゃったんだけど、さっきの様子だとあなた達は前からそのことを知っていたのね?」


「ええ、父上やクレマンは前王妃殿下に何度も拝謁しておりましたからね。私も遠目で拝見したことがありますが、怖いほど・・・それこそ替え玉になっても気づかれないのではないかと思うくらい似ておりました。

 この度は母上のたっての希望でしたのでこちらに連れて参りましたが、私たちは本当は国王陛下に母上を一生会わさないつもりでいたのですよ」


「まあ、そうだったの。だったらひとこと言ってくれたら良かったのに。私ったら何も知らないでのこのこ来ちゃったわ」


 その言葉にヴィクトルは辺境伯譲りの銀色の目を細めて微笑んで言った。


「いいんですよ、母上にはリリアンに会うという目的があったんですから。せっかく来たのに宮殿に上がらないわけにはいかないですしね。

 下手に情報があると精神的にお疲れになるでしょうし行動にほころびが出ます故、母上は自然に思うようになさったら良いと思って何も言わなかったのです。

 私たちも前王妃がお隠れになってもう二十年余り経ったので少し油断していたところはあったのですが、それでももしもの時の備えはしてありますから大丈夫ですよ。母上は私たちが必ずお守りしますから安心して心のままお過ごし下さい」


 そう言って不敵に笑ったヴィクトルはまるでグレースに忠誠を誓った騎士のようだった。



 辺境とベルニエから連れて来たそれぞれの精鋭の騎士達はもしもの時に備えて王都周辺の野営地に留め置かず、王都の城壁の中に全員入れてある。何かあった時はいつでも動ける構えだ。


 このヴィクトルの言うもしもの時の備えとは、グレースを王族が奪おうとしたら手向かう覚悟で来ていたということを意味し、サラッと言ってのけたがゾッとするほど不穏な発言だった。

 だが、聞こえたのか聞こえなかったのか誰もその言葉を咎める者はいない。





 リリアンを抱いたクレマンは、リリアンの手元に目を落とした。


「おや、リリアン。その手に持っているのはお祖父様の懐中時計ではないかな?」



「はい、そうです。このお祖父様の時計は私が形見に貰いました。

 ちょうどこれから学園に通うようになりますし、いつも身につけて愛用しようと思ったのですが壊れて動かないらしいのです。

 それでこの集いが終わったら帰りに宮殿の時計師のところへフィル様と行って直して貰おうと思って持って来たのですよ」



「うーん、確かにその懐中時計をリリアンが使ってくれたらお祖父様は大変お喜びになるだろう。だがそれは普通のと違って雪山で使えるようにとても頑丈に作ってあるんだ。逆に頑丈過ぎて分解しにくくてね、修理をする時に中を開けようとするとどうしてもコレを傷つけてしまうことになると思うんだよね」


 クレマンはそう言ってリリアンを床に下ろし、その手から懐中時計を受け取ると腰と膝を折ってかがみ込み大事そうにそっと裏蓋を開いて見せてやった。


「ほら」


「わわっ!」とリリアン。


「へえ!そのようなものが隠されていたとは」と、どれどれとリリアンの後ろから一緒に覗き込んだフィリップも驚きの声を上げた。



 二人の声に何気なく振り返り、クレマンの手元を背中を伸ばして覗き見たグレースはもっとよく見ようと立って側に来た。


「何かあったの?」



「ん?母上は知らなかったのですか、母上の肖像画ですよ」とクレマンはさも意外そうに言った。


 後ろからヴィクトルが言う。


「母上、父上はこれをいつも肌身離さず持っていたのですよ」


「ええ?」



 グレースはよく見ようとクレマンの手から懐中時計を受け取りマジマジと見た。



「そうそう、お祖父様はキャンプ地でも毎晩必ず寝る前にこれを開き『おやすみ、私のグレース、良い夢を』と言うんですよね。大テントに雑魚寝の時でも誰が居ようとお構いなしにやるので騎士団の中でそれを知らない者はいないですよ」


 ニコラはそんなつもりは無かったのだが、この追加情報を披露したことで既に万感迫る二人に追い討ちをかけてしまった。



「ああ、あなたって人は・・・」


 グレースは胸が一杯になり、両手で顔を覆って崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ。



「おじいさま〜、おばあさま〜、オーン、オンオン、オーン、オンオン」


 リリアンはお祖母様の気持ちを慮ってこれまで堪えていた涙がついに堰を切ったように流れ出し、しばらく立ち尽くして泣いていたが、やがて一歩、二歩と歩み寄りやはり涙を流しているグレースに抱きついた。



 ニコラの明かしたマルセル・ジラールの在りし日の姿がグレースとリリアンを号泣させていた。



『おやすみ、良い夢を』



 それは普段から、必ず寝る前にマルセルがグレースに言う言葉だった。無口な彼が必ず口にするその言葉にはどれほどの想いが込められていたのだろうか。


 彼の懐中時計はずっと彼の妻への想いを受け止め続けていた。

 男達は皆それを知っていたから、この懐中時計は彼の大切な妻であるグレースが持っているのが一番良いと考えて形見に貰うことを拒んだのだ。




 そこへ国王陛下並びに王妃殿下がこれより入室すると告げられた。


 パトリシアが来ないと思ったらやっぱりリュシアンが話に夢中になってサッサと行ってしまい置き去りにされたことで臍を曲げ途中で引き返し自室に帰ってしまっていたのだ。迎えに行くと案の定頬を膨らませてソッポを向いていたので謝って宥めすかせてようやく連れて来た。


 国王と言えど時には妻に平謝りに謝らなくてはならない、夫婦とはそういうものである。


 パトリシアは何もなかったかのような涼しい顔でリュシアンにエスコートされ部屋に入って来たのだった。


銀の民の祖先であるホペアネンは氷の女神リヤこと雪と氷の大精霊に心酔し崇めていました。

その名残でしょうか、辺境の男達はグレースを女神のごとくとても大事にしているのです。

_φ( ̄ー ̄ )



<お知らせ>

ブックマークしてくださっている皆様どうもありがとうございます。ブクマ300件になりましたので番外編『ルネがいるから』の第3話をupしました。


フィリップのご学友で134、135話辺りで大活躍(?)したルネ・カザールが主役のサイドストーリーです。こちらも楽しんでいただけたら幸いです。


ルネがいるから https://ncode.syosetu.com/n9627hz/ 

  Let's go!┗(^o^ )┓三




いつも読んでくださいましてありがとうございます


作者は皆さんの応援を燃料にしています

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