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171話 フィリップが見逃した奇跡

 ここはフィリップの執務室。

 視察から戻って来たフィリップはエミールから今日の報告を受けていた。


「お腹の子が双子や三つ子だというのはジローの杞憂で、第一子の時より食べ過ぎで太っていただけでしたよ」


「そうか」


「はい。辺境伯夫人はお腹の子は一人で男児、それから今の所健康状態は良好であるが安産と母子の健康の為に食べ過ぎをやめ、また軽い運動をして体力をつける必要があるとアドバイスしていました」


「ははは、まあ大事なくて良かったな。

 でもグレース夫人はどうやってお腹の子が一人だと判断したんだ?しかも男か女かまで言うとは・・・占いか?」


「いいえ違います。辺境伯夫人が巫女の力でお腹の中を視たのです」


「見たとは?」


「言葉通りですよ、我々も一緒にお腹の子を視ましたから断言出来ます。一人で男児、間違いありません」


「え"っ」


 フィリップは一瞬絶句した。


 こんな想定外のことを言われたら驚くのも無理はない。


 ニコラからはジローの嫁が多胎のようで出産が不安だから辺境伯家の多胎出産経験者にぜひ相談に乗って貰いたいと頼まれていると聞いていた。だからジローとその嫁がただ経験談を聞いてアドバイスを貰うのだろうと思っていたのだ。

 それなら自分が同席して聞くまでもない個人のお悩み相談だしな、と思って不在の時に日時設定をしたのだ。


 だって、普通はそう思うだろ?




 フィリップは頭を抑え、もう一度聞いた。


「エミール、何と言ったんだ?いやそれよりもっと詳しく報告してくれ」


「かしこまりましたっ」


 その言葉でそれまで淡々と報告をしていたエミールの表情がガラリと変わった。よくぞ聞いてくれましたといった具合でいきいきとした。

 何かすごく自慢したい事がある時に限ってこうしてちょっと出し惜しみをするのはエミールの悪い癖だ、本人は奥ゆかしく振る舞ってるつもりなのだろうが、そんなに言いたいことがあるなら早く言ってしまえばいいのだ。



「いやぁ、本当に驚きましたよ。というかあの時は感動して震えました。

 あれが巫女の口寄せというものなのですか、私は初めての体験であのようなものとは知らなかったから驚いたなんてものじゃありませんでした・・・それは神聖で、厳かで、とても尊いものでした」


「そんなにか?」



 エミールは夢見るように虚空を見て、その時のことを思い出しているのかフィリップの問いに返事をしない。


 その様子を見るとどうやらフィリップは大変な物を見逃したようだ。



「おいエミール、先を続けろ」



「あっはい、辺境伯夫人とアンジェルは向かい合って座っておりましたので、そのままで良いと夫人が言い、両手をお腹の方に伸ばして『女神様、アンジェルのお腹の様子を教えて下さい』と言ったのです。

 そうしたらパーっと部屋がキラキラとした光で満たされ、驚く我々の脳裏にハッキリと赤ちゃんが一人、水の玉のような物に包まれて浮かんでいるさまが見えたのです」


「なんと!本当か」


「はい。赤ちゃんは臍の緒で水の玉の壁に繋がっていて、中で時折り動くのです。

 ちゃんと目と鼻と口があって・・・目は閉じていました。そして小さな手と足にはこれまた小さな可愛いらしい指がちゃーんとあって、手はこうして握っているのです。

 時々足を伸ばすような動きをして元気いっぱいでした。そうやって動くから我々はその子が男の子だと分かったのです。それにその時アンジェルが『あっ!こっちでも動いた』とお腹に手を当てて言ったのです。我々の見ている赤ちゃんと、お腹の赤ちゃんが同時にですよ!?我々はまさにアンジェルのお腹の中の赤ちゃんを見ているということですよ。この時はもう全身鳥肌がたちました。

 そしてトットットットという音がずっと聞こえていたのですが、夫人に聞いたところそれは心臓の音だそうですよ。我々のよりずっと早かったように感じました。

 本当に夫人の巫女の力は神秘の力です。私は本当に感動しました。

 あのような体験が出来たことは私の一生の宝になりますよ本当に一生忘れられないような体験です。

 殿下は居られなくて本当に残念でしたね、私はエマに赤ちゃんが出来たらぜひ辺境伯夫人に相談してお腹の中の様子を見せて貰いたいです。ああ、早く赤ちゃんが出来ないかなぁ!」



 赤ちゃんの心音のくだりを話している時、エミールは感動を思い出し涙を浮かべてさえいたのだ。現実とはとても思えないような話なのに全然作り話には聞こえなかった。



「内容としては俄かに信じがたいが、お前がそこまで言うのだからそうなのだろう。それにしても不思議だな」



「はい、しかし我々全員が見たのですから夢でも勘違いでもありませんよ。グレース夫人に巫女の力があるのは疑いようがなく、ジローは有難いと感謝感激でもう滂沱の如く涙を流していたのですからね」




 ああ、・・・めっちゃ見たかった。


 そんな奇跡の体験をみすみすエミールに譲って何も知らず外をほっつき歩いていたのかと思うと後悔しかない。仕事ではあったのだが残念過ぎて(僕も泣きたい)と本気で思ったフィリップだった。






 さて同じ頃、グレースとニコラは共用の部屋の奥にあるリビングに篭り困っていた。



 実は今朝、二人はこんなやり取りをしていたのだ。




 ニコラが言った。


「お祖母様、今日は我々についてくれている護衛のジローの嫁が来ることになっています。お腹の子についてはリヤ様に聞くとして、それをどうやって二人に告げるのですか?いきなり『子供は二人ですよ』などと言って彼らはそれを信じるでしょうか」


「そうねえ、確かに知らない人にいきなりそんなことを言われたら胡散臭くて本当かしらって思うわよね。

 実は私、こういった事は初めてなの。

 普段は言うほどリヤ様に何かお尋ねするってことはなくて、お喋りしてるだけなのよ。私の方から知りたいことを尋ねたことなんてニコラが遭難した時とかそのくらいでね、そんな時も誰も居ないところで聞くしリヤ様のお言葉を他の人に言うってことも基本的にはしないの。

 そりゃあ神殿にいる時は私がリヤ様と話している様子を見た神父様が気がついていらっしゃったから時々神様にお尋ねして欲しいと頼まれたりしたことはあったわよ。それに出産に立ち会う時に子の数を言い当てるから周囲からは巫女だと認知されていたけどそれも先に誰もいないところでお伺いをたてていたし、特に結婚してからは巫女的なことはしてないからあなただって私が巫女と言われていたなんて知らなかったでしょう?

 だってね、私たち友達だから、あんまりリヤ様を利用したくなかったの。だから今回のように誰かの相談を直接受けるのって本当にレアなケースなのよ。

 あんまり深く考えずに引き受けちゃったから困ったわ、どうすれば良いのかしら?」


「うーん、とりあえず手をかざして『見えました、何人です』とか言ってみる?」


「そうね〜、何か力を使ってるようなフリをするわけね?そうしてみようかしらこういかにも的な感じでね」


「そうですね、それがいいですよ」


 なんて言っていたのだ。




 で、いざその時になったら思わぬことになった。


 アンジェルのお腹に向けて両手を伸ばし、グレースが「女神様、アンジェルのお腹の様子を教えて下さい」と言うと、なぜかニコラの頭の中にリヤの声が聞こえた。



「ニコラ、いい案ね。それを採用するわ!」



「えっ?」とニコラはキョロキョロとして慌てたが、リヤを止めるには時すでに遅し。


 部屋がパァーッと銀の光で満たされ、なんか赤ちゃんの映像を見せられたのだ。それも全員に・・・。


 リリアンなど驚き過ぎてソファに仰け反ったまましばらく放心状態で動けなかったし、ジローは赤ちゃんのお腹の様子が見れたと大感激してめっちゃ泣いていた。



 あの時、ニコラは同席はしていたものの自分が口を挟むような事でもなく、傍観者気分で暇にまかせてあれこれと考えていたのだ。お祖母様を知らないジローとアンジェルにどう見せたらその言葉を信用してもらえるだろうかと空想の世界に入っていた。

 頭の中で膨らんだイメージは有り得ない空想の世界で、だけど我ながら面白そうで説得力のあるパフォーマンスだった。


 ニコラの思考を見たリヤ様にそれをそのまんま使われてしまったのだ。



(うう、これは俺が悪いのか・・・?)


 でも、こんなことになるなんて予想もつかなかったんだから仕方がない。


 とりあえずお祖母様の力が変な風に利用されたり、お祖母様が神格化され奉られて帰って来られなくなったりするなど、とにかく大変な事にならねば良いが・・・。


 ニコラは一応すぐに皆に口止めした。

 今日のことは誰にも言わないようにと。もちろん皆もその方が良いと言ってくれ絶対に言わないと約束してくれた。


 しかしエミールだけは王太子殿下に報告しないわけにはいかないと言った。それはまあそうだろう。だから、もうちょっとしたら殿下がどういうことだと確認にこの部屋を訪れるんじゃないかと思うんだ・・・。



「困った」


「そうねぇ、困ったわねえ・・・どうしようかしら。はいそうですかで終わってくれたら良いけれど、私たちもあんな凄いことになるとは思わなかったものねぇ。

 説明のしようもないし困ったわねぇ」




 噂をすれば影だ。

 コンコン、とノックがありジローの声がした。


「王太子殿下がいらっしゃいました。入室していただいて宜しいでしょうか」



 ジローは引き続き護衛業務についている。ちなみにコレットは夕食の準備で部屋を空けているところだ。



 居留守を使う訳にもいかず、まだどう対応するか答えは出ないが応対する以外に選択肢はない。


 もういっそ精霊達のことを全部洗いざらい喋るしか無いのだろうか・・・?



 ドキドキしながらニコラは「どうぞ」と返事をした。


誰がどう見てもこれは巫女の力がおこした奇跡の技ですよ

もちろんグレースが派手にやらかした訳ではありません、犯人はリヤ様です

しかしこんな事が知れ渡ったら聖女だ神だと崇め立てられるに決まってますよ、困りましたねどうしましょう!?

_φ( ̄▽ ̄ ;)



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