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170話 ジローの嫁

 さっきの国王陛下とグレースの遭遇騒ぎに気を取られていたリリアン達はすっかり腰を落ち着けてお喋りをしていたが、フィリップが視察で不在の今日はジローの嫁と会うことになっていたのだった。



 皆んながうっかりしていてもずっと心待ちにしていたジローがそれを忘れる訳がない、国王陛下を見送ると他の護衛に交代してもらってさっそく宮殿の一般来訪者向けの守衛門に向かうことにした。



「では妻を迎えに行って参ります、この後どうぞよろしくお願いします」


「ええ、行ってらっしゃい。私はここで待っていますよ」



 部屋の外からのジローの声掛けにそうグレースが答えるとその言葉を皮切りに侍女達はお客様を迎える準備を始めた。

 約束の時間はもうすぐだ、そう待たずしてジローは嫁のアンジェルを連れて戻ってくるだろう。




 アンジェルは現在妊娠中なのだが一人目の時よりもかなりお腹が大きくて、すでに目検討で当時の最大腹囲の三倍くらいは軽くあるらしい。双子どころかもしかすると三つ子か或いは四つ子かもしれないとジローは言っていた。



 愛妻家で子煩悩なジローのことだ、もちろん子供が出来たと分かった時はとてもとても喜んだのだがアンジェルのお腹が大きくなるにつれ妻が無事に出産を乗り越えられるかと心配が募ってきたそうだ。


 出産はそうでなくても母子共に命懸けと言ってもいいほど大変だ。それが多胎だと一人を産む時より更に何倍にもリスクが跳ね上がる。アンジェルは楽天的に次こそは男の子をと張り切っているから心配そうな顔は見せられないのだがアンジェルに何かあったらと心配で心配でたまらない毎日なのだ。


 そんな時、騎士仲間にニコラの親戚に双子や三つ子を産んだ女性がいると耳にし、経験者に何かノウハウを教えて貰ったら少しでもリスクを減らせるのではないかと藁をも掴む思いでニコラに聞いたところ、近く本人が王都に来ることになっているから紹介すると言ってくれたのだ。

 こちらとしては手紙で何度かやりとり出来れば助かると思っていたのに会えるというのだから心強い。もうそれを聞いただけで随分と救われた気持ちになりニコラが救世主に見えた。ジローはそれくらい不安に感じていたのだ。





 ニコラはグレースが王都に来た初日の夕食の席で、ジローから相談を受けていて双子の出産についてトマトマの母であるブランディーヌおばさんに会わせてアドバイスをして貰おうと思っているのだと話題にしたところ、グレースは事もなげにこう言った。



「あらそう、だったら先に私がお腹に何人入ってるのか見てあげるわよ」と。



「えっ?」


 お腹の中を見るって何だ?



「もちろんブランディーヌにも会って色々聞いたらいいのよ、だけどまずはお腹の中に何人いてどんな状態なのか分かった方が良いと思わない?」



「うん、それはまぁそうだけど・・・」


 お腹の子の人数なんて出てきてみないと分からないんじゃないかと思うんだが、どうやって調べるつもりなんだろう?ニコラの頭にポワンポワンと浮かんだのはグレースがジローの嫁のお腹に手を当て、赤ちゃんが何人か言い当てる姿だ。


 ちょっと待て、これじゃあお祖母様は超能力者だ!



「えーっと、俺なんか勘違いしてると思うんだけど、いくら独自の文化風習がある辺境とはいえ流石にお腹の子の人数を当てる技なんて無いですよね、お祖母様?」



 ニコラが聞くとグレースはチョットと手を振って「それがあるのよ!」と楽しそうに言った。


「ニコラには言っても大丈夫ね。

 見ると言っても私じゃなくてリヤ様に見ていただくの、リヤ様は何処にでもいらっしゃるからきっとここでも私の呼びかけに応えてくださると思うわ」



「リヤ様か、なるほど」



「ふふふ、何を隠そうそれが私が巫女と呼ばれるようになった所以なのよ」


「赤ちゃんを当てるのが?」



「そうよ。ちなみにね、辺境は昔から多胎になりやすいの。

 なんでも太古の昔にリヤ様が氷でホペアネンというヒトガタを作った時にバラバラで産むよりまとめて産んだ方がラクだから人数も時期も自分で決めて一度に産めるようになさってたんですって。

 銀の民はホペアネンと人間が混ざったもので、今はホペアネンの形質はほぼ無くなって限りなく人間になっているらしいけど、それでもホペアネンは銀の民のルーツだからその名残りで多胎が残っているのでしょうね」



「そんな事までリヤ様が関係してるんですか、大精霊って言ってたけど本当は神様なんじゃないかな」


「それがね、リヤ様が仰るには神様の定義が万物の創造主であるならば万物は作ってないから違うんですって!」



「でも神殿が祀ってる神様はリヤ様だよね?」


「その辺は人間の都合よ。でもリヤ様は人間がどう呼ぼうと何をしようと関係ないから好きにすれば良いと仰っているわ。

 あそこにリヤ様を祀っているしフーゴの石碑があるから村人からはあの神殿にリヤ様が居ると思われているんだけど、そうではないの。リヤ様はあの山全体に濃くいらっしゃるけど、何処にでもいらっしゃって逆にあの神殿に居られたことはないのよ。

 だけどとうとう神殿に口寄せする巫女の私まで現れたんだから村人達がやっぱり神様があそこにいるんだと思っても仕方がないわよね。

 その口寄せだって本当はずっとリヤ様とお話し出来ることを秘密にしていたのよ。だけどどうしても人に知られずにいられないことになったのは村人の出産に立ち会ったからなの」


「そうなんだ」


「ええ、出産の時に手が足りないと時々応援に呼ばれてね、お水を汲んできて沸かしたりする係だったんだけど、最初の頃に難産のお産があってようやく一人産んで皆んなが終わったと安心していたら本当はまだお腹に残っていてね、結局母子共に最初の子を残して・・・という事があったのよ。

 私はまだ子供だったしそんなの初めてのことだったからとてもショックを受けてね何日も悲しみにくれていたの。そうしたらリヤ様が今度から先に教えてあげるから泣かないでってお声を掛けて下さってね。それ以来そのお言葉に甘えてリヤ様に何人お腹にいるのか先にお伺いをたてるようになったのよ。

 そんな風にリヤ様はいつでもお喋りしたい時や困った時はいつでも呼んだらいい、友達なんだからって仰って下さってね・・・ニコラが雪山で遭難した時もリヤ様にお尋ねしたのよ。

 リヤ様は生きているかどうかは教えられるけど人間を助けてあげる事は出来ないと仰っていたんだけど、あなたの事は助けて下さったのよね?」



「ええ、そうです。私はあの時リヤ様とヴィーリヤミという精霊に助けられたんです。それも元々はお祖母様が聞いて下さったお陰だったんですね、本当にありがとうございました」


 ニコラはグレースに頭を下げて礼を言った。



「いいのよ。ヴィクトルやクレマンのように探しに出る事も出来ず、私に出来ることと言ったらそれしかなかったんだもの。

 リヤ様ってね、人間の世界のことは関知しないと言いながらいつも何かと助けて下さるの・・・本当に人情に溢れたお優しい方なのよ」



 人じゃないけどね・・・。


「しかし赤ちゃんを産むって大変というけど人数が分からないとすごく危険なんですね・・・よくブランディーヌおばさんは3回も多胎出産をしたものだな」


 ニコラは心から感心した。特に最初のレオ達は三つ子だし!



「まああれはねー、ヒューゴは銀の民の血が濃いからブランディーヌは多胎でも安産だったのよ」


 グレースはそう呟いたが、ニコラはどうやって祖母をジローの嫁と面会させるか具体的に考えだしたのでその声は耳に届かなかったようだった。





 それからニコラはフィリップとリリアンにどこかのタイミングでお祖母様とジローの嫁を合わせたいのだと伝えておいた。ジローに相談を受けていることは前から聞いて知っていたから少しでも早い方がいいだろうとフィリップが今日を勧めてくれたのだ。場所もリリアンの応接室を使えば良いとのこと。


 フィリップの代わりにエミールが立ち会うことになっていて、ジローと二人の護衛と共にアンジェルを案内してやって来た。


「初めまして、グレース・ジラール辺境伯夫人。私は王太子付き従者のエミール・バセットと申します。今日は王太子殿下の代行でボーソレイユ夫妻との交流に立ち合わせていただきますのでご了承下さい」



「はい、私も王太子殿下からそのように聞いております。どうぞ立ち合って下さい」とグレースは快く承諾した。



 

「こちらにいらっしゃるのがリリアン・ベルニエ王太子婚約者候補様、そしてリリアン様のお祖母様のグレース・ジラール辺境伯夫人です」


 ジローは既によく知る仲だがエミールは型通りジローとアンジェルにグレースを紹介し、また反対にグレースに二人を紹介した。


「そしてこちらはジロー・ボーソレイユ。リリアン様の専属護衛隊に所属し、今はあなたの専属護衛を勤めておりますね。また彼は非常に優秀でユルリッシュ・ボーソレイユ軍事相の息子でもあることから次期に軍事相を拝命することが決まっております」


「ご紹介に預かりましたジロー・ボーソレイユです。リリアン様、ジラール辺境伯夫人、ニコラ、今日は私どもの為にお時間を下さいまして誠にありがとうございます」



「まあ、あなた軍事相の息子さんでいらしたの?

 そうですか。ユルリッシュさんは確か以前辺境の訓練にもよく参加して下さっていたと思うわ。お会いしたことはないけれどヴィクトルと仲が良いはずよ、確か王立騎士団の中ではずば抜けてお強くて快活で気持ちの良い方だと言っていたと思うわ。

 あなたはずっと私に付いて下さっていて顔を合わせるのは初めてではないけど、改めてよろしくね」


「はい、よろしくお願いします」



「そして隣にいらっしゃるこの方が今日の相談相手であるジローの妻、アンジェルです」


「アンジェルです。よろしくお願いします」アンジェルはペコリと頭を下げた。


「こちらこそ宜しくね、アンジェルさん」


「はい」


 アンジェルはリリアン様のお祖母様に会うことになったと急に呼ばれて来たが、目の前に立つご婦人は王族かと思うような高貴な雰囲気を漂わせていたので最初はちょっと驚いて緊張した。けど話してみるとニコニコしていて優しそうだ。


 優しいそうな方で良かった!とアンジェルは安心した。



 それぞれソファに座るとさっそく侍女達がお茶の用意を始めた。


 コレットがケーキがずらりと並ぶワゴンを押してきて皆に見せて言った。6種類2個ずつあるようだ。性別も年齢も違う人たちが集まっているので好みに合わせて選べるように色々作ってみたようだ。



「今日は種類が色々ありますのでお好みの物を仰って下さい、私が取分けますので。・・・リリアン様はどれにいたしましょう?」


 ここでの優先順位はお客様より位が上のリリアンが一番となる。二番は辺境伯夫人、それからお客様のジロー、アンジェルとなり、ニコラとなる。

 エミールはホスト役で一番最後だ。



「私はナッツのタルトにします、お祖母様は?」


「そう、では私はカボチャのケーキにしましょう」


「はい、ボーソレイユ様はどれになさいますか」とコレット。



 ジローは「僕のはアンジェルが好きなのを選んで良いよ」と言った。


 アンジェルは「じゃああなたのはパンケーキにしとくわね?そして私には全種類1個ずつ貰おうかしら、小さいケーキだもの」と言って微笑んだ。

 その様子はとても自然で仲睦まじく、いつもこんな会話をしていることが伺えた。


 しかしパンケーキは騎士食堂でもよく出るボリューム重視のオヤツだ。今日もたっぷりと生クリームとフルーツが盛られている。それにケーキだって決して小さくはない。



 しかしジローはアンジェルの言葉に当たり前のように「そうしたらいい」と頷いた。


 アンジェルはナッツのケーキ、カボチャのケーキ、イチゴのケーキ、チョコレートケーキ、チーズケーキ、自分の分のパンケーキに加えジローの分のパンケーキも食べるつもりのようだ。



(えっ!?どんだけ食べんねん?)と皆んな目が点になっている中、グレースだけは冷静だった。



「アンジェルさん、いけないわ。あなた食べ過ぎよお腹が大き過ぎるし顔や手も浮腫んでパンパンじゃない」



「でも私、赤ちゃんの為に栄養をとらなきゃいけないから一生懸命頑張って食べてるんです」



 いつもならこう言うとジローや家族がエライ、エライよく頑張っているねと褒めてくれるのだ。




「ダメダメ、ダメよ。それで大きくなってるのは赤ちゃんじゃなくてあなたなのよ。5ヶ月目でそれではこれからもっとお腹が大きくなるのに大変よ、腰も痛くなるし立ったり座ったりも大仕事になるわよ」


「6ヶ月目になりました。腰は既に痛いです」


「そうでしょう?あなたが食べ過ぎると赤ちゃんの為どころか過剰な栄養は母子共にリスクが高まるだけよ。もっと食べる量を控えて体重を落とさないと難産になるし、あなたと赤ちゃんの健康も損なわれるわ。それに栄養バランスも考えなきゃ。ケーキはその中から一つだけ選んでこれで食べ納めになさい」


「ひぇ〜っ!!」アンジェルは思わず変な悲鳴を上げるくらい驚いて「でも、でも〜せっかく用意して下さったのに〜」としばらく抵抗していたが結局は諦めざるを得なかった。


 だってジローがアンジェルにどんどん食べさせていた自分の認識の甘さを反省し、激甘対応だったのが激辛になってしまったのだ。

 一番カロリーの低そうなナッツのケーキに決めてアンジェルの前にこれだけだと置き、妊婦用のハーブティーに砂糖を入れることも許さなかった。


「よくよく味わって食べるんだよ、アンジェル。これが食べ納めだ」


 ニッコリ笑って鬼のようなことをいうジロー。


「ふぇ〜ん」


 アンジェルは半泣きで、それはもう少しずつ大事に食べた。





 まあそれはともかくその後にグレースの正解率100%という脅威の実績を持つ口寄せにより「お腹の子は一人で男の子、今のところ異常なし」ということが分かり、ジローはホッと胸を撫で下ろした。

 ただし「アンジェルさんは食事の量と質を適正にすることとウォーキングなど軽く体を動かして体力をつけることが必要よ」とのことだ。



 アルノー家のパーティーでアンジェルの食べっぷりを見ていたパメラだけは(やっぱりね、そうだろうと思った)と納得のオチに一人壁際で肩を揺らし笑いをこらえていたのだった。




 後にパメラがレーニエ経由で聞いた話ではアンジェルはあんなに優しかったジローが鬼厳しくなって屋敷の人たちと結託し、美味しい物をちっとも食べさせてくれなくなったし、今まで使用人がしていた娘のお散歩はアンジェルの日課として義務付けられ、買い食いしないように監視付きなのだとレティシアにボヤいていたらしい。


 今はジローが「その代わり赤ちゃんが元気に産まれたらお祝いにアンジェルが一番好きなドルチェ・タンタシオンのモンブランケーキを一個だけ食べに行こうね」と言ってくれたからその言葉を心の糧にして生きてるのだとか。


 口ではそんなことを言っているが、お散歩の途中にアルノー家に寄ったアンジェルのその顔はちょぴりスリムになって、やっぱり幸せそうに見えたらしい。


納得のオチですよね!!

_φ( ̄▽ ̄ )



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