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17話 紫煙

 ああ、何と言うことだ。

フィリップ様は部屋の奥で仰向けにバッタリと倒れていて、その横に怪しい女が覆いかぶさるようにしている。


 部屋に踏み込んだまま状況を把握しようと固まってしまった。


 女は左手をフィリップ様の胸に置き、少し横を向いて葉巻を口から放してゆっくりと紫煙をフィリップ様の顔に吹かすと今気づいたかのように、しかし驚いた様子もなくゆっくりと振り返った。


 そして立ち上がると腕を組んでこちらを上目遣いに見ながらニヤニヤしているではないか。


 辺りに本が散乱し、それが先程までのその場の混乱ぶりを表していた。


「曲者だ、捕らえろ」


 フィリップ様にいったい何をした。怒りに満ちた声で言い、女を睨み据えた絶対に許さない。

こちらは人数もいてプロ集団だ。しかし、女はあっさり抵抗もせず捕縛された。


 サッと目を走らせる。御いたわしいフィリップ様。息はある。ピクリともせず気を失っているようだ。外傷は外からは確認されない。だがボタンが外されシャツの前がはだけている。しかし、あの女の真っ赤な口紅がどこかに付いている様子はない。


 少しホッとして直ぐに救護班を呼ぶ。そして安全のために足止めしているリュシアン様に報告だ。


 まだ現行犯を捕らえただけで何も分かっていない。王宮の奥深くのこの部屋にこの女一人で侵入したとは思えない。今回の宴が関係しているだろう。


 事件の全容を知るには引き続き加担した者たちを炙りださねばならない早急にだ。騎士団長はリュシアン様のそばにいるはずだ。現状の確認と新たな指示をするためにモルガンはその場を去った。




 現場にいて、女を連行した中隊長は己で判断する立場に立たされた。

宰相はその場で最も地位の高い自分に指示した。


「先にこの女を取調べて動機、侵入方法、仲間、とにかく全てを細かく聞きだしておけ」


 宮殿には地下牢や取調室、軟禁塔に拷問室と色々あって、この場合どれを選択するのがよかったのか。取り調べろと言われたから取調室に連れて来た。痛いことしたらしゃべらないというので拘束を解いてやった。自分も中に入り後ろに2人立たせた。書記は隅に座らせ一言一句漏らさず書き取るように命じた。


 女は椅子に座らされ脚をさらけ出して組み、まだ何も聞いてもいないのにさっそく楽しそうにしゃべりはじめた。


「あたしのパパってさー、この国の宰相だったんだよねー。パパがさぁ、おうじをあたしの色気で攻略したら骨抜きになるって。そしたらさ、いくらでもぜいたくできるって。おうひサマってガラじゃないって言ったんだけどね、だって面倒くさそうじゃん?でもパパがさー、そんなのしたくないって言えばいい、貢がせるだけ貢がせたらいいって!そんなカンタンならこれはもぉ、やるしかないっしょ。だってパパは宰相なんだから、マジ何でも知ってるし」


 先ほどフィリップを誘っていた時とは全く喋り方が違っているが、ここにそれを知る者はいない。


 女は取調べ中に葉巻が吸いたいと言い、胸に指を差し入れ何処からかシガーケースを取り出すと慣れた所作で葉巻の先を切った。マッチでじっくり火をつけゆっくりと吸い、ゆっくり吹かした。


「パパが言ってたわ。コレを吸えば何でも上手く行くって。おうじサマが目が覚めたら、あたしに骨抜きよ。楽しみよね、うふっ」

 この時点でこの女はまだ、自分達の作戦が成功していると思っているようだった。


 2、3度葉巻に口を付けてから、女は急に力が抜けたように椅子から崩れ落ち、喉に指を当てると既に絶命していた。


 女が他に所持していた3本の未使用の葉巻には緑のラインの入っていたが、最後に吸った葉巻には赤いラインが入っていた。




 現・宰相であるモルガンが取調室に入った時、先ほどフィリップの部屋で嗅いだのと同じ香りがしていた。葉巻はすでに火が消されていたが、この部屋の換気窓は逃亡を防ぐため、とても狭い。


「皆、息を止めて直ぐにこの部屋を出るんだ」


 先程フィリップ様を診察した医療班の者が言っていた。フィリップ様が意識を失っていることについてあの葉巻の匂いが怪しいと。ホッとしている場合ではなかったのだ。



 異国の香りだ。ほろ苦く甘い、それでいて何か野生味のある刺激臭が混ざる不思議な香り。その恐ろしさを知らなければずっと嗅いでいたくなるような、癖になる心地良さを感じそうだ。本当にそれがソレであれば短い間に聞いた説明ではとんでもない代物だった。


 何も疑わず完全に相手の言うがままになる、そんな強いマインドコントロール作用があるという。南方に暮らす先住民のとある部族が代々伝承してきたもので、とある限定された地域の植物の葉が原料だと言われているが詳しいことは全く分からない。


 使い方は乾燥させた葉を巻いて葉巻にし、火をつけ、対象者にその煙をかがせる。そして『言葉』を聞かせる。


 葉巻から出た煙を胸の奥まで吸い込んでしまうと次第に意識が朦朧とし、その間に言われた事を意識が覚醒してからも盲信してしまい、後から何を言っても生きている限り信じ込んだことを覆すことは出来ないという。子供が吸うと酷い時には意識を失って冷めても意識の混濁状態続くとか。先住民たちはこれを彼らの言葉で『(神からの)恩恵』と呼ぶ。


 その作用の恐ろしさから医療従事者として存在を知ってはいるが、それを使う部族が門外不出にしているということで初めて対峙するという。もし、フィリップ様がこの『恩恵』の影響を受けていたら、それを解消する方法は分からないと。


 そんな物をこの女が独りで手に入れ、ここに侵入し、実行したとは誰も思わないだろう。誰かがこの女を唆して、ここへ送り込んだと考えられる。


 大事な手がかりとなる女は死んでしまったがまだ糸口はある。調書によるとこの女は「宰相だった」と言っていた。だったら、該当するものは一人しかいない。

 先ほどは宴の席でまだ前王と並んで座り、踊り子を侍らせ酒をつがせていた。全く何をしても目障りなヤツだったがこれで尻尾を捕まえてやる。


「宴を止めさせろ。王家の一大事フィリップ様に危害を加えたのだ。121人、一人残らず牢に入れる。最も疑わしいのは前宰相のグレゴリー・ルナールだ。絶対に逃すなよ。それと前王ベルトラン・プリュヴォも忘れずにお仲間に入れとけ。大罪人に遠慮は不要だ2人はそれぞれ個室だ」


 不敬上等、愚王もあえて敬称抜きで呼んでやった。本当にアレはトラブルを運んでくる天才か。いや、天災だ。上手い事を言えと誰が言った。


 本人に尋問するより先に裏を取る。どうせルナールが正直に喋るわけはないのだから時間をかけて聞くだけ無駄だ。


 フィリップ様の部屋の前で警護の担当をしていたものから芋づる式にたどると、やはりルナールが糸を引いていたようだ。連れて来ていた踊り子や芸人を迷ったふりをさせたり、自分がさもまだ宰相であるかのように振る舞って命令し1人ずつ削られていったらしい。その内の1人がようやく不審者がいるらしいと報告をしてきた。お前たちもっと早くルナールが不審な動きをしていると言え。あんなのに騙されるなんて我が国の騎士団はなんて馬鹿なのだ。だが、本当に馬鹿なのは私の方だ。



 25年前、前王ベルトランと前宰相ルナールがその任に就いて数年間、愚かな王と王を堕落させ私腹を肥やすことだけに心血を注ぐ宰相のコンビはやりたい放題で国を大混乱させた。その責任を追求すればそれぞれ3度は処刑しても良いくらいだった。だが、ベルトランがリュシアンの実の父であることや、これからリュシアンの結婚、戴冠と慶事が続くということを配慮し、モルガンを除くリュシアンの重臣達は2人は恩赦が妥当と判断した。

 当のリュシアンはそうではなかったのだが、新しく刷新されたばかりの重臣達の判断を尊重したのだ。


 離島にある王室領にベルトランは押し込めていたが、ルナールは自分の領地に引っ込んでいた。大人しくしているようにみえてベルトランは金遣いが荒く、特に近年は許可していない領収書や苦情が大量に王宮に流れてくる。


 看過できない状態の中、ベルトランが久しぶりに王宮に顔を出したいと言ってきた。たまには親子で一緒に過ごしたいと。こちらとしては罠を張って待っているつもりだった。

 芸人を連れて行くから皆で楽しもうという申し出も当初の予定が12人だったから受け入れることにしていたら、今日になって121人だと言って守衛門がてんてこ舞いになったのだ。

 すでに朝のこの時点で我々の方が下手を打っていたのに、油断してフィリップ様を大変な事に巻き込んでしまうなんて本当に私は大馬鹿者だ。


 ベルトランが来たいと言い出したことも含め、全てルナールの計略だったに違いない。しかし、その狙いはフィリップ様の寵愛を受け思いのままに操ること?あの女で?

 耄碌ジジイの考えることはワケが分からん。


 真実を追求する前にもっと重要なのはフィリップ様の状態だ。

とにかく、本丸の2人が牢に入り、信頼できる見張りを立てたのを確認してからフィリップ様の元に向かった。

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