169話 母の面影
「あっ、ああっ、リリアン様っ!!」
外にいる護衛のひどく焦った声にリリアンが振り向くと、ドアがガッと開いてリュシアンが入って来た。
取り次ぎも門番をしている護衛の重要な仕事だから何とか事前にリリアンに来訪を知らせたかったのだろう、でも国王陛下がスタスタと来られたと思ったら待ったなしでそのまま部屋に入ってしまわれたのでとてもじゃないが間に合わなかったのだ。相手が相手だけに引き留めることなど出来ないのだから仕方がないのだが申し訳なさそうな顔をしてドアを左右に広く開けていた。
「あっ!リュシー父様、いらっしゃいませ」
リリアンは突然の来訪を気にした様子もなく笑顔で国王陛下を迎えようと立ち上がり、その後ろにニコラとグレースの姿があるのに気がついた。
「あらまあ!お兄様とお祖母様もご一緒だったのですね!」
リリアンは皆んなが仲良く来てくれたと喜んでいるがリュシアンがドアを入ってすぐの所で立ち止まっているので横を素通りして中に入る訳にもいかずニコラとグレースもそこに立ち止まっていて若干困り顔だ。
「リリアン、フィリップはどうした?」
「はい、フィル様は視察に行かれてます。昨日行く予定だった所と今度行く所を一緒に済ませるからお昼は戻って来られず、お帰りも日暮れ近くになるかもしれないと仰られてました」
フィリップは朝イチで朝市の視察があったのでもうとうに出掛けていた。
「そうか、居ないのなら仕方がない。夕方戻って来てからにしよう」
リュシアンは諦めて出て行こうとして後ろにいたグレースに目を止めた。
「ところで辺境伯夫人よ、歳はいくつだ?」
「はい、50です。今年で51になります」
「ふむ、私は36で母が21の時の子だ。ということは7歳も違うのか・・・ならやっぱり他人の空似か・・・」
リュシアンはガッカリしたがもうこれで認めざるを得なかった。先ほどはどうしても納得がいかなかったが場所を移したことで冷静さを取り戻したようだ。
「リュシー父様、どうなさったのですか?」
「ああ、リリアンよ聞いてくれ。このとても不思議な話を。
お前の祖母は私の母に生き写しで、さらに私の母方の祖母にもよく似ている。母上が今まで隠れていたのか、蘇ったのかと思うくらいなのだ。
それなのに、髪や目の色まで同じなのに、私の母ではないというんだ。そんな事があろうとは思ってもみなかったから私はとても驚いたのだ。いや、本当の事を言えばまだ少し狐につままれているような気分だ、他人と言う方が信じられない」
「それは親戚だからじゃないですか?」とリリアンはこともなげに言った。
「え?」とリュシアンとグレースは声を揃える。
二人にとっては爆弾発言だ。
聞き間違いかと思うほどに。
「何だって?」
「何ですって?」
実を言うとリリアンは昨夜フィリップとその話をしたばかりだった。
「昨夜フィル様が仰っていたのですが、フィル様のお考えではお祖母様には王族の血が流れているのだそうです」
「なんだと!?」とリュシアンは驚いてガバッとグレースを見たが、グレースは「めっそうもない」とブンブンと顔と手を振って否定した。
リリアンは構わず続ける。
「フィル様は、お祖母様の大切にしていらっしゃる『木』を見たら、その辺りの事がいくらか解明できるのではないかと仰ってました。変わった物ほど糸口になりやすいそうですよ」
「なんだ、その『キ』というのは?」とリュシアンは言いながら腕組みをしてソファに腰を下ろした。
今や興味津々で腰を据えてこの話を続けるつもりなのだ。しかしニコラがそれに水を差す。
「あの〜陛下、もうお約束の10分はとっくに過ぎているかと。音楽堂跡に行かれなくて宜しいのですか?」
「おっ、いかん!皆はともかくパトリシアを待たせることになる。
ああ、こっちの方がずっと面白そうで重要なのになぁ!!くぅ〜っ!仕方がない行ってくるか、こっちは後のお楽しみだ」
そう言ってリュシアンは「また来るからな!」と言って足早に去って行った。部屋の外で待機していたリュシアンの護衛達も同じように足早に去って行く。
「ふう、なんだか慌ただしかったな」とニコラは言って、グレースに座りましょうと促してこっちに来るとソファに座った。二人はずっと立ったままだったのだ。
「しかしリリアン、まだハッキリしていないような事をあんな風に陛下に言ってしまって大丈夫か?まだ推測の域を出ないし殿下に何かお考えがあったのではないかと思うんだが・・・」
「ええ、だからですよ」と言って、リリアンはにっこり微笑んだ。
「昨日、夕食を食べた後にフィル様はもう一度確認したいことがあると王家の至宝殿に行かれたのです。
そこには初代からの歴代の王家に関するものが保管されているのですが、古い肖像画を確認していくとお祖母様に似過ぎているお顔の絵がいくつかあり、リュシー父様のお母様とお祖母様だったと仰るのです。
来週予定されている集いの前にもしリュシー父様が私のお祖母様をお見かけしたら自分の母親だと思うかもしれないと心配しておられました、それくらい似ているそうです。
その時はそれに対する答えを求められるだろうから今のこちらの考えを開示するしかない。もしフィル様がいらっしゃらなければ私がさっきのように言っておけば一時しのげるだろう仰られたのです」
「マジか、殿下は何でもお見通しだな!」
なんと!今日のこの騒ぎをもう予見されていたとは驚きだ。
いつものことながら殿下は鋭い、鋭過ぎる!いつもながらあの勘の良さは一体何なんだ・・・。
「ええ、マジですよ。
実はフィル様ご自身もお祖母様を初めて見た時に驚いたのだそうですよ。でもそれでフィル様のお考えの説が有力だと確信したのだそうです」
「じゃあ殿下は前王妃殿下のお顔をご存じだったってことか」
「ええ、最近何度か至宝殿に足をお運びになられていたそうですから」
ニコラとリリアンがそんな風にやり取りしていると、グレースが心配気に口を挟んできた。
「ねえ、私の知らないところで何が起こっているの?私はそんなに王家の誰かに似てる?そんなことを言われてもなんだか困るし、なんだか気味が悪いわ。似ているだけで親だとか言われてもそんな訳ないのよ、だって私クレマンは産んだ覚えがあるけど、国王陛下を産んだ覚えはないんだもの」
国王陛下と王太子殿下という絶対的な権力を持った二人の意見にリリアンとニコラまで一緒になって国王陛下の母親に似ていると意見が一致して話が進みそうなのだ。
こうなってくると流石のグレースも悠長ではいられなくなってきた。
それこそ前王妃の替え玉になれとか言われそうじゃない?例え王族でも赤の他人の代わりになどなりたくないわ。
「ええ、お祖母様は私のお祖母様ですもの、お父様のお母様ですし国王陛下のお母様であるわけがありません」
「そうよね?大体私は辺境の村の神殿に捨てられていたのよ?ここからどれほど離れていると思う?王族がわざわざあんな辺鄙な所まで捨てに来るはずがないわ。
確かに私は親を知らないけれど辺境で真面目に生きてきたつもりよ、いまさら国王様の母親役を引き受けるなんてとても無理よ、それだけは勘弁して欲しいわ。そんなことになりそうになったらニコラもリリアンも私を助けてちょうだいね」
「もちろんです」
ニコラは力強く応え、リリアンも真摯に言った。
「ええ、私もお祖母様を全力でお守りすると約束します。
それにフィル様がそんな事をお許しにはなるはずがありませんからお祖母様が嫌な思いをすることは絶対にありません。どうぞ安心して下さいませ」
「心強いわ、あなた達がいてくれて本当に良かった!」
グレースは笑顔を見せてホッと息を吐き、ようやく緊張していた肩の力を抜いたのだった。
フィリップの機転とリリアンの落ち着いた受け答えでなんとか暴走列車と化したリュシアン国王を止めることが出来ました。
母だの家族だののこととなると落ち着きを失い暴走しがちなリュシアン。幼少の兄弟が頼れるのは母親だけだったという原初体験がそうさせてしまうのかもしれません。
_φ( ̄▽ ̄ ;)
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