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166話 そんなの聞いてない

 コレットがお茶菓子を取りに行ってリリアン応接室に戻って来た時、部屋の様子が出た時と違っていた。


 何故かアニエスが部屋の隅に追い詰められている。追い詰めているのは客人で、もちろんリリアン様の従兄弟のどっちかだ。



「ちょっとアニエス、話を聞いてくれ」


「無理です、ムリ〜!」とこれ以上逃げ場のないアニエスはこちらに背を向けてしゃがみ込み耳を押さえてイヤイヤと首を振っている。



 コレットはアニエスの危機と察知してすぐさま彼女を庇って間に入った。お菓子を乗せたワゴンを押して、これで客人のどっちかを通せんぼだ!!


「下がってください、そしてアニエスを追い詰めるようなマネはやめてください」


「いや、違うんだって。困らせるつもりはないんだって」


「そうなんですか?だったらどうしてアニエスはこんなに怖がっているのです?」


「休みの日を聞こうとしただけだ。食事でもどうかなと思って」



 トマはアニエスを困らせる気はない事を示す為に両手を挙げてコレットに説明したがコレットからは逆に疑いの眼差しを返された。



「それだけで?とてもそれだけには見えませんが」


「それは・・・」アニエスが恥ずかしがり屋だから僕に話しかけられて照れるんだと言いかけて、それだと自惚れてるみたいでカッコ悪いから言うのをやめた。



 コレットが双子のどっちかを完全に退散させようとさらに一歩前に出たところですぐ近くに立っていたパメラがトマに助け船(?)を出す。



「ちょっとコレット、余計なことをしないの!そうは見えないかもしれないけど今いい所なんだから!」と。



「いい所ですって?」


「そう、ほら見てよ?アニエスのその真っ赤な顔を!どう見たってアニエスはこの人が好きじゃん。その好きな人に言い寄って貰えるチャンスだってのにその緊張に耐え切れずに逃げ回ってるだけなのよ、この子は!」


「はい?」


 なんだそれ?

 コレットが困惑して皆の方を見ると、全員ニコニコしてこっちを見ていた。確かにアニエスの危機なら自分が盾にならなくても良いはずだ。王太子殿下もリリアン様も黙ってはいないだろうし、ニコラ様もいるんだし。

 状況が飲み込めたコレットは馬鹿馬鹿しくなって撤収することにした。



「心配して損した。邪魔者は去ります」


「これっと〜」とかぼそい声で背中にアニエスのSOSが届いたが、これは緊急の救助が必要な状態ではないと判断しクラリスとお茶の用意に入ることにした。


「え〜ん、置いて行かないで〜」



 アニエスは怯えた子猫のように部屋の隅にしゃがんで小さくなっている。トマもしゃがみ、ちょっと遠くから声を掛けてみた。


「アニエス〜、ほら何もしないから出ておいで〜」と片手を出して言いながら(あ、いかんこれじゃ猫と一緒だ)と思いそっと手を引っ込め、努めて普段通りの調子で話しかけた。


「アニエス、久しぶりに会えたんだし今度食事にでも行こうよ。良かったら休みの日を後で教えてくれないかな?」



「・・・はい」しばらく沈黙があった後、アニエスは小さい声で返事をした。


「うん、じゃあ後でね」


 返事は貰ったのだ、トマは脅かさないようにゆっくり立ち上がって2、3歩後退りしソファに戻った。




 リリアンは戻って来たトマに謝った。


「トマ、さっきはよく考えず煽ってごめんね」


「いや、いいよ」


 グレースも「ちょっと無理やり話を進めすぎちゃったかしら?私もアニエスさんに悪いことをしたわ」と言って振り返り心配気にアニエスを見やった。


「うーん、いや、お祖母様も気にしないで、大丈夫だから」


 皆んなが申し訳なさげにするなか、トマはなんだか可笑しくなって含み笑いをしてしまった。


 二年ちょっとぶりだったけど、アニエスは全然変わっていなかった。そうそうそうなんだ、アニエスは内気で最初に会った時も当分は話もろくに出来なかったんだ。

 今は王宮の侍女というその道最高峰の仕事に就いてるし、もうすっかり克服してるのかと思ったら相変わらずで逆に安心した。


 変わってない、アニエスは変わってない。

 同級生だったあの頃を思い出す。

 席が隣になった時、息を詰め過ぎたとかで倒れたことがあったっけ。あの時はなんでそんなことにって驚いたけど保健室に運んであげて、後でクラリスとお礼を言いに来たのが最初に話しをしたきっかけだったと思う。

 それ以来よく話すようになった。と言ってもクラリスはよくトマスと喋っていたがアニエスはいつもクラリスの背の後ろに隠れるように立っていただけだった。僕が見かねて話しかけると、いつも緊張して可哀想なくらいしどろもどろだったけど、夏頃にはすっかり打ち解けて普通に笑って話が出来るようになったんだ。

 恥ずかしげにしてるのも可愛かったけど、慣れて会話らしい会話が出来るようになったらそれはそれで達成感というか満足感があって登校時に前を歩いているのを見つけたらわざわざ声を掛けに行ったりしてた。それでもダンスの時はガチガチになってたな。


 図書館での反応も面白かった、僕が隣に座ったらよっぽど驚いたのかイスの上で座ったままピョーンと跳ねてたっけ。


 はは、僕も人が悪いというか、あの反応が癖になってまたちょっかいを出しに行くんだ。



 いいさ、また一からやり直しだけど、逆に僕にとって段階が踏めるのはご褒美みたいなもんだから。




 さ〜て、どうするかな?

 ダブルデートの方が緊張しないかもしれないけど、最初は二人で会いたい。どうしてた?とかそんな所から攻めてって、前のように普通に話が出来るところまで徐々に詰めていく。

 でも皆に言われて流されてるんじゃないってことはハッキリ言っておかないと・・・。元々好意があったことと、付き合いたいっていう意思があることは初日に言葉で伝えといた方がいいだろう。




 トマの頭の中はもうアニエスの事でいっぱいだった。




 さっきまでフィリップとリリアンを見て傷心だったなんて嘘のようだ。もう本人はそんな事さえ思い出さないくらいアニエスを射止めることしか考えていない。

 狩猟本能に火がついたのか、それとも今まで銀の民特有のリリアンへの想いで心が凝り固まっていたせいでアニエスへの好意に気がついていなかったのが解放されただけなのか。


 まあそんなのはどっちでも良い、どっちにしろ見込みのない古い恋にしがみついているより新しい恋に夢中になった方が自分も周りも幸せだ。



 リリアン達がトマとお喋りを再開し、アニエスもいつまでも仕事を放棄したままでいるわけにはいかなくなって、おずおずと立ち「お騒がせして申し訳ありませんでした」と皆に蚊の鳴くような声で言うとペコリと頭を下げバックヤードにパタパタと入って行った。


 姿が見えなくなると「え〜ん、私のバカ〜馬鹿、馬鹿、馬鹿〜」と言ってるのが聞こえた。多分、クラリスにしがみ付いて自分を嘆いているのだろう。



 アニエスは久しぶりにトマを目の前にして舞い上がってしまい最初こそ勇気を出したもののその反動で余計恥ずかしくなってしまった。

 それが途中からは姉のクラリスのようにプロポーズされるのかと緊張し、そうではなくトマが食事に誘うつもりなだけだったと分かって更に恥ずかしくなった。思い上がっていたと恥いって自分でいたたまれなくなってしまったのだ。もう穴があったら入りたい、私のバカ。



 トマは今のところそんなアニエスの気持ちは知らない。


「相変わらずだなぁ、あれで王宮侍女が務まってるのか心配だよ・・・」とトマは微笑んで言った。


「ふふっ」とリリアンがそれを聞いて笑った。


「アニエスはいつもはもっとしっかりしているのよ?フィル様やお兄様の前でだって緊張しないし、あんなアニエスは初めて見たわ。トマったらとっても好かれてるのね?」


「そうかな?」


「そうだよお前が知らないだけだ。アニエスはお前がいる時だけああなるんだ。俺だけの時は普通にしてたよ最初から」とトマスが言った。


「おいトマス、そんなの今初めて聞いたぞ」


「そりゃそうさ今初めて言ったんだ」


「マジか、僕たちの間で知らないことがあるとはな」


「だってバラしたら可哀想だろ」


「まあ、それはそうか」



 でもそれって、最初から僕たちの見分けがついてたってことじゃない?

 それに僕のこと最初から意識してたってことだよな?いつも恥ずかしげにしていたのは僕のせい?ずっとずっと僕のこと好きだったってこと?


 なんか、その事実に柄にもなく感動してしまった。


 双子はニコイチみたいな扱いを受けることが多くて自分の事を気がついて貰えるって本当はすごく嬉しいんだよね。僕だってちゃんとアニエスを見て、大事にしたい・・・もう決めた。


 絶対にアニエスは僕が幸せにする!!




 侍女達が紅茶とお菓子を出してくれ、御用がいつでも聞けるように壁際に並んで立った。

 さっきまで半べそをかいていたアニエスも気を取り直して仕事に集中する意気込みで出て来たが、手が震えてソーサーがカタカタ音をたて可哀想なほどだった。でもなんとかこぼさずに役目を果たし皆と並んで立っている。



「ねえ、コレットさん?

 あなたさっきは勇ましかったわね、同僚を守る姿がとっても素敵だったわよ」とグレース。


「いいえ、お恥ずかしい限りです。状況を把握しないまま勝手な事を致しました」



「ううん、そんなことないわ、遅れをとって大事なものを失うより先に動くくらいがいいの。それでなんだけど、あなたは誰か良い人いるの?うちにまだ婚約者の決まってない子が何人かいるんだけど会ってみない?」



「お祖母様、それではみんな王都に出てしまい辺境に誰も残らなくなってしまいますよ」とニコラが釘を刺したがグレースはどこ吹く風だ。


「だって、こんな良い子、放っておけないわ」



「ジラール辺境伯夫人、お声を掛けて下さりありがとうございます。ですが、私にはその、婚約とかはしてませんが・・・その付き合ってるようなというか、そういう感じの人がおりまして・・・」


「えっ!なに?ちょっと待って、私そんなの聞いてないんだけど?相手は誰よ?ねえ、ちょっとコレット!!」と叫ぶパメラ。



 元私の侍女の癖に私に黙っているとは生意気な!と言わんばかりだ。

 今、グレース夫人とコレットが話をしている最中だってのにビックリし過ぎてそんなの頭からぶっ飛んでるし。



「おい、お前はちょっと黙っとれ」とニコラ。


「あ、はい」と師匠に言われて引き下がったものの、まだコレットをガン見している。



「まあ、お付き合いしている方がいらっしゃるのなら残念ね、でもその気になったら声を掛けてちょうだいね?」とグレースも引き下がったような引き下がってないような謎の余韻を残して紅茶を一口飲み、ああ、コレットさんのいれた紅茶は美味しいわ〜との感想を述べた。


「お褒めに預かり光栄です」とお辞儀をしてコレットは元の位置に下がった。




 うっかりというか、仕方がなかったというか、自分に男の影があることを皆が揃っている所で匂わせてしまった。絶対にバレないよう秘密にしておこうと思っていたのに。


 ああ、このまま誰も何も聞かず、何も触れずに忘れて欲しい。だって、とても人様に言えるような出会いでも関係でもないんだもの。



 でも、まあ、黙っていてくれないだろうな・・・。


 だって、今もパメラお嬢様の目が怖い。



 コレットは密かに頭を抱えるのだった。


か弱き同僚を守る男前なコレットでしたが

どさくさに紛れてコレットの秘密がチラ見えしてしまいましたが気にしないで下さい

ここでは深掘り出来ませんからこれ以上話は広がらない予定です(たぶん)

_φ( ̄▽ ̄; )



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