165話 言葉にしなきゃ
「待って、待って、侍女さんたち」
グレースはアニエスを引っ張って行こうとするクラリスに声を掛けて引き止め、リリアン達の方へ向き直った。
「王太子殿下、リリアン、彼女を怒ったりなさいませんよね?
もし宜しければ、私に少し彼女とお話しするお時間をいただきたいのですが、いかがでしょう?」
「ええどうぞ、構いませんよ」とフィリップ。
「もちろん怒っていませんよ。それよりアニエスが何を言おうとしたのか気になるわ」とリリアンは言った。
グレースは目を伏せて突っ立っているアニエスの元に行き、彼女の手を取り握ってやると優しく話しかけた。
「大丈夫よ、さああなたの言いたかったことを言ってごらんなさい。私が付いててあげるから。ね?」
「はい・・・」
アニエスはグレースに勇気を貰い顔を上げておずおずと話し出した。
「ジラール辺境伯夫人・・・あの、わたし・・・卒業式の日に、トマ様にお声を掛けていただいたのに、その、胸が詰まってお返事出来なくて・・・それで、それを・・・ずっと、後悔してて」
トマは目をぱちくりしてアニエスを見た。
(うーん、ずっと後悔するようなことが僕たちの間に何かあったっけ?)
「そうなの、それで?」とグレースは先を促す。
「昨日、こ・・・言葉にしなければ伝わらないって、仰ってましたよね?
それで私、昨日、ちょうどそれを思い出してて、このまま死んだら後悔する・・・って思ってて・・・そしたらトマ様が・・・」
そこでアニエスは口ごもった。
皆にはたどたどし過ぎてアニエスが何を言おうとしているのかよく分からないだろう、でも卒業式と言われて記憶を辿ってみると当のトマには思い当たる出来事が一つあった。
あ〜、あのことか。
彼女達が初等部を卒業する時、同じく卒業生ではあったが式を進行する係の一員だった自分は誘導係も兼ねていて、先頭で会場を出たのだ。それから見送る側の列に並んで後から退場する生徒達を門のところで見送った。
一人一人に声を掛けていた。彼女達が目の前を通った時もそれぞれに「元気でね」と声を掛けた。アニエスが言っているのはその時のことだろう。
確かクラリスは「はい、トマ様もお元気で」と言って手を振ってくれたがアニエスはこちらを見て急に眉を寄せ、無言のまま去って行ったのだ。
でもそれは卒業生が列になって会場を出ていた時で立ち止まったり出来なかったから仕方がなかったのだろうと思っていた。アニエスにはハードルが高いシュチュエーションだったから。大人しい彼女が返事をしようと思ったら返事を考えるそれなりの時間と、人目のない静かな環境が必要なのだ。
だから声を掛けるタイミングが悪かったのだろうな、と思ったくらいのことだ。
「うん、うん、そうなの」とグレースは相槌を打ちながらアニエスの話をそこまで聞くと「ちょっと待ってね」と孫の方を振り向いて言った。
「うふふ、どうやら私がここで手を握って聞いたのでは役不足ね?ほら、トマ、トマス、あなた達こそ彼女達に言うことがあるんじゃない?」
ちょっと待ってくれお祖母様!さすがにそれは無茶振りだ。
お祖母様の言いたいことはまあ分かるよ、あの満面の笑みの圧を見てみ?聞かなくても分かる、きっと俺に彼女に交際を申し込むチャンスだぞと言いたいのだろう。
“ 双子同士だし、ちょうどいいじゃないの! “と顔に書いてある。
もちろん、リリじゃない他の人を見つけなければいけないと知った時、一番最初に思い浮かんだのは他でもないアニエスのことだった。
学園で仲良く話をする子は何人もいるし、告白されることもちょいちょいある。銀の民の血を引くせいかこれでも結構モテるんだ。
この冬も辺境に帰ったら求婚の手紙がいくつも届いていた。結婚相手を探しているところなんだからその中から選べば良いかと思った。でもいざとなると誰でもいいって訳じゃなかったんだ。
ずいぶん考えたけど結局全部断って、なんとなくアニエスはどうしているかな?もう結婚してるのかなって思ってた。
何で僕がアニエスのことを考えたのかというと、同じ双子という境遇で分かり合える部分が多いってこともあるし何より姉妹揃って性格が良いからだ。
女子は猫撫で声を出して擦り寄って来たと思ったら他の子の悪口を言って陥れようとしたり足の引っ張り合いをしたりと面倒だなと思うことが時々ある。でも彼女たちといる時はそんなことなくいつだって笑っていられたので単純に楽しくて居心地が良かったんだ。
あの頃、自然と僕の隣にはアニエスがいてトマスの隣にはクラリスがいた。
ダンスのパートナーだったアニエスを探していた時、双子同士ならどっちでも同じだろクラリスならあそこにいるぞって他のヤツに言われたがそんな事はない。
顔は一緒でも中身は全然違うのだから代わりにはならない、アニエスはアニエスだ。
僕はアニエスのあの奥ゆかしい感じがつい構ってやりたくなるというか、守ってやりたくなるというか気になって・・・とどのつまり好感を持っていたのだ。
しかし、この状況は困った。
本当はこっちに戻って来たら一度リリの顔を見て、気持ちを整理して、それから改めて彼女達を探そうとトマスと話していたのだ。
ここで会えたのは探す手間が省けてラッキーだったのだけど逆に早く逢え過ぎだ。
いざ交際を申し込むとなると色々と段取りってものがあるだろう?あっちがダメだからこっちみたいに思われたくないし、僕の気持ち的にもこんな物のついでみたいにじゃなくて、生涯を共にする相手として誠実に向き合いたいと思うんだ。
出来れば出直して来たい。
しかし、トマの横に座っていたトマスの考えは違っていたようだ。
「クラリス」
「はい」
トマスは、クラリスの名を呼ぶと立ち上がって彼女の元へ向かった。そして片膝を立てて跪いた。
「クラリス、もう一度私の事を考えては貰えないだろうか?君は誰かともう結婚を?」
「いいえ、誰とも結婚も婚約もしておりません」とクラリスは首を横に振って続けた「トマス様、私の心は今も変わらずあなた様にあります」
そう、実はクラリスは学生時代にトマスに好きですと告白していたのだ。だからトマスも自信があり最初の一歩を踏み出せたのだろう。
クラリスは落ち着いているように見えたがトマスの取った指は震えていた。
「ではクラリス、どうか私との結婚を考えて欲しい」
「はい、・・・喜んで」
「ありがとうクラリス。僕の卒業までまだ一年ある、しばらく待たせることになるけどそれまでに色々なことを話して交流を深めよう」
「はい」
ちょっと早すぎるくらいアッという間に1組まとまった。
トマは(早っ!早くも結婚って!?ちょい待てよトマス、婚約だの結婚だのっていう話はしばらく友人として付き合ってからにしようって、そういう予定だったよね!?)と相棒の突発的行動に焦った。
フィリップの膝にいるリリアンは、フィリップのシャツを握りこみ固唾を飲んで見守っていたがトマスのプロポーズに両手を口にあて「すてき」と呟いた。
そうしたら頭にフィリップのキスが降ってきて、顔を見合わせて微笑むとリリアンはフィリップの胸に凭れた。新しいカップルが生まれる瞬間に立ち会えてこちらまで幸せな気分にさせられる。
トマスは立ち上がり元の位置へ戻って来た。
クラリスは一人幸せを噛み締めていたが他の皆はトマの方を注目した。こっちの進展もすごく期待されているようだ。
トマはトマスに顔を近づけてヒソヒソと囁いた。
「おいトマス、結婚するってもう決めちゃって大丈夫か?仕事とか住む所とかどうするつもりだよ、クラリスは王宮侍女だぞ、それもリリの侍女だ。辺境に嫁に来て貰えるのか確認するとか色々あるのにそれらが解決してからじゃないと後で困るぞ」
「そうか?別に困らないだろ。
辺境に来てくれるなら帰るし、こっちにいたいならこっちで仕事を探すさ。俺達は跡取りじゃないしどこに行っても歓迎して貰えるさ。だろ?」
軽っ!一生を決めることだと思うけどそんなんで良いんだっけ???
「お前って案外柔軟なんだな!」
確かに辺境伯の孫で、成績優秀、騎士としても腕が立つトマトマはどこに行っても引くて数多だろう。しかしこれからの一生が決まるのに軽過ぎやしないかとも思ったが確かに言われてみるとその時の状況に応じて決めても上手くやっていける気がした。
トマがトマスの言うことに驚いていると黙って見守っていたリリアンが吹き出した。
「うふっ、もうトマったら!トマスのことをいい加減だなって言うのかと思ったら柔軟だなって感心してるし・・・もう可笑しい。ふふふ、ふふ」
この間までリリ一筋だった僕たちなんだけど、当のリリ姫はまるで僕たちのことは眼中になくてウケててヘコむ。
そこで徐にフィリップが口を開いた。
「お前達は辺境に帰らなくても良いのか、だったら私から一つ提案があるのだが」
「はい、なんでしょう?」とトマトマ。
「卒業したら王立騎士団所属のリリアン専属護衛隊に入りリリアンの傍にいて貰いたい」
「なんですって!?」とトマトマは驚いて目を見張り、リリアンは「まあ、トマトマが護衛に?」と手を合わせて喜んだ。
「ああ、実は今いるメンバーのうち主力の二人は最初から最長でも二年までの期間を設けて来させていたんだ。それぞれ次のステップの為に抜けなければならないのだがあと一年ちょっとしか猶予がなくてその穴をどう埋めるか頭を悩ませていた所だ。
その穴を埋めるのがトマとトマスなら申し分ない、お前達なら信頼出来るし何より腕が確かだからな。何よりよく知るお前らならリリアンも気兼ねがないだろう。
それにアニエスとクラリスは貴重なリリアンの侍女でまだ手放したくない。
お前達が結婚しても王都で働き、王都で暮らせば二人もリリアンの侍女を続けることが可能だろう。専属といっても休みはしっかりあるし結婚や出産の時も配慮する」
「そんな・・・本当ですか?夢のようだ」とトマは言った。
こんな、こんな良い条件の話が他にあるだろうか、いや絶対無いと言い切れる!
リリアンを守るという我ら辺境の騎士が魂に誓い、胸に刻み込んだ思いを現実にして生きていけるのだ。
しかも同時に可愛い奥さんと子をもうけ、王立騎士団の一員として暮らせるという。この国で考えられるあらゆる条件の中で最高最上の選択肢だ。
「逆に言う、私がこれを頼める相手はおそらくお前達しかいないんだ。是非ともお願いしたい」とフィリップは断言した。
王太子殿下の申し出は光栄も光栄、光栄の極みだ。トマは喜び勇んで是非とも!と声を上げそうになったが、フィリップはグレースに向き直って言った。
「辺境伯夫人、どうでしょう?トマとトマスをリリアンの元に置いてもよろしいでしょうか」
「そうねぇ、トマとトマスはこれでも辺境屈指の、それこそ主力メンバーだから帰って来ないのは痛手だけど他ならぬリリアンの専属護衛ですもの、承知するしかないわ。どうぞこの子達を使ってやって下さいな。
その代わりと言っては何ですが辺境は常時指導役1〜2人に団員4〜5人を王立騎士団に派遣することになっています。派遣騎士にこの子達2人をカウントして下さらないかしら?これ以上団員を取られると国境警備に支障が出ますから」
「いいでしょう、そちらも国にとってとても重要な仕事です。トマとトマスはあくまでも王立騎士団の所属としますが辺境からの団員の派遣は2人減らしてもいい。これらのことは後で国王、宰相、総長らも交えて細かく話し合い正式に書面でやりとりすることにしましょう」
「ええ、そうして下さい」
「王太子殿下、望外のお話です。私は謹んでお受けしたいと思います」とトマスが騎士の礼をとった。
「ああ、後で話を詰め、また改めて要請する。その時はよろしく頼む」
「はい」
何か頭の上でどんどん決まっていく。
リリアンの護衛の仕事に就けるのは望外の喜びであるが・・・。
トマがグルグルと考え事をしているのをボヤッとしていると思ったのだろうか、リリアンが身を乗り出して言った。
「トマ、トーマ!
早くアニエスにプロポーズしないと、しそびれちゃうわよ?」
「えっ、あ、うん」
リリアンに背中を押される形でトマがアニエスに目をやると、アニエスもこちらを見ていてバチンと視線がかち合った。
トマは何か言おうと口を開きかけたのだが、なんとアニエスは涙目で首をイヤイヤと横に振って後退りしクラリスの背に隠れてしまった。
クラリスとアニエスは顔立ちは全く同じな一卵性の双子ですが髪型やお化粧が違う上に、性格の違いから立ち振る舞いにも違いがあって誰でも簡単に見分けられます。
一番簡単な見分け方は髪型でクラリスはおでこを出していて、アニエスは隠しています。
あまりスポットライトを浴びることのない侍女姉妹ですが、今回はせっかくなのでクラリスとアニエスが出ている話をいくつかピックアップしてみました。
初めて出たのは95話
双子らしく声がハモった105話
お化粧が得意なクラリスが活躍します121,122,132,133,136,140
ヘアアレンジが得意なアニエスも密かに頑張ってます122,132,133,147,148
_φ( ̄▽ ̄ )
ここまで読んでくださいまして、どうもありがとうございます!
面白い!と少しでも思ってくださる方がいらっしゃいましたら
<ポイント>や<いいね><ブックマーク>機能で応援していただけると嬉しいです!!
すごく励みになります!