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161話 もしや

 インコのドゥドゥは私がリリアンの為に作ったのだということをリアムが全然伝えてくれていなかったのには驚いた。でもこういうことはリアムにはよくある事だわ。


 直接クレマンに頼めば良かったと今になったら思うけど、あの時は確かマルクの分を渡した時に近く王都に行く予定で途中でベルニエにも寄ると言っていたからついでに持って行ってとお願いしたんだったわね。


 あの子はいつも忙しく飛び回っているから・・・というか、ジッとしてられないところがマルセル似なのよ、だからカードも付けておいたのにきっとそれもどこかへ落としてしまったんだわ。でもドゥドゥはちゃんとリリアンに届いていたし、気に入ってくれていたようだから良かった。



 そのリリアンはオコタンもお祖母様に再会したら喜ぶと、パメラを伴って私室に自ら取りに行っている。



 ドゥドゥは昔からある赤ちゃんや小さい子供が肌身離さず持っているヌイグルミのことだ。一緒に遊び寝る時も抱いて寝る、これに触れているだけで子供はとても安心するという。

 遠すぎて会えない孫に自分の代わりに心の支えになって欲しいと願って贈ったものだった。


 ちなみにインコを作ったのは材料に使おうと思っていた布が黄色と白色で、それから連想出来る物はインコくらいしか思いつかなかったから。


 何を隠そう自領騎士に支給しているシーツや毛布、それにタオルがドゥドゥの材料だ。夜営用の毛布は汚れが目立たないように焦茶色だが、普段部屋で使う物は気分転換になるようにと明るい色の物も取り揃えているのだが、その頃はレモンのような明るい黄色はあんまり人気が無くてたくさん余っていた。

 もちろんマルク用がイノシシだったのは支給している夜営用の毛布の色と質感がイノシシっぽかったから、それだけである。



 それにしても辺境伯夫人が孫に贈るドゥドゥを自ら手作りしただなんて、かなり変わってる。普通はどこかで買って贈るだろう。でも心を届けるにはやっぱり手作りがいいかなと思ったのだ。



 グレースは親を知らずに育った分、子供の頃はいつも心の奥底に重たくて寂しい気持ちを抱えていた。


 それは他人の親子を直視出来ないほどで羨ましくて仕方が無かったくらいだったが、その反面、家族や親子というものに強い憧れを抱いていて、いつか自分が子を産み育てる時には分け隔てなく愛情をいっぱいかけてやるのだと決めていた。

 だけどそれは夢物語で、よもやその頃は結婚出来るなんて考えておらず、きっと神殿の巫女として御勤めして終わる一生だと思っていた。



 しかし結婚話は突然降って湧いてきた。


 相手は子連れ再婚の上、厳しい顔をした気難しそうな年も離れている男で、しかも自分の住む地の領主だった。



 傍目には不釣り合いな結婚だった。


 まず前妻の子と上手くやることだけでもまだ12歳の子供だったグレースには困難なことに思われたが、存外上手くやれたのは前妻の子が素直で優しい性格だった事と、グレースも神殿で神父様が博愛の精神で常に微笑みを絶やさず目配りをして自分や村人と分け隔てなく接するのを見て育ったから、そのことが大いに役に立ったのだと思う。


 それに考えてみたらあんなに憧れていた『親と子』という関係を手に入れたのだ。血が繋がっていないとはいえ親という立場で再現できるのだ。夢にまで見た関係だ。

 どんな風に声を掛けてもらいたかったか、どんな風に話を聞いて貰いたかったか、抱きしめて欲しかった、笑いかけて欲しかった、自分のことを心に留めて欲しかった・・・記憶をなぞりながら接するうちに子供達だけでなく自分の寂しかった気持ちも慰められて幸せな気持ちになった。

 母として受け入れられて慕われて、ここでやっていく自信になった。


 もちろん男が圧倒的に多い辺境屋敷だ、子供同士の喧嘩に手を焼いたり、プチ反抗期みたいなこともあったがそんな時はいつも優しい長男のヴィクトルが手助けしてくれた。

 彼等はすぐに大人のように大きくなり、いつも氷の山の探索で不在のマルセルの代わりに屋敷のことや騎士団のことの相談に乗ってくれたり勉強を教えてくれた。これではどちらが年上で親なんだか分からないようだったが、それでもいつだって母上と呼んで敬ってくれたのだ。



 そんな風にして多くの子供達を見てきたグレースの目には、リリアンもまた親の愛情に飢えているように見えた。


 今回の旅で会ったのが初対面だったのだが、聞く限りでは母親のジョゼフィーヌは相当な仕事人間らしい。だから親がいて、同じ家に暮らしていてもリリアンはあまり相手にして貰えなかったのかと推測した。


 ジョゼフィーヌはすぐ仕事に熱中してしまい部屋に篭り食べることも後回しだし、気になったらすぐ現地に行ったり交渉に行かなければ気が済まない猛烈仕事人間で困ったものだと自分で言って笑っていた。

 貴族は侍女に子供の世話を任せるのが当たり前と言っても、やっぱり母親や父親との触れあいは必要だ。それが不足していた上に、リリアンは銀の民の血を引く女児だった為に存在を隠され友達を作ったり外出することもつい最近まで禁止されていたのだ。



(この子は唯一の銀の民の血を引く娘であり可愛い私の孫、そして未来の国母となる特別な子よ。

 今は7歳、たった7歳だもの、たっぷりと愛情を与えてやることがまだ必要な年齢よ。

 それでこそ未来の国母たる自信と余裕が生まれ重責に耐え、また夫や家族、民を愛し、愛される存在になるんじゃないかしら)


(王都には一週間ほど滞在して領地に戻る予定にしていたけど、ヴィクトル達が帰ったらベルニエ邸に移れば良いんだし、もう少し長く居てやってもいいかもしれないわね?)



 そんなことをグレースが考えているとリリアンがオコタンを抱いて戻って来た。



「ほら、オコタン。あなたを作った私のお祖母様ですよ。会えて良かったわね〜」とグレースの隣に座ったリリアンがオコタンに話している。


「ホホホ、大事にして貰って幸せね?オコタンは。

 そうそう、今回はオマケでウサギもあったでしょう?あれは五男アルマンの嫁セリーヌが作った新作よ。どっしりしてる方が安心感があるんじゃないかって言って作ったんだけど重くて運ぶのが大変だとリアムには不評だったのよね。来年はまた軽くするわ・・・。

 あっ実を言うとね、そのオコタンをあなたが喜んだと聞いてから私たち副業としてドゥドゥを作るようになったの。冬の間にたくさん作っておいてリアムに持って帰らせてバルボーで売って貰っているの。辺境は人が滅多に来ないけど、あっちは港町で観光客も多いからバルボー土産としてね。

 イカとかエビとかイルカとか他にも色々あるんだけど、リリアンに贈ったインコは布もたくさんいって工数が多いからその3つしか作ってないの。だからオコタンはあなただけのドゥドゥなのよ」


 もう最近では逆にドゥドゥの材料として色を選ぶから、取り寄せる支給毛布の色は青とか赤とかとよりカラフルになっていて、呼び方もエビ色の毛布とか言って赤色って言わないのよね。

 特に黄色の毛布はリリアン色って言われててトマやセルジュ達が好んで使ってるっていうのは言わない方がいいかしら?



「そうだったんですか。お祖母様のお手製でしかも私だけのオコタンなんて嬉しいです!

 ねえ、オコタン聞いた?お祖母様はとってもお優しくて素敵な方ね、お祖母様が私たちのお母様だったら良かったのにねぇお父様がうらやましいわ」


「あら、あなたのお母様も優しくて素敵でしょう?」


「そうでしょうか?」


 リリアンにしては珍しく否定するような言い方をした。

 グレースにすっかり心を許して甘えているからか、また長く辛抱したせいで鬱憤が溜まっていたのかもしれない。


「お兄様にはそうかもしれませんけど・・・。

 お母様はお兄様には毎日お手紙を書いているのに私にはくれたことがありません。それにお父様のお膝に乗ったり抱っこしてもらってもお母様に抱っこしてもらった記憶もあまりありません。お母様が私の為にして下さることは夜に枕元に怖い話をしに来ることくらいです。お外に行っちゃダメ、歌を歌ってはダメ、お友達を作っちゃダメ、ダメダメだらけ。

 この前なんて王都に何ヶ月も滞在して毎日のように宮殿に出入りしていたのに・・・私はそれを知らずにいました。こんなに近くにいながら声も掛けて下さらず会いにも来てくれなかったのです。領地に帰る前に一度だけ来ましたがそれはフィル様がお声を掛けて下さったからでした。

 でももうお母様の事はどうでも良いです。私にはお祖母様がいて下さいますもの」



 歌を歌ってはダメというのは多分『氷の乙女の歌』で周りが眠らされてしまったことがあるからだろう。しかしここでそのことを伝えるには少々人が多すぎる。

 他にも銀の民の血を引く唯一の娘であることからリリアンにはこれまで生活に色々な制約があり、多くはマルセルがそうせよと言ったからだと思われた。


 グレースはリリアンに母親に対して何か誤解があるのではと言ってやりたかったが、適切な言葉を探しているうちに先にリリアンが言った。



「ねえお祖母様、お祖母様はどうしてそんなにお優しく温かいのでしょう?お祖母様がいらした神殿の神父様が育てて下さったのでしょう?その方はとてもお優しい方だったのですか」


「えっ?ええ、そうね神父様は穏やかでお優しい方だったわ」


「やっぱりそうなのですね。それで神父様はお歳をめした方だったのですよね?お父さんというよりオジイ様という感じだったのですか」


「ええ、お年は召していらしたわ。

 私がクレマンを産んでちょっとして、子供達を連れて神父様に会いに行きたいとマルセルに言ったら、もういらっしゃらなくなっていて・・・近況をお話ししたかったのに間に合わなくてとても残念だったわ」


「そうだったんですか、それは残念でしたね。お祖母様が元気でやっておられると知ればきっと喜んで下さったでしょうに」


「ええ、でもよくお年を召してると分かったわね?」


 グレースはなぜリリアンが神父様の話をしだしたのか疑問にも思わず、いつもそうしていたように子供達の言葉を蔑ろにせず掬い上げて尋ねた。

 こうして丁寧に会話のキャッチボールをしてやると子供は自分の良き理解者だと感じて心を開いてくれる。普段からどんなに忙しくても子供の質問をぞんざいに扱わないように心がけていた。



「それはね、お祖母様がさっき仰ったからですよ。

 お祖母様は昨日フィル様とお話ししている時に『大事なオジイサンの形見は領地に置いて来た』と仰ったでしょう。だから私は神父様のことをオジイサンと呼んでいたことが分かったのですよ、それでお年を召した方だと思ったのです」



「あら、私ったらそんな事を?」


 グレースは自分の口を押さえ悲痛な表情を見せた。



 それまでリリアンは自分の推理を全く疑いもせず、むしろ自慢げに笑顔で披露したのだが、グレースの表情の急変を見て自分にとって嫌な事が起こったのだと気が付いてしまった。




(もしや・・・)



 不吉な想像をしてリリアンの表情が曇る。




 でも尋ねずにはいられない。


 リリアンは静かな、でも暗い声で尋ねた。




「お祖母様・・・私のお祖父様は、どうされているのですか」




「あ、あなたのお祖父様は、ね・・・ク、クレバスに・・・っ」


 グレースはそこで唇を振るわせ言葉を詰まらた。

 伏せた睫毛が涙でじんわり濡れていく。



 そんなお祖母様を見つめ、リリアンは掛ける言葉を失ったのだった。


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