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158話 待ちに待った日

 翌々日の昼下がり、フィリップがリリアンの応接室を訪問してまだ間もない内にエミールがニコラからの先触れを持って来た。


 ニコラは先日王宮の専用客室に泊まっていたが、あの時は雨宿りの為だったのでホーストレッキングの後少し馬場のサロンで休んだら早々にソフィーと帰って行った。帰り際に次に来るのはグレース夫人を連れて来る時になると言っていたからちょうどリリィといる時に知らせを聞けたのは好都合だ。


 それというのも今日から普段の生活サイクルに戻っていたから彼らがこれから来るのなら予定の変更が必要だったからだ。今日は朝から執務をしていて午後も執務に戻る予定で場合によっては街に視察に行くつもりだったし、リリィは僕が仕事をするならとその時間に合わせてお勉強を再開した。


 まあお勉強と言っても内容としては簡単で、マナー教育担当のバレリー夫人から学園でのマナーについておさらいがてら教わった。入試が終わり冬季休みに入ってからは遊んでばかりでお勉強をするのは久しぶりだったからそのくらいが肩慣らしにはちょうど良かっただろう。

 そして午後からは例の乗馬ドレスでパメラに付き合ってもらい乗馬練習をする予定だった。



 フィリップはエミールからニコラの書簡を受け取ると目を通してリリアンに言った。


「リリィ、今日の午後の予定は変更だ。ニコラがグレース辺境伯夫人と3時に来るよ、それにしばらく王宮に泊まりたいとも書いてあるね」


「3時だともう直ぐですね!

 わぁ、とうとうお祖母様がいらっしゃるのですね!しかもこちらに泊まっていただけるなんてうれしい!」



「リリィはずっと心待ちにしていたものね、せっかくだからゆっくり王宮に滞在してもらおう」


「はい、楽しみだな〜」


「うん、僕も会うのが楽しみだよ。リリィのお祖母様はリリィと似ているかな?」


 フィリップは微笑んで期待で胸を膨らませるリリアンの頭をよしよしと撫でてからエミールに指示を出した。



「では我々も彼らを迎える準備を始めよう。

 ニコラには『どちらも了承した楽しみに待っている』と返事を返せ。宮内にはリリアンの祖母が来る事を伝達し接遇に礼を失することの無きように配慮せよと周知徹底を。もちろん食事の準備や部屋の確認も怠るな。それから今日のリリィの乗馬はキャンセルだ」


「はい、分かりました。すぐに手配します」と言って、いつも通り早々にエミールは去って行った。



「そういうことでリリィはここでニコラとお祖母様を待っていて。僕は途中になってる仕事があるから先に片付けて来る。でも二人が到着するまでには戻って来るから一緒にリリィのお祖母様を迎えよう」


「はい、お待ちしています」


「ではまた後で」


「フィル様いってらっしゃいませ」



 フィリップが去るとクラリスとアニエスが「リリアン様、ドレスを着替えてお待ちましょう」と言い、コレットは「お茶菓子、お茶菓子、お茶はいつもので良いかしら」と言い出して王宮のシェフの元に手配に行ったりと俄かに慌ただしくなってきた。



 着替え終わりアニエスに髪をとかれながらリリアンはドキドキしてきた。何せお祖母様に初めて会うののだし、お顔も知らないのだから。


(さっきフィル様がお祖母様は私に似ているかなって仰っていたけど、お祖母様はお父様のお母様だもの、きっとお父様と似ていらっしゃるんじゃないかしら。それにお兄様はお祖母様がその辺の貴族令嬢よりずっと体力があって働き者だって仰っていたわ。

 きっとお祖母様はお父様やお兄様みたいにお強そうな方なんだと思うわ。だって、辺境を守る辺境伯夫人ですもの)



 どうやらリリアンはお祖母様をマッチョなタイプと思っているようだ。


 だいたいクレマンの怖い顔から女性の顔を想像するのは至難の技だから、想像上のグレースはほぼクレマンの女装姿だった。





 リリアン達がお祖母様を迎える支度を済ませて落ち着いた頃に約束通りフィリップが戻って来た。


 フィリップはリリアンの隣に腰を下ろすと「まだ時間があるな」と言い、パメラに声を掛けた。


「パメラ、こっちに来て先日のアルノー家のパーティーについて聞かせてくれ」


「えっ?は、はい」


 既に『クラウス・シュタイナー』がどれほど評判が良かったのかは王太子殿下には朝の打ち合わせの時に報告してあったから一瞬パメラは何事かと思ったが、ここで話せというからにはリリアン様に話して楽しませろということだろうとパメラは解釈した。

 三連休を終え今日から仕事に復帰したパメラだが、まだリリアンと個人的な話をする時間はなく朝一番に顔を合わせた時にお土産を持たせて貰った事とパーティーに行く前にお世話になった事についてのお礼を言い、リリアンからお休みは楽しかったかと聞かれただけだった。


 フィリップの隣に座るリリアンは期待で目をキラキラさせている。

 皆で大騒ぎして送り出して以降、パーティーやパメラの評判がどんなだったのか気になっているだろうとフィリップが声を掛けてくれたのは明白だったからリリアンからも小首を傾げておねだりした。



「ねえパメラ、パーティーはどんな様子だったのか私たちにも教えてくれる?」とリリアン。


「はい、もちろんですお話し致しましょう」



 フィリップやリリアンの視界に入らない程度に下がって壁際に立って控えていた侍女達も三人並んで突つき合うとちょこちょこっと横歩きで近くまで移動して来た。彼女達も興味深々なのだ。


 殿下の出してくれた馬車で雨に濡れずに済んだこと

 アルノー邸へ行ってみたら家族との食事会ではなく一族が集まる盛大なパーテイーで、急だったにも関わらず入れ替わり立ち替わりで子供も含めると少なくとも200人近く来場者がいたらしいこと

 どれほど『クラウス・シュタイナー』が皆を驚かせ高い評価を受けたのか、またリリアン様の贈り物であることを2人がどれほど喜び、似合っていたか

 レーニエとレティシアのオルガンの連弾が凄かったこと

 料理が全部美味しくて特に初めて飲んだマンタローという飲み物が気に入ったこと。途中からはすっかり砕けた調子になって報告というよりお喋りになった。


 侍女達三人はパメラの衣装やヘアメイクがとても評判が良かったと聞いて喜んだ。


 話すパメラはいきいきとして、3日間のお休みが充実していたことが伺える。

 とうとう話は新居に雇った使用人バヤールとドロテの話にまで及んだ。


「彼らの住む所は離れになっておりまして、本宅から紐が出て繋がっているのですが、それが呼び鈴になっているのですよ。

 こちらから1回鳴らすと後で来い、2回鳴らすと直ぐに来い。向こうからも1回鳴らすと了解しました、2回鳴らすと直ぐに参ります。という意味なのです。その他メッセージのやり取りはメモを居間の窓の外の箱に入れて置けば良いですし便利なようによく考えてありますよ。

 彼らは寡黙でよく働きよく気が付きます。事務仕事こそしませんが他は何でも出来ます。

 ドロテは料理が上手くお菓子なんかも作れるんです。それから掃除洗濯はもちろんのこと、ドレスを着せたり化粧をしたりと侍女のような事も出来ます。バヤールは馬の世話に家の内外の修繕や水や薪の補充と雑用をなんでもこなすそうで本当に助かります。

 今回は使用人達がどれほど私たちを助けてくれているのか、その存在の大切さに気がつきましたよ。私たちだけでは食事はおろか水も飲めないのですから」


「確かにそうね、王宮はとても便利に水が使えるから忘れがちだけど、本当はとても大変なのよね?

 ベルニエでも昔は毎日遠くまでお水を汲みに行っていたと聞いたことがあるわ。まあ今はお母様が川を家まで引いたから簡単に汲めて便利になってるんですけどね」



 先日、王家の団欒にご一緒させてもらった時に宮殿全体の水がどうやって賄われているかをリュシアンから教えられたリリアンだけど、『枯れずの森』の水源については防衛上他言を禁じられていたから代わりにベルニエ本邸の水事情について言及しておいた。



「川のルートを変えるとは大胆な!しかしそれもまたジョゼフィーヌ夫人らしい」とリリアンの話を聞いてフィリップが目を丸くする。


「誰もそんなこと考えつきませんよ、流石リリアン様の母君ですね」とパメラはパチパチと拍手を送った。



 誰も思いつかないどころか思いついたとしても勝手に川のルートを自分の家に便利なように変えるなど誰でもやって良いことではない、それもこれも領主だからこそ出来る事だ。

 ちなみに家まで引いたと言ったが、正確には『家の中まで引いた』だ。床が四角く抜けていてその下を川が通っている。蓋を上げさえすれば水が使えるのだ。


 しかしそれだけで終わらないのがジョゼフィーヌで、その調子で領地のあちこちに川を引っ張って水を行き渡らせた。お陰で領地の農業も畜産も全体に右肩上がりで好調だ。これがきっかけで後に辺境から海に流していた雪解け水を王都方面に流せば水量も十分確保出来て国全体が潤うのではと思いついたのだ。



「それから運河の為に川を広げてからは辺境から流れてくる水の量も増えましたし、水路を少し高いところに通してバケツで掬わなくても立ってバケツを受ければ良いような公衆水場を作って領民も使えるようにしたのです」


「それもまた凄いことだよ。農業も工業も生活も何もかも水が無ければ始まらないんだからどこの領地も水の確保に頭を悩ませているんだ。ジョゼフィーヌ夫人は実に発想が豊かだしそれを実現する行動力が素晴らしい」


「公衆水場は私の持ってる玉を転がす玩具からヒントを得たんですよ。私が遊んでいたら "これだ"って叫んで全部持って行ってしまわれたこと、ビックリしたから今でもよく覚えています」


「領民が重労働から解放されたのはリリィのお陰だ。王都でも取り入れたいシステムだからまた今度詳しく教えて欲しい」


「当の私はどんな仕組みかさっぱり分かりませんので詳しくはお母様に聞いて下さいね」


 そう戯けてフィリップの顔を見上げてくるリリアンが可愛くて思わず肩を抱き寄せた。されるがままにくっついてくるリリィが超絶可愛い!!



 あわや二人の世界に入りそうになったが、ドアの外から「ニコラ・ベルニエ並びにグレース・ジラール辺境伯夫人がリリアン様にご面会にいらっしゃいました」と来客を知らされた。


「入れ」とフィリップは表情を引き締め直して入室の許可を出した。




 まずニコラが入って来た。


「殿下、今日は急なお願いにも関わらずお聞き入れ下さいましてありがとうございます」


「いいや、こちらこそよく来てくれた。お前たちを待っていたぞ」


「そう言っていただけて光栄です」


 ニコラはいつもより真面目な調子でそう言って微笑むと後ろを振り向きグレースを招き入れた。



「さあ、お祖母様どうぞこちらです」



 リリアンとフィリップは歓迎の意を表して立ち上がろうとしていたが、グレースを目にして息を飲んだ。



 だって、入って来た女性は思いもかけないルックスだったのだ。




「えっ、私のお祖母様ですか?」とリリアンは呟いた。





 叔母様か誰かが一緒に付いて来たのだと思い直した。でも入って来た女性は一人だけだ。



 背筋がピンと伸び、溌剌とした印象なのはこの女性の生き方を反映したものだろう。それにしても随分と若々しく見えたのでニコラがお祖母様と呼ばなければこの方がそうだとは思えない。


 それだけでは無い。



 庶民の出とはとても思えない気品と老いてなお伺える美貌。



 もちろんグレースは現在、貴族の最高位である侯爵と同等と言われる辺境伯の夫人だから貴族の中でもトップに位置してはいるのだがいかんせんその領地は標高の高い山深くにある国境を護る地だ。

 雪しかないような辺鄙な所、だからこそ『辺境』と呼ばれている。

 そんな所ではおよそ王都の貴族のように派手な社交や美容やお洒落にお金をかけるなどの贅沢は出来ない。なのにこの洗練された美しさ。


 それは持って生まれたものだと思われた。


 髪は年齢的に白くなってきているが元は見事な金髪だったというだけあってその髪は煌めいているように見え、瞳の色はフィリップに似た青色をしている。



 そう言えばリリアンは以前フィリップからグレースは金髪碧眼と届出されている聞いたことがあった。王族の色と言われるその色を親族が持っているというのは現実味が無くすっかり忘れていたがグレースを見て思い出した。



 グレースが若い頃はさぞかし美しい・・・いや、眩いばかりの美貌だったのではないだろうか。


 そう、まるで麗しい王太子フィリップのように。




「お邪魔しますよ・・・まあ!あなたがリリアンね?」


 部屋に入って来たグレースは二人の動揺をまるで関知せず、リリアンに気がつくと青い目を嬉しそうに細め、口角を引いて優しい微笑みを浮かべた。




「はい、私がリリアンです」


 リリアンはすぐに立ち上がって答えたが、お祖母様が思っていたのと違って、しかもあまりに素敵だったので俄かに緊張してきた。



 頭の中はお祖母様に聞いてみたいことが山積みになっていく。



(私のお祖父様の奥さんですよね?)


(どうしてそんなにお綺麗なんですか?本当にお父様と血が繋がっているのですか)


 それに


(お祖母様、ちょっと若過ぎやしませんか〜?)


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