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157話 王家の団欒

 こちらからは森の入り口が分からないような錯覚が起こるようにS字になった細い道を、リュシアンを先頭にソロソロと一列になって入っていった。

 しばらく行くとやがて川の蛇行に合わせそこそこ広い草原のような道が現れた。陽が入り森の中とは思えないような明るく気持ちの良い空間だ。


 6人は横に並んで景色が綺麗とか、変わった鳥の声がするなどとお喋りをしながら優雅に馬を進めた。



 半刻は経っただろうか、木立ちの向こうにキラキラと輝く湖面が見えた。

 

  <すごい!ここに湖があったなんて知らなかった!だって、こっちまで来たのは初めてだもん!>

 

 ニコラの頭に湖にいち早く気がついたラポムの喜ぶ声が届いた。

 ラポムはトゥリアイネンの湧き出る泉の精霊だから水がいっぱいある所が大好きなのだ。こんな場所を知ってしまったらラポムの森の夜遊びは当分おさまりそうにない。

 


「すごい!森の中にこんなに素敵な湖があるなんて!」とリリアンも湖があるのに気が付きビックリする。


「どうだ、驚いたろう?目的地はそこだ、ほら、行ってみるといい」とリュシアンはしめしめといった風情で笑いリリアン達に先に行くように促した。



「行こう!」というフィリップの声と共にリリアンもラポムを走らせた。ニコラとソフィーも二人の後に続く。


 リリアンとソフィーはパトリシアの指導の甲斐あって疲れた様子も見せず難なく馬を操っている。こんな風に素敵な景色の中では目に入るものに興味を引かれ身体は自然に動く。案外、頭であれこれと難しく考えるより上手く乗れてしまうものだ。




「わあ!綺麗!それに広いわ!!」


 4人は馬を止め、地面に降りた。エメラルドのような美しい色の水面が風にさざめいている。


 しかしやはり王族は違うと感心する。

 さっき思いついたばかりの気まぐれピクニックなのに黒子くろこの仕事が完璧だ。


 湖畔にある御誂え向きの木陰に敷物が敷いてあり、サンドイッチの入ったバスケットや飲み物が置いてあった。ここに来るまでに誰にも遭わなかったのにいったいいつの間に準備をしたのか謎だ。


 木に馬を繋ぎ、餌と水をやる。こういうのもちゃーんと用意してあった。


 ラポムは自由に走り回りたいのは山々だったが大人しく繋がれた。また改めて遊びに来れば良いだけの話だと気持ちの良い風を感じながら草を喰んだ。





 まずは休憩しようと各々敷物の上に腰を下ろして寛ぐとフィリップがリュシアンに声を掛けた。


「懐かしいな!父上ここに来るのは久しぶりになりますね」


「ああ、覚えているか」


「覚えていますとも、とても良い思い出ですから。

 まだ小さい頃に父上と母上と3人でここにピクニックに来ましたね」


「ああ、そうだな」


「私たちはいつも大勢の者たちに囲まれているから今思うとあの時のピクニックが唯一家族だけの団欒の時間だったわね」とパトリシアが言った。


「唯一と言うが4、5回は来たぞ」


「ええ、そうね。フィリップがあんまり喜ぶものだからあれから学園に入学するまで毎年来ていたわね」とパトリシアは懐かしげに言った。



 その頃はパトリシアもフィリップも自分で馬に乗って移動することは無かったから、それぞれ一人乗りの馬車で送迎して貰っていたけれど、家族3人だけで湖畔で過ごした楽しい時間はキラキラと輝くとても美しい思い出だ。



「リュシー父様はそんな大切な場所へ私たちを連れて来て下さったのですね」


「ああ、そうだとも。お前達だからこそ連れて来たのだ。

 だってリリアンはもう私たちの家族じゃないか、そうだろう?リリアンは現に私を父様と呼んでくれている」


「リュシー父様!」

 家族だと言ってくれた言葉に感激してリリアンがその名を呼ぶとリュシアンは満足げに頷いた。


「あらリリアン、私だってリリアンの母様でしょう?」


「パトリシア母様!」とリリアンが呼ぶとパトリシアは微笑んで頷き言った。

「それにニコラはリリアンの兄でソフィーはその婚約者だもの、つまりこれもあの時と同じ、家族の団欒なのよ」



 そう、これは家族の団欒だ。


 実を言うと今日、リュシアンが仕事を放り出してまでここに来ることにしたのは朝リリアンの様子がいつもと違うと感じたからだった。

 ニコラが宮殿に泊まって一緒に居られることをひどく喜んでいるのと反対に、母親のジョゼフィーヌが来るという話題をまるっとスルーしてお祖母さんの話ばかりしていた。

 それで母親に関して何か思う所があるのだろうかと感じたのだ。


(考えてみればリリアンはまだ親の恋しい年頃の7歳という身空でたった一人親元を離れて王族と暮らし、慣れない生活の中で泣き言一つ言わず現状を受け入れているのだ。努力家のリリアンは、人一倍気を使い寂しさや辛さを表に出さず健気に耐えているに違いない。

 今朝のはおそらく両親に会えない寂しい気持ちを心の中に閉じ込めて必死に我慢しているせいで母親の話題に素直に受け答えすることが出来なかったのだろう)


 そんな風に考え、なんとかして元気づけてやろうと思いとっておきの奥の手を出すことにしたのだ。幼い頃にフィリップがとても喜んだあの場所へ連れ行き楽しく過ごせばきっとリリアンの心を慰めてやれるだろうと。




 木漏れ日。

 鳥がさえずり、穏やかで心安らぐひととき。


 皆で食べて笑ってひと段落ついた時、王妃パトリシアがリリアンの隣に来てそっと座った。



「ねえリリアン、私はあなたにお礼が言いたいの。

 あなたが乗馬を始めてくれて多くの人に受け入れられたことで私もこうしてまた馬に乗ることが出来たわ。ありがとう」


「そんな、パトリシア母様。お礼だなんて私は何もしていませんよ」


 リリアンにしてみれば多くの人に受け入れられるかどうかは学園に入って総合部を立ち上げてみないと分からないと思っていたのでまだスタート地点にも立っていないという感覚だった。


 だけどパトリシアにしてみれば宮殿の敷地の中であっても王妃である自分が乗馬をすることが許されただけでなく、その姿を見た者から全く嫌悪感が感じられずまるで乗馬をするは当然であるかのように受け入れられるとはこれまでは想像も出来ない事だった。

 もうすでに今の状況は世界の天と地が入れ替わってしまったかというくらい大違いで、凄いことだったのだ。



「いいえ何もしていないということはないのよ、あなたは既に皆の感覚や考え方に大きな変化を与えているわ。

 こうして馬に乗ってみるとよく分かる、拒絶反応を見せる人がいるかと思っていたのにそれどころか誰もが好意的なんだもの。

 私もリボンや化粧品など色々な物を流行らせたけど、それらは従来あった感覚を変える物ではなかったの。否定されたものを覆すことは敢えてしてこなかった。

 だって私は外国からこの国に嫁いで来た王妃でしょう?言葉や見た目はもちろんのこと風習も考え方も全く違ったから早く馴染んでこの国の王妃として恥ずかしくないように振舞うようにと教育係や侍女達に要求されてきたし、私もそうしなければと思ってやってきたわ。

 でもそうしている内に自分で自分に枷をはめて窮屈になっていたことに気がついたの。

 私きっともっと色々な事をしても良かったんだわ、だって私は国と国の友好の為にリナシスから来たんですもの!リナシスの王女が馬に乗らないなんて可笑しいじゃない?

 今日、馬に乗って駆けていて身も心も解放されていくような気がしたし、いつのまにか失っていた民族の誇りを取り戻したような気さえする。

 とても、清々しい気分なの。

 これからはもっと肩の力を抜いて、それでいてやりたいことや考えてることをもっとやってもいいのかなって思えたの。

 例えば、私いつもフィリップが羨ましくて・・・私もリリアンをこの胸に抱きしめたかったのよ、でも王妃だからそんなことをしたらダメって言われると思って我慢してたの。

 リリアン、私にあなたを抱きしめさせてくれるかしら?」



 リリアンは驚いた顔をして聞いていたがパトリシアがそう言って微笑み手を広げると引き寄せられるように自ら抱きつきに行った。


「ええ、もちろんですパトリシア母様!どうぞ私を抱きしめてください」



 パトリシアはリリアンを抱きしめた。


「うふふ、あ〜可愛い、ずっとこうしてみたかったのよ」




(ああ、パトリシア母様の胸は温かい。大きくてやわらかくてなんだかとても癒される。それにイイ匂いがしてとっても幸せ)


 リリアンは頬ずりしたくなったけど王妃殿下に対して不敬だとなんとか自重した。それでもあまりの幸福感に王妃の胸から離れがたくそのまま動けなくなっていた。もう骨抜きにされてふにゃふにゃになってしまいそう。




 それを見ていたフィリップは幼き日を思い出していた。


(そうだった、ここで家族だけでいるときは母上が膝に乗せてこうやって僕を抱きしめてくれたんだ。

 父上はその隣に寄り添い、僕の話を相槌を打ちながら微笑んでいくらでも聞いてくれた。誰の邪魔も入らずただ僕たちだけの時間がここにはあった。それが特別で嬉しくてここに来るのが大好きだったんだ。

 あれから幸せな時間を思う時は必ずここの景色が目に浮かぶほど象徴的な思い出で、そして今その景色の中にリリィがいる・・・それもまた、なんて幸福な風景だろう。

 僕もまた自分の子供にそうしてやりたい)


 な〜んてフィリップが未来に想いを馳せていた時、どうやらリリアンも同じように考えていたらしい。



「パトリシア母様、私赤ちゃんの気持ちが分かりました。

 母の胸に抱かれるというのはこんなに安心して幸せな気持ちになるものなのですね。いつか私に子供が生まれたら沢山抱っこしてあげたいです」


「ええ、そうしてあげて。

 そして王家の威信を守りながらもここ王宮の、そして貴族の慣習もあなたが良いと思うように変えていけば良いのよ。私も少しずつそうしていくから」


「はい」



 なんだかどさくさに紛れてリリアンが王太子妃から王妃になる前提で話が進んでいたが、あまりに自然な流れで会話がなされたので誰もそれに気がつかなかったようだ。他のメンバーは二人を見ながらそれぞれが自分の思いに入り込んでいたから余計にだ。


 ニコラとソフィーは自分達の未来の家庭に想いを馳せていたし、リュシアンはリリアンを見てつい ”どうだパトリシアの胸はポヨンポヨンでいいだろう、そうやって抱かれていると身も心もトロットロに癒されるだろ ”って口を滑らしそうになった。

 うっかりそんな感想を漏らした日には私があの胸に毎晩顔を埋めているのかと思われその姿を想像されるところだ。まあ実際その通りなのだが間一髪で気がついて良かった。




 それからフィリップがリュシアンに「子供の頃はここでよく石を投げて遊びましたね」という思い出話をしたことで、誰が一番遠くまで投げられるかを競うことになった。


 やりたいことをするの宣言通りこれに参戦したパトリシアは、リリアンとソフィーにかなり差をつけて遠くへ投げて意外な才能を見せた。



「遠くまで飛ばすのはニコラが一番だったけど、ではこれならどうかしら?何回跳ねるか数えてて」とパトリシアは言って、自国の遊び『水切り』をやって見せた。


 パトリシアが投げた石は水面を跳ねどこまでも進む。8回までは数えられたがその後は分からなくなった。


「すげえ」ニコラは何やら面白そうな曲芸に興味を持ったようだ。


「うふふ、どう?」と鼻高々だ。



 ベルニエ本邸の近くには池や湖はなく、川もそれほど幅がなかったのでニコラもリリアンもこんな遊びはしたことがない。王都住まいでしかも宰相令嬢であるソフィーも然りだ。


 ニコラもやってみたが石は2回跳ねて沈んだ。


「さすがのニコラもこればかりは私に敵わないわね!」パトリシアはエヘンと胸を張る。


「なんの、もう一回!」とニコラ。



「そんな特技があるとは凄いじゃないか」とリュシアンはパトリシアの腕前に関心している。


 関係あるのかないのか分からないがリナシスでは『輪投げ』や『投てき』というスポーツが盛んだったりして、物を投げる競技や遊びが結構多いらしい。

 遊び道具が他にない中でいきなり始まった石切り遊びはパトリシアが最も得意とするものだった。いつもお上品に座っているばかりと思いきや意外にも運動神経が良く活発なようだ。



 他の皆も参戦し、やがてソフィーが「なんだか吟味してらっしゃいますね。もしかすると王妃殿下の選ばれる石に秘密があるのでは?」などと言い出してパトリシアの手にある石から皆が似たような平たい石を探すようになり、あげく形の良い石の取り合いになったり・・・。


 そうやって夢中になって水面を何回跳ねさせられるかを競って遊んだ。




 我々にだって、たまにはこんな日が必要なのだ。


 数年後の未来に本当の親族となると思われる彼らの初めての団欒はこのように意外にも子供っぽいものだったが、太陽の下で公的な立場も役目も関係なく日常のしがらみも忘れて遊んだ。キャッキャ、ワーワーと声を立て、笑い、上手く行けば手を叩いて喜び合えば、心の底から楽しめて相当リフレッシュ出来たに違いない。



 この日の王家の団欒もまた、それぞれの心にいつまでも残る最良の思い出となるだろう。






 後日談にはなるが、この湖では何故か夜になると湖面を石が跳ねる怪現象が起きるようになり『水と森の管理人』達を何事かと驚かせることとなった。

 

  彼らは何も知ってはいなかったから当てずっぽうだったのだが、たまたま遠からずの推測をしたのは幸いだ。

 

「これは夜な夜な湖に住まう神様が遊んでいらっしゃるに違いない。ついにここへ水の神が戻って来て下さったのだ、我々の守り神として大切にしていかねばならぬ」と長老がさもそれらしく言ったので皆は喜びさっそく以前祠があった場所に小さな石の祭壇を設けて美味しい果物を置くようにした。

 

 

  ラポムが来ると、いつも大好きな果物が置いてある。

  ご機嫌で石切り遊びをしたり、水に浸って泳いでみたりしては合間に美味しい果物を食べ・・・と毎夜のように来て至福の時を過ごした。

 

  こうして遊ぶ時は姿形をとっていないので人には何も見えないが、ニコラのように敏い者ならば空気のような気配が動くのが感じられることもある。でも精霊同士であれば丸分かりだ。

 気配さえなくこの森の中で悠久の時を眠るようにただ静かに過ごしていたこの湖の精霊や周辺の木の精霊たちはラポムが楽しそうに遊ぶのを見て羨ましくなってとうとう出て来て一緒に遊ぶようになった。

 まるで氷の山で大精霊リヤが活発に動き回るのを羨ましく思ってイヌワシの姿で飛び立った大岩の精霊や馬の姿で歩き回るラポムのように楽しそうなことは精霊間で伝播してしまうものらしい。



『王家の森』・・・ラポムが言うところの『精霊(ラポム)の遊ぶ森』は文字通り『精霊の遊ぶ森』だ。精霊達が楽しく過ごすことによって一帯は清浄になるのだ。これから森はますます美しく豊かになっていくことだろう。


ラポムは本領を発揮?

_φ( ̄▽ ̄ )



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