156話 この森の秘密
「おお、やってるな!」とリュシアンは満面の笑みでやって来た。
「あら、あなた随分早かったのね。てっきりお昼近くまでかかるものだと思ってたわ」
「ああ、早く終わらせた。アイツらの説明はとにかく長いからぶったぎってやったんだ。たまにはいいだろ代わりに向こうの要望を全部飲んでやったから却って喜んでたよ」
「そうだったの」
リュシアンは快活に笑いながらパトリシアに報告し、パトリシアも笑って応えたのだが、二人から離れた所にいたニコラは緊張感が足りなかったのかその会話を聞いて心の声が漏れてしまった。
「ええ〜?」
(国王の仕事ってそんなにいい加減でいいんだ)とは言わなかったもののハッキリ言って不敬である。
根が正直と言えば聞こえは良いが、ニコラもとんだウッカリさんだ。普段はとても礼儀正しいのに時々こんな風に気が抜けたようなことを言うからエミールに「ニコラは神経が太いのか細いのかよくわからない」などと言われるのだ。
しかしリュシアンはニコラを咎めもせずに言った。
「おいニコラ、国王はそんなに暇なのかとか思うなよ?
今日だって私のスケジュールいっぱいだったんだからな。
だがな、あらゆる問題は突然起こるもので急に予定外の仕事が入るなんて事は日常茶飯事だ。だから日頃から常に火急の要件が入るものとして柔軟に対応出来るようになっているんだ。
今回はたまたまその予定外がコレだった訳で、公務に追われる私たち親子がこのように揃って一緒に余暇を過ごせる日は一年の内でもそうはないのだからこれはこれで大変重要な案件と、そう解釈してくれ」
一伯爵家の子が何と思ったかなど気に留めなくて良い立場の国王陛下なのに、そんなことを言うのだ。なかには言い訳っぽい事を言うとマイナスイメージを持つような人もいるかもしれないがニコラは逆に好印象を持ち親近感が湧いた。国王陛下が当たり前のように家族を大切にしているのはとても感じが良い。
「はい、もちろんです。
そのような陛下の柔軟さを垣間見ることが出来た事、光栄ですし大変勉強になりました」
ニコラが仰々しく言うとリュシアンは満足したようだ。
「うむ。ではそういう事でせっかく皆が集まったのだからここはひとつ馬場を出て走らせてみないか?
この奥にホーストレッキングにうってつけの場所があるんだ、気持ちいいぞ!なにそんなに遠くはない。それに実はもう昼食をそっちで食べると言ってあるんだ」
そう言ってリュシアンが指さしたのは馬場のサロンの奥に広がる森だ。
リュシアンは馬を進めるとラポムに乗るリリアンの横に付けた。
「リリアンよ、あれを見ろ。森から川が流れ出ているだろう。
この奥に隠された水源があるのだ。この森は『枯れずの森』と呼ばれているのだが、これは森の木のことではなく水のことを指している。
高い山も無いのにこの森から流れ出る川の水は古来枯れたことがないんだ。これがあるから、水があるからこそ我々の祖先はここに宮殿を建てたのだ」
「まあ枯れずの水源が?だから宮殿ではあのように水が潤沢に使えるのですね!」
リュシアンはリリアンの言葉に答えて言った。
「ああそうだ。他にも宮殿内には万が一水が干上った時に備えて井戸がいくつも掘ってあり、それも使用人達が洗濯などに使いはするのだが、基本的に普段私たちが使っている水の殆どはこの水だ。水源は毎日状態を確認し報告に来るから少し入った所から森の中を走る川に沿って広く開けていて道がついているんだ。
そして水源までの途中にピクニックに最適な場所がある。リリアン、そこに行ってみたくはないか?」
「リュシー父様、是非行ってみたいです。森の中を行くなんて素敵ですね、まるで冒険みたい!」
「よし、では楽しい冒険に連れて行ってやるぞ」
「わあ、楽しみです!」
王宮に来てすぐの頃、リリアンはどうして水がこんなに便利で贅沢に使えるのですかとバレリー夫人に聞いた事があったのだけど、ここが宮殿だからですよと言われただけで明確な答えは返って来なかった。でも今思いがけず謎が解けた。
馬場のサロンのある丘の向こうを何気なく流れている川は水源に通じるとても重要なものだったのだ。
そして馬場のサロンの奥、宮殿や王宮のある敷地と隣接する森も、この水を育む森としてとても重要な役目を果たしていた。
上空からもし見ることが出来たなら大小3つの湖を内包した広大な森の端っこに王都がちょこんと引っ付いていると分かるのだが、地上からではとても全体像を掴むのは無理だろう。
王都を囲む城壁とは別に枯れずの森を囲む壁があり、枯れずの森にはこことジョワイユーズ宮殿からしか入れない。
そうなっているのは、この森こそがここに多くの人が住める理由であり、王都がここに築かれた理由だったからで、生きる為に必要な水資源を確保し維持する為に誰も寄せつけないようにして『王家の森』として守っているからだ。
これからリュシアンが皆を連れて行こうとしているのはそんな場所。
この水源に毒でも入れられた日には、その日がこの国の終わる時となるかもしれない。
だから誰もは入れない、例え生活の糧を得る為でも枯れずの森には入れないから王都内の林や城壁外にある森に行かなければならない。
出入りを許されているのは水と森を管理している一族の者と王の家族だけだ。
ちなみにその一族は『水と森の管理人』と呼ばれているが、またの名を『誇り高きアルノーの影』と言い、プリュヴォ建国に至る前の戦乱の二強時代からその役目を負い、ずっと表舞台には出ず水源と森を守り続けている。彼らは初代アルノー侯爵の弟に端を発した一族だ。
アルノー兄弟の兄は後にプリュヴォの王都となるこの地の守護神として戦い、そして弟は命を繋ぐ水を死守するために森で戦ったのだ。
彼らの血を引く一族は今日も変わらず王の忠臣だ。
水と森の管理人は、森を愛し森に生きる異名通りの誇り高き一族であり続けている。
ちなみなのだが国王夫妻が恒例で建国祭のあとに行く『北の離宮』はこの森の中にある湖畔の温泉付き狩猟用別邸で、ジョワイユーズ宮殿側から行ける道がついている。
ジュワイユーズ宮殿の北側の森の一部だけは狩猟用に解放されることがあるのだ。
そして現在はそこが『水と森の管理人』の本拠地だ。
いつかフィリップやニコラがジョワイユーズ宮殿で狩猟遊びをすることがあれば、きっと彼らに会えるだろう。
皆は行く気満々になっているがニコラはソフィーが付いていけるか心配で馬を寄せて言った。
「ソフィー、ソフィーは森を行くのは厳しいかもしれない。もちろん俺はフォローするつもりだが心配ならエクレールに二人乗りで行こう」
「そうですね、確かに私はまだ外乗はおろか馬場の中でさえ長い時間乗ったことはありませんから付いて行くのは厳しいのかもしれません。でもニコラ様、もう入学式の日まであまりないので早く慣れる為にもシュシュで行ってみようと思います。先ほど王妃殿下に教えていただいて、なんだか今なら乗れるような気がするのです」
「うん、分かった。だけどいつでも前に乗せてあげるから無理はしないと約束してくれ、無理をすると怪我に繋がりやすいからね」
「はい、無理はしないと約束しますわ。心配して下さってありがとうございますニコラ様」
というやりとりが聞こえたのでフィリップも便乗した。
「リリィもそうしてね」
「はい」リリアンはにっこり笑って頷いた。ラポムもさも分かってるような顔をしてブルブル言いながら首を縦に2回振った。
「うふふ、ラポムも分かったって言ってるわ!」
「さすがラポムだ」とフィリップは笑って感心している。
(ちょっとダメだろラポム!そんなに反応良すぎると怪しまれるぞ!)
ニコラは心の声で窘めたがラポムは何食わぬ顔だ。
<森だって、楽しみだね!ニコラ!!
まあ私は時々入って遊んでるけどね!良い森だよ>
(マジで?)
嘘だろ?ラポムは今までもこの森に勝手に入って遊んでいたらしい・・・自由過ぎる。
「さあ、行くぞ!」とリュシアンの掛け声がかかった。
護衛達とはここでしばしのお別れだ。
ここから先は王家と水と森の管理人以外は入れないのだ。
<ああ、勝手に入る精霊は別として、だよね?>
皆は一列になって『王家の森』・・・ラポムが言うには『精霊の遊ぶ森』へと入って行った。
爽やかな森でホーストレッキング
イイね!
_φ( ̄▽ ̄ )
<近況>
パソコンの買い替えは上手く行きました、新しい環境は快適です。
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