155話 高貴な乗馬講習会
お兄様はソフィーを迎えに行き戻ってくる時は馬に乗ってるから王宮には寄らず直接馬場に向かうと言うので、フィル様と私は先に馬場に出て始めておくことにした。
今日はね、初めて着るウェアに身を包んでいるの、これはフィル様が私のためにあつらえて下さったものよ。
今までは護身術用にお母様が作ってくれた全身ピタッとした服を着ていたのだけど、先日馬場から戻る時にフィル様が「ねえリリィ、乗馬用の服は別に作ってそれを着るのは娯楽室の中だけにしたらどうかな?」って仰ったの。
私に気を使ってちょっと言いにくそうにされていたけれど、どうやらフィル様はあのウェアを外に着て出るのはあまり好ましく思っていらっしゃらなかったみたい。
それはそうよね、フィル様が指摘してくださるまで気が付かなかったけどあんなお転婆な格好で外に出たりするのは私くらいのだもの。
私は公には王太子婚約者候補なのだしもう学園に入るのだから私が至らないことをすればフィル様に恥をかかせてしまうことになるんだわ、これからはもっと気を付けなければならないのだと気がついたわ。
でも実を言うと私も背が伸びて丈が短くなってきたし、生地が薄くて鞍が当たる所が痛いからもうちょっと丈夫なものに変えたいなって思っていたところだったの。
それで次の時はオークレア先生のドレス風巻スカートを作って貰っていたからそれを着てみたのだけど、いざ鞍に座ろうとするとどうも足さばきが悪くてスカート部分がサドルの角に引っ掛かりそうで咄嗟の時にサッと対応出来ないような気がして怖かったから結局その日はラポムに乗るのを止めて代わりにブラシをかけてやって終わりにしたわ。
それを知ったフィル様がパメラが着ている女性用騎士服と同じ形で私用に乗馬服をあつらえてくださった、今日着ている服がそれなの。
初めて見た時、スカートじゃないからこれなら乗れそう!って思ったわ。
赤い上着に白いスカーフ、白のパンツに黒のブーツ、パメラの上着は黒だから色違い。騎士じゃないのに騎士服を着るだなんてその発想はなかったからこれが私用って聞いた時はびっくりしたけど、カッコ良くてこれが着れると思うと心が弾んだ。
でもこれ、パメラが着るとカッコ良いのに、いざ私が着ると似合わな過ぎて笑える・・・。
だけどパメラとお揃いなのは嬉しい。
そんなこんなで私は騎士服風乗馬服を作って貰ってまで未だにパンツスタイルを貫いている。
逆にソフィーとルイーズはオークレア先生の巻スカートも私のような騎士スタイルも抵抗があるらしくドレスの下にドロワーズを重ねばきしているらしい。
オークレア先生の巻スカートでも後ろが短くて下りた時に足が見えるし、その下に乗馬ズボンを履くというのも抵抗があるんだとか。彼女達にしてみればズボンを履くことや足の形が分かるような格好をするなんてとんでもなくハシタナイことで有り得ないという感覚らしい。
それでも私やパメラのパンツスタイルは違和感がなく受け入れやすかったと言ってくれた、パメラは騎士だからだし私は小さな子供だから気にならないと。
裏を返せば馬に乗る以上にパンツスタイルは受け入れにくい格好ということになる。
一人でも騎士になりたいと思ってくれる女性が出て来てもらえるように、まずは乗馬をすることに対して肯定的な人を一人でも増やさないと。その為には私が颯爽とドレスで乗れるように頑張って練習しなきゃね・・・。
新しい乗馬服に身を包んだ私にフィル様が仰った。
「僕の可愛くて勇ましい小さな騎士さん、着心地はどうかな?」
「うふふ、私に騎士のような勇ましさが少しでもありましたか?
パメラみたいにカッコ良く着こなせてないなって自分では思っていたのですが」
「そんなことないよリリィの可愛さが余計に際立って見える。すごく可愛いよ。
でもリリィがカッコ良く着こなしたいというのなら髪をまとめてそれに黒の帽子を被ったらどうかな?競技用の帽子がその服にも似合いそうだからそれを次までに用意するよ」
僕はリリィがこの騎士服を気に入って着てくれるようにとやや必死だ。
リリィは身体を動かすのが好きでよく身体にピッタリした服を着る機会があるのだが、ニコラや父上ならまだしも他の奴らの視線に晒されるのが嫌だった。どこで誰がリリィを不埒な目で見ているか分からないのだからとても危険だからだ。
で、何か動きやすく誰に見られても良い格好と色々と考えた末、良い事を思いついたのだ。パメラの服をアレンジすれば良いじゃないかと。
さっそく作らせてみたら良い感じだ。
リリィも気に入ってくれたみたいでホッとした。
「ええ、お願いします帽子を被ったら私でも少しは格好がつきそうです。
着心地はですね、背筋が自然と伸びる感じ。カッチリしてるから守られてる感じがしてちょっと安心できますし動きやすそうです。あとパメラのには無かったと思いますがこれは膝とかお尻に革が当ててあるんですよ」
「ああそれはね、スエードという起毛革で滑り止めとか保護の役目があるんだよ。
他にも布を重ねて縫い付ける方法もあるんだけど革の方が丈夫で厚ぼったくならないからそっちにした。見た目はちょっと目立つから好みは分かれるところだけど長距離を走る伝書係の服から転用したから機能的なことだけは確かだ」
「そうなんですか、私がパンツスタイルが良いと言ったばかりにお手を煩わせましたね。
フィル様、こんなに色々と考えて下さってありがとうございます」
「うん、このくらいのことは何でもないよ。それでリリィが少しでもラクになるといいんだけどね」
「そうですね」
そう言って今日もフィル様に抱き上げて貰ってラポムの背に座る。手綱を持って右足を角に掛け左足を鎧に入れてギュッと膝を内に寄せて体を安定させた・・・服が引っ掛かる怖さはないけど、でもやっぱりちょっと上半身が不安定だ。
実を言うとサイドサドルに乗った後はあちこちが痛くなるしクタクタになる。
私は最初に普通の跨いで乗る鞍を使ってすっかり慣れていたからか、サイドサドルはなかなか慣れることが出来ない。
乗れることは乗れるんだけどラポムが歩く時の上下運動を上手く吸収出来なくて跳ねたり、方向転換するときにうっかり重心が後ろにいってしまいそうになるから落ちないかとヒヤヒヤしてるし、疲れるから長い間乗っていられず小まめに休憩しなければならないの。
だからちょっと前にフィル様に障害飛越という馬術競技のほんの触りのところだけど教えていただいていたのも鞍をサイドサドルに変えてからは休止してる。
本当はやりたい。
だってフィル様に教えて貰えるし、ラポムにもっと上手に乗ってあげたいし、そもそも女性騎士を育てるのに私が格好良くラポムに乗る姿を見せたら興味を持って貰えると思って挑戦していたのだからこんなことで諦めたくない。
でも勇気が出ない。
「ねえリリィ、障害飛越の代わりにドレサージュ(馬場馬術)の技に挑戦してみるのはどうかなって思ってるんだけど」
「はい、それはどんなものですか?」
「そうだね、ドレサージュは決められた枠の中で演技の正確さや美しさを競う競技なんだけどここで話し出すとキリがないからおいおい説明するとして、とりあえずどんなものか僕がその内の一つパッサージュというのをやってみるからちょっと見てみる?」
「はい、ぜひお願いします」
フィル様は私から少し離れた所に移動して一度停止し、右手を斜め下に真っ直ぐ伸ばしてコクリと頭を下げて礼をした。
それからレゼルブランシュは胸を張って顎を引きリズム良く歩き出した。
ツッタン、ツッタン、ツッタン、ツッタン
リリアンは感嘆の声を上げずにはいられなかった。
「そんな歩かせ方があるなんて!なんて可愛らしいのかしら!!」
その足取りはまるでスキップを踏んでいるように見える。
パッサージュは四肢を高く上げながら陽気に弾むように歩かせる技のようで、歩いているレゼルブランシュもとっても楽しそうで見てるこっちまで笑顔になってしまうほどだ。
「どうだった?」
「まるでスキップしているみたいで可愛いしとっても楽しそうでした。私も是非それをラポムとやってみたいです」
「うん、ラポムは賢いし遊んでいる時にパッサージュっぽい動きをしていることがあるから案外早くマスター出来るかもしれない。もちろんこれも人馬一体になって行うもので難度の高いものだけどハードルを飛び越えるよりは怖くないだろうし段階を追って練習してみようね」
「はい!それにしてもフィル様は飛んだり歩かせたり本当に何でもお出来になるんですね、凄いです」
「馬術競技はかなり熱中してやっていたからね」
リリアンが自分がラポムとパッサージュをしている姿を想像し自分の手で「こんな感じで歩かせるんですね」とパッパカ、パッパカとやって見せ、フィリップが「そうそう、上手い上手い」と盛り上がっているとそこへニコラとソフィーがそれぞれエクレールとシュシュに乗ってやって来た。
「殿下、久しぶりに拝見しましたが見事なパッサージュでした、流石です」
「おお、早かったな」
「おはようございます。とても素晴らしかったですわ。
楽しそうに見えて難しそうでしたが、もしかしてリリアン様もなさるおつもりなのですか?」とソフィー。
「ええ、そうなんです。サイドサドル で障害飛越は落っこちそうでちょっと怖くなってしまって代わりにフィル様に可愛い歩き方を教わろうと思っていたところなんです」
「凄いですわ、私なんてゆっくり歩くのでもう精一杯!」
「私もですよ。前のサドルに慣れていたせいかサイドサドルはまだ全然慣れません。本当に手綱操作と声とお腹ちょんとするので歩くのと止まるのがなんとか出来るだけで」
「私もです。シュシュが特別性質が良いから何とかなってるだけのような気がしますわ」
まあ実際そうなのだ。
ソフィーの今の未熟な技術では普通だったらこんな風に馬を操れるものではない。
それはリリアンも同じで彼女達はサイドサドルになってからはほとんど扶助らしい扶助が行えておらず、拙い手綱さばきと言葉での指示で馬を操ろうとしているのに対して馬が指示以上に上手く動いてくれているのだ。
ニコラだけはその秘密を知っている。
リリアンがラポムに乗るのに技術は必要ないことを、何せこっちの考えていることが声に出さなくても分かるのだ。
そしてもちろんシュシュはソフィーの言うように元々性質が良い馬なのだが、サイドサドルになっていっそう心もとなくなったソフィーの指示の出し方でこのように大人しく従ってくれるのはいくらなんでも出来過ぎだ。これは勿論ソフィーがどうしたいと思っているのかラポムがシュシュに伝えコントロールしてくれているからなのだ。
しかし、かと言ってこのままで良いという訳にもいかない、二人は乗馬が心から楽しめていないと思うのだ。
そこへ「来たわよ〜」と声がした。
皆が振り向くとパトリシア王妃殿下がドレス姿で栗毛の馬に騎乗し、手を振ってこちらに向かっていた。ドレスのヒラヒラした裾が馬の背に広がってお姫様のように可愛いらしい。まあ、お姫様でなく王妃様なのだが。
「パトリシア母様〜」とリリアンも手を振る。そして皆で馬を進めお迎えに上がった。
「リリアン用の乗馬ドレスも出来てきてるわよ、馬場のサロンに運んで置くように言っておいたから後で着てみて、きっと似合うと思うの。ソフィー(あなた)も見て着てみたいと思ったら作ったらいいわ。
ほら見て!これね、普通のドレスと違ってフリルがこんな風に2段になっていて裾がちょっと重たいから捲れにくいの。パニエもハリがあるからフワフワしているように見えて実は捲れにくさに一役買っているのよ。母国ではこれに特有の花柄の刺繍を刺してあるんだけどデザイン画を描いた時にその柄も描こうかと思ったのにもう20年も前に見たきりだからよく覚えてなかったわ」
「しかし流石ですね、母上。その20年のブランクを全く感じさせない堂に入った乗りっぷり、驚きましたよ」とフィリップ。
「まあそりゃあね。私は生粋のリナシス人、身体には騎馬民族の血が流れているんですもの。
ちなみにフィリップ、あなたにも騎馬民族の血が半分入っているわよ」
「えっ!?そう言えばそうか、だから馬がこんなに好きなのかな?」
言われてみると確かに母上はリナシス人なのだから僕が生粋のプリュヴォ人でないのは明らかだ。
けど、プリュヴォ国の王太子というこの国の代表であり象徴のような存在である自分がハーフっていうのがなんかピンとこない。リナシスには行ったこともないし見た目にもリナシス人の特徴は全く出てないし・・・な〜んて考えてた。
「あら、もしかして今初めて気がついたの?」
「いやそんなことないと思うけど・・・でも自分にリナシスの騎馬民族の血が流れてるって感覚はこれまで全く無かった」
「のん気ね・・・」それを聞いてパトリシアは呆れていた。
二人の会話をうふふと笑って聞いていたリリアンは、ふと思い立ってパトリシアに聞いてみた。
「パトリシア母様は今、サイドサドルをお使いなのですか」
「ええ、そうよ」
「でしたら私たちに是非上手に乗るコツを教えて下さいませんでしょうか。
パトリシア母様の馬に乗るお姿はとても安定していて綺麗です、私は落っこちてしまいそうでまだラポムを走らせることが出来ないんです」
「いいわよ、でも私は記憶にない頃から当たり前に乗ってたからコツとか理屈とかって頭で考えたことないのよね。
そうね、二人とも身体は正面に向けた方がいいと思うわ、微妙に足やお尻のポジションが間違ってるから十分身体を固定出来ていないんじゃないかしら?足先も外に向いてしまってるからそれでは扶助が上手く伝わらなかったでしょう」
「な、なるほど・・・」とリリアンとソフィーは身体を前に向けて座り直してみた。そうしたら右足のフックと左足のフックを上手く挟んで妙に納まりが良くなった気がした。
「鐙革の長さも調整し直した方がいいわね。あなたたち逆によくそれで馬を進めることが出来ていたわね?」
「実は上手く出来てなかったんです」
どうやらサイドサドルは横乗りの鞍だと思っていたためにリリアン達は体を横に向けて(正確には斜め前だけど)顔だけ前に向けていたのでかなり無理な体勢になっていて落ちそうで安定しないし扶助もやりにくかったということらしい。
誰も知らなかったのだから仕方がない。最初に教えてくれたビジュー・オークレアでさえも横向きに乗っていてその過ちに気がついてなかったのだから。彼女は通勤で乗っているだけなので早く走らせる必要がなく特に困らなかったのだろう、もしくは背が高く足も長いから何とかなっていたのかもしれないがずっとそのスタイルで乗っていたのだ。
「ありがとうございます、パトリシア母様!なんだかしっくりして安定感が増しました。これなら速歩や駈歩だって出来るかも!」
「そう、良かったわ」
「本当だわ、随分乗りやすくなったわ」とソフィーも喜んだ。
「ではちょっと練習に歩いてみましょうか」とパトリシアが言って二人は前後に並んでラポムとシュシュを歩かせた。
「うんうん、上手よ」とパトリシアは横から伴走して見てやっていたが首をひねる「そう言えばあなたたちこういう鞭は持っていないのね?この鞍は鐙が左に一つしかないでしょう?右側はこういった長鞭を使って代用するのよ」
「はい、そう聞いて・・・あるにはあるのですけどなんだかラポムにムチを使うのが可哀想で使ってないんです」
「鞭で打つのではなく指示を与えるの。馬も片側だけで出す扶助では分かりにくくてどうして欲しいのか迷うでしょう?これを使うことによってより一層意思が伝えやすくなるのよ」
「そうなんですか?」リリアンはまだ眉を下げて困ったような顔をしていたが、パトリシアがそう言うので必要なんだろうとフィリップは長鞭を取りに行かせた。
パトリシアに色々とアドバイスを貰い、リリアン達が鞭の扱いも含め馬を走らせる練習をしていると護衛達に囲まれ一際大きくて立派な馬に跨るリュシアン国王陛下がやって来た。
パトリシア王妃は可愛いヒロイン顔なのですが
案外活発な方なのかもしれませんね
そうこうしてるうちに
リュシアンがやって来ましたよ
_φ( ̄▽ ̄ )
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