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152話 ニコラvsリュシアン

 皆で大騒ぎしてアルノー邸へパメラを送り出した後、ニコラは大きく伸びをすると「今日は帰るのはやめて泊まろうかな」と言い出した。


 リリアンはそれを聞いて、ついテーブルに手をついて身を乗り出した。


「では今夜は宮殿のお部屋にお泊りになるのですか?

 お兄様、ぜひそうして下さいませ!」


「じゃあそうする」


「わあ、ステキ!

 今日はずっとお兄様と一緒にいられるのですね、そう思うと私わくわくしてきました」


 リリアンはとても嬉しそうだ。


「そうか、泊まれるように荷物を持って来たところだしちょうどいいじゃないか。では夕食の用意をしておくように言っておくよ」


 フィリップもそう言ってさっそく従者見習いに言いつけてくれた。



「お兄様、もうお夕食の準備をすることになったのですから後からやっぱり帰ることにしたなんて仰らないで下さいよ?」


「いや、もう決めたから。俺に二言はない。

 じゃあまだ夜までたっぷり時間があるから隣で一汗かくか?座りっぱなしだと体が鈍る」


「はい!行きましょう」とリリアン。

「いいね、そうしよう」とフィリップ。


 二人の歓迎ぶりに気を良くしたニコラに誘われて、リリアンとフィリップは隣の娯楽室に移動した。





 最初はフィル様とお兄様の剣術の稽古を見学して、それが終わって次は私の護身術リリアン拳の相手をして貰おうと思っていたら、いつものごとくリュシー父様が乱入していらっしゃいましたよ。


 どうやら私がリリアン拳を始めると、リュシー父様に報告が行くことに決まってるようですね。常々いつも来られるタイミングが良過ぎるわ、と思っていたのですが今日初めて呼びに行ってるのに気がつきました。



 リュシー父様は既に道衣どうぎを着ていらして、ニコ兄様を見ると「ほう、クレマンの倅がいるのか。なら一度対戦してみたい」と仰いました。

 そう言えば二人が娯楽室で顔を合わせるのは初めてかもしれません。




 リュシー父様はニコ兄様の返事も待たずもう「お前らよく見とけ、俺がニコラを倒してやるからな!」とやる気満々で部屋の中央で軽く身体を動かして待機しています。

 私とフィル様は対戦形式で技を出し合っていましたがやり合うのを止め、お二人の対戦の観戦をすることにして休憩コーナーに移動しました。



「来い、ニコラ!一本勝負だ!!」


ニコ兄様は遠慮して「国王陛下、私には陛下と組ませて頂くなど真に畏れ多い事です」と仰っていたのですがリュシー父様直々にお声を掛けられたのですからこれ以上御意に背くのは良くないと腹をくくられたようですね。


「マジか・・・えーっと、ではお願いしようかな」


 ニコ兄様は口の中でそんな事を言いながら道衣をキチンと着直すと「御意のままに」と返事をして中央に向かいました。



 でもフィル様は「あんなことを言ってるけどここは一度遠慮するのが様式美だからね、ニコラは最初からやる気だよ」と仰っていましたけどね。




 私たちはこっちで高みの見物ですから気楽にお喋りです。


「ねえフィル様、ニコ兄様はいくつかの武術を会得しているのでしょう?今回は何で戦うつもりだと思われますか?」


「うーん、父上にどう対応するつもりかによって変わってくるね。

どちらにしてもニコラが自分から仕掛けるとは思わない、まずは様子見かな」




 お兄様は剣術だけでなく武器を使わない体術も得意でいくつも使いこなせるのだと従兄弟のトマトマに聞いたことがある。

 対するリュシー父様の会得なさっている武術は多分一つ。

 でもすっごくお強いの。



 以前、私に見せてあげるとここに騎士の人を呼んで戦ってみせてくれたことがあるのですけど、拳による突き技と足による蹴り技を巧みに使って攻撃し続けるので騎士の人でもリュシー父様に全く手が出せず、押された状態のまま壁際に追い込まれて降参されていました。


 リュシー父様は特に足技が得意でいらっしゃって、背の高さと足の長さを生かしての踵落としという技や回し蹴りという技はスピードも威力も抜群です。横で見ていても凄く迫力がありますが、あれをまともにくらったら鍛えた大人の男の人でも一発で気絶してしまう程なのだとか。



 さすがのお兄様もリュシー父様があれほどの実力をお持ちとはご存知ないでしょうからいつも守られているだけの国王陛下だと侮って悠長にしていると、あれをくらって一発でのされちゃうんじゃないかしら?

 想像したらだんだん心配になってきましたよ。



「お兄様、大丈夫かしら・・・」



 二人は位置について向き合い「よろしくお願いします」と礼をするとお互い構えの姿勢をとりました。



 出来ればいつも強くて格好良いニコ兄様が無様に床に倒れる姿は見たくないものです。私は肩に置かれたフィル様の手を握り心配でドキドキしながら見守りました。



 さっそくフットワーク軽くステップを踏んだリュシー父様が先制攻撃よろしく鋭い回し蹴りを繰り出します!お兄様は下がってそれを見送り、続けざまに来た回し蹴りの足をなんなく取るとそのまま襟首を掴んで後ろに倒し寝技に持ち込んで締め技をかけました!

 もがいて逃れようとするリュシー父様!でもお兄様はビクともしないっ!!


 リュシー父様苦しそう!



「ちょっと、フィル様っ!リュシー父様がっ!!リュシー父様っ!」と後ろに立つフィル様を仰ぎ見て何とかしてと訴える。



 国王の護衛達もこれは遊びの対戦だと分かっているもののリュシー父様の顔色に危機感を覚え「ニコラ、そのくらいにしろ!」「離れろ」「不敬だぞ」と怒鳴ったり、とうとう「殿下!」とフィル様に助けに入って良いかと真剣な面持ち聞いてきます。彼らは国王陛下が望んだ対戦に手出しすることを躊躇って助けに入りたいのに動けずにいるのです。



 フィル様は二人から目を離さず、肩より少し上に手の平を前に見えるように上げて皆に手を出すなと制止を意味する合図を送り、大丈夫だよと呟きました。

 後で聞いたら、付き合いの長いフィル様はニコ兄様が加減を知っていることを知っていたから止めなかったのだと仰っていました。



 なんとかリュシー父様がお兄様をポンポンと叩いて降参の意を表明しました。お兄様は手を緩めてリュシー父様をゆっくり助け起こして座らせると、道衣を軽く直してあげました。



「お前らは本当に容赦ないな・・・」とリュシー父様は力を使い切ってハアハアとまだ息も荒く頭を垂れてヘトヘトといった様子で言いました。

「クレマンも遠慮なくやってくるが、お前の方があいつより数段上手(うわて)だな」


 お前らの()はお兄様と、ここにはいないお父様を指しているようです。


「そうですか?陛下も相当なものです。心底感服致しました」とニコラは微笑んだ。




 リリアンはまだ床に座るリュシアンのところに駆け寄った。


「リュシー父様大丈夫ですか?」


「ああ、大丈夫だ。ニコラがギリギリ残しておいてくれたからな。はぁ!疲れたけど気分がいい。ニコラまたやろう!今度やる時はしばらくやり合って私を楽しませてくれ」


「はい、分かりました。その時はよろしくお願いします」ニコラはそう言うとリュシアンが立ち上がるのを助け、椅子に座るよう促した。



 フィリップが二人のそばに来て言った。

「ニコラ、見事だった。私は父上がやられるところを初めて見たよ」



「ああ、私が1対1の対戦でやられたのは後にも先にもニコラとクレマンだけだ。

 リリアン知っているか?

 クレマンは私が子供の頃からの遊び相手でいつもやり合っていたんだ。大きくなってからはよくスパーリングの相手をして貰っていた」


「まあ、お父様と?そうなのですね」と目を丸くするリリアンの頭をリュシアンは大きな手で撫でてやった。



「さっきは心配してくれてありがとう」



「はい、ご無事で良かったです」リュシアンとリリアンが微笑み合っていると、後ろに来た国王の護衛の一人がニコラに言った。



「お前は国王陛下のお首を絞めあげるとはいったいどういう了見なんだ。私はあの時お前を本気で殺そうかと思ったぞ」


 よほど文句を言いたかったのだろう、そう言ってニコラの胸ぐらを掴もうとしてきたのでニコラはその手を払って言った。



「国王陛下が本気の遊びを望まれていたから本気で遊んだまでだ。もちろん遊びなのだからお怪我をさせるつもりはない、そんなことは見れば分かるだろう」


 大体一回は技を受けてこちらから掛けるのを待ったのだし、手加減していなかったら降参の意を表明する前にとうに意識を失っていた。


 俺は殿下の専属護衛として立場上、国王陛下相手であってもワザと負けることは出来ないのだ。いついかなる時でも圧倒的に強いところを見せなければ信頼を得ることは出来ない。護衛対象に信頼されないと護衛業務に支障が出る、そういうものだ。

 だから長引かせずに決める必要があったし、圧倒的に力の差を知らしめる必要があったんだ。



「そうだ、無粋なことを言うな。私はまたニコラと遊びたいのだから」とリュシアン自身がニコラの加勢をしたので不満があってもその護衛は引き下がらずにはいられなかった。


「はっ、出過ぎたことを致しまして、申し訳ありません」と頭を下げて後ろに下がった。



 それからリュシアンはフィリップとリリアンがリリアン拳でやり合うのを椅子に座ったまま見て「ほら、リリアン、そこだ!よし!」などと声援を送って楽しんでいた。



 ニコラも少し離れたところで観戦していたが、隣にさっき胸ぐらを掴もうとした護衛騎士がまだ何か文句が言い足りないような顔付きで来て、黙って立っているからこのまま放っといて消化不良を起こして後で変に絡まれるのも嫌だなと思い、逆にこちらから声を掛けてやった。


「さっきお前は私を殺そうと思ったと言うが、私はお前にそれが出来ないことを知っていた。何故ならお前の心の大半は躊躇いが占めていたし怒りはあったが殺意はなかった。

 しかし、もしあれが遊びではなく私が悪者だったならもうどこでどう手を出しても間に合わなかっただろう。床に組み敷いたと同時に技が決まっていて邪魔が入る前に私はもっと先に進むことができたのだから」


「・・・。

 じゃあ、お前が俺なら陛下をどうやってお守りするというんだ?聞かせてみろ」


「俺がお前なら対戦前に禁じ手を決めておきましょうと進言する」


「なるほど。じゃあなんで今回お前は先に決めなかったんだ?」


「結果は俺次第だったからだ」


「・・・なるほど」


「まあお前のように最良を求めてどうすれば良いのかと聞いてくる奴は骨がある。その調子だ」


「・・・そうか?ありがとう」



 随分年下のニコラに上から目線で褒められたのに、騎士の中では最もグレードの高い国王陛下付き護衛騎士である彼は怒りもせず随分素直に礼を言ったものだ。話している内に煙に巻かれたのだろうか。


 彼はいつも葛藤していたのだ、現状に満足していなかったからだ。


 映えある国王陛下の護衛に選ばれたのに、いつも付き従っていながら陛下との距離感を計るのが難しいままだ。未だに名前を呼ばれたことがないし顔だって覚えられているか怪しいもので、護衛騎士のうちの一人という十把一絡げのような扱いの立ち位置から抜け出して個としてもっと厚い信頼を得たいものだといつも願っている。


 だがニコラが言うような事を仮にもし先に気がついたとしても、自分にはなかなか陛下にそんな進言だって出来やしないのだ。それをいとも簡単に言うことよ。


 こいつのように護衛対象の懐に入り込んで信頼を得るなんてことは我々には至難の技だ、だというのにこいつはいつだって誰にだってすぐその垣根を越えていきやがるんだ。強いから許されるのか、元々持っている性格なのか。


 今だって陛下が名指しでこいつを呼んでいる。


 なんか上手く丸め込まれたような気がしないでもないが、こいつの言うようにとにかく自分に出来る最良のことを積み重ねていくしかないのだろう。



 彼は今より強い信頼を得るために、もっともっと強くなろうと思ったのだった。




 さて、負けたのにリュシアンはご機嫌だった。

 フィリップに付けているクレマンの倅は思った以上に強かったし他の奴らみたいに国王相手だからという恐れを見せずに真っ向から相手をしてくれたのも清々しい。


 ニコラは向き合っても身体の力は適度に抜けていて気負いがいっさいなかった、無に近い状態だ。それでいてどこから攻めようかと見ると研ぎ澄まされて隙がなく、先手必勝とばかりに得意技を仕掛けたが一発目躱されて更に踏み込んだ二発目はあいつからも踏み込んで来られアッと思う間も無くフワリと天と地が入れ替わり、気がつくと天井を背景にヤツの顔があった。


 私も幼い頃から命を狙われることが多々あったし、自分の命が国の命運と直結しているのだから子供の頃から相当真面目に鍛錬を積んできたものだ。

 それこそ騎士団のトップクラスの奴らにだって引けを取らないと自負しているくらいに。それがどうだ秒殺だ、あんなにあっさり一本取られるとは逆に楽しいではないか!

 それでこそ安心してフィリップの特権付き専属護衛も任せられるというものだ。


「ニコラ、ニコラ、ちょっとこっちへ来い。

 お前のさっきの技はなんだったんだ?

 私が2度同じ技を続けて繰り出したのは不味かったのか?敗因はなんだ?お前の意見を聞かせてくれ」


 ニコラは「はい、喜んで」と笑ってこっちに来た。




 私はニコラが気に入った。

 負けたのに不思議とスッキリしていて爽快なのだ。


 また次に対戦するときの為に情報収集をしなければと無限の意欲が湧いてくる。こんな事がとにかく愉快で仕方がないのは実に久しぶりの感覚だったのだ。

ニコラが王宮にお泊まりすることになりました!


_φ( ̄▽ ̄ )



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