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150話 私の耳は地獄耳

 小気味好く指が走る。コロコロと音が転がって跳ねて、湧き出る清水のように。


 その美しい音色をいつまでも聴いていたかった。


 レニとレティシアのオルガンの連弾は見事だったとしか言いようがない。

 こんなに近くで生演奏を聴いたのは生まれて初めてで、本当に感動した。いや、感動したなんて単純な言葉じゃ足りないくらい感動した。もう自分の語彙力の無さを恨むしかないのだが本当に良かったのだ。


 ただ一つ残念に思うのは、この震えるほどの感動をレニと並んで聴いてリアルタイムで伝えたかったけど、レニ自身が奏者なのでそれが出来なかったということだ。



「お疲れ、すっごくすっごく良かった!私、ホント〜に感動しちゃった」


「そう?そう言って貰えると嬉しいよ」


「うん凄かった!レニったら本当に凄い、もう凄いとしか言いようがない」


「あはは、ありがとう」


 私が熱を入れてそう訴えるとレニはニコニコ笑ってた。ちゃんとレニに伝わったかな?この感動が!



「そう言えばまだあんまり食べてなかったでしょ、何か食べる?」


「うん、そうだな・・・でもまずは喉が渇いたから飲み物を取って来ようかな。すぐ戻って来るからパメラはここで待っててね」


「うん」


 演奏が終わりいったんパメラの元に戻って来たレーニエはそう言って一人でドリンクカウンターへ向かった。オルガンの周りに集まって演奏を聴いていた人たちがバラバラと解散した結果、その辺りは今ちょっと混み合っている。


 レーニエを見送って周りを見渡すと、向こうにレティシアが嬉しそうに笑っているのが見えた。

 演奏中にシリルが来ていたので彼の元へ直行し『クラウス・シュタイナー』を見せて説明しているようだ。シリルが何か言ってレティシアが腕を絡めるようにして甘えている。あの二人はいつも本当に仲が良い。


 ジローはというと一足早くドリンクカウンターへ行ったらしく両手にグラスを持ってスティックパイを食べるアンジェルの横に付き添うように立っている。やっぱりここでも皆より背が高いからよく目立つ。

 アンジェルが妊婦であるということもあるのだろうけどマジでジローは愛妻家なんだなぁ!健気なまでに甲斐甲斐しいよね、職場では分からない知られざる一面を見た気がするわ。



 パメラがそうして周囲を観察しながら一人で立っているとまだ紹介を受けてない見知らぬ二人組の女性が声を掛けて来た。

 ご近所に住むやはり騎士の奥様方らしい、聞いてもその騎士の名前は知らなかった。彼女達は親戚ではなくロランス夫人と特に親しくしているので御招ばれして来たという。


「私たち先日、吟遊詩人の詩を愛でる会に行きましてね『知恵で水害を防いだリリアン様』というお話を聴いたのですよ。

 リリアン様はお美しいだけでなくとても聡明な方で、なんでも被災地の状況から引き金になった問題を探りあて、各地に起こるはずだった洪水を未然に防ぐ手立てをなされたのだとか。まだ年端もいかないながら素晴らしい才覚をお持ちのお方だそうですね。

 パメラ様はいつも側にいらっしゃいますからよくご存知でしょう、いったいどんなお方なのですか」などと興味深げに問う。

 

 吟遊詩人は音楽を奏でながら物語を歌うように話し、詩を詠む。

 昔からある恋や冒険の話や、建国の話、国王や王子の話、国王夫妻のなれそめ、それから彼らはよく地方を回るから遠い地域で仕入れてきた話も聴かせてくれる。

 庶民向けにはちょっと噛み砕いて、貴族には韻を踏んだり教養高いウィットを交え聴く人の心を巧みに物語の世界に引き込んで行くのだ。人を招いて吟遊詩人の詩を聴いて楽しみ、感想を述べあってまた楽しむ事はお茶会などのように貴族の間でしばしば行われる社交であり娯楽だ。


 でも本当のところを言えば、娯楽というより広報係としての役目の方が強いのだ。今、彼らは王太子婚約者候補リリアンのお話を携えて王都や地方を回っている。

 


  「そうですね、リリアン様は本当に素晴らしい方ですが、それこそどれほど素晴らしいのかを語るにはとても一言二言では足りません。ありとあらゆる素晴らしさを併せ持たれていらっしゃるのですから」とパメラが微笑みをたたえて応えると、二人は「まあ、ではやっぱり本当にそのような方なのですね」とまだ具体的な話は全くしていないにもかかわらず手を叩くようにして喜んだ。

 

 

 二人はまた別の話も聴いていて『花祭のリリアン様』では、王太子殿下がリリアン様の為に将来立派な王になることを誓われたという内容で、そちらのお話はまるでおとぎ話のように素敵なお話だったと感想を喋り出したのでパメラは笑顔でフンフンと聞いていたのだが・・・。

 

 背中にレーニエが誰かと話す声がして、パメラの意識は自然にそっちに持って行かれた。


 まだ離れた所にいるからパメラには聞こえていないと思っているのだろう、遠慮なしに普段通りの感覚で喋ってる感じだ。

 でも残念、パメラは耳が良いからシッカリ聞こえるのだ。



「ちょっと、ちょっと、レーニエ」


「ああ、叔母さん久しぶりですね」


「あなたがようやっと結婚する気になったのかと安心して来てみたら結婚するんじゃなくて同棲をするんですって?もういい歳して今から同棲なんていったい何を考えているのかしら?そんなことする暇があるならさっさと結婚しなさいな、いつまでも待たせるものじゃないわよ」


「分かってるよ、もちろん僕だってそんなに遅くならないうちにするつもりはある。でもそれは今じゃないんだ」


「またそんなこと言ってのらりくらりと、どうしてかしらねぇ?本家跡取りという自覚はないの?

 どうせ後で早くすれば良かったって言うに決まってるのよ、何にでも適した時期っていうものがあるんだから」


「うん、適した時期があるのも分かってる。大丈夫、分かってるから」


「もぉ〜ちっとも分かってなさそうな顔してよく言うわ、この子ったら!

 私が親切で言ってあげてるのに、あなたも先人の忠告はちゃんと聞くものよ」


「はいはい、大丈夫。ちゃんと結婚のことも考えてるから安心してよ。じゃあ僕はパメラの所に戻るから叔母さんもこの後もゆっくり楽しんで、じゃあ」


 最後はレーニエに軽くあしらわれてオバサンとやらはそれ以上言うのは諦めたようだ。



 総長からお誘いを受けた時は『二人の引っ越しとパメラの特権付きを祝って』と言っていたが、引っ越しとはつまりは同棲で、流石に『同棲が始まることを祝う会』で大勢の人に声を掛けるのは変だという判断だったのだろう、乾杯の時にはリリアン様の専属護衛隊のメンバーであるレーニエやジローが来月からいよいよ学園での護衛業務に入るという紹介と、レーニエの恋人であるパメラが特権付きになったことをお祝いする為に集まってもらったのだと言っていた。


 しかし、レーニエと話をしていたオバサンとやらは親戚だから身内としてロランス夫人にでもこの会が開かれた本来の趣旨を聞いたのだろう。

 パメラはとても振り向いてそのオバサンが誰か確認する勇気はなかった。だって、もし目が合ったりしてこっちに突進して来たら困るから。



 彼女の言い分は一族の者として尤もだ・・・。


 いずれ別れる恋人にうつつを抜かして貴重な時間を費やすより、早く良い人を見つけて結婚し跡取りをもうけた方が彼の人生に、そして彼の一族にとって、よっぽど実りがあるというものだ。

 貴族として当たり前の考えで、もし面と向かって「レーニエの為にならないから別れてちょうだい」と言われたなら「ごめんなさい、私が悪うございます」と頭を下げて退散するしかなかった。

 この大勢集まったパーティーの席で、そんな目に合わずに済んで助かったと胸をなでおろしたが、しかしこれで全ての憂いが晴れもう安泰という訳ではないのだ、きっと他にも腹に据えかねている人がいるだろう。



 レーニエの家族が私のことを温かく迎え接してくれるお陰でここに居られるだけ・・・。



 オバサンの言葉を聞いた事によって、パメラは改めて自分の立場は首一枚の皮で繋がっているような、そんな脆いもので、今も危険な綱渡りの最中なのだということを痛感させられたのだった。




「お待たせ。はい、僕はスパークリングワインにしたけど、パメラにはマンタローを持って来たよ」


 戻って来たレーニエはいつも通りの優しい笑顔をパメラに向けてグラスを差し出した。


「マンタロー?何それ」


「ミント水のことだよ。これは炭酸水にミントシロップとレモンを入れたもの、どう?」


「へぇ、私が好きそうな感じだね!ありがとう、レニ」


 パメラがそう言って鮮やかな緑色の泡の上がるグラスを受け取ると、一緒にいた近所の奥様達は「パメラ様、お話を聞けて楽しかったですわ、また聞かせて下さいね。では私たちはこれで・・・」と笑顔で言って離れて行った。社交界の上級者はこういう時に去るタイミングを見計らうのが上手いのだ。




 それからは、レーニエにあれが美味しかったとか、一人でいた時に誰とどんな話をしたとか話して、レーニエもあそこにいるのは誰だとか教えてくれてその人の面白いエピソードも話して笑わせてくれた。

 その間にもまたパメラが特権騎士になったことを素晴らしいと賞賛しに来てくれる人がいて話しする。



 とても楽しい時間を過ごしているのだが、さっきレーニエが言った言葉がちょいちょい蘇ってきてパメラの胸を刺す。


『ちゃんと結婚のことも考えてるから安心してよ』


 彼は確かにそう言った。

 こうして私の隣で笑っているけれど、ちゃんと未来の事は考えてあるんだ・・・。


 思い出すたびに胸が苦しい。




 レーニエとパメラの所へ集まっていた人波が去ったのを見計らいシリルがレティシアと一緒にパメラにお祝いを言いに来た。


「パメラ嬢、特権付きの騎士とは凄いじゃないか、御目出度う」


「ありがとう」


 笑顔で礼を言ったつもりだったがレティシアがパメラの様子を気に掛ける。


「どうしたの?パメラちょっと元気がないようだけど疲れたのかしら?

 あら!いつの間にかこんな遅い時間になっていたわ、お父様はまだ帰られてないけどもうそろそろお開きにした方がいいわね」



 疲れている?私が?体力には自信はあるんだけど・・・。


 でもお酒の入ったグラスを持って挨拶に来てくれる人もいたから普段お酒を飲まないのに今日は何度となく口にしたし、最近着ていなかった窮屈なコルセットにドレス、細くて高いヒールの靴、姿勢や所作、言葉づかいに気をつけて・・・と慣れない場所で慣れない人に囲まれて確かに緊張していたのかもしれない。

 レティシアに指摘されて自分でも自覚したら疲労感が増した気がした。




 ほどなくロレンス夫人が閉会の挨拶をして、パーティーはお開きになった。


 皆が引き上げていくのをパメラはレーニエと並び笑顔で挨拶を交わしながら見送り、最後の馬車が門を出るのを確認すると中に入ってパーティー会場になっていた大広間とはエントランスを挟んで反対側にある客間に移動した。そちらはもう使用人達が入って片付けを初めていたのだ。


 ジロー達もまだ残っていたからパメラ達ももう少しいることにした。せっかく総長にお誘いいただいて訪れたのだから少しだけ待ってみて、一言でも挨拶をして帰ろうと思ったのだ。



 ソファに腰を下ろし一息つくと何だかひどくホッとした、パーティーは終わったのだ。


 緊張が解けたせいか急に体が重く感じられ、お尻からずぶずぶとソファーに沈み込んでいくような気さえした。


ハイソなアルノー親子は色んな楽器の演奏が出来るんですよ!

ちなみにこの世界にはまだピアノやヴァイオリンは存在していません

 _φ( ̄▽ ̄ )


<次回予告!>

そろそろレーニエの父が帰って来そうですね



面白い!と少しでも思っていただけたお話は

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そしてなにより作者がとても喜びます


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