15話 カトリーヌの初恋
フィリップ様、初めてお会いした時からずっとお慕い申し上げております。初恋です。運命です。ビビビッときました。他の方は視界にも入れませんわずっとずっと一途です。と、直接お伝えできたならきっと私に心を開いてくださるはず。美しく品のある淑女になった今の私に目を止めてくださるはず。王妃となるにふさわしいとその手を差し伸べてくださる日がくると信じて今まで生きてまいりましたの。
今日は花離宮の広い庭園に来ています。
ここは貴族のために解放され、お祭りを楽しもうと白いパラソル、テーブルとイス、軽食などが用意され皆がおしゃべりし、笑い、いつもより少しくだけた様子で楽しんでいて、芝生にクロスを敷いて寛いでいる方々もいらっしゃいますわ。
残念ながら王族の皆様や側近と呼ばれる方々はこちらとは別にバルコニーでご歓談されるのでお顔を拝見できるのは最初のご挨拶の時と、バルコニーの端までいらして顔を出された時だけ。
ですが私分かってます。今日はフィリップ様の目にとまる絶好のチャンスでもあるのです。
悔しいことに同じ目論見でバルコニーの真下に一見集っている私たち。決して気があう訳はございません。その証拠に目を合わせる事はございません。同類と思われたら困るもの。
だってほら見てごらんなさい、あのイザベルのドレス、夜会じゃないんだからあんな深紅の暑苦しい色合いではこの太陽の下映えないわ。ただでさえ体がデカくて目立ってるのに場の雰囲気を考えなさいよね。
それにパメラ、見っともないったらありゃしない。小さいのに大きなボタンの花のような、いえ、テイッシュで作ったお花みたいなのをドレスにギッシリ隙間なくつけてギクシャク動いて、お前は菊人形かっつーの。
それに比べて計算され尽くされた私のドレス。見てごらんなさいよ、太陽に映える明るいオレンジのドレスに大きな赤いリボンを腰では前から見えないからお腹側に付けたの!ナイスアイデアでしょ?
赤と黄色の渦巻き模様の日傘をゆっくりクルクルと回しながらバルコニーを見上げ、フィリップ様が顔を出されるチャンスをモノにする為に会場のど真ん中に陣取りいつでも左右に動けるように反復横飛びも反復横横飛びもマスターして来ておりますわ。
けれど決してフィリップ様がトンボの如くパラソルで目を回して私の胸に落ちて来られたら捕獲しようなんて期待しているわけではございませんわ、少ししか。
だけど、だけど、私見てしまいましたの。
氷の女王が妖精だった頃みたいな?凛としているのに愛くるしい、そんなの普通同居します?
あと、顔ちっちゃ!縮尺間違ってません?いったい何頭身なのよ?あの細さ、バグってません?
そんな人間離れした女性と共にバルコニーから顔を見せたフィリップ様。
ウソ!ちょ、ちょっと待って!
あれフィリップ様の影武者?
いや、あのレベルをもう1人見つけてくるなんて世界の果てまで行っても無理よ。
今までに見たことのない穏やかで満ち足りた表情。愛しげに見つめるその瞳、微笑みをたたえた口元。っていうか、それを通り越してデレデレじゃないですかっ!!
ちょっと、何それ?
ご学友と歓談中に楽しげに笑っている時とも違う。
はー、鼻の下が伸びるってこういうの言うのね〜。初めて見たわ。フィリップ様、お気をつけ遊ばせ?それ以上鼻の下が伸びると歩く時踏んじゃいますわよ!?
なーんてふざけて言ってみたものの、本当は見た瞬間ショックで雷に打たれたかのように電気が走り、日傘を取り落としてしまったのです。そして同時にハッキリと理解してしまいました。
そう、私の初恋が希望なく、もう終わってしまったことを。
侍女が日傘を拾い、私にさしかけてくるのに首を振り仕舞いなさいと顎で合図を送り、はぁと一つ息を吐く。
これまでの事が走馬灯のように頭を巡る。
あんなにした努力が報われないなんて、誰が想像できるというの?この世の終わりだわ。
あれから特別厳しいマナー講師が王妃様から邸に派遣され、毎日毎日血ヘドを吐くような厳しい淑女教育がなされたのですわ。ポテトチップスは5枚重ねで食べるな、1枚ずつだとかガッツクなとか、口に残ってる内は次を入れるなとか。信じられないでしょう?オヤツを食べるのもダメ出しよ!?あの時はもう逃げ出そうと荷物も用意したのですわ。それでも侍女が『王妃様がお嬢様に期待して送り込んだのだから、妃教育の一貫だ』と気付き、その助言のおかげで私は足を踏ん張り耐え抜いてきたのです。
努力の甲斐あって、今はこんなに立派などこからどう見ても『カンペキな淑女』になったのだから懐かしい思い出ですけれどね。
だけど学園に入りようやくお会いできる機会が訪れたのに、校舎違いの1番離れた端と端。それでも一目見ようとフィリップ様が通るであろう前もって調べ上げた通路でも私がフィリップ様を見とめると何処からともなくスッと人が表れて視界を遮られる日々。
鍛錬場にいらっしゃると分かり、通気用の窓から覗いていたら気がついた者に追い払われ、翌日から鍛錬場の周囲に張られた見張りの面々。それを躱しながら覗くのは大変ですのよ。
私の方から声をかけてはならないと、破ったら縁を切るぞ(まったく大袈裟よね)とお父様に厳しく言われているのであちらから目に留めていただくしかないのに、ちっとも近づけやしない。
そんなこんな努力が気泡と化したと見上げるとバルコニーにニコラ様がいらっしゃり、お二人に笑顔でお声をかけていらした。
ふーん、こう見るとニコラ様って笑うと意外と可愛らしいお顔をしてるかも。へー。大男で帯剣していつも周囲を威圧してらっしゃるから怖い方だとイメージだけで思い込んでいたわ。
私の取り巻き達がニコラ様は伯爵を継いで領地に戻るから将来的にはフィリップ様の側近にはならないんですってと噂していたけれど、本当かしら?あんなにいつも一緒にいるのに。
伯爵とはいえ遡れば辺境伯の血統だし領地は豊かと聞くわ。ニコラ・ベルニエ。うん、優良物件と言っていいわね。
そこに王様から珍しい物が振る舞われると声がかかった。
先ほどこの世の終わりを迎えたとは思えない足取りで華やかな彩りのグラスのもとにカトリーヌは向かった。
もしかするとニコラに春が来た!かも?
<お知らせ>
次話から3話ほどシリアス展開になります。
フィリップの心の傷とそれを克服したという過去話です。
ツラいのが苦手な方は良さそうな所(19話かその辺りかな?)までワープして下さい。
↓ちょいネタバレ有り
16、17、18話はフィリップの女嫌いが決定的になった事件当時の話でフィリップが嫌な目に合います。この辺りはちょっと読むのがツラいかもです。
18話終盤から19話はニコラによってフィリップの心が救われた話で、19話は楽しく読んでいただけると思います
20話は事件の顛末
21話はフィリップ側の顛末でここまでが過去話です
22話からは花祭に戻ります
わたしにシリアス書けるのかな〜?
とりあえず頑張ります。
_φ( ̄▽ ̄ )
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