148話 私の護衛
大事そうにイヤリングに触れるパメラの様子を見ていると、きっと周りがお節介をしない方がいいと思われた。
その片方だけのイヤリングにはレーニエのパメラへの愛がこもっている・・・。
フィリップもリリアンも残りのもう片方を買ってあげたいな、買ってあげようかなと心が揺れたけどそれを口に出すのは止めておいた。
レーニエの選んだイヤリングはユリがモチーフになっていた。
フィリップは覚えている、これはリリィの為に試作された初期の頃の物だ。
出来上がったイヤリングを見せられた時に大人っぽすぎるという事と、ユリの花が吊るされたように下を向いているのが重たそうに見えるし何か印象も悪いという理由でフィリップは良い顔をしなかった。
そうやってダメ出しのあった作品はその場で潰され、溶かして銀塊に戻すのが常だがこれはユリの細工の出来栄えが非常に良かったのでまた違う作品に転用してもいいかもと一応とっておく事にしたのだ。
あれからデザインをガラリと変え、ユリの花を立体的に配置して糸のように細い銀を複雑に編んで上手くまとめたことで軽やかで華やかな印象の作品に変わっていた。
「その銀のイヤリングは確かに高価だっただろうが、どうしてもその値段になってしまうんだ。
それというのも我が国に優良な銀の鉱山はなく輸入した地金で作ることになるからそれ自体が大変貴重で高価だし、これほどまでに高度な細工を施せるのはこの宮殿の貴金属工房にいる銀細工師のシュタイナーしかいないからなんだ」
「これはここでしか手に入らないものなんですか」とレーニエが聞いた。
確かに自分もこのような物を過去に見た覚えがないし、アニエスとクラリスも初めて見たと驚いていた。
「そういうことになるね。これはこの宮殿で新たに生み出されたものだから。
昨年の花祭りの時にリリィが髪飾りにしていたネックレスの銀の花のモチーフは、うちの金細工師に銀を使って作らせたんだがとてもリリィに似合っていただろう?それでリリィを象徴するようなアクセサリーがもっとあればいいと思って呼び寄せたのが銀の産地で職人をしていたシュタイナーなんだ。
元々腕がいいから呼んだのだがそれでもこれまでとは一線を画する物を作る為に工具を新しく作ったり製作過程や工法を見直したりと模索しながら試作を重ねていたんだがここにきて飛躍的に技術が向上しようやく本格的な作品作りに取り掛かったところなんだ」
「まあ、私の為にそんなにまでして下さっていたのですか、フィル様。どうもありがとうございます」
「うん、でもリリィの為の最初の作品は今年の花祭で身につけるネックレスになる予定なんだ。まだ大分先になる」とフィリップは申し訳なさそうに言った。
「とっても楽しみです」
隣に座るリリアンが感動で目をキラキラさせてフィリップの膝に置かれた手に自分の手を重ねて見上げてきた。とっても嬉しそうで喜んでくれているようだ。フィリップは微笑んでその小さな手を取った。
これが間の部屋なら膝に乗せて抱きしめているところだが、今はその手の甲にキスをする程度に留めておく。
そしてレーニエに向き直って言った。
「つまり、銀を使ったこれほど精緻な細工は他ではないし何も知らなくても見ただけで王太子婚約者候補であるリリアンを想起する、それほどの物だ。だからこそそのイヤリングは身に付けるパメラの評価を大いに上げることになるだろう。
高価ではあっただろうがレーニエは最良の物を選んだよ、良い買い物をしたと思う」
「そうですか、有難うございます」とレーニエは自分の審美眼を褒められ嬉しそうだ。
しかし、フィリップの伝えたかった本題はこの後だ。
「しかし、非常〜にデリケートだ。
出来る限り薄く、出来る限り細くしてあるから非常にやわらかい。
無造作に触ると簡単に曲がってしまうから気を付けろ」
「ヒエッ!!」
パメラは急いでイヤリングから手を離した。
心臓がバックン、バックン鳴っている!!
レーニエが大金をはたいて買ってくれたイヤリングが簡単にひん曲がってしまうとは、宮殿の貴金属工房はなんて危険な物を作るんだ、あな恐ろしや・・・。もう自分ではサワレナイ、外す時は誰か頼む!
「でも殿下、これから作品を作るって仰いましたがショーケースにはブローチやネックレスともう色々ありましたよ」とレーニエ。
「確かに色々あるけどそれらは試行錯誤する中で生まれたものでリリィが身に付ける為にデザインされたものじゃないから私的には試作という認識しか無かったよ。出来は良いから花祭でリリィの銀細工ネックレスを見て欲しがる者が居るだろうから潰さずに置いておいてもいいかなって思ってたくらいだったんだ」
「そうだわ!」
そこでリリアンが文字通り立ち上がった。
「いいことを思いつきましたよ!パメラは私の護衛です、アルノー家へのお土産は私が持たせましょう」
「リリィがお土産を?」
「ええ、その銀細工のアクセサーですよ!
お土産は贈る人と何か関係がある物の方が良いのでしょう?領地があれば領地のものというのなら、パメラはいつも宮殿にいるのですからここで作られた物、私の護衛なのですから私に関係する物ならば尚良いでしょう?」
「そうか、そうだな。リリィが持たせるならただの出来の良い銀細工より最高の銀細工である方が良い。
今ここに銀細工のブランド化を宣言しよう。
我が銀細工工房で産み出されたシュタイナーの作品は『クラウス・シュタイナー』の名を冠することとする!」
この一年にも満たない間にも最高の環境の中で工夫を重ね腕に磨きをかけた。その精緻を極めた細工はもう国内最高峰の工芸品の域に達しているからそろそろ親方を名乗らせて彼の名前を冠した特別なブランドにしてもいいと考えていたところだ。それが今この時でも問題はない。
リリアンにはちょっと馴染みのない音を持った名前だ。
「く、ら、う、す、しゅ、たい、なあ」リリアンはその名を覚えようと復唱した。
「そう、クラウス・シュタイナー。
さっき3時半の時の鐘が鳴っていた。リリィ、急いでお土産を選びに行こう」
今度はレーニエだけを連れてフィリップとリリアンが工房へ向かった。
「リリアン様だっ!殿下とリリアン様がいらっしゃったぞ」と一人が声を上げると細工師達は皆んな手を止め、立ち上がって歓迎の意を表した。
フィリップは銀細工師をここに呼ぶように言い、工房の皆の前で宣言した。
「シュタイナーよ、お前は親方と成れ。
お前がここで作り出す作品は今日から『クラウス・シュタイナー』の名の下に世に出すことにした」
今日から、であるから遡って先ほどのパメラのイヤリングも宮殿で生み出された銀細工『クラウス・シュタイナー』ということになる。
シュタイナーはその意味を理解すると目を見開いて驚き両手の指を組んで言った。
「アリガタキ、オコトバ、アリガトウゴザイマス。ワタシ、イッソーショージンシマス」
「そうしてくれ」
それからフィリップは出来上がっているアクセサリー全てを目の前に並べるように言った。
ショーケースの中からビロードの張られた台に美しく見えるように固定された作品を出して並べながらシュタイナーがたどたどしいプリュヴォ語で言うには、今は今年の花祭に向けての大作を作っている最中で、その作品を作る為の材料や工具、工程を試行錯誤する中でモチーフの見本として試作した、まだ作品とも呼べないような物しかないのだとか。
そう、まだ彼はプリュヴォ国内で作品を発表していない。
シュタイナーが王太子に見せる為に他の細工師達の作品が並ぶショーケースの片隅に展示していたそれらは、あくまでもモチーフの見本であってリリアン用でも誰用でもなく、出来たモチーフをネックレスやイヤリングに加工する練習としてその形に作られていただけの物だ。
レーニエが強く惹きつけられた繊細な輝き放つイヤリングも、先に言ったフィリップのダメ出しがあって作り直したからこそ生まれたのだからこういった積み重ねは素晴らしい極上の作品を生みだすための大切なプロセスなのだと言えるだろう。
それはともかく先ほどのパメラのイヤリングが試作品ではあるが世に出た作品の第一号だ。こうしてパメラにいくつかの銀細工を持たせるなんて誰が考えてもやりすぎだと思うだろう。
普通に考えれば、まずフィリップがリリアンの為に招き寄せた銀細工師であるし、リリアンが身につけ衆人の目に留まる時が『クラウス・シュタイナー』の発表の場として一番相応しいと考える人が多いのではないかと思う。
それに世に出した作品がまだないような段階にも関わらずブランド化したのはやや勇み足のようにも感じられるかもしれない。
だが、それでもパメラがリリアンを想起させる銀細工を身につけ、またアルノー夫人と妹に土産として持たせることの持つ意味は大きい。
アルノー家こそジラール辺境伯と並び称される程の、この国が興る最初から綿々と防衛を担っている歴史ある名家なのだ。アルノー夫人は社交界で大きな影響力を持つ。アルノー夫人とレティシアにいち早く『クラウス・シュタイナー』を持たせることによる宣伝効果は期待できる。リリアンがそれを身につけてお披露目するときの良い下地作りが出来ると踏んだのだ。
そうしてこそ、この銀細工の最高のパフォーマンスを引き出したということになるのではないかとフィリップは結論づけた。
「わぁ!すごくきれい・・・」
リリアンは目の前に並べられた『クラウス・シュタイナー』に頬を紅潮させて見惚れる。『クラウス・シュタイナー』に反射した光が下からリリアンを明るく照らした。
「レティシアにはこれだわ。とても綺麗な長い髪をしていたもの、とても似合いそう」
ドレスアップするときは髪をアップにするのが当たり前という共通認識があるなかで、レティシアはいつも長い髪を下ろしたままのスタイルだ。
それが彼女独特の守ってあげたくなるような儚げな雰囲気をより一層際立たせ魅力的に見せていることは本人もよく分かっているのだろう。
「うん、確かにそれはレティシアが好みそうですね」とレーニエ。
それは繊細な細長いヘッドドレスだ。ベースはワイヤーで好きに形を変えて固定出来るようになっていてそれに繊細な花と葉が点々と取り付けられてあった。これを髪に巻けばキラキラと輝いてレティシアの美しさを更に引き立てるに違いない、レティシアに渡すお土産はすぐに決まった。
「レーニエのお母様はどんな方なのかしら?」
「レティシアは母親似ですからレティシアを元気にして年を取らせた感じだと思っていただければ結構です、母の家系は皆んなあんな感じでヒョロっと細くて背が高いんですよね。ファッションの好みも似ていますし違いとしては髪は下さずにいつもまとめていることかな」
「確かに母娘よく似ているが、だからと言って同じようなのはちょっと夫人には可愛い過ぎるだろう。
それにここにあるスズランのブレスレットにツバメのネックレスも確かに良い出来だが若向きでシンプルだから『クラウス・シュタイナー』の素晴らしさをアピールするにはちょっと物足りない。もっとボリュームが欲しいところだ。
こっちの花は見栄えは良いがブローチはドレスに穴が開くと言って夫人方にはあまり好まれないと聞く」
それを聞いていたシュタイナーが何かをボソボソっと言うと、フィリップは頷いて「そうだな、そうしてみてくれ」と言った。何を言ったのかさっぱり分からずリリアンが首を傾げるとフィリップが教えてくれた。
「シュタイナーがアクセサリーじゃなくて観賞用に作った作品があるんだ、それを持って来させる」
シュタイナーは額装された大きな蝶を固定台から外すと自分の胸に当てるようにして見せた。これから作るアクセサリーのイメージを伝えたいらしい。フィリップが頷くとシュタイナーはリリアンに「ツクルトコ、ミマスカ?」と言い、手招きすると自分の席に戻って作業を始めた。
彼は作業の間、リリアンをそこでジッと待たせるのが悪いと思って気を使ったらしい。
三人が見守る中、専用の道具で摘まんで引っ張ったり曲げたりして形を整えると、三連になったネックレスの細いチェーンを切って長さを調整しながら先の細いペンチみたいな形の工具二本を起用に使って羽根の先に取り付けた。
それはその作業に慣れた職人の見事な手際で、みるみるうちに立派なネックレスが出来上がった。
蝶の羽根には細かく複雑な柄が透かし模様のように入っていて、触覚や羽根を少し曲げることによって動きをもたせ実に美しく、軽やかでありながら豪華だ。
「す、すごい」
「ちょっと、こんなのうちの母に貰ってしまっていいんですか・・・」普段はあまりフィリップに遠慮のないレーニエもちょっと引いている。
「かなりの物になったが社交の場で付けて貰って『クラウス・シュタイナー』の宣伝をして貰おうと思ってるからまあ、いいんじゃないかな?」と言いつつフィリップは苦笑いというか何と言うか。
パーティー三昧の社交シーズンはそろそろ終わりを迎えこれからの季節はパーティーより小規模のお茶会がよく開かれるようになる、このネックレスはパーティーにはピッタリだがお茶会に付けるには豪華過ぎるからどうかな、と思ったのだ。
しかし、リリアンは乗り気だ。
レティシアに似ているという夫人は背が高くほっそりとした美しい人だろう。このような大胆な蝶のネックレスが似合うと思う。
「私はこれが気に入りました。是非これをアルノー夫人に贈らせて下さい」とリリアンが言ったのでこれに決まった。
そうして、パメラが持って行くアルノー家へのお土産はリリアン自身が選んだ銀細工『クラウス・シュタイナー』となり、内側に黒のビロードが張られた箱に美しく見えるように収められ、シュタイナーのサインを入れたカードを添えて包装された。
はたしてアルノー夫人とレティシアはリリアンが選んだこのお土産を喜んでくれるだろうか、ドキドキする。
シュタイナーはプリュヴォ語がカタコトです
<次回>
いよいよアルノー邸へ行きます!
次のお話は長くなる予感がします
未来のことが分かるなんて
私、もしかすると超能力があるんでしょうか
_φ( ̄▽ ̄ )
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