147話 舞い戻るパメラ
先触れもなしに来たけれどそこはお互いよく知ってる騎士同士だ、レーニエが門番に事情を説明するとすぐに取り付いでくれた。
すんなりとリリアンの応接室の前まで通されたが案内役に加え、三人の騎士が付いて来た。これは危険な物が隠されて持ち込まれていないかを確認する為の手順通りの行動だ。
それは安全対策だと知ってはいるけれど、ドレスなどが入った大きな荷物も彼らが運んでくれたのでとにかく助かった。
二人の訪問が告げられてドアが開くと、中からリリアンが走って来てパメラに飛びつくようにして歓迎した。
「パメラ、来てくれて良かった!心配してたのよ、今も使いをやろうかと話していたところだったの」
リリアンは嬉しそうにパメラの手を取るとずんずん中に引っ張って行く。その行く手には準備万端の侍女達が櫛やブラシを手にいらっしゃ〜いと待ち構えていた。
「来たか。またどんな風に化けるのか変身の術を見せて貰えるな」
フィリップはフィリップでソファの背もたれに背中を預け寛いだ姿勢のままそう言って笑っている。この調子ならどうやらパメラがリリアンの侍女を借りてもお咎めは無さそうだと安心した。
二人がそう言って温かく迎え入れてくれるから救われる。
パメラは先ほど買ったゴーフレット10枚を惜しげも無く全て献上した。
くしゃくしゃっとした紙に無造作に包まれ、ちょろちょろっと紐で括ってあるだけで見た目はちょっとアレなのだが飛び切り美味しいお菓子だからお礼に受け取って欲しい。
「お二人に有り難きお言葉をいただき嬉しく存じます。どうぞ今日のお礼にこちらを受け取って下さい」
「まあ、何かしら?
えっこれお菓子なの?」
お土産と言えばお菓子と相場は決まっていそうな物だがリリアンは何と思ったのだろうか、レーニエがフィリップにかなり甘いですよと言うのを聞いてお菓子なのかとリリアンは目を丸くして驚いていた。
「はい、今朝近所の店で焼かれたばかりの出来立てゴーフレットです。とても美味しいんですよ」
「そうなのね、では後で皆んなでいただきましょう。楽しみだわ、ありがとう」
「そうしよう。
ところでレーニエ、パメラは着飾って行くのにお前はその格好でいいのか」
「はい、私は自分の家ですから。
必要があれば行ってからでも着替えられますし」
「それもそうだな、では我々は向こうで話でもして待とうか。今日はニコラが私物を部屋に入れに来ると言っていたんだ、そろそろ来ているかもしれないから行ってみよう」
そう言って席を立ち、フィリップはレーニエを連れて出て行った。
そこからはしっちゃかめっちゃかだった(パメラ談)。
この部屋は応接室とは言いながらも日中リリアンが過ごす部屋になっているので隣の娯楽室で汗をかいた時を想定し、奥にバスルームが付いている。
パメラは遠慮したのだがリリアンが許可を出したのでそこでコレットに上から下まで全身磨かれた。それからクラリスに化粧、アニエスにヘアセット、コレットにドレスを着せてもらう。
リリアンは「いつも色々して貰っているけどこんな風にやってるのね」と侍女の後を付いて歩き興味深げに横から手元を覗いては「ふんふん、なるほど」と面白がっている。
そしてあろうことか恐れ多くもお手伝いを自ら買って出てパメラのコルセットの紐通しさえやってくれたのだ。
「なかなかお上手です」とコレットに褒められて「これで私も侍女になれるかしら?」なんてとんでもないことを言っていたが、「紐通しが出来たくらいで簡単になれると思ったら大間違いです、とてもリリアン様に侍女は務まりません」と断られていた。
いくら王太子婚約者候補に対して侍女になれるとは言えないとはいえ、技術が足らぬと言って断るとはコレットも大きく出たものだ。
まだ何か手伝いたそうにしていたが「私たちが殿下に叱られますので見るだけにしておいて下さい」と頼まれて手を出すのを諦めたようだったが残念そうにしていた。
開始から2時間近く経っただろうか、パメラは文字通り化けた。
別人レベルにならないように今回は眉の形は変えなかったが、アイシャドウや他をちょっと変えて目力を抑えると雰囲気がガラリと変わる。髪型はワンサイドにして片方だけ耳にかけると、なんともしっとりとした上品な淑女の完成だ。
クラリスとアニエス姉妹はまた神業を披露した。これ絶対に自分じゃ無理なレベルだ!
「わあ!今回もまた素敵だわ!とっても綺麗よパメラ」
「あとここに髪飾りかイヤリングがあれば完璧だったのですけど持ち合わせが無くて・・・」とアニエスは残念がっているが上等だ。
「そうね、私のをと思ったけど私の持っているアクセサリーはどれもフィル様の石が入っているから貸してあげられるものがないわ」
そう、王太子の石アウイナイトを身につけることが出来るのはこの国の中ではフィリップとリリアンだけだ。でもアクセサリーは無くてもパメラはもう自分史上最高レベルのドレスアップと太鼓判が押せる出来栄えで大満足だ。
「リリアン様、私はもう今のままでも充分満足しております」
化粧をしている間にコレットがパメラ達が持って来た箱を開けて持ち物をチェックし、靴やバックもピカピカに磨いて並べておいてくれた。もういつでも出発できそうだ。
「これで支度はすっかり出来たわね、でもまだ出るには早いでしょう?フィル様達に戻って来ていただいてさっきのお菓子でお茶にしましょうね」とリリアンが言って呼びに行かせると、戻って来たレーニエの足元はフラフラで、目には涙だ。
「レニどうしたの?」と近寄って心配するパメラ。
「ああ、ごめんパメラとっても綺麗だよ。見違える・・・クッ、クックッ」
「お前、笑いすぎだぞ」と一緒に入ってきたニコラが不機嫌に言ってどっかりとソファーに座った。
「だって、ニコラのドゥドゥちゃんが可愛すぎて草・・・もう腹痛くて無理!息できなくて死にそう」と壁に手をついて肩を揺らしている。どうやらレーニエは泣くほど笑っていたらしい。
「ちょっとレニってば!笑いながら喋るから何言ってんのか全然分かんないんだけど?」
パメラはまた笑いがぶり返してきて崩れ落ちそうなレーニエを支えようと手を伸ばした。
「言ったら許さん!」
「師匠がすごいご立腹じゃん、レニったら何したのよ本当にもう」
「ふふっ、ふふふっ」
「ちょっとレーニエの笑いがリリィに感染ったじゃないか、ほら」とリリアンの隣に座ったフィリップが困ったような声を上げた。
しかし本当は何も困ってはいない、リリアンはレーニエを見て何を言ってるのか察したが不満を露わにする兄の手前一緒になって笑うわけにもいかず、でも堪えきれなかったのでフィリップにしがみついて笑わないよう耐えていたのだ。
フィリップはこの状況は悪い気はしないというか、とっても喜んでいるのだからこの二人は放っておいて大丈夫だ。
ニコラは腕組みをして座り、レーニエに厳しい視線を向けていたが内心では彼の笑いが収まった時がヤバイと考えていた。
今日は自分に与えられた部屋にいつでも泊まりに来られるように着替えなどの私物を持って来ておくと予告しておいた。
だからノックがあった時、殿下とリリアンがわざわざ部屋まで様子を見に来てくれたのだと思ってサービスというか、先日のぬいぐるみを押し付けられた意趣返しのつもりでわざわざあのぬいぐるみを胸に抱いて応対に出てしまったのだ。レーニエは吹き出し、殿下はそっと目を逸らした。
レーニエにぬいぐるみの存在がバレたのも失敗だったが、その後にウサタンと名前が付いていることまでバレたのはもっと失敗だった。
いくらふざけていたんだと説明しても、信じて貰える気が全くしない。
このままにしておくといずれあの『ふわっふわのウサギのぬいぐるみ』に話が及び、自分の沽券にかかわることになると危機感を覚えたニコラは話題を変える事にした。
「そういえば馬車停めにそれらしい馬車は無かったがここから総長邸までどうやって行くつもりなんだ?流石にドレスを着て馬で行くとは言わないよな?俺が来た時に向こうの空に雨雲があったぞ」
ニコラは殊更に真面目な顔を作って教えてやった。
「えっ、雨降るの?」とパメラ。確かに外を走っていた時に風が出てきていたような気がするが雨雲は気が付かなかった。
「本当だ、いつの間にか外が暗くなってます。もうポツポツきてるかも」コレットが窓の外の様子を見て言った。
「それは大変だ。囲いのない馬車で来たからパメラが濡れてしまう、今の内に屋敷から迎えを来させようか」
レーニエは美しくドレスアップしたパメラに目をやって言った。どうやらニコラは上手く彼の気を逸らせる事に成功したようだ。
そんな風にレーニエに大事に扱われたらパメラも自分でいっぱしの淑女になった気分になるってものだ。と言っても誰を使いにやればいいのか、勤務中の騎士を私用で使いにやるわけにはいかないから自分で行くしかないが行って戻ってまた行ってとなるとそれも時間ばかりかかり大変だ。あと自分が跳ねた泥でドロドロになる。
「なら総長の馬車で一緒に帰ればいいじゃないか。俺は帰るときに降ってたら泊まって行けばいいだけだけだから帰りの心配とか関係ないけどな」とニコラはニヤリと笑った。
これはいい、ニコラは帰る時の心配をしなくて良いのはとても気楽だということに気がついた。とりあえず今晩はもう屋敷に帰る気は無いぞ。
「ちょっと総長に同乗をお願いするなんてそんなの無理だよ、この格好でどんな顔して座ればいいの」とパメラは慌てて手を振った。
「いや、父は雨でも騎馬で帰ってるよ」
「じゃあダメか」
皆の話を聞いていたフィリップは「それなら」と何でもなさそうに言った。
「宮殿にある馬車を出してやろう、王家の馬車は出せないが客人送迎用か何か適当なのがあるだろう」
これは凄いことだ、臣下の分際で王太子にそこまでの気遣いをさせるとは有り得ない!!「それは勿体ないです」と咄嗟にパメラは言ったがレーニエは「それは有り難い、大変助かります」と言った。
この辺りが幼馴染とポッと出の差だろうか、結局お言葉に甘えて宮殿馬車を借りて行くという事になった。
「フィル様」
「なんだいリリィ」
「パメラにイヤリングか髪飾りを付けてやりたいのですが、宮殿の貴金属工房で何かみつくろってやっても良いですか」
「ああ、いいよ。パメラ、レーニエと行って・・・いやその格好であんまり宮殿内を歩かない方がいいな。意外な格好にみんなが浮かれてしまいそうだ。
アニエスとクラリス、レーニエと行って選んで来い。今回の支払いはレーニエでいいだろ?」
「はい、もちろんです」とさっそく3人は工房へ向かった。
3人が貴金属工房に行ってる間、残ったメンバーでお茶でも飲んでいようということになり、コレットがお茶の用意をしてパメラの前にカップを置いた時にこっそり聞いた。
「パメラお嬢様、持って来られたお荷物は全部確認したのですが先方へのお土産が見当たりませんでした。何か用意しておくように言ってあったのですが、家に置き忘れて来られたのでは?」
「ううん、ポールが持ってきたのはあれだけ、全部持って来たよ」
「それは困りましたね」とコレットは顔をしかめた。
「ねえコレット、お土産ってどんな物を用意するの?」とリリアン。
「そうですね、バセット家の令嬢がアルノー家へ招かれるというような高位貴族同士の場合はお茶会ならお菓子でも良いですが自宅を使うディナーパーティーの場合は相手がそれだけ手間をかけて下さるという事で感謝を伝える為にそれなりの・・・ちょっと値の張る物にします。
例えばバセット家の奥様の場合ですと、奥様の名前のローズにちなんで薔薇のモチーフの入った物をいつも贈られていますね」
「薔薇のモチーフの物?」
「ええ、工芸品の小箱や置物、絵画などです。年ごとに、若しくは先方のご趣味やどんな方かによっても変えますが残らない物が良い場合は花束にすることも稀にですがあります。
何にしても女性が招かれた場合はその家の女性に、男性が招かれた場合はその家の男性に向けて贈ることが多いです。
異性に贈ると気を引いてるのかとか浮気とか疑われて面倒な事になる恐れがあるからです」
「なるほどね」
「そういえばソフィーは友達のパーティーによばれた時は普段使いの髪飾りを贈るって決めてるって言ってたな、定番の贈るものが決まっていると他の人と被らないし、いくつあっても良い物だからって。
夫人の場合は高級ブランドのお皿を特注してるって。夫人がパトロンをしていたデザイナーがそこにいるんだ。シリーズ物で毎年柄を変えるからコレクションして楽しみにしてる人も多いって言ってた。オジェ家でも壁に飾ってたよ」とニコラ。
「素敵ですね、でもそのようなお皿は今すぐ用意することは出来そうに有りませんね」
「地方の領地を持っている人ならその地の特産品という技が使えますが両家とも代々王都におられますからね」とコレットはため息をついた。
「お前、前回レーニエの家に行った時はどうしたんだ?」とフィリップ。
「あの時はレニと出掛けた先でちょうどお母様と妹のレティシアにバッタリ会って、夕飯に誘われてそのまま連れて行かれたから手ぶらで着の身着のままだったんです」
「なるほど、だから今回もそんな感じでいいと思っていたんだな?納得した」
せっかくのゴーフレットに手もつけず考え込んでいると工房に行っていた3人が戻ってきた。
「見て下さい、この繊細な銀細工の見事なこと!
レーニエ様が選んで下さったんですよ!パメラ様、早速付けてみましょう!!」
いつもは物静かなアニエスが珍しく興奮した様子でパメラを引っ張って行く。
パメラの髪を耳にかけた方の耳たぶに、キラキラと輝く繊細な銀細工のイヤリングが付けられた。華やかで美しくパメラにとても似合っているのだがレーニエはちょっと申し訳なさそうだ。
「パメラごめん。イヤリングは左右対の物なのに高過ぎて片方しか買えなかった。正直に言うと両方だと3ヶ月分の給料でも収まらなかったんだ許して」
「ちょっ、片方でも1ヶ月半?なんでわざわざそんな高いものを選んじゃったの?もっと安いのでいいし、何も無くてもいいよ」
王族の為の貴金属工房とはいえ、もっとお手頃な物もある中でよりに寄って高額な部類のアクセサリーを選んでしまったようだ。
レーニエは高給取りで、実家住まいでありながら宮殿の寮を使っているから生活費がかからず今まではお金は貯まり放題だったのだが、ちょうどパメラと住む家を快適にする為に手を入れたばかりだ。
壁紙を張り替えたりするのに少々お金は掛かっても良い物を選んで欲しいと言ってあったせいで予想以上に経費が掛かってしまったのだ。
ジローが退去する時に、内装は好きなようにしたいから現状復帰しなくて良いと言ってあった。子供の描いた落書きが壁に残されており交換は必須だ。
もちろんそれだけなら大した事ないのだが、実家に全部頼んだものの実際にリフォームの指揮をとったのは妹のレティシアで、彼女の時間が有り余っていたことと兄とパメラへの想いにプラスしてどうやら彼女の持つ『理想の家』への想いも入っているらしい。
予定していたのは壁紙だけだったが、他も必要なら替えてくれと言ったばっかりに床材や扉まで交換され家具も祖父の書斎机と書棚以外は全部一新されていた。その上まだレーニエ達が仕事に行ってる間に煙突の掃除と古くなっていたけど味わい深かった暖炉やカマドを新しくやり替える手筈になっているという・・・。
いったいいくら掛かるのか分からないが全額レーニエが支払う事になっているから、このタイミングでの予定外の出費が痛いのは事実だ。
「んー、でもそれがパメラにとても似合うと思ったんだ。ちょうど一緒に暮らし始めるし記念に贈りたい気持ちもあるんだよね、だからいらないなんて言わずに受け取っておいて?」
「〜っ!」
パメラは思った。そんな事を言われたら感動して柄にもなくウルウルしまうじゃないか!と。
大体レニは相当な高給取りのはずで、その3ヶ月分なんてこのイヤリングはいったい幾らするものなんだ?宮殿の貴金属工房恐るべしだ!
しかし、その値段以上にレニのその気持ちが嬉しいのだ。
パメラはイヤリングにそっと触れて言った。
「ありがとうレニ、片方だけのイヤリングの方がより良い思い出になるよ」
そう、このイヤリングは私にとって一生忘れられない大切な思い出の品になるに違いないんだ。
ドゥドゥは赤ちゃんや子供が抱いて寝る肌触りの良いぬいぐるみのことです。
レーニエはニコラの事を大きくなってもドゥドゥちゃんを抱っこしないと寝られないとはギャップありすぎ!怖いなりして可愛いところがあるじゃんwwwと思いました。
ニコラは横になったら速攻で寝てしまうので赤ちゃんの頃からドゥドゥちゃんは必要無かったのですが、だからこそ余計に誤解されるのは心外だったようです!
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