145話 即席のお祝い会
王家の晩餐が終わり、リリアン様を私室に送り届けて "もう下がって良い" と言われればもう業務終了だ。明日から3連休!しかも3日共レニと一緒に過ごせるのだヒャッホイ!!
退室し、扉が閉まったところで横から声が掛かった。
「お疲れ、パメラ」
「あ、レニ!今日はもう終わり?」
「うん。早く食べて新居に帰ろう」
「うん!」
二人は肩を並べ、ウキウキと弾んだ心が傍目にも分かるくらい足取り軽く食堂に向かった。
特権授与式の後、騎士訓練所に行って学園で護衛をする時の服やら何やら支給品を受け取りに行った時、レーニエと打ち合わせて夕飯は騎士食堂で食べてから帰ることにしていた。
今夜もだけど、これからも休みの日以外は騎士食堂で三食とることになると思う。今日から住み始める新居に使用人を雇う予定は無いからだ。
新生活について一緒に色々考えたり話し合ったりする時間が無かったから「任せて」と言ってくれるレーニエに甘えて全くノータッチでここまで来たけれど、二人で生活するに当たって最初に一つだけパメラから提案したのは「当面二人だけで生活してみない?」だった。
レーニエは「それもいいかもね」と言って了承してくれた。
パメラの来月からの勤務時間はリリアンの登校から下校までと一応決まってはいるが、騎士の仕事は不規則でその時の状況に応じて変わりやすい。実際に学園が始まってみないとどんな生活スタイルになるのか分からないし、レーニエは今までと同じようにシフト制だから休日や夜間の勤務もあって毎日は帰って来られない。そんな日はパメラもアパルトマンに帰らず宮殿の自分の部屋で寝ようと思っている。
そうなるとどのくらい家に帰れるのか分からない。もしかしたらやっぱり宮殿の部屋が便利でそっちをメインに使ってたま〜に帰るだけになるかもしれないのだ。
下手したら使用人の為に借りる部屋みたいな変な事になってしまいそうだ。
それに、せっかく二人揃ったならその貴重な時間は余計に貴族のマナーとか関係なくダラダラしたいし・・・イチャイチャしたい。
王宮に割り当てられた部屋で過ごし、あの無法地帯のラクさを知ってしまうと狭いアパルトマンの部屋で使用人や侍女に畏まられ、何かお世話することはないかと見張られ続けられるのは面倒だ。
このようにパメラなりに色々な方向から検討してみたら、やっぱり使用人は居なくても良いという結論が導き出された。必要な時だけ来て貰えばいい、掃除をして欲しければ仕事をしている最中にどちらかの家から来させれば良いだけの話だ。
それだったら二人で一緒にいられる時間を100%楽しめる。人目とか声とか気にしなくていいし、何をするのも自由で天国だ。これから始まる生活がすっごく楽しみ!
あっ、でもジロー達が子供が産まれるっていうタイミングで引っ越しをすることにしたくらいだから、かなり狭くてご近所の音漏れも気になるのかもしれないな・・・でもまあ、二人で暮らせるんだもの、それでもいいか!
食堂に入り、食事のトレーを受け取ってどこに座ろうかと見渡していると周りから次々に声が掛かった。
「お疲れ」
「お疲れさん」
「あっ、今日から新居で暮らすんですよね!良かったですね」と二人が一緒にいるのを見てベルナールが言った。彼はレーニエを尊敬しているからレーニエには敬語だ。
レーニエは「ああ」と明るく返事をしてベルナールがいるより一つ手前のテーブルに座った。
パメラは余計なお世話よとか、猫かぶりさんとかよっぽど憎まれ口を叩いてやろうかと思ったが、彼が心から喜んでくれているような表情をレーニエに向けていたからその言葉を飲み込み「ありがと」と小さな声で言ってレーニエの隣に座った。
「え〜、なんかパメラがしおらしくて怖い。なにか企んでるんじゃないだろうな後で反撃がありそうだ」と誰かが言った。
「まあまあ、パメラも大人になったんだ。何せ我が騎士団の誇りレーニエ・アルノー隊長の嫁になるんだぜ!」と何故か鼻高々のベルナール。
ベルナールに庇われるとか心外だし、相変わらずいい加減な事ばかり言っている。今レニは隊長職は返上中で隊長ではないことは知ってる癖に!
「ほう、パメラも新妻か!」
「しかも幼妻だぜ、うらやまっ」
「うひょ〜っ!幼妻か」
「パメラは喋るとアレだけど、その響きには憧れる」
何か皆んなで好き勝手な事を言ってるわ。とパメラは呆れたが敢えて無視してやった。ふざけた奴らを撃退するには無視が一番効くのだ。お前らなんてもういちいち相手もしてやらんもんね!とパメラはレーニエの方に目を戻した。
「レニのラムチョップ美味しそうだね。私もそっちにすれば良かった」
「うん、これとても美味しいから一本あげるよ、食べてみて」
「じゃあ私のチキンもちょっとあげるね」
レーニエが一番美味しそうに焼き目のついたラムチョップをさりげなく選んでパメラのお皿に乗せると、パメラもチキンソテーの一番肉厚でジューシーな所をナイフで切ってあげた。
「うわ〜、もう無理!
独り者には目に毒だ。誰か女の子紹介してくれ羨ましすぎる〜」突然両目を抑えて叫ぶ男が約一名。
それを皆んなが見て笑ってる。
「仕方がないな、じゃあお前に俺の妹を紹介してやろうか?」とアルセーヌ。
「え?やだよお前みたいな女は無理だ、勘弁してくれ」この男、自分から誰か紹介しろと頼んだくせにあっさり断るとかヒドイ奴だ。
「バカ言え、俺の妹にヒゲは無いぞ!それにおとなしくて可愛いんだぞ」
「そうそう、アルセーヌはこう見えて痩せてヒゲを剃ったら可愛い顔してんだ。俺同級だったから知ってる。可愛いって言われるのが嫌でそんな風にしてんだ。まだ小さかった頃しか知らんが妹もアルセーヌに似て可愛かったぞ」
「えっ、マジで?アルセーヌが実はイケメンで妹も可愛いってホントのホントに?
見たい、見たい、今度ヒゲ剃って来て、そんで妹の姿絵も見せて!」
相手にしないつもりだったのに面白そうな話題に一瞬で手のひらを返し一緒にワイワイ騒ぎ出すパメラ、それを優しく見守るレーニエ、そこへジローとサイモンがやって来た。
「良かったまだ居たか。ほら、新居に引っ越しのお祝いだ」とジローがレーニエには高価そうなワインを、パメラには箱に入ったケーキを持って来てくれた。ジローとサイモンは今日の深夜番だからわざわざこのためだけに食堂に顔を覗けてくれたのだ。
「えっ!これジローから?こっちからお礼しなきゃいけないのにお祝いだなんて、ありがとう!!」
「いや、アルノー家にはこれまで散々世話になったんだからこれくらいはさせてくれ」
「気を使わなくてもいいのに、でも有り難く貰っとくよ。いいワインだ、ありがとう」とレーニエ。
結局、箱を開けてみたらかなり大きな四角いケーキだったのでそこにいた皆んなと分けて食べたらなんだかんだで盛り上がり、即席のレーニエとパメラの門出を祝うお祝い会となった。
「良かったな、レーニエ」
「めでたい」
「おめでとう」
この部屋ではお酒は飲めないがすっかり場が和んで皆んなニコニコだ。後から後から食事に来た仲間達が入るなりのお祝いムードに二人が婚約したとでも思ったのだろう、口々に二人を祝福してくれた。
彼らは、この期間限定の束の間の幸せを、ずっと続くものだと思っているのだ。
その事を思うとパメラは心がチクっとしないでもなかったが、それならそれで今を精一杯楽しむことに決めたのだ。私だって皆に『結婚は出来ない』なんてこっちの事情をこと細かに話して聞かせるつもりはないのだから、ただ素直にありがとうと感謝しようじゃないか。
皆は心からの祝福の言葉は温かくて楽しくて、一人分のケーキは小さくても幸せな気持ちになるお祝い会だった。
予定より随分と遅くなったけど、いよいよアパルトマンに向かう。
「パメラの荷物はたったそれだけ?」
「うん、何往復もする事になるかと思ってたけどこっちの部屋は残してくれるって事なら当面使う服と化粧道具だけあればいいかなって。あんまり荷物を増やすより向こうの部屋を広々と使えた方がいいでしょ?」
「僕もこれだけなんだ」とレーニエは随分と軽そうなバックを上げてみせた。
「これから初めて家に帰ろうかっていうのにお互いにどう見ても一泊旅行の荷物だよね。これならわざわざ馬車を用意する必要なかったかな?まあいいや行こう、そっちに座ってこれ持っててくれる?」
どこで借りて来たのか馬車の座席は一人分で前に御者席がある1頭立てのかなりクラシックな型で、屋根になる幌はあるけど壁がない簡易なタイプなのに椅子のクッションは良くて上等そうな黒の革張りだった。
レーニエはパメラにさっきジローに貰ったワインを手渡すと他の荷物を馬車の後ろの荷物置きに入れて落ちないようにしっかりとカバーを掛け御者席に座った。
パメラが一緒に住むと返事をしてからまだ5日しか経っておらず、その間はお互いにずっと仕事だったから今日初めて現地に行くことになる。自分たちで住めるように準備をする時間がないとレーニエはアルノー家に丸投げしていたそうで昨日、今日と掃除をしたり家具を入れたりしてくれていて、すぐに住めるようになってると聞いている。
騎士団の使う門から比較的近い所に騎士達が多く住んでいるアパルトマン群があるからそこだろうとパメラは思っていたのだが、それらの横を軽快に素通りしてもう少し奥の高級住宅街の一番手前の角にある屋敷の前でレーニエは馬車を停めた。
「ここだよ」と言って一度降りて背の高い門扉を開け、馬車を乗り入れる。
「え!ちょっと待ってレニ、ジローの住んでた所ってアパルトマンじゃないの?ここってどう見ても一軒家なんだけど!」
「うん、そうだよ」
「ちょちょちょ、私てっきり家具付きの集合住宅かと思ってた!こんな立派な家だなんて心の準備が出来てない・・・」
パメラはこの地区に足を踏み入れたことが無かったが、この辺りに武系高官が多く住む高級住宅街があると聞いたことがあった。ここ、どう見ても新参下っ端の騎士であるパメラが住んでいい家ではないのでは!?
「何言ってんの、バセット家のお嬢様が家の一軒や二軒で」レーニエはパメラがふざけて言ってると思ったのだろう面白そうに笑った。
レーニエはもう暗いから先に家に入っててと言ったけど、カンテラを持って探検がてら付いて行くと4つの馬房と馬車が2台置けるくらいの馬車庫があった。どちらも綺麗にしてあり使いやすそうだ。
馬房は1つはこの子の分で、あと3つ空いてるからレニのソレイユと私の愛馬ファルファデも余裕で連れて来られる。これなら余所に預けなくても良いから家からサッと出掛けられて便利だし安心だ。
レーニエは馬房に敷き藁を敷くと馬を馬車から外して中に入れ、水桶に水を、餌箱に馬草入れてやっている。馬の世話はかなり手がかかる、しかしどんなに疲れて帰ってもやっておかなければならない作業だ。
王宮にいるときは専門の馬丁がいるのでお任せしているがこれからはパメラも積極的にファルファデ達のお世話をしなければならないだろう。
レーニエは作業を終え馬房の外の閂をかけると、暗くて見えない右手奥の方を指差して言った。
「この反対側には馬を軽く運動させられる程度の馬場もあるんだよ。祖父は馬が好きだから家より馬に使うスペースの方が広いのがこの家の特徴なんだ。通称馬場屋敷、面白いでしょ!?」
「えっ?祖父ってもしかしてレニのお祖父さんの家なの?」
「うんそう、ここは祖父がまだ独身の頃に住んでた家なんだ。前軍事相のセルジュ・アルノーのね、と言ってももうとっくに引退してるからパメラは知らないか」
「ちょっと待って、情報量過多でついていけないよ」
「まっ、そんなことより取り敢えず入ってゆっくりしよ!今日は1日仕事してきたんだし疲れたでしょ」とレーニエはパメラに中に入るよう促した。
そして、一晩もしない内に二人は使用人がいないとどうにもならない現実を知った。
どんなに仕事が出来ようと、彼らお貴族様は使用人がいないとお風呂に水を張ることも沸かすことも出来ない生活力皆無の軟弱者なのだ。王宮は大規模に配管が通してあって簡単にお湯が使えるのでその便利さに慣れてしまって失念していた。
明日はレーニエの実家にお呼ばれしている、わずか1日で前言を撤回するのはちょっと恥ずかしいが使用人を早急に寄越してくれと頼まなければならない。
絶対にだ。