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143話 思わぬ展開

 ニコラは式の間ずっと視線を前に向けて微動だにしないで立っていたが、パメラに声を掛けるとフィリップとリリアンの元へと早足で向かった。それはまるで銅像が急に息を吹き込まれたかのような変わりようだった。



 ニコラに小走りで追い付いてきたパメラがコソッと聞く。



「師匠、仕事って何ですか?」


 まさか特権持ちによる演武披露とか?そんなの急に言われても無理ですけど。


 パメラと同様にニコラも剣を持っていたから、ニコラが向かってる方向つまり謁見の間のステージ(ステージじゃないぞ王族方の立つ場所だぞ)で何かするのかと思ってしまったのだ。だって他に前に行ってすることなんて思いつかなかったから。



 そうなのだ、ここは謁見の間であるのにニコラは最初からフツーに帯剣していた。


 王太子の専属護衛であるニコラには特別に許されているのだ、というか帯剣するように言われているのだ。しかも表の身体検査を受けずに王族控えの間の方から謁見の間に入室しているし。


 それでも他の誰かにニコラが見咎められるようなことは無い。

 だって彼はいつだって特別な待遇を受けているし、帯剣も、直前まで王族と控えの間にいたことも、皆と違う場所から入って来たことも、その一つ一つの行動は全て王太子を守るために必要だと分かるものばかりだからだ。


 だから今も王族に勝手に近づいて行っていてもそれは当然の行動だと受け止められていた。




「殿下とリリアンの護衛に決まってるだろ」


「あ、はいっ」


 パメラは自分の特権授与も終わったし、そろそろ締めの挨拶があって退場かと思っていたのだがまだここで何かあるらしい、そう言われてみればリリアン様の向こうに何やら大荷物が続々と運び込まれている。




 謁見の間の正面奥は広く一段高くなっていて、更に中央はひな壇になっていて玉座がある。


 そこは国王が座る場所だから例え王太子であろうともその真ん前で玉座に背を向けて立つことは出来ない、だから二人はそこより右にずれた壇の上に立っていた。先程までニコラ達の立っていた方とは反対側だ。


 横には武器運搬用の荷車が着き用意が整った。

 荷車は謁見の間に入れるように新たに作られた物で、見た目が豪華なだけでなく整然と積まれたダガーを誰かが勝手に抜いたり出来ないようにしっかりと固定具で留められるようになっていて、その固定具の鍵は騎士団総長が持っている。

 荷車の側に監督としてその騎士団総長が立ち、ダガーを下ろす係として団長が1名、そして王妃の侍女達がお手伝いの為にいた。



 ニコラはこれから『王族を倒す武器にも成り得る』ダガーが配られるのを知っていた。


 今日は俺も所持を認められているが、通常であれば国王と国王の護衛以外は武器の所持が禁じられている謁見の間だ。

 なのに王族から直々にその武器を手渡すというのだからそれはとても特別な事で、その行為は彼らに対する信頼の証と受け取る事が出来るだろう。とはいえやはり殿下やリリアンを丸腰で立たせるわけにはいかない。

 国王陛下の下げているレイピアは形だけで大して役に立ちはしないだろうし、何かが起きたら国王の護衛は国王を守る為だけに動き、一目散に国王を連れてこの部屋から逃げるのだ。


 俺は王太子殿下の特権持ちの専属護衛としてあらゆる事を想定しておかねばならない。

 こういう時、集団の中で事前に決められた範囲の動きしか出来ない騎士団と違って別の行動を取れるのが最大のメリットだ。


 殿下とリリアンを守る為であれば俺が何をしようとその行動に制約はない。常に全体に気を配り、誰に何を言われなくても自分の判断で迷わず臆せず行動する事が大事だ、これこそ何かあってからでは遅い。


 その為の特権だ。




 ニコラがフィリップの横に立つと、フィリップはニコラをみとめて頷いた。


「パメラはリリィの向こうに立て。私達はこれから全員に証を手渡す」


「はいっ!えっ、ぜ、全員!?」


 まだ専属護衛20名に学園護衛隊が200名もいるのだ、パメラが驚くのも無理はない。




 実のところリュシアンもフィリップも学園護衛隊の旗揚げ式にここまでの手間を掛けるつもりは当初は無かった。


 通常、こういう時は王立騎士団のグランドに皆を集めて一言言って終わり、王族の出番は5分もあれば良いのだがリリアンの早期入学の話が出てからこっち学園での護衛について色々話し合っていたら話がどんどん大きくなって今に至ったという訳だ。


 もちろん護衛の手法についてはノウハウが有るので困りはしない。何に手間を掛けたのかといえば『証』の準備だ。



 まず護衛隊用の騎士服を新たに作った。それから襟元のデザインを通常のものとは変えたのでそこにお洒落にスカーフをするようにしてみたり、フィリップの護衛バッジに加えてリリアンの護衛である証のバッジを作って全員に付けさせようという話になってリリアンの個人紋章が新しく考えられたり。


 出来た紋章はリリアンの名前にちなんで百合の花をモチーフにしたのだが、何かどこかで見た覚えがある・・・と思ったら、馬具店ラ・プランセスのブランドマークにそっくりだった。

 既に向こうのマークは世間に知られているからこっちがパクった感じになってしまうとこの紋章の威厳が半減してしまう。それはいけないとイニシャルを入れたり装飾を足したりと手を入れていたらかなり凝ったものになり、バッジの製作にかなり時間を取られてしまった。


 だったらもうそのくらいでやめておけば良かったのに「騎士服が刷新されるなら常に携帯するダガーもピカピカの新品にするか!カッコ良くなるぞ」とリュシアンが口にすると、朝食の席で聞いたパトリシアが「でしたら帯剣ベルトも新しくする必要がありますわね?ベルトが使い古したものだと古ぼけた感じがしてバランスが悪いですわ」などと言い出すのだ。


 ようやくそれが出来てきた頃になってリリアンの発案でパメラの騎士服の色を変える事になり、それが仕上がるのを待つ間ついでにパメラに持たせるダガーやロングソードは特別仕様にしようという事になり装飾を入れた。

 これは内々ではあるがすこぶる評判が良く、王太子婚約者候補の護衛に相応しく豪華で、更にその装いや持ち物に女性らしさも感じられれば皆の注目を浴びること間違いなしだと言い合った。


 これによって護衛される側のリリアンが特別大事にされている高貴な女性であるということを皆に知らしめると共に、女性護衛騎士という存在が注目されその職業に憧れる令嬢も出てくる可能性があるのだ。パメラがカッコ良く見えることはとても重要な事だ。



 最後の極め付けはこれだ。

 打ち合わせ中にリリアンはこれらせっかくの立派な数々の『証』が騎士団にドサっと届き、各自が取りに行くという形で支給されると聞いて「この手で皆さんにお声を掛けて手渡し出来れば良かったのですけど」と呟いた。

 するとそれを聞いたリュシアンが「確かにその方が皆の者の士気が上がって良いな、では一人一人に手渡すことにしよう」と決めたのだ。


 しかしフィリップはそれを聞いて抵抗しリリアンは声掛け係で自分が手渡す係をすると言いだした。

 いくらリリアンがそうしたいと言ってもスルー出来ない事情がある、フィリップは騎士たちの指が誤ってちょっとでもリリアンに触れるのが嫌だったのだ。


 まあ、そんな訳で220回フィリップはダガーを手渡し、リリアンが「よろしくお願いします」とか言って微笑むという単調な作業が延々繰り返される事になったのだ。




 次の準備の為に忙しなく動き回る者達がいて少々騒ついている中、国王リュシアンが壇の中央に立つと謁見の間は再び静まりかえった。



「フィリップとリリアンの学園護衛達よ、必ず二人を守れ!お前達なら完璧に遣り遂げられる。私たちの信頼の証として二人の紋章の入ったダガーを持たせる、お前達はその信頼に応えよ」



「必ずや!」と皆が声を揃えて言い、彼らからはものすごい熱気が立ち昇った。国王からのお言葉は彼らをこれほどに鼓舞する力があるのだ。


 彼らの返事を聞いて鷹揚に頷くと、リュシアンはこの後が長丁場になる事を知っているからもう自分の仕事は終わりとフィリップに後を任せ、謁見の間を去ったのだった。




 さあ、それでは始めようか。まずカジミール副総長に呼ばれたのはリリアン専属護衛隊の20名だ。

 リリアン達の元に来た彼らの腰には既に新しい帯剣ベルトがつけられていた。ダガーが運び込まれている間に時間短縮の為に配られたらしい。



「隊長として隊を統率し、しっかりとリリアンの護衛をしてくれ。アレクサンドル頼んだぞ」


「はい、畏まりました」


 恭しくダガーを受け取るアレクサンドル隊長にリリアンは声を掛ける。


「アレクサンドル、いつもありがとう。これからもよろしくお願いしますね」


「はいっ、リリアン様は何のご心配もいりません!我々が学園生活を楽しめるよう全力でお守り致します!!」



 力強い言葉にリリアンがにこりと微笑むとアレクサンドルはパアと嬉しそうな顔をした。


「リリィ、サービスし過ぎだ」と横でフィリップは不満を漏らしたが、それ以上は彼らの忠誠心を削ぐことになるから見逃すことにした。



 フィリップは次に来たレーニエの顔を見て、今朝うっかり言い忘れていた事を思い出した。


「あっ、レーニエとパメラに明日から3日間連休を取らせようと思っていたんだったな」



「はい、この度は私たち二人が一緒に休みを取れるよう計らって下さいましてありがとうございます」とレーニエ。彼は既にフィリップからそう言われていて知っていたのでお礼を言った。


「いやそれが昨日リリィに言ったらもう言った気になって、今朝パメラに伝えるのを忘れていたんだ」


「ではパメラには私から伝えときましょう」とレーニエ。


「ああだったらパメラの今使ってる宮殿の部屋はそのまま続けて使って良いってことと、これが終わったら他にもある支給品を騎士団に取り行かないといけないってこともついでに言っといてくれ。お前達と一緒にすぐ行けばいい」


「はい分かりました。そう伝えます」



 そんな回りくどい事をせずともこの会話しっかり本人に聞こえている。パメラは耳が良いのだ。



「レニ、聞こえてたからもう分かった。

 殿下どうもありがとうございます」


 パメラはちょっと首を伸ばして彼らの会話に入って言った。



「うん、でもその後9日連勤になるけどな!」とフィリップ。


「そうなんですか、でも引っ越しあるから連休で休める方が良かったです」などとパメラが言っていると、後ろにいた思わぬ人から声が掛かった。



「なんだ二人とも休みか、ならちょうど良い引っ越しとパメラが特権騎士になった祝いを兼ねて我が家で一緒にディナーを食べようじゃないか」


「父上、急に言われても我々にも予定があります」とレーニエ。


「なんだ?明日は元々仕事だったのだから予定など入れてないだろう?明日がダメなら今夜でもいいし、別の日でもいいさ。お前達の住む家はすぐ使えるようになってるんだから引越しと言ったってちょっとくらい時間はあるだろう。なあ、パメラよ?」


「えっ!はっ、はい」


「ほら、パメラも来るって言ってるぞ」


「へ?」


 パメラは王立騎士団総長でありレーニエの父であるアンブロワーズ・アルノーに突然名指しで声を掛けられ緊張もあったのだろう、うっかりハイと答えてしまった。

 決して招待に対する了承のつもりではなかったから誤解なんだけど、騎士に二言はないと言われている中でアルノー総長相手にさっきのハイはそのつもりじゃありませんとは言いにくい。


「まあいいじゃないか、どっちみちどっかで夕食は食べるんだから行ってご馳走になれば」とフィリップ。


「殿下、ありがとうございます。

 じゃあ決まりだ。夜ならいつでもいいからそっちで日にちを決めたら早めに言ってくれ」


 殿下にまで加勢されてアルノー総長は勝利した。



「ちょっ、父上!待って下さい」


 レーニエは父親にまだ何か言おうとしたがそこをニコラがぶった切った。



「ちょっと待った!その話は後でそっちでやってくれ、この調子ではとても昼までに終わらん。

 殿下、1人当たり15秒で進行させる予定なのにまだ2人目ですよ、もうどんどん進めましょう」



 こんな事を彼等にこんな風に言える者はそうは居ない。


 この豪華な顔ぶれ・・・王太子殿下は言わずもがな、アルノー総長、それからレーニエだって今は期間限定で専属護衛隊に所属しているが彼だって次期総長の呼び声も高く元の所属先では最年少で騎士団長をしてたような男なのだ。

 そもそも何かを意見するなんて余程のことがない限り難しい立場である上に、彼等は普段は時間厳守を下の者に厳しく言っているのだからこっちから「早くして下さい」などとは言いにくいメンバーだ。


 後ろに並んで待っている専属護衛隊や、学園護衛隊は彼らの内輪話が長い事が気になっていたがとてもそんな事は言えないので黙って耐えていた。

 彼等も護衛などという仕事もするからにはジッと立っておくこと自体は辛くないのだが、別の心配をしていたのだ。


(これではリリアン様がお疲れになって途中で引き上げてしまわれるかもしれない。そんなの嫌だ、近くでお声を掛けていただける滅多にない機会なのに!)と。


 ニコラはそんな思いでいた皆の救世主となった。




「ニコラの言う通りだな、先に進めよう」


 そうフィリップは言ってリリアンを見た。

 騎士達を立たせているのはともかくリリアンをずっと待たせていたことに気がついたのだ。



「リリィ、長い間立ちっぱなしで辛くなってない?椅子を持って来させようか」


「まあ、フィル様。私は大丈夫ですからこのまま続けさせて下さいませ」


 それからリリアンは自分だけちょこんと座ってる絵面(えづら)を想像して肩をすくめて「うふふ」と笑った。



 か、かわいいっ!!


 学園護衛隊の面々はリリアン様がお疲れになったり、おみ足が痛くなったりしないように迅速にお言葉とダガーを頂こう!と全員一致で一丸となってテキパキと動いたので、そこから先は実にテンポよくいった。

 これはリリアンに彼らの団結力を見せる最初の良い機会になった(と彼らは思っている)。




 それはそうと、今日はパメラに朝から思いもかけない事ばかり起こっている。


 最後にはとうとう総長のご自宅に招待までされたのだ。

 どさくさにまぎれて誘われて断るタイミングを失ってしまった形だ。それなら早めに訪れる日を決めてしまった方がいいだろう。



 実を言うと『騎士団総長という超偉い人=恋人の父親』というだけならただ可愛がって貰えば良いだけなのだが『恋人だけど結婚はしない、なのに同棲はする』という事実があるばっかりにパメラの立ち位置は非常に複雑だ。


 しかも総長からは上下関係を気にせずというか割とフランクに話しかけてくれるものだから、こっちとしてはどう振る舞って良いものか距離感が難しい。


 そんな事をつらつらと考えてしまうせいで、パメラは総長をちょっと苦手に感じているのだ。



 それなのにご招待を受けるその名目が自分の事を祝ってくれるとか言うのだからもう大変!恐縮しすぎて敵地に単身乗り込むより生きた心地がしないんですけどっ!


(ど、ど、ど、どうしよ〜!!)と心の中でパメラは叫んだ。


レーニエのお父様もイケメンなんでしょうか


気になります _φ( ̄▽ ̄ )




ここまで読んでくださいまして、どうもありがとうございます


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