14話 花祭
王家の者が花祭会場の様子やパレードを観覧するのに絶好の花離宮のバルコニーは、逆に言うと他の貴族や庶民達が国王、王妃、王太子を揃って目にする事ができる数少ない機会だ。
今年も3人が立ち並び、側近や騎士達を従えている。リリアンの家族も既にそこに並んでいた。
そこへ王太子の婚約者候補となったベルニエ伯爵家のリリアン・ベルニエが紹介されてバルコニーの奥に顔を見せた。
今日も可愛い。
いや、いつもに増して美しい。
髪は結い上げられ高い位置で一つにまとめられている。その根元にはフィリップが花祭の為に贈ったネックレスが上手く巻きつけてあった。小さいながらダイヤモンドがシルバーの花の中でキラキラと煌めいてとても素敵だ。リリアンを美しくそして少し大人っぽく見せている。
薄桃色のドレスはオフショルダーになっていて小さな赤いリボンと様々な色の小さな花で甘さを出しリリアンの可愛いらしさを引き立てている。胸元は共布のチュールリボンでバラのモチーフにしてボリュームを持たせ、すっきり出した首元にはリリアンがフィリップの特別な相手である事を示す、あのアウイナイトのネックレス。
フィリップがすぐさま迎えに上がり手をとって中央に案内する。
リリアンがややうつむき加減からそっとフィリップを見上げて微笑むと、フィリップも優しく微笑み返してくれた。
お付きの者達の列の方で「うっ」という呻き声が聞こえたが無視しなければ。
お母様が胸を押さえているだけだと思うから。
実はリリアンはちょっとだけ背を高く見せる工夫をしている。
バルコニーの様子は足元までは下から分からないので決められた台の上を歩く。10歳の歳の差は縮めようがない。ちびっ子がちょこちょこ歩いていたのでは民に対して説得力に欠けるとジョゼフィーヌが心配したからだ。
現地について母と別行動になる直前になって台の上を歩くように言われた。リリアンとしては身長を「嘘をつく」ような事は不満だったけど、フィルお兄様と歩くのにそのままだと皆に見えないから高くして皆に見えたほうが喜ばれると丸め込まれた。一理ある。
実はその時にジョゼフィーヌから
「今日は妹としてじゃなく、婚約者候補っていう発表になるから。王子様の妹だとリリィは私たちの子供じゃなくなっちゃうでしょう?だから王様が仮にそういうことにするって」とサラッと言われた。
リリアンはそれを聞いて驚く暇もなかった。
そして今、向かい合った所でフィリップは跪きまるで魔法のように花束を出してリリアンに捧げた。これも台の上に置かれていたのだが、下からは突然花束が現れたように見えた。
「リリアン、今日この場で私の婚約者候補であると皆に発表出来たことを嬉しく思う。これから多くの時を共に過ごそう」
「はい、喜んで。ぜひご一緒させて下さいませ」
12本の赤いチューリップが赤いリボンで結ばれている。
花束を受け取り、中から一輪を取ってフィリップに返した。その一輪だけ別に赤いリボンが付いている事に気づいたから、お返しに差し上げたくなったのだ。
フィリップは驚いたように少し目を見開いてから、立ち上がってリリアンの頬にくちづけをし微笑んだ。
赤いチューリップには「愛の告白」という意味があり、その中でも12本送るのは「恋人になってください」という意味があるとされていた。送られた花の中から返せば「はい、あなたの心を受け入れます」という了承の意味を持つ。
そしてその数が1本のチューリップだった場合は特別に「あなたが私の運命の人です」という逆に熱い思いを返すという暗黙の了解だ。
本当は「いつまでも一緒にいよう」というメッセージを込めて9本送るつもりだったが、宰相モルガンが見栄えが良いから12本にしましょうと言った時、フィリップは『モルガンがそう言うから』という建前で喜んでその話に乗った。
自分を兄と呼ぶリリィに12本は送ったらダメかな、と心の片隅で思っていた。9本にしようとしたのはほんの少しの期待があって、逆にあからさますぎて恥ずかしかったからかもしれない。
でも、その花の意味を知ってか知らずかリリィは1本のチューリップを返してくれた。
その事実だけで嬉しかった。
どよめきの後、突然音が無くなり、それから割れんばかりの大歓声が沸き起こった。その音はまるで形を持っているかのようだ。リリアンが身体に強い圧を感じるほどだ。眼下ではあちこちでバタバタと人が倒れていく。
(あの音の圧にヤラレタのかしら?)
リュシアンの視界の端でも、何かが落ちるのが見えた。
「医療班、ジョゼフィーヌを」
感極まって倒れたのだろう。少し休ませれば復帰出来ると思う。リュシアンはこんな事が以前にもあったと懐かしさを感じた。
あの時も人目に付かないように横手の方に隠れた席を用意した。誓いのキスの為にパトリシアのヴェールを上げるリュシアンの表情を見て感極まって倒れたのだ。
「相変わらず面白いわね、ジョゼは。あの時を思い出すわ。後で会ったら『最高のシーンを見逃した、一生の不覚って』って抜け殻のようになっていたのよ。それにしても、まるで私達の結婚披露の時の様ね」
パトリシアがリュシアンに顔を寄せて言うと
「あの時はこれ以上だっただろう」と返ってきた。
「ふふ」
ちょっと張り合ってるリュシアンにパトリシアが微笑む。
一方、リリアンは驚くことがあり過ぎて混乱していた。
まず、見たことがない大群衆におどろいていたのだが、それだけではなくフィリップから花束を貰ってほっぺにキスされた。人前で!
あとこの鳴り止まない歓声、どうなってるの?どういうこと?
リリアンは花束を左に抱え、知らぬ間にフィリップの袖を右手でギュッと握ってしまっていたようだ。
それに気づいたフィリップに「リリアン」と呼ばれ我に返った。
そうだ。お母様が昨日ここへ来る時に花祭会場では妹として恥ずかしくないよう堂々と振る舞うようにと言っていた。
口元に笑みをたたえると、鷹揚に群衆を見やり頷いて肩の横辺りで手を振った。王族ではないがここで群衆に向かって膝を折るものでは無いだろう。
「素晴らしい。ではそろそろ座ろうか」フィリップはリリアンを抱き上げると観覧席が用意されてある方へ向かった。下から「おお」という騒めきが起こった。
王が座り、皆も座る。
さすがにここでリリィを膝に乗せる訳にはいかないか。残念だ。
あれからも鼻血を出して倒れる者が後を立たず救護スペースだけでは間に合わなくなった。
急遽立ち入り禁止の芝生スペースに寝かされた人々は意識を戻した後も一様に胸の前で手を組んで「眼福」などと呟いて夢を見るような表情で余韻に浸っていたらしい。
王の着座を合図にパレードが始まった。
先程、フィリップとリリアンを見た者が家や店にいる者に言って見に出てくる。広場で催し物を見ていた者や遠くにいた者がもっと近くで見たいと寄ってくる。今年は例年以上に人でごった返しているようだ。
ルートは確保されている。
だがそれでも今年は王族と騎士のパレードじゃなかったのは幸いだ。
音楽隊の演奏が始まり、その前を花びらを撒く子供達、各地のダンスの列の間に何故か手押しで散水する荷車が入っていて観客をびしょ濡れにする。
まだ暑い時期ではないのにめちゃくちゃだ。みんな笑顔で逃げている。
最後に花を配る花娘達の列が続いていく。
花離宮のバルコニーでは思いおもいに歓談が始まった。
フィリップとリリアンは祭りの様子をもっと見ようと大理石の高欄の方に行き、先程片付けられた台をリリアンの為に踏み台代わりに持ってこさせた。
高蘭の格子の隙間からでは見えにくいし、抱っこして見せてあげたいけれど、婚約者候補になったばかりのリリィを衆人の前で抱くのはやり過ぎだろう。我慢、我慢。さっき観覧席に引き上げる時に抱き上げていったのは無意識の行動だったらしい。
2人が姿を現すとワッと湧いた。
「こんなにたくさんの人、初めて見たわ。皆にこにこして楽しそう。見て、あの子たち手を振ってくれてるわ」
リリィは微笑んで手を振り返している。落ちないように腰に手を添えてリリィの楽しそうな様子を眺めながら何とも言えない幸せを感じていた。
ああ、リリィといると癒される。
その様子を見守っていたパトリシアはリュシアンに言った。
「ジョゼの様子を見てくるわ」
「ああ、そろそろアレが準備されているだろう、向こうで一緒に食べるといい」頷いてそっと席を立った。
そこへ冷やされた様々な形のグラスに入った『フラッペ』なるものが登場した。
当初のジョゼフィーヌからの提案は氷を雪のようにふわふわに削って、甘いシロップをかけるというものだったが、溶けやすくて長く置いておけず大量に振る舞うのに向かないと準備の段階で分かり、細かいクラッシュドアイスに飲み物を入れる事にしたのだ。
これなら好みの飲み物でさらに多彩な要望を聞く事が出来る。
離宮に急遽増設された氷室に氷を砕く機械を何台も用意したらしい。準備万端だ。
大人には甘さを抑えたものや、リキュールを入れたものもあって色んな味を楽しめる。
貴族向けに解放している離宮の庭園や、祭りをしている広場でも国王から特別に振る舞われる珍しい飲み物として配られることになっている。
ただし庶民向けにはトラブルを避けるため、1種類でアルコールは使われないらしい。
ニコラが給仕女中に代わり、トレーに3種類のフラッペをのせて持って来て、そう説明してくれた。
フィリップはオレンジ、リリアンはイチゴミルクを選んだ。カクテルグラスにさくらんぼが添えてある。これはお酒が入ってない目印らしい。ニコラは蜂蜜入りレモンだ。軽く乾杯し、ニコラは去って行く。
リリアンは自分のグラスを目の高さに上げて感嘆の声をあげた。
「可愛い!苺が入ってるわ」
可愛いのはリリィの方だろう、目をキラキラさせてフィリップのグラスと見比べている。
「飲んでみようか」
「はい」と飲んで「美味しい、あっ冷たいっ!」
「あはは、びっくりして落とさないよう気をつけて」
「もう無くなってしまったわ」
小さなグラスに少ししか入って無かったのだから仕方がない。
しゅんとして反省中の子犬みたいだ。
「僕もだ。他に何があるか見に行ってみようか?」
「ええ、楽しそう!行きましょう」
リリアンはフィリップに掴まりピョンと台から飛び降りると一緒に手を繋いで奥へ入って行った。
なるほど。16歳に6歳の婚約者候補とはどういうものか分からなかったが、お互いに歩み寄り仲睦まじく過ごせるものだな。
リュシアンは2人の未来に思いを馳せ知らず微笑んでいた。
花祭の観覧席に招待を受けただけのはずが
大々的な婚約者候補の発表会になっていましたね
誰の仕業かリュシアンか、モルガンか、はたまたフィリップか
もしかしてリリアンちゃん
知らないうちに外堀を埋められてるのかもよ?
_φ( ̄▽ ̄ )
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