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139話 願いを込めて

 調香師テオは隣に立っていたカップル、レーニエとパメラに声をかけた。



「お二人は恋人とお見受けしました。あなた方もプライベート用の香りでよろしいですか?」


 先ほどの王太子様と婚約者候補様もお揃いの指輪をつけていたが、この二人もお揃いの指輪をつけている。テオは商売柄そういうのは見逃さないのだ。


 レーニエはパメラの腰に手をやって引き寄せて嬉しそうに答えた。


「ええ、プライベート用がいいです。

 私たちが恋人同士だとすぐ分かりましたか、実は私たちもうじき一緒に暮らし始めるんですよ。

 ね、パメラ?」


「うん、まあそうね」



 おやおや、恋人なのは間違いないようですがちょっと温度差があるようですね。


 テオはいくつかの小瓶を出してきてその中からこれをベースにして、合わせる順にこれとこれと・・・と言いつつズラリ並べていった。



「お2人には爽やかというより情熱的で濃厚な大人の、特に攻め系の香りがお似合いだと思います。

 まずはこちらの香りをお試しください」



「女性にはこちら、薔薇の女王と呼ばれるダマスクローズを中心にネロリそれからジャスミンこれらはどれも女性らしさを高める香りですので女性特有の体調の変化やストレス、美容にもよろしいかと・・・それにゴージャスさを演出するムスク、イランイランを合わせてみました」


 攻め系に全振りの大人の香りだ。最近お化粧を変えたパメラは第一印象が年齢より大人っぽく見えたらしい。しかしムエットを受け取るパメラを見て目元や口元にまだ幼さを感じたテオは方向性をややユニセックス系に変えた方がよりしっくりくると感じた。

 すぐにイメージを膨らませ、調合し直す。いつだって今作れる最高の物を提供したい、テオの辞書に妥協の文字は無い。


「そうですね、ちょっと激しすぎると感じるならムスクをやめてベルガモットにすると落ち着きが出てしっとりと、若しくはイランイランもやめてスパイシーにシナモンとカルダモンに変えても良さそうですね。そうするとこちらとはまた違って癖になるような魅惑の香りになりますよ」


 うん、やっぱりこっちだろうテオは2種類のサンプルをパメラに手渡した。


「ふうん、いい香り」


「どっちもいいけど、こっちの方がよりパメラに似合ってる気がするな」


「うん、私もこっちが良いと思った。一緒だね!」


 パメラの選んだパルファムはスパイシーな方で、レーニエも同じ方が気に入ったらしい。



 テオは二人の反応を見て頷いた。相性の良い二人は大抵同じものを良いと感じるものなのだ。



「それに対する男性にはこちら柑橘系の香りライムブロッサムをベースにジャスミン、イランイランからのサンダルウッドにオークモス。ラストはアンバー、ムスクと華麗に変化していきます。

 快活で魅力溢れるあなたには大人の男性をテーマにしました。勿論お二人の香りが合わさった時の調和は素晴らしいものになるでしょう。いかがですか?」



 2人は顔を見合わせて「いいね」と言った。




 もちろんニコラとソフィーも調合して貰った。


 ニコラには(多分強面イケメンの顔つきから思いついたのだろう)危険な男の香りをテーマにしたらしい。おっさんっぽくならないように若さの中にも危ない色気を感じさせる所はテオの腕の良さだ。


 似合い過ぎててソフィーは昇天しそうになった。いい香りのプンプンする強面イケメンなんてマジで危険だ。


 ソフィーはソフィーで上品で少し甘いフローラル系の香りでこれはニコラにめっちゃウケた。ソフィーのやわらかくて甘くて清楚な魅力を香りで表現していて最高らしい。二人は婚約者同士だ、この二つの香りが混ざると何とも言えない甘い空気になること間違いなしなのだ。



 クラリスは殿下に化粧品も沢山買って貰っているのに香水までは他の侍女に悪いと遠慮するので、既製品の中から3人それぞれに似合いそうな香りをクラリスが選ぶことにした。


 アニエスはともかくコレットに似合う香りってどんなのだろう?さしずめクッキーの匂いとかがいいんじゃないか?とパメラは思った。



 最後はルイーズだ。


「あのう、私は今ここに居ないんだけどルネっていう人と調和する香りにして欲しいんですけど」


「残念ながら私はここにいらっしゃった方にしか作らないのです。

 というより目の前にいる方から感じる要素からインスピレーションを受けるのでお話に聞くだけでは作れないのです」



「そうですか。

 ・・・やっぱり一緒に来てくれたら良かったのに」



「ですが、あなた様のキュートな魅力を存分に引き出す香りを作りましょう」


「きゅーと!?わたしが?是非お願いします!」



 ルイーズの容姿は超美人の姉カトリーヌと比べると超普通だ。

 姉がドギツイ化粧でその美しさを損なわせていたから今までその違いについて気にしたことは無かったのに、ルネに出会ってからは気になるようになった。


 しかも姉はキツい化粧をやめたせいで道ゆく人が振り返って見るほど綺麗になってしまった。

 それはルネのため?ルネはお姉さまが綺麗だから好きなの?私の事は?


 ルイーズは今、綺麗になりたくて仕方がないお年頃なのだ。



 もちろん両親はいつもルイーズの事をカワイイと言ってくれるけど、他人にキュートなんて言われたのは初めてで嬉しくなってワクワクしながら出来上がりを待っていると、自分の香水は既に決まって店内も一通り見てまわった皆がぞくぞくと集まって来た。



「出来上がりました。こちらです」



 差し出されたムエットからした香りは・・・石鹸の香りだった。


「せっけん?」


「そうです、清潔感溢れるこの香りは男性にも女性にもとても人気ですからどんな相手であっても好感度アップ間違い無し!

 もちろんこれはあなただけの香りです。

 ただの石鹸っぽい匂いではありませんよ、石鹸の香りを中心に最初はシトラス系のオレンジやミントの透明感のある清々しい香りで好感度を高め、中間にフローラル系のほのかな甘さで可愛らしい女の子らしさを演出、ラストにはアプリコットにムスクをほんの少し加えてあたたかくやわらかな女の子らしさを感じる仕上がりになっています。これは学園とかお出かけ、ご自宅で、夜寝る前といつでもつけていただけます」


 なんだか説明を聞いただけでもうモテモテになった気分だ。



 周りを取り囲んでいた皆も順々にムエットをまわして批評した。


 リリアンは「ん〜ん!いつまでもにおっていたいようないい香り!」


 ソフィーは「確かにルイーズの年齢や雰囲気にピッタリですね。私も欲しいくらい気に入りました」と羨ましがった。


 それから「確かに心地よい香りだ」とフィリップやニコラ、レーニエら男性陣にも大層好評だった。




「素敵な香りを作ってくれてありがとう!!」ルイーズもとっても気に入って大満足だ。




 それぞれがお気に入りの香りを手にホクホクだ。しかも今日の支払いは全て王太子持ちだから余計にホクホクだ。



 店を出ながら満足気に商品の包みを胸に抱きソフィーが言った。


「殿下、私にまでありがとうございます。

 このお店、一度来てみたかった憧れの店だったんです。調香師テオはめったに店頭に立たないと言われている方で『アンブラッセモア』をテーマに夫婦や恋人、家族との良い時間を過ごす為の香りを探求し続けている『香りの魔法使い』、ひと目見た時の印象から導き出す香りのレシピに同じ物は一つとしてなく、2つの香りが合わさった時の相乗効果はえもいわれぬものだそうですよ。とっても楽しみです!」


 ソフィーは相乗効果が楽しみだと言ってはいるが手に持っている香水の事は『テオに作って貰った私だけの特別な香り』という感覚しかない。



「それぞれ香りが違うから皆でつけたら部屋の中は大変なことになりそうだね」とパメラ。


「確かにせっかく一人一人に合わせていただいたのに、香りが混ざってしまったら何がなにやら分からなくなりそうですね」とリリアンも言う。


「しかし私たち騎士は香りで存在を知られるとマズイ場合があるので仕事の日はつける事は出来ません。あくまでもプライベート用ですね」とレーニエ。




 テオは外までお見送りに出て頭を下げたままの姿勢で心の中で呟く(そうですプライベート用はあくまでもプライベート用ですよ)と。



 アンブラッセモアは『私にキスして下さい』とか『私を抱きしめて下さい』といった意味のある言葉で、テオが個人に向けて愛をテーマに特別に調合したフレグランスにのみ付けられる特別なブランド名だ。そうダンディーなのは見た目だけじゃない、テオはめっちゃロマンチストなのだ。


 これらはお店に並んでいる他の既製品が店名ジャスマンのブランド名で売られているのとは一線を画していて、アンブラッセモアの添付文書には効能・効果、用法・用量、使用上の注意が書かれている。

 いくつかあるパターンの中から適当なものを選びテオが作りながらリストにチェックを入れただけの簡単な物ではあるがとにかくそういった物が付いているのだ。



「ありがとうございました。ぜひまたお越し下さい」


 そう言って最後の1人が出て頭を上げると、ありがとうとまだ手を振るリリアンとルイーズに微笑んで手を振り返し見送った。



(皆さん、私はいつだって香水をお使いの皆様が互いに愛を深め関係を発展させられるように願いを込めて香りを紡いでいるのです、その香りの効果を舐めてもらっちゃ困りますよ。ですからどうぞ使用上の注意はよく読んでお楽しみ下さいね)



 今日は実り多き日だった。

 フィリップが苦手だった化粧と香水をすっかり克服していることが証明され、リリアンは嫌いだったお化粧と香水が好きになった。


 これから2人が香水を買った話はまたしても吟遊詩人達によって広められ、斜陽になりかけていた香水産業が一気に国を挙げての大ブームになっていく原動力となるだろう。



 テオのもう一つの願い『香水を皆がまた愛する世の中になって欲しい』・・・それが叶えられる日も近い。


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