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136話 魔法のことば

 ルネは別れ際にオランジェットの店は何処かと聞いてきたのでフィリップは一人案内に付かせ、ついでにリリアン用と王妃への土産用に特盛りで買っておくように言いつけておいた。


(わーい、またあの美味しいお菓子がいっぱい食べられる〜)



 と、ニコラは思った。



 ようやく一行はクラリスの案内で本題の化粧品の店に向かう。

 入るのは近くにあるお店から、まずはセントラル広場に面した立派な建物の高級化粧品店ドゥリュクスだ。


 お店の前にはセキュリティの為か高級感を醸し出す為にか、ちょっとガタイの良さそうな男性が肩をそびやかせて立っていて、クラリスが金色に光る会員証をその人に出して見せるとニコリともせず「どうぞ」と中に通された。



 パメラは(女性向けのお店にこんな番犬がいたら入りにくいじゃないか、客を怖がらせてどうするんだ?)と思ったがよく見ると髪は緩いウェーブで今風に整えられており、スカーフを首にふっくらと巻いてオシャレっぽいいでたちである。


(何?まさかイケメン枠?もしかするとこの店に出入りする貴婦人方はこういう感じがお好みでこれで客寄せのつもりだったのだろうか・・・)と横目で見ながら前を通っていると、何が気に入らなかったのか咳払いをしたレニに脇腹を突っつかれた。


 だがこっちはレニの相手をしているどころではないのだ、その男よりも遥かにガタイが良く見栄えの良い男達がクラリスの後ろにゾロゾロと続けて入って行くのだから優越感を感じてニヤついてしまう。


(フッフッフ。番犬ちゃんよ、色んな意味でこっちの勝ちだな!)


 男は目が点になっていた・・・ように見えた。





 中に入ると一行はさっそくしっかりメイクの女性店員達に取り囲まれた。


「いらっしゃいませ」

「今日はどなたのお買い物ですか?」

「プロの私たちが行うメイクアップサービス(有料)もありますのでお気軽にお声をおかけください」

「春の新色が出てございます、是非ご覧下さい」


 そして彼女達は王太子の来店に満面の笑みで休憩スペースがあるからどうぞどうぞと外からガラス越しに見えるソファーに座るよう勧めてきた。

 ショーウインドウの展示物のように王太子を宣伝に使おうとしているのだ、まったくチャッカリしている。



 しかしフィリップは言われるままソファーに座った。

 女性陣の買い物に付き合う気で来たのだ、ここで待つことにする。


 ニコラはといえば他の護衛も大勢いるのだがドア近くの全体が見渡せる位置に陣取った。まあ護衛業務というよりは店員がウザかったから奥に入る気がしなかっただけだが。

 レーニエはリリアンの護衛とパメラの恋人設定(というか恋人だけど)なのでパメラとリリアンの側で一歩離れた所にいる。



 この店は男性陣には興味をあまり示してもらえなかったようだが女性にとっては夢の国、女性なら誰しもお化粧品はゆっくりと吟味して買いたいところだ。

 しかしクラリスとパメラは事前に用意してきたメモを渡して商品を出して貰うようお店の人に頼んだ。


 今日は王太子殿下が一緒にいらっしゃるのだから私どもの為にお待たせする訳にはいかない。迅速に買い物を終わらせてリリアン様や殿下の行きたいお店の為に時間を残しておかねばと思っていたのだ。



 ルイーズは見ても何がいるのかとか使い方とかよく分からないからクラリスに適当な商品を選んで下さいとお願いし、パメラとソフィーも一緒になってワイワイとあれがいるこれがいる、色はどれがいいかと言いながら選んでいた。


 だけど、リリアンはお化粧が嫌いでしたくないから皆んなと一緒に立っていても見る物がない。



 お兄様に一人でフラフラするなと言われたけれど、ここから真っ直ぐフィル様の所に行く分には問題ないわよね。



「フィル様」


 リリアンはトコトコとフィリップの所に来て横に座った。



「どうしたの、リリィ。皆と一緒に見れば良いのに」


「はい、私はあんまりお化粧には興味がないのでいいのです」



「そうなの?お化粧をしたリリィもとっても綺麗で可愛いのに?」


「フィル様だってそれはお世辞でしょう?」



「どうして?お世辞じゃないよ。リリィはお化粧をした時は大人っぽくなるね、それも素敵だよ。この前の建国祭の時もその前もとっても綺麗でよく似合ってたよ」


「そうですか?」とリリアンは首を傾げ、いかにも信じられないという口調で言った。

「でも、フィル様はお化粧している人はお嫌いなんでしょう?似合ってたと仰られても私はちっとも褒められてる気がしませんよ」



「いいや、僕はいつだって心からそう思ってリリィを褒め称えているよ。

 逆に言葉が全然足りないくらいだ。

 まあ確かに以前は濃い化粧や強い香水の匂いは嫌いだったけどね、でもいつの間にか全く気にならなくなっていたんだ。

 多分、僕は小さい頃からいつも屈強な護衛達に守られていたからそれが当たり前で、自分で自分の身を守るという考えが全く湧かなかったんだろうね。だから夜一人になるのが怖かったし、口紅をギトギトに塗ってるような女性がいるととって喰われそうで怖かったんだよ」



「そうなのですか」とリリアンは目を丸くして驚いていたけど、すぐに笑い出した。


「うふふ、それにしてもとって喰うだなんて、まるで猛獣ではありませんか。人は人を食べたりはしませんよ」


 まるでそんな事有り得ないのに大袈裟な、とでも言わんばかりだ。



 うん、僕が恐れていたのはそっちの方の『喰われる』じゃないんだけどね・・・まあいいけど。


「でも、ニコラと鍛錬をするようになって体力がついてくると自然と自信がついてきて、知らない内に克服出来てたんだよね。それにリリィに会ってこんなに可愛い女の子がいるって知ったし、ベルニエ兄妹には感謝しかないよ」


「うふふ、私たちがお役に立てて良かったです」



「ねえリリィ、リリィがお化粧をして着飾るのは本当に心から綺麗で可愛いって思ってる。だから僕がお化粧が嫌いだからリリィもしたくないと言ってくれているんなら、それはもう気にしなくて大丈夫だ。

 それに他の人がしているお化粧も気にしなくていい、今日この店に入った時も全然大丈夫だったでしょ?だいたい僕はリリィ以外の人がどんな顔をしてても関係ないんだ。

 それよりも学園に通い出したら沢山の人がリリィを見ることになるよね?」


 フィリップはリリアンの瞳を覗き込んで言った。



「僕は・・・素顔のリリィが一番可愛くて大好きだけど、それは僕だけが知っていたいな」





「えっ?」



 なんか今、すごい甘〜いことを言われた気がするんですけど!?


 なんかすっごいドッキンドッキンするんですけどぉ〜?



 リリアンはみるみる赤くなって無意識に右手で鼻を左手で胸を押さえた。

(クラクラして鼻血も出そうだし、もう息が止まりそうです)



 その様子を見てフィリップはフッと笑う。

 かわいい・・・。


 うーん、ここでいつまでもリリィとこうしていたいけど人目もあるしそういう訳にもいかない。それにそろそろ次の店に移動しないとここだけで終わってしまう。


 けど、この薄桃色に染まった瞳は誰にも見せたくない。



「リリィ、そろそろみんなと合流しよう。でもしばらくは目を閉じてこうやって頭を僕の肩に乗せててね」


 フィリップはリリアンのおでこにキスをして抱き上げると他の人にリリアンの可愛い顔が見えないようにそう言ってもたれさせクラリス達のいるカウンターに向かった。



「そう言えばディブリーが初等部1年の授業で化粧も習うって言ってたよ、リリィもここで買っておけばいい」


「はい・・・」フィリップにもたれてリリアンの気分はもうトロトロで液状化しそうだったが何とか返事を返した。




 フィリップは皆のいる所にいくと店員に聞いた。


「私のリリアンが学園で使える物が欲しい。ここの化粧品が一通り入ったセットはあるか?」


 ここの常連客は最高の物を金に糸目をつけず全部揃えて持っておきたいという心理の貴婦人だろう、きっとセットになった物があるはずだとフィリップが試しに店員に聞いてみると店員は大喜びで展示台の上に鎮座まします煌びやかなドレッサーを示して言った。



「はい、一通り入ったセットでございますね、こちらでございます!!」


「いや、それはいくらなんでも大きすぎる、持ち運び出来る物が良いんだ。

 もっと小さい物はないのか」



「ですがこちらはお化粧水などはマグナムボトルがついておりまして思う存分浴びるほど使えますし、特典と致しまして今回に限り非売品の『真珠の粉』をお付けします。

 実は私共のお店が一流中の一流に格付けされるに至ったのはこの真珠のお粉のお陰でございまして、これは王妃様が販売出来ない不揃いの真珠の使い道は何かないかと宝石商の方からのお話を受けてそれならお化粧品に使ったら良いのではと思いつかれて直々に私どもの店に商品化のお声掛けをして下さったという経緯のある大変有難いお粉なのです。

 その貴重なお粉を今回に限りこちらのお化粧セットをお買い上げのお客様限定でお付けしようと単体で容器にお詰めしました。これ程のものすごく細かい微粉末にする技術は他では到底真似出来ない事でございましてもちろんドゥリュクスの独占商品でございます。

 そもそもドゥリュクスがこれほどの店になったのもこの真珠のお粉をあらゆる商品に入れるようになり王妃様のご愛用品となったからでございまして、仕上がりが美しく真珠のように輝くだけでなく、お肌そのものを健康に導くのでございます。

 キラキラと輝いて顔が明るく見え、アイシャドウや口紅、頬紅の綺麗な発色はこれのお陰と王妃様を筆頭に多くの貴婦人方に支持を得ておりますところでパーティー会場でも大変映えると評判でございます。

 これはその全てのアイテムが全部入った王妃様もご愛用の鏡付きメイクボックス、題して『王妃様のメイクボックス』でございまして、もちろん春の新色も全色入ってございますですっ」



(なるほど母上がいつも顔も首も腕も手の甲も妙にテカテカとした光沢を放っているのは何故だろうと前から思っていたんだがどうやらその原因はここの化粧品に入っている真珠の粉だったんだな)


 フィリップは店員の顔を見た。


(うん、納得だ。間違いない)




 店員は『王妃様のメイクボックス』のあちこちを開いて見せた。


 彼女はこれは王妃様が現在ご愛用中の鏡付きのメイクボックスだと言うのだが、もはやボックスというよりドレッサーだ、鏡は勿論椅子まで付いている。アイテムに合わせて作った引き出しは薄いものから深いものまで色々で、ギミックの凝っていることにアイシャドウなどは薄いパレットが扇状に出て来て全色を一覧出来るようになっている。もちろん使うものはすぐ取り出して手に取れる機能性も備えているそうで確かに女性にというか、特に可愛い物好きの母上にウケそうではある。

 母上はなんか上手いこと乗せられて大量に買わされてるんだろうな〜と内心呆れたフィリップだった。



「これでは学園に持っていけない、学園の授業で使えるものが欲しいんだ。

 ・・・しかしメイクボックスって・・・どう見てもこれは家具だろ」


「学園の授業で、でございますか・・・?」


 店員は初めて聞くワードにキョトンとしている。彼女は貴族ではないからメイクアップの授業があることを知らなかったようだ。



「殿下、リリアン様用にお買いになるなら私は基礎化粧品とベースメイクはオリビエの物を使いたいと思っているので、その豪華版ではなく私が持ってる『彩り標準セット』というのになさったら良いですよ。

 それには若い人には使いにくい『ラメ』が入っていますからそれを外して代わりに春の新色を入れて貰ったら調度使いやすいと思いますがいかがでしょうか?」


「ああ、あれか、それがいい。では今クラリスが言った物をここにいる女性分欲しいから5セット用意してくれ」


「はいっ、畏まりました」と店員達は大喜びで用意をしに引っ込んで行った。



「殿下、えっと・・・私の分まで?良いのですか?」とパメラが恐る恐る聞くとフィリップはさらっと答えた。


「もちろんだ」


「えっ!ありがとうございます!!すごい流石殿下ふっ、ゴージャス!!」


 とりあえず殿下に対して「太っ腹」というのは不敬かと思ったのでゴージャスに言い換えておいた。たぶんセーフだ。




 フィリップはパメラが何か今いらないこと言おうとしたなとは思ったが気にしない。


 なんだかさっきリリィに言った言葉が思いのほかヒットしたようで、可愛い反応が見られたので大変気分がいいのだ。だからここは大判振る舞いだ。


 大体パメラの化粧を変えるように言ったのはフィリップだし、レーニエから同居を始めると聞いてるからその祝いのつもりもあった。クラリスだって大事にしていた私物をパメラに使ったらしいから元々この二人の分は買ってやるつもりだったのだ。

 それにルイーズはリリィと同じ物を使って授業を受ければ良いし、ソフィーも含め皆んなが同じ物を使ったら色々話も合ってその方がリリィも楽しいだろう。



 リリアンは綺麗な色のアイシャドウや口紅などがメイクボックスにどんどんセットされていくのを見ながら何だかわくわくとして胸が弾んできた。



 結局、『王妃様のメイクボックス』は買わなかったが王太子婚約者候補様と側付きの皆様にも是非使っていただきたいとその非売品だという『真珠の粉』も5人分付けてくれて、金の会員証はまだ持っていない女性4人とフィリップ、ニコラ、レーニエにも発行され、更に護衛の皆さん用にと共用カードが発行された。これら男性カードは奥様や恋人をエスコートして来たら喜ばれるし、女性へのプレゼントを買う時に使うと良いということだ。

 ちなみに金の会員証は割引とかのサービスがあるわけではなくただの入店許可証だ。


 誰か代表して受け取っておけと声を掛けると自ら前に出てきたのはアルセーヌだ。最も縁が無さそうな髭面のこの男、金の会員証の裏面の注意書きをめっちゃ見てる。

 もしかしてビジュー・オークレアに口紅でもプレゼントしようとか思ってるのかもしれない。ここの口紅ならさぞ喜ぶだろう、アルセーヌも隅に置けない男になったものだ。



 それから今回の事でお店側は学園でお化粧の実習に使うセットが必要ということを知ったので、今からでも『新入学セット』を作って販売すると店員たちは息巻いている。若年齢層はあまり顧客にいないので盲点だったと。


 うん、この様子ならお店側も大盤振る舞いで付けてくれた真珠の粉5本分の元などすぐに回収出来そうだ。




 結局、次のオリビエの『基礎化粧品&ベースメイクセット』も、その次の店のフェイスブラシ等が一通り入った『お道具セット』も全員分フィリップがお買い上げだ。



 目をキラキラさせて「あのお化粧セットまるで宝石箱みたいで素敵だったわね」「使うのがとっても楽しみ!」とルイーズと言い合ってるリリアンは、ついさっきまで「お化粧はきらい」なんて言ってたことなんてすっかり忘れてしまったかのようにとても嬉しそうだった。


<出演者メモ>

久しぶりに名前が出たこの二人の事は覚えていただいてますでしょうか?


金の共用カードを受け取ったアルセーヌはリリアン専属護衛隊の一人で髭面寡黙な大男です。ビジュー・オークレアの事が多分好きだと思います。

登場回 116、118、119話


ビジュー・オークレアは歴史文化相所属の才女です。馬通勤です。背が高いです。

登場回 86、87、114〜118、123話

_φ( ̄▽ ̄)


いつも読んでくださいましてありがとうございます。

作者は皆さんの応援を燃料にしています。

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