135話 ルネは情報通?
ルイーズはルネの同情を買う方策に出た。
「ルネ!今日のお買い物はみんなカップルなの。私だけ1人だとカッコ悪いでしょ?ルネが一緒にいてくれたらいいんだけど、ねえ一緒に行かない?
ルネは王太子殿下のご学友でしょ?だったらいいわよね、ね?」
正確にはカップルになっていないメンバーは他にクラリスも居るのだがそんなのは気づかないフリ、構っていられないのだ。
「ルイーズ、残念ながら私はこの後の予定があるんだよ。
今はちょうどその手土産を買いに・・・ドルチェ・タンタシオンというお店のオランジェットというお菓子を買いに行ってるところだったんだ」
ルネは途中で言い直し、ドルチェ・タンタシオンと言った時に口元に笑みを浮かべて面白そうにチラッとリリアンを見てきた。
リリアンはたった一度のお出掛けでたまたま入ったお店の、たまたま自分が食べたことがあるお菓子の名前が出たので目を丸くして言った。
「まあ!そのお店のオランジェットは私も頂いたことがありますよ。
とっても美味しかったです、パトリシア王妃殿下へのお土産にも買ったくらいですから手土産に最適ですよ」
「ふふふ、そうでしょうとも!存じ上げておりますよ。
リリアン様のお気に入りのお菓子だと向こうのアイリス広場で吟遊詩人の語りにあったからこれは手に入れたいと一足先にこっちにやって来たのです。皆はまだ輪になって聞いていましたからね。
それにしても彼らはまさかこちらへご本人がいらっしゃるとは思ってもいないでしょうね、私は本当に幸運でした」
ルネはそう言うと二カッといかにも楽しそうに破顔した。そうやって笑うとパッと花が咲いたようで男の人に言うと失礼かもしれないけれどこの男、なんとも可愛らしいのだ。
リリアンも(なんて明るく楽しい気持ちにさせるような笑顔を見せる方なのだろう)と少なからず驚いたほどだ。そしてこの人好きのする感じにルイーズが夢中になってしまうのも頷けるわ、と納得したのだった。
さて今しがたルネが言っていたアイリス広場は、セントラル広場に比較的近い所にある常設市場に隣接した小さめの広場で、毎週水曜と金曜はそこに青空マルシェが立って賑やかだ。
今日は土曜日でマルシェはないがそこで吟遊詩人が人を集めて語りをしていたらしい。
ルネは今日もカトリーヌの屋敷にシャム猫ブリュレと行く予定だ。
毎日の事なので手土産にするお菓子はすっかりネタ切れで、今はもう評判のお菓子だからというよりもお店のショーケースに並んでいるのを日替わりで右から順番に買ってるような状態だ。
あんまり毎日ケーキを買いに訪れるのでセントラル広場界隈のケーキ屋さんではどこに入ってもルネは有名で『大の甘党様』などと呼ばれている。変なあだ名だがそのお陰で美味しいスイーツ情報を教えてもらえたり、新商品の試食やオマケを貰えたりするから人目を気にしなければもうメリットしかない。
だけど流石にもうちょっと目新しさが欲しくなってきたところだ。
それならと常設市場で何か珍しい果物でもと向かった所で吟遊詩人の語りでオランジェットの事を聞いたから(これは珍しいし話のタネになる、トレンドの最先端じゃないか)と直ぐセントラル広場まで引き返して来たのだ。
しかも来てみたらこうやってそのトレンドの発信源であるフィリップとリリアンに遭遇し、リリアンに直にオススメされて王妃様も召し上がったとかもうすっごい話題性があって最高だ。
ドルチェ・タンタシオンのオランジェットは絶対に今日中に手に入れなければならない逸品だ。訪問先で喜ばれること間違いなし!
ちなみにブリュレだが、今はお買い物には連れて来ていなくてまだルネの屋敷にいる。
何故ってそれは人混みに連れて入ったら疲れてしまうかもしれないし、と〜っても可愛いから気をつけていても買い物に気を取られたりしている間にうっかり誰かに拐われてしまうと大変だからだ。
可愛いブリュレをとてもそんな危険な目に合わせられないから行ったり来たりの二度手間になってもルネはお菓子を買った後で一度屋敷に迎えに帰ることにしている。
当のブリュレは毎日カトリーヌの家に午前と午後に通っているのでどちらが自分の家で誰が自分の家族かよく分かっていないかもしれない。もしかするとココットをお兄さんと思っているかも?
最近、仲がいいんだよね一緒にお昼寝したりして・・・あれ?いつの間にか話が盛大に逸れてたみたい。
フィリップでも知らない事があったらしい、ルネの話を聞いたフィリップは思案気に顎に手を当てて言った。
「吟遊詩人がリリィの話を?そういう報告は聞いていないが」
が、すぐにリリアンの手を離してしまったことに気がつきリリアンを抱き上げた。これならリリアンがルイーズのように急に走り出したりすることはないので安全だ。
まあリリアンはそんなことしないけど抱っこしとくとこっちが安心、色んな意味で。
「おや、殿下はご存知ではないのですか?
ですが彼らは国王陛下の許可を得たマントを羽織っていますから陛下が遣わせた公式の者達ですよ。
先ほど私が聞いたところでは昨日、大勢の吟遊詩人が放たれあちこちの広場に現れるようになったそうです。それでリリアン様のお話しを広めておいでのようですね。
今日は向こうのアイリス広場に行っていたのですがちょうど吟遊詩人を囲んで人が輪を作っていましたから私も興味を持って近くに行ってみたんです。
そうしたら隣に立っていたご婦人が話しかけて来ましてね、彼女によると王都担当は5人いてその内3人がいつも同じ場所でやっているそうですよ。
日によって話が変わるそうで今聞ける話は全部で6つあるそうです。
それで私が聴いたのは『初めての街歩き』というお話で面白いお話でしたよ、その中に出て来たオランジェットがカトリーヌへの手土産に良さそうだとそっと途中で抜けてこちらに来たという訳ですよ」
「殿下、前にリリアンの伝記を作りたいとか言って陛下に色々聞かれたアレがコレではないでしょうか」とニコラ。ソフィーも横でコクコク頷いている。
「ああ、私もソレかと思ったが」とフィリップ。
「伝記ですか?それでしたらこんなのはご存知ですか殿下、向こうにある水色と黄色の」とルネが他にも何か話そうとすると。
「ねえちょっと待って!ルネ、用事ってウチに来ることだったの!?
お父様は今日はルネは来ないって言ってたのに、私を嵌めたのね!?
それにお姉様へのお土産を買いにわざわざこんな所まで来るなんて!そんな事しなくていいのよ、お姉様太っちゃうから!ニキビいーっぱい出来ちゃうんだからっ何もしなくていいの」
ルイーズは話している最中のルネの腕を掴み、姉のことは放っておけと訴えた。
だけどカトリーヌはオヤツをあんなに食べていてもゴロゴロしているわけではない。美味しく食べてからすぐにルネと一緒にココットのお散歩に行くという毎日の習慣のお陰で太ってもいないしニキビもない。
それはそうだろう、午前と午後に1時間ずつシェパードのココットを連れて外を歩けばそれはもうとても良い運動になっていてカトリーヌはいたって健康的な生活をしているのだ。逆に消費エネルギーが多すぎてもっと食べた方が良いくらいなのだから。
「ちょっと待って、ルイーズ」
「あれ?そういえばなんでお姉様のことをカトリーヌと呼んでるの?一昨日帰る時はそんな風に呼んで無かったわよね?どういうこと?私がいない間に何があったの?」
「いやいや、殿下やニコラと話す時にいちいちカトリーヌ・アングラード嬢って呼ぶのは変でしょ。ボク達は皆んな同級生だし子供の頃から仲間内ではそう呼んでいたんだよ」
「そうなの?それだけ?」
「うん、そうだよ」
「ふーん、そうなんだ。
あっ!だったらやっぱり私と一緒にお買い物しましょうよ!ココのお散歩はお姉様一人で行けるし、ウチまで行かなくても私はここにいるんだし、いいでしょ?
ねえ、ねえ、ルネってば〜」
何が『だったら』なのか文脈的によく分からないし色々言ってる内容は説得力がゼロなんだけど、ルネがウンとなかなか言ってくれないのでとうとうルイーズはルネの手を握ってピョンピョン跳び出した。
「いやいや、今日はココのお散歩だけじゃなくて昼食もご一緒させていただくことになっているからどうしても行かなきゃいけないんだよ」
「えー、そんなのいや〜!みんな狡い〜!」とルネの手を握って左右にブンブン振り出した。これはもうどちらが根負けするかの勝負になってきたようだ。
アカン、ルイーズが煩くて話にならん、とフィリップは途方に暮れそうになった。
ルネもルネだ。わざわざルイーズが騒ぐ燃料を時間差で投下するのは止めろ。
それにルイーズの母親は元王妃付きの侍女で10年程前にこちらからカトリーヌの再教育の為に遣わした者だったはずだぞ。彼女はとても教育熱心だからルイーズのマナー教育は完璧だと言われていたんだがこれはいったいどうなっているんだ?
それとももしかしてこれが普通なのか?リリィが特別完璧な美少女天使なだけで、これが就学前の10歳の令嬢の完璧なマナーが出来てる状態なのか?
だがどちらにしても学園入学までそう日にちはないがお行儀をもっとしっかり学ばせるように言っておかねばこれでは先が思いやられるぞ。
フィリップのウンザリした顔に気がついたニコラが手でパメラにルイーズをあっちへ連れて行けと合図し、パメラがルイーズを引っ張って行ってようやく話の続きが出来るようになった。
パメラとレーニエの間に立たされたルイーズはようやく大人しくなった。
「ごめんなさい、騒ぎすぎました」
ルネから引き離されたことで急に冷静になったらしい。
そんな風にしおらしく謝ってこられるとパメラも可哀想になってしまい肩をポンポンと叩いて慰めてやった。
こんな混沌とした状態にも関わらず、リリアン達を取り囲む群衆はまだ笑顔でこちらを眺めている。彼らは騎士達が立っているラインより中に入って来ようとしなかったからリリアンもすっかり慣れて怖く無くなった。
それどころか反対に群衆を眺める余裕も出てきてフィリップに抱っこされたまま(お出掛けってにぎやかで楽しいな〜)と微笑みが溢れたくらいだ・・・これがまた新しい逸話の元になってしまうとも思わずに。
か、かわいいっ!
王太子の腕に座るように抱かれた小さな婚約者候補の微笑みに人々は魅了された。
後に小さな女の子がお父さんのお膝でまた聴かせてとせがむ『抱っこ姫』という童話は、こうして王太子に抱っこされた姿が目にされた事が家族やご近所さんに口伝えに広まり自然と生まれたお話が元となったそうだ。
リュシアンから放たれた公式印の吟遊詩人たち。
彼らは津々浦々で庶民を集めて語るだけでなく貴族のお屋敷やお茶会、パーティー会場にも呼ばれて行ってお話しますよ!
この国の重要な娯楽です。
_φ( ̄▽ ̄)
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