134話 群衆の中から現われた人
「わぁ、すごい人です!」
リリアンがフィリップに続いて馬車から降りようと外に目をやると、馬車の周りを大勢の人が遠巻きにグルリと取り囲んでいるのが見えた。
彼らはセントラル広場にお出掛け中にたまたま王族のお出ましに行き合った貴族や庶民で、ラッパが鳴って王族の馬車が入って来たのでひと目見ようと集まって来たのだ。
その人垣が狭まって来ないように王立騎士団から駆り出された騎士達が群衆の輪の内側に等間隔に立ち、そのまた内側を騎馬の騎士が巡って不埒な者がいないか監視していて、ちょっと物々しい雰囲気だ。
「王太子婚約者候補様だよ」
「あれがリリアン様か」
ワイワイガヤガヤとした群衆の声の中から王太子やニコラの名に加えて自分の名を呼ぶ声も混じっているのが聞こえてきた。
本来なら堂々と余裕の顔で優雅に振舞わねばいけないのだろうけど、皆一様に首をのばして物見高くこっちを見ていたからリリアンは萎縮してしまい降りるのを躊躇ってしまった。
だって宮殿の中にいる人達や自領の騎士団、それに公式行事の時の人の多さは怖いと感じなかったけどそれは安全だと知っているからだ。でもここにいるのはてんでんばらばらの統制されていない人達で、いつも王宮の中で外部との接触なく暮らしている深窓の箱入り令嬢であるリリアンには怖く感じられたのは仕方のないことだろう。
ニコラは御者席から降りてドア横に立っていた。
実はリリアン達の下車の為のタラップを下ろしたのもドアを開けたのもニコラだ。
そこまでしなくてもそういう仕事は馬車の後ろに乗っている御者の補助係にさせればいいのだが、ついでだからやっておいたのだ。用が終わったグローブは外して御者に返しておく。
そしていつになく戸惑った表情のリリアンを見て言った。
「リリアン、自分が王太子婚約者候補だということを忘れるなよ。
今日は前回と違って身分を隠す事なく来たし、王族のお出ましを知らせるラッパも鳴らしたからお前が誰なのか分かった者も大勢いるはずだ。
道を歩く時も店に入ってからも楽しいからと気を抜いてフラフラしてはいけないし絶対に1人になってはダメだぞ。お前は皆の目から見たら王族と同じなんだからその自覚を持って行動してくれ」
「はい、分かりました」リリアンは兄の言うことを神妙な顔で頷いた。
「リリィそんなに緊張しなくても大丈夫だよ、僕が付いてるし護衛もいっぱいいるからね」とフィリップが微笑んで手を差し伸べてくれたのでリリアンも「はい」と微笑みを返してその手に手を重ね、ドレスで足元が見えないから気をつけてゆっくりとタラップを降りた。
それを見た群衆はますます騒がしい。
リリアンはフィリップとしっかり手を繋ぎ、今日は気を引き締めて街を歩こうと思った。前回はとても気楽な気分で街歩きが出来たのに今回はそうは行かないようで緊張する。
まだ馬車の中にいる3人はニコラが手を貸した。
クラリスに手を貸して降ろし、ソフィーを後回しにして先にルイーズを降ろすとやはり彼女も馬車の周りの人の多さに驚いたようだ。
「すっごい人!
あっ!◎※◆×▷&*♪♪!!」
ルイーズは何か意味不明な事を叫んだかと思うとニコラや騎士達の隙を付き、群衆の中にピューッと突っ込んで行って一瞬で見えなくなってしまった。
「マジか」
ニコラはソフィーが降りるのに手を貸していたのと、全く予想していなかった行動だった為に振り向いた時にはもう遥かかなた、ルイーズを引き留め損ねてしまった。
面倒な事になりルイーズを先に降ろした事を失敗だったと悔やんだが、他の護衛がすぐに反応して走って追いかけて行くのが見えたのでまあ本職に任せておくことにした。そもそもニコラはルイーズのお守りより王太子殿下のお側にいなければならないお役目なので当然なのだが。
それにしてもルイーズの突発的な行動は危険だ今日一日あの調子で動かれたらたまらないぞ。後でよく言って聞かせなければいけないな。
どうやら勝手な行動はするなとか自覚せよというのはリリアンに言うよりもルイーズに言ってきかせなければならない事だったようだ。
ようやくルイーズが戻ってきた。
人垣が割れて出来た隙間を通り護衛に手を引かれたルイーズは悪びれもせず満面の笑みだ。しかもその顔は完全に横っちょ、もう一方の手に繋がれている人に向けられていた。
そう、恋する少女の瞳は千里眼。
いつも「逢えないかな、逢えたらいいのに・・・」と彼の面影を探しているものだから、どんなに人が多くても奇跡のように彼を見つけ出せてしまうものなのだ。
「・・・ルネか?」とフィリップ。
「・・・ルネだな」とニコラ。
先ほど周囲を見回した時にはルネが居るなど全く気が付かなかったが、この人の多さとあの距離でルイーズはよく見つけたものだ。
取り敢えずルイーズは今日の連れなのでフィリップは2人が来るのを待った。
「ああ、うれしい!ここでルネに会えるなんて全然思ってもいなかったのに、こんな偶然が起こるなんて私たちきっと運命の糸で結ばれているんだわ!
ねっ?ルネ」
戻ってくる彼らからそんな声が聞こえた。どうやらルネはルイーズに相当慕われているようだ。
「これはこれは殿下、お目にかかれて光栄です」
ルネはフィリップの前まで来るとニコニコと明るい笑顔の軽い調子で挨拶をした。
「ああ」
フィリップも軽く返す。
「ニコラにオジェ嬢も久しぶり」
「おお」
ニコラも軽く返す。
「お久しぶりですね」
「そして、こちらの方は・・・殿下、どうぞ私に紹介して下さい」
「・・・私の婚約者のリリアン・ベルニエだ。知ってると思うがニコラの妹だ。今年から学園に通うことになっているからリリィが何か困っていたら助けてやってくれ宜しく頼む」
「はい」
「なければ近づくな、以上!行ってよし」
「ちょっと殿下〜それはないでしょう、私にも挨拶をさせて下さい」
「仕方がない、だがリリィには触れるなよ。お前がリリィに親しくする様子を見せると皆が敬意を忘れて近づいてくる恐れがある。ここでそうなると危険だからな」
などともっともらしそうに言うフィリップ。
何のことはない、学園に入学すると色んな輩の目に触れるようになるリリアンが心配で早くもハリネズミのように神経を尖らせているのだ、相手はルネなのに。
ルネはリリアンに正式な挨拶をしようと手を取り跪こうとした所へそう言われたので、手を取るのを止めて一歩下がって背を真っ直ぐのばし美しい姿勢をとると胸に手を当て言った。
「お初にお目にかかります私はカザール伯爵家次男、ルネ・カザールと申します。
これはこれは王太子婚約者候補様は聞きしに勝る美しさでございますね、ニコラに目つきも体格も似なくて本当〜に良かったですよ。
私は殿下とニコラの学友でありますから今後はお目にかかることも多かろうと存じます、どうぞルネとお気軽にお声を掛けて下さい」
彼はちゃんとしているのにどこかひょうきんというか、親しみを覚えるような人柄だ。リリアンはニッコリ笑って挨拶を返した。
「はい、どうぞよろしくお願いします、ルネ。
私は王太子婚約者候補のリリアン・ベルニエです。リリアンとお呼び下さいませ」
「はい、ありがとうございますリリアン様」
「では我々はこの後予定がある、立ち話はこれくらいにしよう」
リリアンはまだルネの領地カザール領のこととか色々聞いてみたいことはあったがフィリップの言う通り今日はパメラのお買い物に付いて来ているのだからそれはまた今度だ。
「はい。ではまたお会いしましょうね、ルネ」
「はい、楽しみにしております」
「じゃあまた学園でな」とニコラ。
「ルネ様、ではまた学園でお会いしましょう」とソフィー。
「うん、またね!」
それぞれ別れの挨拶を交わしリリアンもフィリップと手を繋ぎ歩き出したのだが、どうやらルイーズは諦めきれなかったようだ。
現れたのはルイーズの片想いの相手、ルネでした。
彼はあれでも番外編『ルネの猫』と『ルネがいるから』の一応主役!
番外編はルネとカトリーヌとシャム猫ブリュレのお話で、こちらの進行状況はまだ二人が出会ってすぐの夏休みに入ったばかり(今話からすると8ヶ月ほど前)のタイミングです
本編『王子様は女嫌い』のブックマークが増えたらアップという縛りを最初に自分に課したせいで更新はゆっくりになりますが忘れてはいません、ぼちぼち更新していきますのでまたそちらも見てやって下さいませ。
_φ( ̄▽ ̄)
いつも読んでくださいましてありがとうございます。
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