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133話 お化粧は嫌い

 朝のお支度中、アニエスに髪を梳いてもらっていたリリアンにクラリスは尋ねた。


「リリアン様、今日は街にお出掛けですからちょっとだけお化粧をなさいませんか?」


「いいえ、私はいいの。いつも通りでお願いね」


「畏まりました」クラリスは一礼して後ろに下がった。



 せっかく今朝のお出掛けに間に合うようにお化粧セットが戻って来たけど、クラリスの出番は今日も無かった。


 すぐに使えるよう準備されていたお化粧水やパウダーなどを元のように仕舞っていく。それはソフィーの母ブリジットが王太子婚約者候補付き侍女になるクラリスへの花向けとして持たせてくれたものだった。

 メイクが得意で好きだから、いつもブリジットのお化粧道具を大事に大事に扱っていたから、クラリスが一番喜ぶ物だと知ってたのだろう「これはあなたが使ったらいいわ、いつも私を綺麗にしてくれてありがとう」と言って。



 クラリスは大事そうにお化粧セットのボックスの縁を撫でる。


 奥様は私用にと仰って下さったけど勿体なくて自分には使えない。美しい装飾のケースに入った色とりどりにキラキラ輝く化粧品達は尊くて、無くなったらまた買いに行くなんて出来ないほど高級で・・・これはリリアン様に使わせていただきたいと思っていて。



 パタンとお化粧道具入れの蓋を閉めた。


 リリアン様がお化粧をなさらないのなら他にすることといえばコレットの仕事のお手伝いをさせてもらうくらいだ。ドレスや靴、持ち物のチェックをしているコレットの所へ向かった。



 クラリスは思う。


 パメラ様がお化粧を変えて綺麗になった見違えたとあんなに皆に騒がれたり、同じ新入学のルイーズ様がとてもお化粧をしたがっていらっしゃるのにリリアン様はまだ全然お化粧に興味がないみたい。


 本来は12歳から通うところを4年も早くお通いになられるのだから、まだお小さ過ぎてお化粧に興味がないのかもしれないけど、学園に通い出したらお化粧は貴族令嬢の身嗜みというのが常識。

 私の頃は学園に入る時はお化粧をしていない子も何人か居たけど、それは侍女がいないような家の子で、トップグループを形成したい子達から「イモダサ令嬢」とか言われて下に見られてしまうのよね。

 でもそういう子も『淑女のマナー』の基礎課程の中でも一番初っ端にある『身嗜みレッスン』でお化粧を習うとお化粧をして来るようになってそれなりに学園の雰囲気に馴染んでいくんだけど。


 リリアン様は何もしなくても充分過ぎるほど美しくお可愛らしいから下に見られるような事は決して無いだろうけど、本当に何もしなくて良いのかしら?


 私はお化粧して登校するのが毎日楽しみで仕方がなかったけどな・・・。




 リリアンもこれまでに何回かはお化粧をしたことがあった。

花祭り、ケネス王国の方々が来られた時の接待の席で、それから建国祭といずれも公式行事の時だ。


 どの時もフィリップは可愛いと褒めてくれていたけれど、それは令嬢が着飾った時は褒めるのが礼儀だからだとリリアンは思っていた。



 だって以前お化粧をする事になった時にエマがこう言っていた。


「王太子殿下は女性の濃いお化粧やキツい香水の匂いなどが大変お嫌いですから極薄くにしときますね」


 それから学生時代の思い出話もしてくれた。


「私が在学中にこんなことがありました。ある日、中庭をお通りの殿下を拝見しておりましたら、急に目の前に現れた女生徒を見て倒れてしまったのです。

 ニコラ様が殿下を抱えて直ぐに何処かへ連れて行かれましたけど、直前に美しい顔を歪めて膝をつき胸を押さえて具合が悪そうにしてらっしゃいましたから皆何事かと心配して辺りはしばらく騒然としていましたよ」と。



 一部始終を見ていたエマは突然のことに驚き、最初は女生徒が何かして殿下を襲ったのではないかと疑ったらしい。

 それは周囲の者も同じだったようで暗殺しようとしたとか色仕掛けで迫ろうとしたに違いないなどと色々な憶測が飛んだが、学園側からはすぐにそれらを否定する見解が発表された。

 確かに彼女が殿下の護衛に連れて行かれる時も拘束されてなかったし翌日もその後も普通に登校していた。ただ後で物見高い連中に囲まれたり嫌がらせを受けたりはしたようだったが。


 その後『学園という学びの場に相応しいお化粧をするように』とか『化粧は美しくあるためにするものであって、過度なものは他人を不快にするものでマナーが悪いとみなされる』などといった訓示が長々とあったり風紀委員という係が出来て『香水の使用については控えめにするように』としばらくの間は朝の匂いチェックが行われたりした。

 そんな突然の対策に皆はあの日の王太子殿下の異変はあの女生徒の濃い化粧とキツい香水のせいだったんだ理解した。


 更に翌年からは『淑女マナー』という授業でメイクアップ術を教えるようになったのだとか。



 という訳でフィル様はお化粧が根っからお好きでないの。


 だから私はフィル様にご不快な思いをして欲しくないし、私も私のことを不快に思われたら悲しいからお化粧はしない方が良いと思う。


 それにそれだけじゃない、私自身も何もつけない自分の肌が好きだからお化粧はしたくないの。フィル様はいつも私の肌がすべすべもちもちで綺麗で可愛いとほっぺを撫でて下さるもの、それがお化粧品で荒れてしまったら悲しいわ。


 だから新しい3人の侍女達にも公式行事は仕方がないとしても、普段は化粧品や匂いのするものは絶対につけないでね、と言ってある。


 その代わりせめて少しでも可愛く見えるようにアニエスにお願いする。

 今日はサイドの髪をくるくる捻って後ろで留めて貰ったから首や顎の辺りがスッキリして胸につけて貰ったブローチもこれならよく見える。




 準備がすっかり整う頃にフィル様がいらっしゃった。


「リリィ、準備は出来た?

 うん、今日もすごく可愛い。それもよく似合ってるよ」


「ありがとうございます、フィル様もとてもお似合いです」


「それは良かった。それでは行こうか」


「はい、フィル様」


 私たちは手を繋いで一緒に歩き始めた。


 横を見上げるとフィル様が気がついてニコッと笑いかけてくれて、その襟には前回のお出掛けの時に買ったレゼルブランシュみたいな馬のブローチが付いていて光を反射してキラキラしている。私もラポムのブローチを付けてもらっているからお揃いで、なんだか特別な気分で一気に気分が上がっちゃう!



 既に外にはレーニエと今日の護衛の方々、お兄様とソフィー、ルイーズも来ていていつでも出発できるようになっているという事だ。

 クラリスとパメラを従えて出ると門の前には王家のマークの入った白い大きな馬車が準備されていた。


 馬車の横には御者さんが二人立っているけど・・・。


 あら?まだお兄様がいらっしゃらないわと、キョロキョロしていたらソフィーが気がついてにっこり微笑んで視線で教えてくれた。


 見るとお兄様が御者席にすっかりその気の顔で座っていたの!



「まあどうして?お兄様はいったいどうされるおつもりなのですか」


「あのね、今回は僕たちは変装せずに行くことにしたし急に決まったから行き帰りは安全の為に馬車にしたんだ。一応学園に通う時の移動の予行演習も兼ねているんだけどニコラがどんな感じか御者をやってみたいっていうから、まあ・・・じゃあやってみる?ってことで許可を出したんだよ」


「まあ、お兄様ったら!まるで何でもやりたい子供のようではないですか」



 早々に御者席に乗り込み、グローブをはめニギニギして具合を確かめていたニコラの耳にもリリアンの声は届いた。妹に子供みたいだと呆れられてしまったが、こっちにだって言わないだけで言い分はある。


 俺の今日の服装は馬に乗れないこともないが薄手で毛羽立ちやすいからちょっと適してはおらず、エクレールも連れて来ていない。

 ソフィーが殿下とお出掛けだから失礼がないようにといつもよりお洒落をするだろうと思ってベルニエ家の馬車で家まで迎えに行って一緒に来たからだ。そしてその馬車はもう帰らせた。


 じゃあ皆と同じ馬車に乗り込めばいいじゃないかと思うかもしれないがそれが出来ない。実は現地集合のはずのルイーズが待ち合わせがうまくいかなかったらいけないから念のためと言ってこっちに来てしまったのだ。


 この馬車は広いからサイズ的にはゆったりと前後3人ずつで6人乗れるのだが、進行方向に向いて座る座席には殿下とリリアンの2人しか座らないから定員は5人だ。

 後ろ向きの席には3人なら悠々座れるが4人となるとソフィー、クラリス、ルイーズがいくら女性で細いといってもちとキツイ。

 そもそもリリアン以外は同乗することも今回特別に許されている王族専用馬車なのにソフィーを膝に乗せてというのも不敬な感じがしてアレだし、特に俺はデカイから遠慮して外に座ることにしたというのが本当のところだ。


 でも、皆んなが楽しそうに話しているのに俺1人後ろの御者補助係用のステップに立って行くのはなんか虚しいだろ?ここならギリ皆んなの会話に入れるはず、と思って御者席に座ったと言う訳だ。

 なーんて言うとなんか柄にもなく寂しがり屋とか言われそうなので、もう全部誤解されたままでいい。

 ルイーズに気を使わせるのも可哀想だし、そもそも不安にさせるような計画を立てたのが悪いんだ。




「はい、乗って乗って〜!」とニコラ。本物の御者はこんな事は言わないが愛嬌である。


「リリィ、ほらどうぞ」


「はい」


 リリアンも大人しく乗り込んだものの、なんか変な感じがした。


 お兄様の御する馬車だなんて王宮の馬場で乗せていただくなら面白いけどこれではまるでお兄様が使用人のようではない?それにお兄様とお喋りも出来ないわ。エクレールに乗ってらっしゃるのなら窓からお話し出来るけど。


 御者に声を掛ける用の窓からニコラの背中を見てちょっと兄だけ除け者みたいで寂しくなったリリアンは何とか御者を止めて中へ入って来てくださったらいいのにと思った。リリアンの隣に座れるのに・・・。


「お兄様はもうちょっと御者らしい格好をして下さらないとこの白い馬車には似合いませんね、中に入られたらいいのに」


「ああ、でもニコラにそれっぽい格好させたら後で一緒に歩く時に変だよ。それにニコラみたいな立派な御者が座ってたらこの馬車は怖いもの無しだ、ここは任せておこう」


 馬車はゆっくり動き出した。


 もうリリアンも諦めなければ仕方がない。


「確かにそうですね」



 後ろ向きの座席に座っているルイーズはしばらく振り返ってニコラの様子を見ていたが向き直って言った。

「わぁ、なんて滑らかに走りだすのでしょう!

 リリアン様のお兄様は大きくてお強くてカッコいいし何でもお出来になって頼りになってとにかく本当に凄い方ですね!

 私の兄なんて嫌味を言うのが得意なくらいで他に取り柄がないのですもの、心からリリアン様が羨ましいわ。私もニコラ様のようなお兄様が良かったな〜」



 馬車が滑らかに走るのは王族の馬車に衝撃を吸収する機構が付いているせいもあるのだが、そんな事はルイーズにはよく分からないし、まあニコラの腕も少しはあるかもしれない。



「うふっ、そうですか?」


 兄を褒められ嬉しくなったリリアンは満面の笑みを返した。

 確かに兄はどこで何をしていても立派で誇らしい、例え御者をしていても。



「それでしたら私の兄は呑気ですからルイーズ様のお兄様と足して2で割ればお互いにちょうど良くなるかもしれませんわね」とソフィー。


 殿下の御前でルイーズの兄の話は不適切だと思ったので一旦ルイーズの話を受けてから別の話に転換しようと思って言ったのだが、気に留める風もなくフィリップは話に乗ってきた。



「いいや、マルタンと足して2で割ったくらいではまだ互いが大分呑気よりになってしまうがそれでも良いのか。

 いっそマルタンを刻んで十分の一にしたものを混ぜてみてはどうだ?マルタンはどうしようもないがルイーズの兄はそれ位でちょうど良い匙加減になるだろう」


「うふふ、ソフィー、お兄様の事をあんな風に言われてますよ?」


「良いのですよリリアン様、あの通り兄は呑気成分が濃い過ぎるので確かに十分の一に刻んだくらいでちょうど良さそうです。兄に1ぐらいは残してあげて残りは捨ててしまいましょう」




(お〜いマルタン、お前が知らない内に切り刻まれてるぞ!)


 ニコラが外で聞いていたら中ではめっちゃ風刺の効いた会話をしていた。


 リリアンは知らないかもしれないがマルタンは宮殿内で宮内相という役職を持ってるだけのお飾りのように思われている。それというのもまだオスカーにおんぶに抱っこで独り立ちしようとしていないからだ。

 宮内相の業務は円滑に回ってはいるが、それがまた問題になりはしないかと二人は心配しているのだ。


 ニコラは、何かツッコミを入れてやりたかったが中の話に口を挟もうにも今は2頭立ての馬車の操作が案外忙しくて出来なかった。


 だって王太子殿下のお乗りになっている馬車だ、轍だの小石だの踏まないように優雅にルートを調整しなければならないのだが、馬の歩くルートだけでなく馬車の車輪の通る位置も考慮に入れないといけない。かといって足元ばかり見ていては却って危なくて行き交う他の馬車や人にも気を配らないといけないのだ。


 難しいという程ではないものの、エクレールに乗っているときは自分の身体の一部のように特に考えなくても好きに動けるのだが、馬車だとそうもいかずまどろっこしい。



 しかしルイーズはマルタンの事など知らないしどうでもいいのでバッサリとその案を断った。


「いいえ私は呑気な感じの人の方が好きですから兄といえどそっちに傾いてくれた方が良いのです。どうぞ十分の一と仰らずソフィー様のお兄様と足して2で割ってくださいませ」



 この発言、ちょっとすると『呑気なマルタン=好みのタイプ』とも考えられそうだが、ルイーズにはそんなつもりは一切ない、もちろん何もかも全てルネ在りきで言っているのだから。




 そんな話をしている内に着いたようだ。


 ラッパの音高らかに馬車はセントラル広場に入って行った。


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