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131話 運命の分かれ道だから

 黙って机についていたエミールだったが、あれからまだ仕事に全然手をつけていなかった。もう先ほどの言い合いから1時間近く経とうかというのにだ。


 何度も顔を上げてはフィリップの様子を伺って、何も言えずハァ〜と溜息をついては項垂(うなだ)れてしばらく動かずにいるかと思えばまた溜息をつき、ということを何度も繰り返し面倒臭い空気をプンプンと出している。



「殿下・・・」

 とうとうジッとしていられなくなったエミールはフィリップの執務机の前までやって来た。


「なんだ」


「やっぱりリリアン様のところへ参りましょう」


「執務中だ」



「ですが今日が、運命の別れ道になるかもしれないんですよ?なりますよ?

 もしリリアン様が7年もかけてしまうご決断をなされたらどうなさるのですか、殿下がご卒業なさってから更に5年も学園に留まることになるのです。そうなってしまっても従われると仰るのですか?

 御即位のタイミングもお子の誕生もそれだけ遅くなってしまいますし、それだけじゃなく下手に時間を掛けてしまうとお二人の運命が大きく変わってしまうような事態を招く事になるかもしれません。

 私の失言のせいでお二人の運命が左右されてはならないのです、他でもないリリアン様の人生がかかっているのですよ!ですからどうかっ!お願いしますっ!どうか、殿下!!」


「お前は本当にしつこいな」



 エミールは必死だ。


 フィリップにそう言われも、それでも更に言い募った。



「リリアン様はきっと殿下に放っとかれて寂しいと思っていらっしゃいますよ。殿下はリリアン様にいつも守ると、側にいて力になると仰ったのではないのですか」



(確かにそうだ)


 その言葉はフィリップの心を動かした。



「リリィが大事だからこそ心から欲する方を選んでほしいのだと何度も言っているのにお前は・・・。

 もぉ、そんな顔をするな。仕方がない、ほら行くぞ!」


 フィリップはやりかけの書類を未処理の箱に戻して立ち上がった。


「殿下〜!!」


 エミールは目に涙まで浮かべ、まるで寂しがる子犬のようにフィリップを見つめていたが、途端に尻尾を振って悦んだ。



「・・・お前はマルタンか、時々キャラを崩壊させるのはやめろ、紛らわしいから。

 それにしてもなぜ私が従者の言う事に従わねばならないんだ、まったく納得がいかない」と言いながら執務中脱いでいた上着に袖を通す。



「そんな愚痴は後で聞きます。

 さあ行きましょう、行きましょう、早く行きましょう」


「そんなに押すな、危ないだろ」



 フィリップはボヤきながらエミールに背中を押されて部屋を出たものの、説明会が行われているサロンへは随分と足早に歩いた。


 もちろんフィリップだってリリアンが何て言うのか、現在どうなっているのか気になっているんだからゆっくり歩いてなんていられなかったのだ。





 ドアの前で番をしている護衛の内の一人が王太子殿下のお越しを中の者達知らせようとサロンのドアノブに手を掛けようとするのを歩きながら手で制し、ドアのすぐ前に立つと耳をすまして中の様子を窺ってみた。


 シーンと静まり返り、まるで誰もいないみたいだ。


(あれ、説明会はここでは無かったか?)


 説明会なら絶えず誰かの声が聞こえそうなものだ。それに終わったら直ぐにジュストが報告にくる手筈になっていたのがまだ来てないところをみると会場は左翼にある方のサロンだったか。



(おかしいな)


 記憶違いかと踵を返そうとした瞬間に中が「オオ」とどよめいて拍手が沸き起こった。



「なんだ?」


「殿下、とにかく入ってみましょう!」



 エミールが有無を言わせずドアを開けて入ったのでフィリップも中に足を踏み入れた。

 そこで何があったのか、ジュストとリリアンの2人が向かい合って立っていて、他の者は笑顔で拍手をしたり、お互いに肩を叩いたり抱き合い喜び合っているようだった。


 特にルイーズなどは無言で握った両の拳を高く挙げて天を仰いで仰け反り、喜びを噛み締めているようだった。その格好はどこぞのボクサーのようだ。


 どうしたルイーズ?よっぽどだな。



 何が起こっているのか状況が把握出来ず呆気にとられているとリリアンがフィリップが入室した事に気がついた。



「あっ!フィル様っ!!」とリリアンは席を離れると駆け寄って来る。


「リリィ」とその名を呼び、待ち構えた。



「フィル様!来て下さったのですね!

 聞いて下さいませ、私、学園を2年で卒業出来るのです!!」




 一瞬、息をのんだ。



 リリアンを抱き上げながら「そうなんだ」と言った。



 まるで初めて知ったかのような言い方になったが、もう他の適切な言葉を探す余裕はフィリップには無い。



「はい、もちろんお勉強を頑張って、試験で良い点をとって、順調にスキップしたら、ですけどね。

 でも、それを目指せるんです!」


「凄いね」


「ええ、ですから私、フィル様と同級生にはなれませんが、卒業は一緒です。私、絶対に頑張りますから!」



 一言一言を噛みしめるように、フィリップがよく分かるように言葉を切ってリリアンは言った。



「ああ、がんばって、リリィ」フィリップはリリアンをギュッと抱きしめ、その髪に顔を(うず)めるようにして「うれしいよ」と心の声を漏らした。


   ああ、この喜びを表わす言葉が他に思いつかない。何かもっと言ってやりたいが頭が痺れたようになってちっとも動かない。



「はい」



 リリアンも心から嬉しいという気持ちを込めて、そう応えた。そしてフィリップの首に腕を回してギュッと抱きつき、しばらくジッと動かずそのままで・・・2人は喜びを共有し、堪能した。



(来てみて良かった)




 今この時、


 運命の分かれ道の望まない枝道が、ゴゴゴゴゴ・・・と音を立てて封鎖され、真っ直ぐに一本の広い道が通った。そんな風に感じたフィリップだった。


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