129話 母にバラされるソフィーの逸話
あの日、あの花祭りの日、モルガンは王太子殿下御自身が見つけ出し溺愛する少女の兄、ニコラこそがソフィーの相手として絶対に欲しい相手だと確信した。
しかもただでさえ優良物件の上に、ソフィー自身が彼に憧れているというのだから絶対に、絶対に欲しい相手だ。
そう、あの時モルガンがソフィーの釣書を送った相手がニコラだったのは偶然でもマルタンに言われたからでもなかったのだ。
それより少し前、ソフィーが休日の度に朝食を食べ終わると早々に用事があると席を立ち、いそいそと侍女を連れて出掛けるようになったのだ。その様子が気になったモルガンは妻のブリジットに訊いた。
「ソフィーは最近よく朝から出掛けてるようだが何をしているのか知っているのか」
「ええ、もちろんよ。あの子ったらね、ベルニエ伯爵家のニコラ様のことが大好きなの!
最近休日にはセントラル広場に彼の姿絵や似せて作ったマスコットなんかを売る露店が出ることがあって、いつ出るか分からないから休みの朝は巡回を欠かせないって言うのよ。
しかもあれば必ず買う猛烈コレクターだからソフィーの部屋の壁は額装されたニコラ様の姿絵だらけよ。それも目付きが悪い顔ばっかりで全周から睨まれるからイケメンといえど落ち着かないったらありゃしないの。
女の子の部屋なのに入ったら殺気だらけで笑っちゃうわよ」
そうなのだ、ソフィーは後に王室お抱え画家となるマイア・カバネルの店F&Nファンショップの常連客で、それもマイアの生活をめっちゃ支えていた太客だったのだ。
マイアは元々100%王太子の絵しか描いてなかったのだが、何を隠そうソフィーのリクエストでニコラの絵も描くようになったのだ。
描けば描く程売れるのだから次第に頼まなくてもニコラの絵が並ぶようになった。いわばソフィーは色々な意味でマイアの恩人なのだが残念ながらマイアはそれがソフィーだったとは気がついていない、ソフィーは頬被りをして顔を隠していたしマイアは絵を描く時以外は下を向いていたからだ。
また、ソフィーの部屋に飾ってある絵が怖い顔ばかりなのは、ニコラがフィリップに女性が近づいて来ないように女性がいると牽制の為に睨んでいたからだ。
マイアは女性でフィリップをいつもガン見しているのでどうしてもマイアがいるとニコラは殺気を出す。それで怖い顔しかお目にかかれなかったから当初はそんな絵ばかりだったのだ。
しかしだんだんステルス性能を上げてきて、ついにニコラに気づかれる事なくパパラッチ出来るまでに腕を上げた。
その集大成があのニコラとソフィーの初デートを描いた『萌え絵』だったのだっ!!
という余談はさておいてブリジットからソフィーの話を聞いた途端、モルガンは険しい顔になった。
「何?ニコラ・ベルニエだと?王太子殿下の特権持ちの護衛の名ではないか!」
今、聞き捨てならないような事をブリジットはいかにも楽しげに教えてきたが、王太子の婚約者としての隠し玉という立場であれば勝手に恋などしてもらっては困るのだ。
よく気をつけて見ておくようにとあれほど言ってあったのに・・・と小言を言おうとして、いや、もうそんな事を気にしなくても良いのだったと気が付き、思い直した。
一呼吸置いて、穏やかに低〜い声で聞いた。
だって娘の彼氏とか父としては複雑じゃん!
「・・・付き合っているのか」
「まさか!憧れているだけよ。彼は王太子殿下と常に一緒ですもの、近くに行くことも出来ないしお見かけする事自体稀なことだと言っていたわ」
「ふうん、そうか」
実を言うとちょうど今、王太子殿下がそのベルニエ家の令嬢を見初めたと言うことで宮殿中が「やれめでたい」と上に下にの大騒ぎなのだ。
先日ベルニエ伯爵夫妻に連れられて宮殿に来たが、幼いながら美しく聡明そうな娘だった。
殿下はもうそれまでの人格をどこかに置き忘れて来たかのようにデレッデレで手を繋いでみたり嬉しそうに膝の上に乗せるなど、我が目を疑うような光景が展開されてあまりの激変振りに私の脳がついていけず目眩がしてフラついたほどだった・・・。
しかし、いくら幼いとは言っても殿下が見初めたのだ。『見染めた』ということは即ち彼女が王太子妃になるということだ。
(ソフィーはこれでお役目から解放されるのだ)
フィリップが心を開いた相手リリアンは、年齢は離れているもののあらゆる条件で・・・王家とモルガンそして他の貴族達にとって、とてもちょうど良い立ち位置の・・・まさに次代の王妃として望まれる条件を十二分に備えていた。
父親クレマンは、初代王を助けて功績を挙げ今も国境を護るこの国で最も重要視され敬愛される辺境伯の血を引きながら地方貴族に婿養子に入った変わり者だ。
出世欲は全く見せず最高の血筋を持ち強い騎士団を統率する頼れる存在でありながら彼は中央からは遠い存在だ。
母親ジョゼフィーヌは領地経営の手腕に優れ、周辺の弱小貴族の領地経営も助けつつ斬新な発想で度々ムーブメントを起こして皆の手本となっている。
特に最近では氷街道と運河という交通網&運送網の整備という大事業を起こし注目されている時の人だ。
しかも万事を弁えおり国王に声を掛けられても擦り寄ってこない控えめな性格であることは実に好ましい。
兄ニコラは王太子の友人兼専属の特別な護衛だ。王太子の側近としてこれ以上ないほど重用されていながら将来は地方領主になると宣言しているのだ、勿体無い。
そして本人リリアンは歳若く素直そうで何色にも染まっていないのは逆に教育のしがいがあるという事でこれも大層都合が良い。
つまりベルニエ伯爵家は優秀であるのに出しゃ張らない、自分達の地位を脅かさない存在ということで、それが皆を安心させたのだ。
しかしリリアンについて何より特筆すべきは辺境の血を受け継ぐ今世唯一の女性であり、その証の銀の髪の持ち主であるという所だ。
それは辺境に古くからある言い伝えによると千年に一度現れるという健康な男子を沢山産むことを約束された娘の特徴と一致する。
彼女を手に入れたらその一族はもう後継に悩まされることが一切無くなりその後もずっと安泰になるというまるで福の神のような存在で、とにかく至極最高の、王家に入って欲しい令嬢ナンバー1の、これ以上ない最上級の令嬢なのだ。
そしてリリアンも最高だが、ニコラも同じように最高なのだ。特に自分の家に年頃の娘がいる場合はニコラの方が最高だ!
ソフィーのお役御免に安堵の息をついたモルガンは可愛い娘の為に彼女が心を寄せるというニコラ・ベルニエにさっそく結婚の話を持ち掛けてみようと思った。断られた時の落胆を心配して先にソフィーには知らせないままで。
そういう訳でモルガンは既に娘がニコラに心を寄せているらしい事を知っていた。だからこそ改めて花祭りでニコラに声をかけてどんな男であるかとその価値をはかったのだ。
手紙を書きながらモルガンはさすが私も宰相よ、抜け目がないわとほくそ笑みつつ自画自賛することも忘れなかったが、その流石のモルガンも手紙とは全く関係のない所で直後に2人が親しくなるとは思いもしなかった。
まあそんな舞台裏があったのだが兎にも角にもソフィーは『大大大好きなニコラ様』とナルハヤで結婚したかったので花嫁修行の遅れが気になっていた。
でも学園を辞めたくはない。卒業はニコラ様と一緒にしたいし、学園生活の思い出も一緒にたくさん作りたい。
ソフィーはスキップ制度を利用して今期で出来る限り多くの科目を履修しておいて来期にほんの僅かな授業を残し、フリーになったほとんどの時間を花嫁修行に充てれば良いのでは?と考えた。
嫁入後も色々と教わることは山程あるのだが嫁入前の花嫁修行はとても重要で、領地経営や家の切り盛りはそれぞれの家で必要なスキルが違うのでやはりオジェ家とベルニエ家ならではの色々をしっかりと母達から学んで知っておかねばねばならない、そういうものなのだ。
通常、卒業後1年は花嫁修行で2年目に婚姻というパターンが多いけれど在学中に花嫁修行をして、一緒に卒業、早い時期に婚姻というソフィーの立てたナルハヤ計画をニコラに話してみたら、彼は笑顔になり「いいね!」と喜んで賛成してくれたのだ。
ソフィーの目の前にはそんな輝かしい未来絵図がもう描かれている。どんなに過密スケジュールになったとしてもやるしかない。いや、やりたくて仕方がないのだ。
アングラード侯爵家の次女、リリアンのご学友に今の所ただひとり選ばれている誉れ高き令嬢であるルイーズは、右手にズラリと並ぶ国内トップ中のトップに君臨する方々から立ち上る熱気に圧を感じていた。
シリル様にソフィー様、彼らはそれぞれ最短で愛する人と結婚するという目標の為に真剣そのものだ。まあニコラ様は普段通りだけど。
だけど私だって負けていませんわよ!
私の今一番の心配事はリリアン様が「高等部まで通う」なんて仰らないかどうかなの。
貴族令嬢が高等部まで通うなんてナンセンス、しかも高位貴族の私達がそんな時間を無駄に使うなんて考えられない無用の長物のはずなんだけど、何故かお姉様もソフィー様も宿敵ルグラン家のイザベラまでもが揃いも揃って高等部に通ってるから不思議に思って昨日お母様にどうして?って聞いてみたの。
そうしたら「王太子殿下との婚約の可能性がゼロでない限りまだカトリーヌにだってあなたにだって可能性があるのよ、特にカトリーヌは同じ学年にいるんだから初等部までで卒業させてしまったら殿下が御成人なさるまで2年もあるの、その間に他の人と結婚することになるか、行き遅れるかの2択を選択しなければならないのよ。
こちらからレースから降りるなんて絶対にしてはならないわ!王妃を家系から出すことは最高の栄誉なんだからカトリーヌもまだまだ希望を捨ててはいけませんよ、あなたは何と言っても侯爵家の令嬢なんだから一番の高位令嬢、一番可能性が高いんだからね!!」と最初は私に説明してくれていたんだけど、途中からはお姉様にめちゃめちゃハッパをかけていたわ。
いつもは奥ゆかしく優しいお母様なんだけど、こと王妃様が絡んだ話となるといつもそんな風に熱くなるのよね。お姉様は困った顔をしていたし、お父様はヤレヤレという顔だったけどね。
だけどそれを聞いてようやく高位貴族のお姉様方は誰も婚約者がいらっしゃらなかった理由が分かったのよ。王太子妃の座を狙っていたからだったの!
でも今は王太子様にはリリアン様がいらっしゃる。お母様もその事はご存知のはずで、お姉様はもう王妃になるという希望は無いから本当に無駄に歳だけくわされて・・・あっいえモニョモニョ。
とにかく、私は王妃とかそもそも関係ないし初等部で充分だし、なるべく早く卒業したいわ、じゃないと間に合わないから!
そう、あの方と結ばれる為には学園に長くいちゃダメなの!
運の良いことに私達の年齢差を埋めるのにこれ以上ないタイミングで法律の改正があって成人と認められる条件が変わった。
今まではどうやっても16歳にならないと認められなかったのが、私は早期入学することになったからその分早く大人になって結婚だって早く出来ることになった!初等部だけでそれをスキップ進級をしたら更に早められる。
風は私に吹いている、なるべく早く卒業して成人になりたいの。あの方の隣に立つのは私よ!
(あ〜、リリアン様〜、リリアン様はお勉強がお好きなようだけど、どうか高等部まで7年間しっかり通いたいなんて地獄みたいなことだけは言わないで〜っ!!おねがいっ!頼みますっ!!)
ルイーズも流石に自分からこんなことを直接リリアンにお願いするわけにはいかないと理解しているので、必死に心の中で叫びながら説明を聞いていた。というか、雑念が多すぎて説明はあまり頭に入っていなかった。
番外編「ルネがいるから」の第2話を昨夜投稿しました。
目標にしていたブックマーク250件を突破することが出来てとっても嬉しいです。ブックマークをして下さった方々、いつも読んで下さっている方々、皆様のお陰でお話を続ける事が出来ています。本当にどうもありがとうございます。
<おまけ>
あの方、あの方って、ルイーズの思い人はいったい誰なのかって?
そうですねー、彼はもうじき出演予定ですのでお楽しみに。
ヒントは113話辺り・・・。
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