表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

128/260

128話 それぞれにとっての新制度

 ジュストの声は耳に心地良く、よく通る。


「高等部に関してましては元々必須科目が少なく選択科目が多い関係で内容にそれほど大きな変更はございません。

 しかし、単位を取る為の条件は見直されましたのでスキップ制度を利用することによって3年かかるところを2年に短縮することが出来るでしょう」



 シリルは説明を聞きながら自分の提案した方法で組まれた履修表を真剣な面持ちで見ていた。


 ザッと目を通したところこちらは初等部と違って減るどころか必須科目に男女合同で行うダンスや社交術が増えている。これらは本来なら初等部で習う範囲だが今の高等部生は受けていないから追加されたのだ。しかも実技が伴うから時間をくって誤魔化しがきかないタイプの授業になる。



 これは本当にビッシリの厳しいスケジュールになりそうだ。



 3歳年上の婚約者レティシアはもう4年も前に初等部を卒業し、花嫁修行といいながら家でずっとシリルの卒業を待ち続けているのだ、可哀想に。

 こっちだって更にあと2年も愛するレティシアを待たせなければならないなんてもう気が遠くなるどころじゃないんだ。



 シリルは1日も早く卒業したかった。


(どんなに困難であろうとも何がなんでも遣り遂げてやる!レティシアのために!!)改めて強く心に誓い、頭をフル回転させて完全攻略の道を探るのだった。




 そしてその隣に座るソフィーもまたスキップ制度を利用するつもりで説明を聞いていた。


 実はソフィーが高等部に通っているのは本人の意思ではなく、初等部入学時に父に「学園では優秀な成績を収め、なおかつ高等部に進学するつもりでいるように」と言われたからだ。


 その理由は直接は聞かされていなかったけど宰相の娘だから勉強が出来た方がいいからかなと思っていた。



 しかしニコラと婚約した後、母であるブリジットにこう教えられた。


「王太子殿下の御卒業までに国内で王太子妃に相応しい令嬢が見つからなかった場合、あなたがそのお役目を果たすことになっていたのよ」と。



 実を言うと生まれた時は逆だった。


 王太子となるフィリップは生まれる前から『国内の貴族令嬢からその伴侶を探す事』と決まっていたが、ソフィーは同じ年に生まれたにも関わらず双方の親からフィリップの婚約者にと望まれてはいなかったのだ。



 リュシアンからすれば他の貴族達が「自分達もオジェ家と同じように取り立てて欲しい、一つの家ばかりが良い思いをするのは面白くない」などと言い出してそれが大きな騒動の元になると面倒だと考えていた。そうなってしまうと十中八九右腕のモルガンを手放さざるを得なくなるのだ。


 またモルガンからすれば不均衡を理由に王家から一族が敬遠され、次第に重要なポストから外されていくのではないかと危惧していた。



 どうしてそんな心配をしなければならなかったのかというと、特に中央に近い貴族達が『王妃の血縁者は中央から遠ざかるべきだ』と考えていたからだ。


 王妃を家から出すことはこの上もなく名誉なことだが「その身内が発言権を強くすると国家にとって危険なことになりかねない。国王がその地位を脅かされる恐れが出てくる」と言うのだ。

 勿論こんな暴論が幅を利かせるのは自分の家から王妃となる娘を出せなかった者達のやっかみがあるからなのだが、彼らはとにかく誰か一人が良い思いをするのを嫌うのだ。表面上は親しげにしていても裏では自分だけが割りを食っていると主張し足を引っ張ろうと画策する、そんなのが宮殿勤めのみならず貴族にはウヨウヨといて、彼らの主張を軽視すると足元を掬われかねないから無視する訳にもいかないのだ。


 それに彼らの顔色を伺わなければならないのは本当に面倒なことだが一概に彼らの事を意地が悪いと責めることも出来ない。

 それぞれ一家と一族、領地と領民の今と未来を肩に背負っている。その責任はとても重く彼らも必死なのだ。


 

 だから仮にソフィーが王妃になった場合を考えると、オジェ家の運命はこうなると考えられる。


 王妃の父が宰相であるだけでもある程度強い権力を持っているのに、さらに兄が重要ポストに付き、娘が王妃ともなれば直に自分たちの都合の良いように王妃に入れ知恵をするようになる。

 国王が王妃の言うことを聞けば宰相や兄は国王を思いのままに操れるのだ。そうすれば正にオジェ家がこの国の裏の支配者だ。彼らは裏でいることに飽き足らず我こそは主君であると主張するようになるだろう!


  と、いうように皆に勘ぐられ周囲が結託して騒ぎ立て悪役に仕立て上げられたモルガンは引退を余儀なくされるのだ。そして同じくマルタンも地方に飛ばされるか閑職に追いやられることになる。

 呑気な性格のマルタンでは逆境を跳ね除けるなど到底出来ずそのまま尻すぼみに一族は弱体化し、いずれ没落していくことになるだろう。



 どこぞの侯爵家を見ろ、見れば分かる。


 王弟ジョルジュが始祖であるにも関わらずその孫は今だに宮殿勤めが叶わない。領地だってアングラード領は王都に近く鉱山をいくつも保有しているというのに道も山も荒れ果てたまま、その経営も全く奮わないではないか。それは過去にそういった足の引っ張り合いの憂き目にあったからなのだ。


 王弟の家系であっても逃れられない憂き目・・・当時の宰相日記には以下のように記されていた。

 

『個々の貴族の力は弱くても集団となれば侮れない。「王弟が力を持つと国王の座が脅かされるから絶対に力を持たせてはならないのだ」とまだ有りもしない心配を盾に難癖をつけ「優遇もほどほどにしろ」「中央から遠ざけるように」などの進言が相次いだ。

 彼らの目は血走っており、国王と言えどそれらはかなり強力な圧力で黙らせることは出来なかった』と。



 だからこそリュシアンとモルガンは二人の婚姻を望まなかったのだ。


 かくして王太子フィリップと宰相令嬢ソフィーはお互いに惹かれ合うことがないようにと引き合わされる事なく育てられることになった。だからフィリップはパメラとは幼少期に遊んだことがあってもソフィーとは面識すら無かったのだ。



 しかし、途中で状況がガラッと変わった。


 いざフィリップに他の同い年の令嬢達を引き合わせたら初っ端で例の3大令嬢による取っ組み合いの喧嘩が勃発し、それがキッカケでフィリップは令嬢達に対して強い拒絶反応を示すようになったのだ。


 カトリーヌやイザベラはフィリップの近くに寄ることを禁じられ、厳しいマナー教育を受けさせられることになったが、それでもまだ親も子も王妃の座を諦めていなかった。

 一方でパメラの場合はフィリップを引っ掻いた謝罪時に父オスカー・バセットによって次男エミールを王太子の従者に献上すると共に「いくら子供といっても娘は王太子妃になる適正が有りませんので」と花嫁候補の辞退を申し入れ、国王に受諾されていた。


 オスカーは二人の優秀な息子達を中央へ送る為に、あの事件を逆手にとってまんまとバセット家への権力の集中を回避したのだ。

 当時オスカーはメキメキとその頭角を現してきており、既に実質的な力や国王からの信頼の厚さからモルガンとオスカーは当代の2大高位貴族と周囲から目されるようになっていたからオスカーにとってパメラを王妃に仕立て上げるのは悪手だった。


 そのお陰でというか、花嫁候補から外れたからこそパメラはやりたいこと、つまり女だてらに武道をさせて貰えたのだ。


 そんなことをさせたら王妃どころか普通に嫁にいけそうにないが、オスカーにしてみればそれは可愛い娘の我儘を聞いてやりたかったから・・・というのもあるのかもしれないが、実益、つまりフィリップの花嫁候補に舞い戻らない為の予防線でありパメラの将来より一族の安寧を取ったのだ。


 ちなみに母親のローズは王太子の花嫁候補を辞退したことは未だに知らされていない。もし知らされていたら怒るか気落ちするかどちらにしても大変な事になったに違いない、これは国王とオスカーの間で交わされた内密の取り決めだった。



 フィリップが苦手としていたのは最初は3人の令嬢達だけだったのが、やがて対象が広がり女嫌いに発展していった。

 そんな中でまだフィリップの前に姿を見せていなかったソフィーは現状嫌われていないというだけでもポイントが高く重宝がられることとなった為に不本意ながらモルガンはソフィーの所に他から縁談が来ても断らざるを得なくなり、結果としてソフィーは最有力候補として唯1人残ることになった。


 もし、フィリップが誰とも婚約を結ばず、女性を拒絶したまま成人を迎えた時には強制的にソフィーとの婚約が決まる手筈だった。

 ソフィーは自分に次期王妃の白羽の矢を立てられているなんて知りもしないまま隠し玉として家庭教師から高い水準の教育を受けることになり、宰相令嬢という引く手数多の存在でありながら誰とも婚約することなく、友人達は初等部で卒業し結婚していく中、ただ高等部に通い続けていたのだった。


 これ程の事が本人に告げられてなかったのは、モルガンのせめてもの抵抗のせいだ。



 ブリジットはそれからソフィーにこう言った。


「あなたの結婚は国策とされていたから誰にも抗うことは出来なかった、王太子殿下でさえも。

 つまりリリアン様が現れなければ例え両思いであってもあなたとニコラ様との婚約は到底叶わなかったということだったのよ。私たちは本当にリリアン様に感謝しなければならないわね」


 そしてちょっと思い出し笑いをして続けた。


「でもあの人も宰相をしていてもやっぱり父親なのね、あなたには王妃という最高の地位より好きな人と結婚して欲しいと願っていてくれたんだわ!

 あの人ったら殿下の婚約者候補の発表があったあの花祭りの夜にすぐベルニエ家に婚約の申し込みの手紙を書いたのよ。ウフフ、随分と急いだものよね」と。


 それを聞かされて以来、ソフィーは『リリアン様がいて下さるお陰で今の幸せがあるのだ』とつくづく感謝し、幸せを噛みしめる毎日だ。


 貴族の令嬢なら殿下の婚約者、王妃などというと誰もが憧れるものだけど、ソフィーの心にはずっとニコラ様がいたのだからお役目が無くなって本当に良かったと思う。そしてお役目があったことはニコラ様にはあまり知られたくないと思う乙女心もあって誰にも口外することはないだろう、永遠に。



 そしてもう一人、感謝を忘れてはいけない人がいる。


 ソフィーは改めてニコラ様との縁を繋いでくれた父モルガンに心から感謝した。


 「この気持ちは一生忘れない。私は絶対にお父様を悲しませるような事は決してしないし、前にお母様が欲しがっていらっしゃった元気で利発で可愛い跡取りの子をきっと産んでお父様達にご恩返しするわ」


 そう心に誓った。


番外編「ルネがいるから」の第2話を投稿しました。


本日4月4日、ブックマークが250件を突破し251件になりました。とっても嬉しいです。

ブックマークをして下さった方々、読んで下さっている皆様

本当にどうもありがとうございます。



ちなみに情報〜!

”お母様が欲しがっていらっしゃったという可愛い跡取り”については・・・は『69話 ブリジット夫人のアドバイス』にあります通りです、しかしマルタンの子供にも期待してやって欲しいものですよね。そもそもマルタンはお付き合いしている人はいないのでしょうかね?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ