124話 ニコラは正直が過ぎる
「へー、良かったな」
「はい、本邸にジロー達が帰る部屋がもう用意してあったそうで、奥さんと子供はもう移っているそうです。今は家の者を使って荷物を整理して運び出したりしてるから2、3日中には引き払えるだろうって言ってました」
「そうなんだ」それを聞いてニコラは少し口角を上げた。
パメラはあんなにダメダメと言ってたのに、今日来てみたら「一緒に住むことにした」と言う。
結婚するのかと問えば「それはまた別の話」とか言っているが、なんだかんだ言ってとても嬉しそうな顔をしているじゃないか。
「ところで師匠、ジローに奥さんが双子を妊娠してて心配だって相談されてたんでしょう?あれはどうなったんですか」
「ああ、あれは直接会えばいいと思ってる。
そのことについて俺ん家と辺境に手紙を送ろうと思ってたんだけど昨日帰ったら向こうから王都に出て来るから宜しくって手紙が来てた。
それならこっちに着いてから言えばいいだろ?ウチに泊まることになってるし」
「来るって、その三つ子とW双子のお母さんって人がですか?」
「そう、その伯母さんも来る。
元々伯父さんが辺境伯を正式に継ぐ事になって王都に来ることになってたんだけど、タイミング的にリリアンの入学式と近いってことで祖母がそれなら一緒に連れて行って欲しいと言い出して来ることになったんだ。
その付き添いにヴィクトル伯父さんとこのおばさんは残らないといけないから変わりに他のおばさん達が付いて来ることにしたってことだからちょうど良かったよ。
あとウチの両親も勿論こっちに来るからいったんベルニエまで来て一緒に来るって書いてあるんだが、日付見たらもうとうの昔に出発してたわ」
「それは良かったすごい偶然でしたね!ジローも助かるしお祖母様やご親戚の方がお祝いにいらしたらリリアン様もさぞお喜びになられるでしょう。
しかしそれなら相当な大所帯になりそうですが皆んな泊まれるんですか」
「ああ、入れない奴らは野営だな。お祖母様は我等一族の長でとても大切な方だから多分辺境騎士団からと我が領地の騎士団からもサポート隊が編成されてるだろうから通常の移動時より多いはずだ。大所帯過ぎて討ち入りと間違えられないといいけどな」
「ええええ〜っ、それはかなり不味いのでは!?」
「冗談だよ、そもそも伯父さん達は陛下に喚ばれて来るんだから」
「でも大丈夫かな・・・」
「辺境から書状を送っているはずだし、こっちからもそれを伝えておくために今日は来たんだ」
「そうだったんですね。通りで今日の師匠の訪問は朝は予定に無かったしソフィーも一緒じゃないから何か違うなーって思ったんだ」
それに、なんか師匠、ちょっと神妙な顔してるし。笑っててもなんか表情が硬い気がするし。
「・・・そう言えばな、今度お前達が住む家、俺がジローに出産前に本邸に帰っといた方が良いって言って帰ることになって空いたんだぜ」
「そうだったんですか、知らなかった。さすが師匠、ナイスアドバイス!
ありがとうございます!!」
「ああ」
うーん、やっぱりだ。いつもの師匠のノリとちょっと違う気がする。
その後も何か会話が弾まず次第に無言の時間になった。
「王太子殿下並びにリリアン様がお戻りになられました」と声が掛かり2人が入って来た。
リリアンはニコラの姿を認めると、嬉しそうな笑顔になった。
「ただいま、皆んな。
お兄様いらっしゃいませ。ずいぶんお待たせしたようですね」
「いや、そうでもない」
(1時間以上待ってたけどね!)とパメラは思ったが黙って立っていた。
「ニコラ、今日はどうした」
「はい、王太子殿下、直々にお話したい事がございまして参りました」
これは二人の間で決めている簡単な暗語だ。
ただの挨拶のように聞こえるがこういう言い回しをするとフィリップが気を利かせたように見せて場所を移し他の誰にも聞かれないようにして重要な話をする、という流れになる。
「そうか、では私は執務に戻るからお前も一緒に来れば良い」
「はい、ありがとうございます」
「リリィ、私はしばらく執務に戻る。
これから先はニコラがいるから誰も来なくて良い、護衛は呼ぶまで通常配置に付き御用伺いは執務控え室に戻りエミールの手伝いをしろ、では行くぞ」
それだけ言うとフィリップはニコラと共に足早に立ち去ろうとした。しかしリリアンは心配気に声を掛け引き止めた。
「フィル様、お待ち下さいませ」
「どうしたリリィ?
僕たちはまた後で戻って来るよ、ちょっと待っててね」
「私も連れて行っていただけないでしょうか?」
「え・・・?」
今まで執務室に付いて来たことなどない。
リリアンの思いがけない申し出にフィリップはニコラを見た。話の内容がリリアンがいても良いものかどうか判断が出来なかったからだ。
と、いうことはニコラの話の内容によってはフィリップはリリアンを連れて行っても良いと思ってると受け取れる。
「お兄様、いいですよね?」
リリアンはニコラに念を押すように尋ねた。
さっき、ニコラの顔を見た時に表情が優れなかったこと、そして話している時に全然目が合わなかったこと、そして珍しくソフィーを連れず一人で来ていることなどから何か変だと感じたのだ。
きっと良く無いことが起こった、それも私に関係することで。
それなら私も知っておきたい。
お強く頼りになるお兄様の表情を曇らせるのは余程の難題に違いないのだけれど、逆に私自身が解決の糸口を持っている可能性もある。
「・・・」
「ニコラ、どうだ?」
「そう、だな。・・・一緒に行くか」
「はい!」
「殿下、それなら私も」
「いやパメラ、お前はここに残れ」
パメラは一歩踏み出した足を止めざるを得なかった。
「誰も着いて来るな」と最後に言い置いて3人は出て行った。
パメラはここのところ何故かリリアンから離れて応接室待機が続いている。
いつも必ずお側に付いておくのが護衛の使命なのに今日もこの前みたいに昼食後は大事なお客様と会うと王太子サロンに行ってしまわれたし、戻られたと思ったらまただ。
う〜ん、何なんだ?分からん。後でレニに聞いてみよ。
フィリップ達は王太子サロンの内、一番奥の部屋に来た。ここは全面大理石で囲われた中にまた厚い木の内張が貼ってあり高い防音対策がされている。なんだか恐ろしいほど静かだ。
「それで何があったんだ?様子を見れば余程の事のようだが忌憚なく話せ」
「はい、実は私どもの祖母の出自についてです。私は昨夜大変な事に気がついてしまいました。それを、殿下並びに陛下に申し上げなければなりません」
「ふむ、それはグレース辺境伯夫人のことか」
「はい、そうです」
そこでニコラはリリアンを見た。
沈痛な表情で。
フィリップは言った。
「結婚する前は辺境領にある山の神殿で巫女をしていたと聞いている」
「はい、その通りです」
「神寄せが出来るほど高い能力を持った巫女である、と記録にはあったぞ」と言葉を次いでニコラに先を言うように促した。
「はい、そうです。
祖母は孤児となったことで神殿に引き取られたのです。祖母は・・・貴族ではなく庶民の出です。
私は辺境に水を取りに行った時に祖母の口から直接そう聞かされていたのにその時は問題に気付けず、今になって申し上げる事になりましたこと誠に申し訳ございません」
ニコラは深く深く頭を下げた。
「お兄様、どうしてそれが問題なのですか?」とリリアンは首を傾げた。
まだ幼いリリアンにはこの重大な過失の意味が理解出来ないらしい。ニコラはよく分かるように話してやらなければならないと思った。
リリアンの、一族のこれからの話だ。
「リリアン、この国では貴族は貴族としか婚姻を結べないんだ。法律で貴族が庶民と結婚すれば自動的にどちらも庶民になると決まっている。
お祖母様は庶民の出、ということは辺境伯であるお祖父様を始めとしてその子供も、孫も、とその血を受けた者とその連れ合いは皆んな貴族ではいられないということだ。
これからは私もお前も父上や母上も庶民として生きていかなければならない。
すまん、リリアン。お前は学園に通うどころか殿下と共にいることも出来なくなる。
しかし、王族の、殿下の血を庶民の血で汚す訳にはいかないんだ・・・」
それはリリアンが殿下と婚姻を結ぶという前提の話になるが、今はそれを仮にだとか何とか言ってる余裕はない。
ニコラはリリアンに頭を下げると、顔を上げられなかった。
「ニコラ、お前という奴は・・・」
「お兄様・・・」
フィリップとリリアンは言葉を続けられなかった。
自分を含め一族郎党を路頭に迷わせても王太子に忠義を尽くすその姿をただ見つめた。
リリアンはそれが現実になった未来を想像すると恐ろしく、心臓が苦しくなるようだったが勇気を出し、自分を信じて兄に声を掛けた。
「お兄様、どうしてそれで私たちが庶民にならなければならないのか分かりません。
お祖母様は巫女だったのですから、問題はないはずです」
「リリアン、分からないか、それはだな・・・」
「うん、ニコラ、心配しなくて大丈夫だ。
リリィ、リリィは王宮で教育を受けているから知っているけど、それは現在他の者達には知らせてないんだ。
今の法律ではどんなに高位の貴族であっても庶民と結婚すると強制的に庶民となる。
そして教会や神殿関係者と結婚した場合については何も言及されてなくてただ、貴族は貴族と結婚するものとしか書かれていない。
それは今代の国王が在位するとき、つまり父上がそうしたのだ。
改正前は一定のルールはあるが庶民も貴族と結婚すれば貴族になっていたしその逆もあった。
また教会や神殿は大きな力を持っていたからそこに在籍する女性は結婚相手として人気があったんだ。良い結婚相手を見つける為に学園を卒業すると教会のお手伝いに入るくらいにね。
だがこれらはニコラは知らなくて当然だ。
人々は新しい法律の中で暮らし、過去は忘れ去られていく。今では王族と宰相、それに歴史の研究者など極僅かな者にしか知らされることがないのだから。
父上は我が国の宗教は一旦消滅したが、またいずれどこかで興ってくると考えている。その時に混乱が生じないよう法律を改正し、教育からも排除することによっていったん人々の記憶から消したのだ。
だからグレースの結婚した頃は出自が庶民でも全く問題がなかったんだ。今の法律で過去の出来事まで遡って咎めることはない、大体そういうルーツを持つ家は沢山あるんだからやったら国が崩壊する」
「そうなんですか、問題は無かったんですか・・・」ニコラは安心し過ぎて背もたれにもたれると、気が抜けたようにイスからズリ落ちかけた。
「だがね、私はグレースの言うその出自を疑っているんだ」
「えっ、それはどういう・・・?」
いったん喜ばせといて、急転直下だ。
ニコラは急いで座り直した。
「うん、今はまだ情報を集めている段階でもっと調べて裏を取りたいんだが、ちょっとここまでの私の推理を聞いてみてくれるか。
話は先先代の国王の時代に遡る。王には弟がいた。その人はエミールが今住んでる家の奥にある屋敷に住み、とても賢い人で医学を志していた。
まあ権力争いとか色々あってそれに巻き込まれた従姉妹に当たる娘の縁談が決まった夜にその娘と駆け落ちしたんだ。彼らの逃避行は容易なことでは無かっただろうがその後の消息は不明だ。
私は彼らがグレースの親じゃないかと思っているんだ」
「しかし祖母は庶民だとハッキリ言っていましたよ。
いくつの時に孤児になったのかは聞いていませんが自分の名は親が付けたものだと言っていましたから親の事も覚えているようでしたが」
「そう、実は結婚前にグレースは改名している、それも通り名としてではなく正式な手続きを取って辺境伯が届け出ているからこれは確かだ。
親が付けた本当の名はアンナだ。
先ほどの駆け落ちした王の弟の名はアンリ、従姉妹の名はアナベルだった。似過ぎていないか?
もしかすると二人には追っ手がかかっていたから名を偽っていたかもしれないが、だからこそ自分たちの子供には自分たちの名前からとってアンナと付けたのかもしれない。アンナは綴りまでアナベルと同じだ」
「まあ!本当ですね!」とリリアンは驚いて両手を口に当てた。
リリアンの反応に気を良くしたフィリップは更に自分の推理を披露した。
「辺境騎士団に独自の医療が残っていることもアンリと関係がありそうだ。
それからグレースは碧眼の持ち主だし、若い頃は辺境の地に不釣り合いな見事な金髪だったという、金髪碧眼は王族の持つ色だ。
そうだとするとニコラとリリィには2度、3人の王族の血が入ったことになる。初代辺境伯に降嫁した初代王の娘である王女ピピと、アンリとアナベルの血だ」
「それは凄いですね、でも私たちに王族の血が入ってると言われてもなんだかピンときませんが」とリリアン。
「こない?おかしいな、ピンとくるでしょ?
僕はこれを完璧な推理だと思ってるんだけどね。今後も引き続き調べるつもりだからまた新たな資料が出たら教えるね」
「はい、楽しみにしていますねフィル様」とリリアンは微笑んだ。
以前フィリップにリリアンのことを知りたいと言われた。リリアンの秘密、即ちルーツを紐解いても良いかと聞かれたが、もう解読を初めていたらしい。
フィリップから愛されていると感じたあの時の話だ。
「うん。しかしニコラお前は正直が過ぎるぞ。いくらなんでももうちょっと自分達を大事にしろ。
しかもその為にリリィに不利になると思うことまでバラしてしまうとはもう、お前はとにかくリリィを守ることを最優先にしてくれなければ。
それにお前と一族が消滅することになってたらいったいどうなってたと思う。
国境の警備も手薄になるだろう?辺境の山だけじゃなく海もお前達が護っているんだぞ、それに反旗を翻されたらそっちの方が危険だ」
「・・・」
確かにそれは殿下と国にとって致命的な事に成りかねないが、王族に庶民の血が入って王家が存続できなくなるというのも大変なことで、ニコラにとって難しい選択だ。
それならばやっぱり何度同じ場面が来てもニコラはあるかどうか分からない危機より直近で殿下自身に必ず降りかかる危機から護ることを優先してしまうだろう、我が一族、我が身が破滅したとしても。
「まあでもお前の私に対する忠義の深さはよく分かっている。
だが覚えておくがいい、その見返りに逆に私もお前達を助け守るのだということを。
今回のことがお前が考えるように問題だった場合でも、私達は法律を変え人々の常識を変えてでもそれを覆す。国の安寧の為に人心を操作することもまた我らの仕事なのだ。
とにかく何かあったら何でも他の者に漏らす前に私に言ってくれ、今回のように。私が必ずお前の憂いを晴らしてやろう」
「はい、殿下からそのような勿体無きお言葉を賜りまして感動しております。誠にありがとうございます」
「ニコラ、大義であった。これからもよろしく頼む」
「はい、かしこまりました」
そうしてニコラの憂いはすっかり解消された。
良かった、良かった。
リリアンは改めて兄を見た。
強く逞しく何も怖いものが無さそうなお兄様は真っ正直に、真からフィル様やリュシー父様に忠誠を誓っておられるのだわ、そのお心はなんと潔く美しく気高いことでしょう。
「お兄様、お兄様のフィル様をお守りしようとするお心は本当に素晴らしいものです。私は心からお兄様を尊敬致します」
「そうかい?」
眉を上げてリリアンの言葉を聞いていたニコラは照れ隠しに笑った。
それはいつも通りのニコラだった。
ニコラのせいで次回から「第2部リリアン庶民編」になるところだったぞ、そんなの急に言われても無理だぞ。
_φ( ̄ー ̄;)
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