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122話 クラリスマジック

「王太子殿下並びにリリアン様がお戻りになられました」


 外で番をしていた者から改めて声が掛かり、室内にいた者達は迎える為に立ち上がった。そしてタイミングを見計らって、ニコラ達が入った後片側だけ閉じられていたドアは左右に大きく開かれた。



「ただいま」と入って来た2人の足がピタッと止まる。



「おっ?」


 フィリップはパメラを見て一瞬驚いたような表情をしたが、こう言い放った。


「お前は誰だ?曲者め!!」



 もちろんパメラだと分かった上でふざけて繰り出したギャグだ、その変わりように誰だか分からない位じゃないかと言っているのだ。

 顔が笑っているし棒読みだしで本気にして曲者パメラを取り押さえようとする護衛はもちろん居らず殿下の茶目っ気に笑顔になって動向を見守っている。


「もう、曲者じゃありませんから!」と口を尖らすパメラ。



 ところがリリアンは真面目なよそゆき顔でスッと立つと自己紹介を始めた。



「初めまして、わたくし王太子婚約者候補のリリアン・ベルニエです。


 あなたはいつからこちらにいらっしゃるのですか?」



 らしくないあまりもの迫真の演技に皆がえっ何のギャグ?と思ってリリアンを見た。フィリップの分かりやすいギャグの後だからてっきりリリアンもふざけているのだと思ったのだ。



 それはパメラも同じだった。先ほどまでのソフィーや侍女達とのドタバタが無茶苦茶すぎてまだ頭が混乱していたのかもしれない、リリアンの真意が分からずポカーンとした。


 いつからって、えーっと、リリアン様と別れた後の事を言っているならここには昼休憩明けからいるけど午前中もここに一緒にいたし、そもそもリリアン様はそれをご存知のはずだから・・・殿下のおふざけとはまた違う趣向のようで何て答えたら正解なんだろ。


 更に「あなたのお名前を伺ってもよろしいですか?」と他人行儀にパメラに向かって名を聞いてくるし、なんだか空気がおかしい。


「えーっと」としどろもどろになるパメラ。



「ちょっと、私もうダメ・・・」


 2人のチグハグな様子にソフィーはそう小声で漏らすとニコラの背に隠れて声を出さずに笑いだした。腹筋が引き攣るからもうヤメて欲しい。



 一方フィリップは、勘違いしているリリアンがあまりにも可愛いくてしばらく横を向いて心臓を押さえて堪えていたが、どうやら峠は越えられたようだ。



 放っておいたら一向に進展しそうにないので、ついにニコラがみかねて助言した。


「リリアン、残念ながらコレはパメラだ。新しい女性護衛騎士じゃない」


「えっ!ぱめら?」


 リリアンは口に手を当て、まだ納得がいかないかのように1、2歩進むと身を乗り出してマジマジとパメラの顔を見た。



「はい、間違いなく私はいつもリリアン様のお側にいるパメラ・バセットでございます」と念のために挨拶をしておく。



 どうやらリリアン様は本気で分かっていなかったらしい・・・。

 いくら雰囲気が変わったと言っても顔をすげ替えたわけではない、化粧が変わっただけなんだけど。


 クラリスは一体どんなメイクをしたんだ?



 パメラの胸を一抹の不安がよぎった。




「・・・私てっきり新しい方が挨拶に来られたんだと思って。でも、本当にパメラ?」


 そばに来てしげしげと観察し「声と背はパメラっぽいけど」などとまだ半信半疑のような事を言ってる。



 なぜリリアン様はそこまで訳が分からなくなっているのだ?

 綺麗、綺麗とソフィーやコレットにやけに煽てられると思ったらまさかのピエロとかになってるんじゃなかろうか。

 これは彼女達の盛大な悪戯だったのか?



 リリアンはよくよく観察した結果、最終的には納得したようだったがフィリップの元に戻りながら「パメラって本当はタレ目だったのね・・・びっくり」などと呟いていた。




「パメラ様、そろそろ仕上がりを見ていらしたらどうかしら?」


 ようやく笑いが収まったらしいソフィーがニコラの後ろから顔を出して言った。ソフィーは本当に笑い上戸で今は努めて真面目な顔を作っているが、また思い出し笑いをしそうで早く場の空気を変えなければヤバかった。



 そう言えばパメラはまだ自分の顔を見ていなかった。



「だったら奥のパウダールームの鏡を使えばいいわ。行きましょう、パメラ」


「はい、ありがとうございます!」


 どうなってるかちゃんと自分の顔を確認せねば!とパメラが鼻息荒く足を踏み出したらリリアン様が嬉しそうに腕を絡めて、スキップするようにして付いて来た。


「パメラ、まだ見てなかったのね?あのね、とっても綺麗よ!」と満面の笑みで見上げてくる。


 うわ〜ン、なに〜これ〜めっちゃくちゃキャワイイ!!ナデナデしたい!抱っこして左右に振りたい、こりゃ殿下でなくてもキュイーンってなるわ!分かる、分かるわ〜!!


 パメラは歩いている内に鼻息が荒いどころかすっかり表情筋が緩みきって鼻の下が伸びていた。



 2人が横を通るのに合わせて並んで立っていた侍女3人も揃って後ろを歩き出す。

 ソフィーに手を引かれニコラも付いて来た。

 パメラが後ろを気にしながらリリアンとパウダールームに入ると、彼らは当たり前のようにドア前で並んで止まり軽く頭を下げて「どうぞ」とフィリップを先に通した。


 道を譲られ入って来たフィリップは奥の鏡全体がよく見える所に陣取って腕を組んで待機する。リリアンはキラキラとした笑顔で見上げながらパメラの隣に立つ。ニコラたちもゾロゾロ入ってきてパメラの背後に一列に並んだ。一体何なんだ。



 言葉を交わさなくても皆の心は一つになっていた。


 実はパメラの顔を見た瞬間、皆の頭に名案が浮かんだのだ。


 これで学園に行ったならパメラに憧れる女子が絶対に出てくる!イコール騎士志望女子増える!!即ちリリアン様の願いが叶う!ということだ。



 さっき、ソフィーはただパメラが自分で施した目の周りの化粧が酷過ぎたから直して差し上げてとクラリスに命じたつもりだったし、クラリスもそういう意味だと本当は分かっていた。


 しかし、クラリスは以前からパメラの化粧を見るたびに残念に思っていたのだ。


(せっかく元のお顔が良いのに台無しになっているわ、無理に変なアイラインを入れて誤魔化さなくても元を生かしてもっと上手く仕上げられるのに。一度でいいから好きなようにやらせて貰いたい)と常々考えていたからこの時がチャンスとばかりにソフィーにも本人にも確認せず思い描いていたように仕上げたのだった。


 今、その出来栄えにクラリスはとても満足している。


(あ〜、スッキリした〜!)




 パメラは皆の動向を気にして後ろをチラチラ見ながら鏡の前に立ち、ようやく前を向いて自分の顔を見て、絶句した。



「いかがですか?」と自信有り気に問うクラリス。



 鏡の中には凛々しく聡明そうで大人っぽい、とても美しい女性が驚いた顔をして立っていた。



「・・・これ、ダレ?」



 鏡の中の女性はその容姿に不似合いに顔を歪め、口を開けた間抜けな表情で鏡の中からこちらを指さした。別人並みに変わっているがその動きは間違いなくパメラだ。



「これが私?」



 いつもツンツンに立たせている赤くて短い髪は下ろされ、撫で付けられているだけなのにオシャレでカッコ良くなっていた。

 気にしている”ちょっとタレ目”はそれを生かしたまま淡い色で彩られ、自然なのに物足りなさは無くて瞳が美しく輝いて見える。そしてクイッと上げた眉のラインと相殺されて子狸感はなく、これまたカッコ良くなっていかにも腕が立つ女性騎士のように見えた。



 実にクールだ。


 毒々しい真っ赤な口紅を塗られていた唇は今はオレンジがかった朱色で彩られ滑らかで瑞々しい。肌も透明感が増して生き生きとして見えるし、何よりあの目の下のクマがすっかり分からなくなっていた。


 クラリスはいったいどれほどのスーパーテクを駆使しているのだ?ファンデーションを塗り重ねて隠しているようには到底見えないのだが。



「カッコイイ女性騎士、いかにもデキる女って感じですね!」とソフィーがしてやったりと鏡の中のパメラに笑いかける。

 パメラが鏡越しに見ると、後ろに並んだ面々も一様に笑顔でパメラを見守っていた。



「あぁ」とパメラは頷き自ら肯定の返事をした。


 その通りだ、自分からもそう見える。

 

 

  クラリスはいったいどんな魔法を私にかけたのだ?



 パメラの負けず嫌いは一級品だが、逆にそれが災いして唯一の女性騎士として下に見られないようにとか、背が低めなのを気にしていたから無意識に周囲を先に圧倒して黙らせたいという気持ちが強くあり虚勢を張ってるところがあった。


 それを性格が悪いなどと言うなかれ、自分の尊厳を守る為に必要な事だったのだ。しかし、カッコ悪いことに見る人の目にはそのまんま無理して虚勢を張ってるように映っていた。




 キツい眼つきも、ツンツンとした短く赤い髪も、横柄な態度も、不満を露わにしがちな表情も・・・。



 この顔には、そんな態度が似合わない。


 どうやらクラリスの魔法は精神面にまで影響を与えてしまうらしい。

 何故かこの顔だと粋がって尖って周りを圧倒しようとしなくても等身大でカッコ良く見えるのだから、その必要が無くなってしまったのだ。



 無駄に荒れ狂っていた心が静かに凪いでいくようだ。



 パメラが鏡の中の自分をまだジッと観察しているところへフィリップが言った。


「パメラに命令を下す。今後のリリィの護衛はそれで着くように。

 よって今日は我々が乗馬をしている時間帯は護衛業務はせず、ここに残ってしっかりとクラリスから習え。少なくとも学園が始まるまでにはその化粧を完璧に習得するんだ」


「はい、分かりました」


 パメラは王太子命令にそもそも逆らう術はないので大人しく了承の返事を返した。


 しかし護衛の時はこれでって言われても、そうじゃないプライベートだってもう今までの顔に戻るつもりはもうないのだが。


 それにしてもこの技を習得するのはとても大変そうだ。



 ニコラが得意げに言った。


「ほらな、俺が言った通りになったろ。ついでにその赤い髪も止めたらどうだ?

 今は顔と出で立ちがまるでマッチしていない感じだから変えた方が多分いい。この機会にクラリスに似合うヘアスタイルも考えてもらったらどうだ?」


「ニコラ様、髪はアニエスの方が得意なんです」


「じゃあアニエス?」


「はい、承りました。でしたらさっそくですが髪も地毛に近い色に染めて戻してしまっていいですか。私は前から元の色が1番お似合いだと思っていたんです」


 アニエスはアニエスで前々からずっと攻撃的で女らしさが微塵もないパメラの髪型について思うところがあったらしい。


 実はパメラに対するヘアメイクのポイントは女らしさを失くさないことで、その方が逆に凛々しく格好良く見えるものなのだ。



「そうしてくれ」と返したのはフィリップだ。


「フィル様、でしたらいっそ騎士服も今のパメラに合うように変えてしまいますか?」とリリアンまで言い出した。


 今の主張の激しい刺々した全身真っ赤よりもっと落ち着いた引き締まった色の方がもっと似合いそうな気がしたのだ。


「紺や深緑、濃い灰色とか、白黒のツートンもいいかも」


「いいね、そうしよう。早速発注しておくよ」



 ちょっと殿下、いいねってそれで発注とか一体どの色になったのですか?まさかリリアン様の言った色を全色使うつもりでは?との懸念が胸を過ったが、口には出さなかったのでそのまま本人置き去りでどんどん勝手に決められていった。


 パメラは新しい自分を嫌だと思わなかったから大人しく身を任せることにしたのだ。自分から見てもこっちの方がいつもよりずっと良いと思ってしまったのだから抵抗する必要はなかった。



 鏡の中の自分をもう一度見る。


 化粧が違うだけなのに、理想とする至高の女性騎士に近づけた気さえする。

 気持ちに余裕が生まれ表情は自然と穏やかになり、逆に心は引き締まり鋭敏になったようだ。見た目がこれ程までに気持ちに影響を与えるとは意外だった。


 クラリスの魔法により、


 パメラはレベルが上がった。(気分だけは)


 今までの尖っていた私とはおさらばだ。(という気持ちになった程だった)




「では我々はそろそろ馬場に行こうか、もう時間だ」


「はい。ではパメラ、しっかりね!」


「はい、いってらっしゃいませ」




 午後からのリリアン達の乗馬練習は終始和気藹々と行われ、サロンでの休憩もとても優雅で楽しかったらしい。が、部屋に残ったパメラと侍女3人はどえらい騒ぎだったらしい。


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